ミステリアストーキョー 4
ウパシノンノという女性は、あまり服装にこだわらない。
みすぼらしくない程度に身だしなみを整える程度で、ふつうに格安量販店の服とかを着ている。
にもかかわらず、モデルやアイドルが裸足で泣きながら逃げ出しそうなくらいセンスがよく見えるのは、元が良すぎるためだ。
ぶっちゃけジャージ姿とかだって、彼女は神々しいだろう。
「しかし、私服よりも制服の方が付加価値があがるのではないか?」
制服姿の方が可愛らしいということで、わざわざ休日にも制服をまとっていた女子高生がいる。
だいたい十年くらい前の流行だ。
「そんなばかな」
少年が笑った。
土曜日である。
朝から連れだって出掛けた悠人とウパシノンノは、デートを満喫していた。
どのくらい満喫しているかというと、なんと手を繋いで歩いているのだ。
周囲の男どもから、殺意を込めた視線が、ざっすざっすと悠人に突き刺さっている。
もちろんノーダメージだ。
むしろ気持ちいいくらいである。
僕は勝者だ!
と、叫んじゃってもいいほどだ。
「やるなよ? さすがに捕まるぞ?」
不思議そうに首をかしげるウパシノンノ。
道ばたで突然叫びだしたら、ただの不審者だろう。
「ところで、なんでデートしようなんて言いだしたの?」
不意に訊ねる少年。
そなたと一緒にいたかったから、などという社交辞令をウパシノンノは使わない。
「関係を見せつけた方が良いとアドバイスされたのでな。のどかに」
悠人に手を出すということは、そのままウパシノンノを敵に回すという意味になる。
進んでエルフと事を構えたい者は、おそらくいないだろうとの判断だ。
「なんであの人のアドバイスに従ったのか……」
頭をかかえる悠人だった。
あの仙狸は、あきらかに状況を楽しんでいる。
そもそも事を構えたくない者など、最初から手を出してこない。
この段階でちょっかいをかけてくる連中は、はなっから敵対するつもりまんまんなのである。
「わざわざ弱点を晒すようなものだと思うんだけどね」
自分のことを弱点と言っちゃうのはせつないものがあるが、こればかりは事実なので仕方がない。
ウパシノンノは、たぶん一人ならものすごく強いのだろう。
家に押しかけてきた篠崎狐も、舌先三寸で追い払ってしまったし。
「そなたを弱点だと思いこめば、短兵急な行動をとる輩がいるかもしれんからな。それを完膚無きまでに叩きのめせば、弱点は弱点でなくなるさ」
できれば大物がかかって欲しいものだ、と、エルフが笑う。
「僕はエサですね。知っていました。ありがとうございます」
「すねるな。それに、私とともに過ごすというのがどういうことなのが、そなたは知っていても良いと思ってな」
「む?」
「いいか悠人。この世界に壊れないものはないし、死なないものもいない」
やや表情をあらためるエルフ。
彼女らは不老不死ではない。
殺せば死ぬし、ものすごくゆっくりだが老化だってする。
しかし、人間にとっては無限と思えるほどの寿命をもち、常人に数倍する身体能力をもち、魔法まで行使できる。
この力を我が手にと願うものなど、枚挙に暇がないだろう。
よしみを通じたいものだっていくらでもいる。
「エルフを妻としたそなたは、それだけで狙われる理由がある」
「……そっか。そうだよね」
「ゆえに、そなたと似た境遇のものと会っておくのも悪くないであろう、と思った」
東京スカイツリーの展望室で待っていたのは、知らない顔ではなかった。
夏休みが始まる前まではクラスメイトだった少女だ。
そして彼にウパシノンノと出会うきっかけをくれた女性でもある。
「姉様!」
エルフを見つけた少女が駈けてくる。
「ピリカアトゥイ。元気そうでなによりだ」
謎の名前で呼び、少女を抱きとめるウパシノンノ。
悠人の記憶が間違っていないなら、この少女は生粋の日本人で、ちゃんと日本人としての名前を持っているはずである。
もちろん彼は、そんな無粋な指摘をしなかった。
義姉妹の契りとやらを交わしたとき、ウパシノンノが与えた名であろうことは説明されるまでもなく判る。
携帯端末を取り出し、言葉の意味を調べたのみである。
