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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
第2章 ミステリアストーキョー
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ミステリアストーキョー 6


「逆だな。北海道には戻らずにいてほしい」

 悲壮そうな恋人たちに、にやりと笑った玄真が言葉をかける。

 きみに迷惑をかけるから私はここにはいられない。

 どこのメロドラマだって話だ。

 そういうのはお呼びでないのである。

「ふむ? 帰れというならまだしも、帰るなというのは良く判らないな」

「北海道はきなくさくてな。いつ何時火の手が上がってもおかしくない。俺の上司は、貴女がそれに巻き込まれるのを避けたいと考えている」

 こちらも充分にメロドラマである。

 それはともかく、ウパシノンノとしては首をかしげるような話であった。

「なにかあるのか?」

「悪いが詳しくは話せない。とにかく今は北海道、とくに道南一帯は火薬庫みたいなもんだって理解しておいてくれれば問題ない」

「それを私に伝えたのは悪手ではないか? 煽っているようにしか思えないが」

 何かあるのは確実で、それを詳しくは伝えられない。

 好奇心旺盛なものならば、探ってみたくなるだろう。

「けれど貴女は探らない。君子危うきに近寄らずってやつだ。間違っているかい?」

 玄真のドヤ顔。

 ふん、と小さくウパシノンノが鼻を鳴らした。

「世の中には二種類の人間がいるからな」

「支配する者とされる者?」

 鬼の言葉に首をかしげたのは悠人である。

 何言ってんだこの人、と、表情が語っている。

「それじゃヒトラーだろうが。文脈を読めよ。少年」

「ふむ。では羞恥心を煽って効果のある者と、ない者だな」

 ウパシノンノの答え。

 たとえば淫語などを女性に言わせようとしたとき、恥ずかしがって言えない娘もいれば、臆面もなく言っちゃう娘もいる。

 羞恥プレイというのは、前者にしか効果がない。

「解説すんな! 全然ちげえよ! なんでSMプレイの話になんだよっ!!」

 黒鬼さん、ブチ切れ寸前です。

「冗談だ。落ち着くが良い」

「少年。こんなのと一緒いて疲れないか?」

「悠人です。楽しいですよ?」

 爽やかな笑顔が返ってくる。

 ダメだこの人間。はやくなんとかしないと。

「ようするに、私は好奇心によって危地に飛び込むような性格ではないと知っているということだな。鉦辰の入れ知恵か」

「総理は貴女の身を心配していた。立場上、そうほいほい会うこともできないが、幸福を祈っていたぞ」

「ほいほい会われても困りますけどね」

 ふんすと悠人が憤慨する。

 彼にだって嫉妬心くらいはある。

 自分の女が、昔の男と会っていたら面白かろうはずがない。

 幸福など祈ってくれなくてけっこう、という気分だ。

「と、今の男が怒っているゆえ、鉦辰には心配ご無用と伝えて欲しい」

「末永く爆発するよう、俺からも祈っておこう」

「それはかまわぬが、それをもってゆくが良い」

 ちらりと視線を走らせる。

 テーブルの隅に置かれた伝票に。

「……俺はなにも頼んでいないがな」

「アベックの会話に割り込んだのだ。そのていどのペナルティはあってしかるべきだとは思わんかね? 玄真よ」

「俺が想像していたより、エルフというのはこすっからいな」

 ため息混じりに伝票を手にする黒い鬼。

「セコいのではない。貧乏なのだ」

「胸を張るな。いばるな」

 ひらひらと手を振りながら去ってゆく。




「……退いてくれたか」

 玄真が完全に見えなくなってから、ウパシノンノは大きく息を吐いておしぼりで顔を拭った。

 喫茶店などでは、たいそう嫌がれる行為だ。

 しかし、極度の緊張の後だったため、精神安定が必要だったのである。

「のんのん?」

「怖かった。まだ心臓がばふばふいっている」

「すげー余裕っぽく見えたけど……」

「本当だ。触って確かめてみるか?」

「え、あ、う、や。何言ってるんだよっ!」

 答えるまでの一瞬の間に、少年の脳内では正義と悪とのハルマゲドンが勃発し、かろうじて善が勝利したようだ。

