ミステリアストーキョー 9
振り向いたウパシノンノの顔は、青ざめていた。
「やってしまった……」
勢い余って人を殺しちゃったような口ぶりだが、もちろんそんなことはない。
「写真を撮られた……」
機械の目には認識阻害は通用しない。
それを知らないウパシノンノではないのに、つい調子に乗って派手な行動をしてしまった。
「判ってる。もうSNSとかで拡散されてるよ」
そうなっては、もう取り返しがつかない。
インターネット上に公開されてしまったら、回収など不可能だ。
「まずいな。逃げるか」
「落ち着いて。のんのん。ここで逃げても状況は良くならないよ」
冷静で明敏なエルフが混乱している。
いささか不謹慎ながら、悠人は奇妙なおかしみをおぼえた。
彼女でも取り乱すことがあるのだな、と。
「コスプレってことにしよう。寸劇かなんかだと思えば、すぐに沈静化するはず。ヴィラニカさんもいいですね」
ささやくように声をかける。
緊張した顔で、王子様も頷いた。
異世界で騒ぎを起こす重大さに、いまさらながら気付いたようである。
すっと息を吸う悠人。
鼓動を落ち着かせる。
大丈夫。やれる。
この程度を収められなくては、エルフを娶るなど夢のまた夢だ。
力強い足取りで一歩前へ。
ウパシノンノとヴィラニカの間に立つように。
手拍子をとりながら。
「いかがでしたでしょうか! このふたりが主演する『東京エルフ!』、十月三十日より公開です!」
映画だとも舞台だともいわない。
この場で調べられたら一発でバレてしまうから。
一ヶ月も先の話なら、いまから調べるせっかちさんはいないだろう。
ちらちらと美男美女に視線を送る。
「せーの、よろしくお願いしまーす!」
『よろしくお願いしまーす!!』
一斉に頭を下げる三人。
拍手がわきあがると同時に、興味を失ったように何割かの人が立ち去ってゆく。
番組宣伝だと思ってくれたのだろう。
内心で安堵の息を悠人が漏らした。
この国では、フィクション性が入った瞬間に冷める人が一定数存在する。
リアルな何かではなく、宣伝だったと判れば珍しくもなんともなくなるからだ。
悠人が賭けたのは、日本人のそのような踊りやすい国民性である。
分の良いギャンブルではなかったが。
「よくやった。少年」
「ぎりぎりですよ。耕治さん」
「店に詫びを入れて会計も済ませてきた。とっととずらかるぞ」
長居は無用。
民衆が落胆している間に逃げるとしよう。
詳しい情報とかを質問される前に。
愛想良く手を振りながら四人がフェードアウトしてゆく。
充分に距離を稼いだところでダッシュだ。
走る走る。
吾妻橋をこえて、東京スカイツリーへと。
デートに出掛けて義妹や鬼、異世界人と出会い、今度は民衆から逃れるために全力疾走。
あまりの荒唐無稽さに、呆れるを通り越して笑えてくる。
ふと横を見ると、ウパシノンノやヴィラニカのみならず耕治まで笑っていた。
「まさか四十も過ぎてこんな経験をするとはな!」
「退屈しない人生ですね!」
おっさんと少年が怒鳴りあう。
楽しそうだ。
やがて、四人は再会を約し、手を振ってわかれた。
なんでも耕治とヴィラニカには、追っ手をまく手段があるらしい。
「魔法的ななにかだろうな」
「そうなの?」
「あやつら自身は使えないようだったが、魔力を感じるアイテムは身につけていたからな」
スカイツリーの付近まで逃亡し、やっとひとごこちついた二人の会話である。
完全に追っ手はいないようだ。
「しかし、これからが大変だな」
軽くエルフが頭を振る。
なんとかあの場は切り抜けたものの、ネット上に姿を晒してしまった事実は動かない。
ノリと勢いで、なんと軽率な行動をしてしまったことか。
「多少は不自由な思いはするかもだけど、たぶんそこまで大きな問題にはならないと思うよ」
操作していた携帯端末の画面を、悠人がウパシノンノに見せた。
世の人々が呟くサイトである。
「のどか店長たちが対抗情報戦をやってくれたみたい」
ウパシノンノの写真がアップされ、エルフだとか騒がれている一方で、「自演乙」や「宣伝乙」などと言った言葉も踊っている。