「美しい海ね。なるほど」
アイヌ語である。
雪に咲く華と美しき海。
やたらと絵になる義姉妹だ。
「知ってはいるだろうが、紹介しておこう。私の夫となる予定の悠人だ」
エルフが少年を手招きする。
「あらためてよろしく。お義兄さま」
「きみのおかげでのんのんに会うことができたよ。本当にありがとう。ピリカアトゥイ」
こんな美少女に義兄などと呼ばれたら、たいてい舞い上がってしまうだろう。
悠人だって、一ヶ月前ならばそうだった。
しかしいまは、社交辞令的な笑顔で差し出された右手を握りかえしたのみである。
「姉様をお願いします。すごく強いし頭も良いけど、ちょっと抜けたところがあるから」
「うん。思い知らされているよ」
「そなたら。陰口というのは、本人のいないところでするものだぞ」
こんどこそ、儀礼なしで笑い合う三人。
親和力が高まってゆく。
ただ、義妹との対面は長時間には及ばなかった。
暇な高校生カップルと違い、彼女はけっこうハードスケジュールをこなしているのである。
「私が東京にきたことで、そなたの身に何かあったら非常に困る。ゆえに、これを渡しておく」
ウパシノンノが取り出したのは腕輪だ。
銀の糸を編んだような繊細なつくりで、青い石が飾られている。
「水精霊のお守り。そなたを守ってくれよう」
「ありがとう。姉様」
嬉々として左手首に巻き付ける。
神秘的な美少女によく似合っていた。
「芸能界は魔窟ときく。悪い男に引っかからないようにしろよ。ピリカアトゥイ」
「姉様こそ。こんなつまらなそうな男に引っかかっちゃって」
ううう、と、義妹が泣き真似をする。
「それは仕方あるまい。蓼食う虫も好き好きというしな」
「キミたち。悪口は本人のいないところでするものだと思うよ」
蓼が言う。
義姉妹が、声を立てて笑った。
「さて、目的のひとつは果たすことができたな」
ほんの十数分の邂逅。
去ってゆくピリカアトゥイの後ろ姿を見つめながら、ウパシノンノが呟いた。
「あの腕輪って、やっぱりマジックアイテムなの?」
「うむ。いちおうドワーフ連中とも互角に戦える程度の力はある」
「なぜドワーフ……」
どんだけ嫌いなんだって話だ。
敵対はしていないということではなかったのか。
「いや。前にテレビに出ていたしな。矛を交える可能性も否定できぬだろう」
「否定しちゃっていいと思いますよっ」
ウパシノンノが言っているのは、沖縄のご当地ヒーローだろう。
さすがに遠すぎるし、そもそも彼らは芸能人ではない。
人生行路が交錯する可能性など、ほぼゼロである。
「それに、芸能界はただれていそうだしな。あれがピリカアトゥイを守る盾となる」
「のんのんの芸能界に対するイメージって……」
「枕営業あたりまえ。仕事は身体で取るもの。ドラックも乱交パーティーもなんでもありの人外魔境」
「偏見だと思うよ!」
彼女はすべての芸能人と芸能プロダクションに謝罪すべきである。
心の底から、何回もごめんなさいって言うべきである。
「ごめんなさい」
「よろしい。じゃあお昼ご飯を食べに行こうよ」
えっらそうに許した悠人が提案する。
べつにこいつが芸能界の代表者ではない。
「何か腹案かあるのか?」
「ローストビーフなんてどうかなと思って」
「ほほう?」
ウパシノンノの瞳がきらりと光る。
自他共に認める肉食系エルフだ。肉にはちょっとうるさい。
「ステーキやハンバーグと言わなかったところに工夫を感じるな。因業で不実なイングランド人の伝統料理だが、ローストビーフは美味い。好物のひとつだ」
「なぜイギリス人を貶める必要があったのか……」
好きなら普通に好きといえばいいのに。
肩をすくめる悠人だった。
「魔術協会の世界本部はロンドンにあるからな。私たちエルフとは、数千年来の敵同士だ」
ふんと、ウパシノンノが鼻を鳴らす。
もちだもちこ先生。
ふたたびの出演ありがとうございます!
参考資料
オッサン(36)がアイドルになる話
第275部
参照URL
http://ncode.syosetu.com/n2448dj/275/




