ミステリアストーキョー 7
さて、昼食を終えた二人が向かったのは、浅草であった。
もっのすごく渋いチョイスだ。
当初、悠人としてはウパシノンノの希望通りにお台場に向かおうと思っていたのだが、調べてみると新しいガン○ムはまだ完成していないらしい。
工事中のものを見ても仕方がない、という結論に達したのである。
代案として提出されたのが浅草。
「おしゃれかどうかはともかくとして、有名な観光地だし。どうかな?」
「悪くはないが、私のような容貌の者が行ったら目立つのではないか?」
そりゃあ、エルフがとことこ歩いていたらどこに行っても目立つだろう。
もちろんウパシノンノの言葉は、そういう意味ではない。
彼女の外見は外国人にしか見えない。
身長こそ百五十八センチとやや小柄だが、整った目鼻立ちといい金髪といい、日本人だと思う人はいないだろう。
戸籍上は日本人だし、ちゃんと和名もあるのだが。
「むしろ日本人の方が少ないよ。今日び日本の観光地なんて、右を見ても左を見ても外国人だらけさ」
実際、雷門の前で写真を撮りまくっているのは、外国人ばっかりだ。
「ふむ。じつに国際色ゆたかだな」
「でしょ?」
感心するウパシノンノに悠人が笑う。
冷戦時代と呼ばれるはるか昔、スパイと日本人観光客はどこにでもいるなどという言葉があったが、バブル崩壊以降、日本はむしろ迎える側になった。
雷門から仲見世通りに入り、浅草寺へと向かう。
ほんの百メートルほどに所狭しと店が並び、客を呼びこむかけ声が響く。
財布を握りしめ、じっと人力車を見つめていたウパシノンノが、ため息とともに懐にしまった。
予算的な何かとの戦いに敗北したらしい。
「乗りたかった?」
「まあな。しかし、大枚をはたいて乗るほどのものでもないだろう。健康な二本の足があるのだからな」
「そのくらい僕が出すのに」
「財布の自立こそ個人の自立だ。金銭的に依存するということは、生活のほとんどを委ねてしまうという意味だからな」
しかつめらしく言うエルフ。
基本的に彼女はワリカン主義者だ。
デートでも、男に花を持たせておごってもらう、ということはほとんどしない。
「僕としては、たまには頼ってほしいんだけどね」
悠人が苦笑した。
「ずいぶん前だが、こんなことがあったのだ」
もう四十年近くも昔の話。
ウパシノンノは人間の友人を喪った。
自殺であった。
専業主婦であった彼女は、夫婦生活に疲れ、夫との不和に悩み、思いあまって最悪の選択をしてしまった。
「家を出たくても、手に職もなく、生活する手段すらない。殴られても蹴られても男にすがって生きるしかない。というのが私と最後に交わした言葉だったよ」
「のんのん……」
「彼女の訃報をきいたとき、私は思ったものだ。自由を得るにも一定の金銭が必要だとな」
最後に行使するのが死を選ぶ自由というのは、ずいぶんと哀しいものだと付け加える。
「のんのん……」
芸もなく繰り返す悠人。
なんと言えばいいのか判らないというのはこのことだった。
「もちろん、そなたが金銭によって私を縛ろうなどと思っていないことは知っている。あくまでも私の矜持の問題だよ。悠人」
ウパシノンノが笑った。
重くなりかけた空気を散らすように。
「さて、おやつはなににしようかな」
「さっき食べたばかりじゃないか」
悠人も笑ってみせる。
「三時間あれば腹は減る。えらい人にはそれが判らぬのだ」
「元ネタの使い方とかなり違ってると思うんですけど!」
わいのわいのじゃれ合いながら浅草寺の境内へと入る二人。
定番のおみくじを購入したりして。
「中吉だ」
「僕もだよ」
「つまらんな。ここで大凶を引くくらいのエンタテインメント性が欲しいところだ」
「それ、あきらかに仕込みじゃないか」
テレビ番組ではないのだ。
そうそう都合良く面白いことは起こらない。
「つぎは煙をあびよう」
おみくじを結びつけながら指をさすウパシノンノ。