あれ(・・)はかなりの力をもった鬼だ。そなたを守りながら戦えるような生やさしい存在ではない」

 そんなものが悠人の隣に座した。

 人質を取られたような状態だ。

 どんな要求でも呑まなくてはいけない、というくらいまでウパシノンノは追いつめられていた。

「ゆえに、交渉は綱渡りだった」

「そうは見えなかったよ」

「戦士でも魔法使いでも同じだが、自分の弱みを晒すものなどいない」

 苦笑するエルフ。

 どんなに痛くても、どんなに死にそうでも、戦士はそれを顔に出さない。

 お前の攻撃なんか全然効いてないぜ、という態度を取り続ける。

 弱点を見せれば、そこを攻撃されるのは火を見るより明らかだから。

 長い平和の続く日本では理解しがたい考え、ではない。

 たとえばボクシングなどの格闘技で、包帯を巻いたままリングに上がるのかという話だ。

「ラシュワン選手のフェアプレー精神は立派だが、それは戦士のものではないぞ。残念ながらな」

「え? だれ?」

 一九八四年。

 ロサンゼルスオリンピックでの出来事だ。

 柔道無差別級の決勝。エジプトのモハメド・アリ・ラシュワン選手は、日本の山下泰裕(やました やすひろ)選手と対戦した。

 このとき山下選手は右足を負傷しており、歩くことすらままならない状態だった。

 そしてラシュワン選手は、山下選手の右足を攻めなかった。

 そこを重点的に攻めれば勝てるだろうことは子供にでも理解できるのに、彼は弱みにつけ込むような戦術を選択しなかった。

 結果、ラシュワン選手は敗れ、金メダルの栄冠は山下選手が得た。

 表彰台に昇るときも、負傷した山下選手を気遣い、手を貸すという紳士っぷりを発揮した。

 多くの人々が、ラシュワン選手のスポーツマンシップを称えた。

「うん。立派なことだと思うよ」

 解説を聞き、悠人が頷いた。

「人間としては立派だが、戦士としては失格だよ。戦場の剣とは、しょせん殺し合うためのものだからな。スポーツとは違う」

「なるほど。つまりのんのんは」

「うむ。私も戦士としては失格だ。そなたを危険にさらしてしまった。あれにその気があれば、まずは悠人を人質にしただろう」

「でも、彼はそうしなかった」

「私が早々に降伏したからな」

「したっけ? 挑発してたような気がするけど」

 悠人の言葉に、ウパシノンノが笑顔を向けた。

 本気を出せば勝てる、という類のことはたしかに言った。

 しかし、こんな街中で、ばかすか攻撃魔法を撃つなどできるはずがない。

 彼女が使う人間の格闘技では、鬼の戦闘力にはとうてい及ばない。

「つまりあれが降伏宣言なのだよ」

「なんてこった……」

「しかもあの男は、自分が四天王の中で最弱だと言った。怖ろしいことだ」

「それこそハッタリなんじゃ?」

「鬼は基本的に嘘はつかん。方便を用いることはあってもな」

 新山首相の周囲にはそうとうな能力を持った人妖(バケモノ)が集っていると考えるべきだろう。

 そんな玄真が東京に留まるべきと主張するなら、ここは従っておくべきだ。

「そのようなわけで、しばらく厄介になるぞ。悠人」

「最初からそのつもりだよ」

 あらためて願われるまでもない。

 彼はウパシノンノを北海道に帰らせるつもりなんかなかった。

 少なくとも、本人が帰りたいというまで。

「僕が大人になって、のんのんを守れるようになるまで、東京(こっち)にいてよ」

言質(げんち)をもらった。もう返品はきかないぞ?」

「望むところさ」

 ぐっと右の拳を突き出す悠人。

 真面目くさった顔で、ウパシノンノが自分のそれをぶつけた。

 えらくシュールなプロポーズである。

「それにしても、北海道に何があるんだろうね」

「道南といっていたな。だが考えるまい。好奇心は猫もエルフも殺してしまうからな」

 気にならないといえば嘘になる。

 しかし、積極的に首を突っ込む理由はない。

 あるいは玄真が、とある街で提供されている料理について語っていれば、肉食エルフとしては黙っていられなかっただろう。

 そうと知っているからこそ、彼は口にしなかったのである。

 肉食系の女性には、とてもとても造詣が深いので。



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