「なるほど。皮肉な見解や否定の方が人の記憶には残りやすい、か。さすがだな。のどかは」
ううむと唸る。
エルフがいたなどという馬鹿馬鹿しい話など、誰も信じない。
UFOでも幽霊でも同じだ。
しかし、そこでそんなもんいるわけねーじゃんと力一杯否定した場合、かえって信憑性を強める結果になってしまう。
そこで登場するのが、斜に構えた意見だ。
エルフがいたというより、役者がエルフを演じていたという方が受け入れやすい。
もちろん動機が問題になるので、何かの宣伝のためと根拠を与える。
そこまで話が進めば、騒ぎ立てるのは宣伝スタッフだと結論づけてしまうのは容易い。
営利が絡んでいるのだ、と。
「しかし、そう長いこと誤魔化しきれるものでもないだろう。悠人が言った十月三十日に何もなければ、宣伝も嘘ということになるのではないか?」
「たぶんその心配もないよ。のんのん」
小首をかしげるウパシノンノに、悠人が笑顔を見せる。
インターネットの世界というのは移り変わりがはやい。
同じ話題が三日も続くなど、かなり稀だ。
エルフの存在だって、誰にも相手にされなければ、数日後には忘れ去られているだろう。
一ヶ月後に憶えている人間など、はたして何人いることか。
仮に憶えていたとしても、
「いつまで同じ話してるの? 馬鹿なの? 粘着なの? とかいわれておわりだよ」
肩をすくめる。
非常にアメリカンな仕草である。
「話の種が多いというのも、善し悪しだな」
むしろ問題は、帰宅してからの方だった。
悠人の両親にウパシノンノが呼び出された。
まあ、息子ともどもインターネットの掲示板に姿を見せたのだから当然である。
「さて、ウパシノンノ。君は役者だったのかね?」
一家の大黒柱、高槻裕也どのが質問した。
居間である。
「然らず」
「ふむ。では悠人。きみはアイドルのマネージャーを副業としているかね?」
「していません」
二人の返答は短い。
「ということは、きみたちのネットでの発言は嘘ということになる。異論はあるだろうか」
やはり父親もアレを見ていた。
あるいは母親から報告されたか。
「異論はない」
「では問おう。ウパシノンノ。あなたは私のマスターか」
突如としてイカれたことを抜かす父親。
悠人がずるっとこける。
ウパシノンノの肩が震えているのは、たぶん笑いをこらえているのだろう。
「父さん……」
「いや悠人。あの嘘は、嘘というには突拍子もなさすぎる。そんな嘘をつく理由は普通は存在しないんだよ」
にやりと笑う裕也。
「虚言ってのは、事実より軽いか、はるかに遠く離れていないと意味がない。簡単に言うと、ほんとうは百万円落としたのに、十万円落としたと申告するようにね」
さすがは精神科医師。人間心理のプロフェッショナルだ。
「だからウパシノンノ。きみの正体は役者なんかよりもっとずっと突拍子もないものなのだろうと読んだわけさ」
「……おみそれした。裕也どの。だがマスターというのはなんだ? それだと主体と客体が逆ではないのか?」
「言葉のあやだよ。若者に合わせようと思ってね」
片目をつむってみせる。
高槻裕也、四十七歳。
悠人からみればおっさんだが、本人はまだまだ若いつもりである。
実際、枯れ果てる年齢でもない。
「裕也どの。美晴どの。お二人にはたしかに隠していたことがある」
一度大きく息を吐き、表情をあらためたウパシノンノが告げる。
「私は、エルフなのだ」
髪を掻き上げると、あらわになるのは長い耳。
多くのファンタジー作品に描かれる造型そのままに。
目を見張る両親。
ショックが大きすぎるか、と、思った悠人が取りなそうとする。
しかしその前に、父親と母親が大きく手を打ち合わせた。
景気のいい音が響く。
「やっぱりなっ! ディードっぽいと思ったんだよ! オレは!」
「悠人! 良くやったわ。あなたこれからパーンって名乗りなさい!」
わけがわからない。
「ダメだこの両親はやくなんとかしないと……」
頭を抱える高槻・パーン・悠人。
「そのミドルネームはヤメロ……」
あさっての方向に申し立てたりして。