すっげー満喫中である。
「のんのんに悪いところなんてあるの?」
常香炉にいれる線香を購入しながら悠人が訊ねる。
言い伝え的には、この煙を悪いところにあてると治りが早くなるということになるらしい。
起源は戦国時代の末期というから、じつはウパシノンノより全然わかい。
「そうだな。最終的にはそなたの子くらい産んでやりたいから、腹にでもあてておくか」
煙をかき集めている。
げへげへと悠人がむせたのは、煙かったからだろうか。
ちなみに彼は頭から煙をかぶっていた。
頭が悪いからではなく、意味が転じて頭が良くなるというご利益があるらしい。
「よし。地元の神への義理は果たした。つぎはエサだな」
「即物的だなぁ」
ふたたび手を繋いで二人が歩き出す。
周囲の年齢層が比較的高いせいか、嫉妬の視線は飛んでこない。
「浅草は何が美味いのだろうな」
「人形焼き?」
「それはどこで食べても似たような味だろう。もっとこう、いかにも浅草というものが食べたいな」
なかなかにめんどくさいリクエストだ。
空いている手で携帯端末を悠人が操作する。
「どじょうだってさ」
東京下町の名物といえば、どぜう鍋。
伝統の味だ。
「ううむ……」
いまひとつ食指が動かない、という表情のウパシノンノ。
「嫌い?」
「というより食べたことがない。味の想像もつかないな」
「じつは僕もだよ。ちょっとためらっちゃうよね」
食べたことのない食材というのはやはり多少は怖い。
ましてドジョウは、現代人にとってあまり馴染みのあるものではないから。
「泥臭そうというのは勝手なイメージだし、食わず嫌いだと判っているが、別のものにしないか?」
チャレンジ精神の欠片もないようなことを言っているし。
「うん。そうだね。もう少しハードルの低いものにしようか」
もっとも、チキンっぷりは悠人も同じである。
ドジョウでもカエルでも良いが、美味しいといわれてもなかなか手が出ないのが現代っ子というものだ。
「私も現代の女子高生だしな」
「…………」
「異議があるならば、はっきりと言ったらどうだ?」
「なんにも言ってないじゃないか」
「ならば、なぜ目をそらした?」
「あ! あれなんかどうかな!」
悠人が指をさす。
もんじゃ焼きののれんが、晩夏の風に揺らめいていた。
浅草といえばもんじゃ。
江戸時代の後期には、もう食べられていたらしい。
ちなみにお好み焼きの誕生は大正になってからの話。お好み焼きの派生と思われがちなもんじゃの方が、歴史としてはずっと古いのである。
「ふむ。悪くないな。じつは私はもんじゃ焼きも食べたことがない」
「意外とのんのんって知らない食べ物おおいよね」
食いしん坊エルフのくせに。
「それは仕方のないことなのだよ。悠人。北海道には、味はあっても料理はないからな」
えらく語弊のありそうなことを言うエルフだった。
とはいえ、北海道に京懐石や関西割烹のような繊細さを求めても始まらないのは事実である。
豊かな北の大地には、他の追随を許さないほどの食材が顔を揃えている。
余計な調理など不要。
ただ焼けば、ただ煮れば、ただ揚げれば、それだけで極上の美味だ。
「ゆえに、わざわざ内地から食材を仕入れ、技術の粋を凝らして調理するという発想はあまりないのだ」
「そういうもんなのかな?」
首をかしげる悠人だったが、北海道で食べた食事はどれもこれも美味しかった。
とくにトウモロコシ。
試食したものが美味しすぎて、思わず実家に郵送してもらったほどである。
一箱!
ちなみに家族にも大好評だった。
「そのような次第で、私はアジも食べたことがないのだ。北海道にはいないから」
「それじゃ、今度ぜひ千葉に行かないと。あそこのアジフライはちょっとすごいよ。テレビでもやってたしね」
「それは楽しみだな」
まったく別の料理の話をしながら、もんじゃ焼き屋ののれんをくぐる変なカップルであった。




