ミステリアストーキョー 3
東京に棲息する妖怪たちにコミュニティは存在するのか。
「そういう話は聞いたことがないねえ」
ウパシノンノの質問に対する、のどかの答えである。
「だろうな」
ふうと息を吐くエルフ。
翌日の放課後。
『ぴゅあにゃん』を訪れたウパシノンノは、昨日の出来事について仙狸に相談を持ちかけていた。
篠崎狐が家に現れた、と。
首をかしげたのどかであったが、話を聞き進むうち得心した表情に変わる。
「これも時代なのかね。エルフと妖怪の違いもわからないなんて」
「私が日本の在来種ではないという事情もあるだろうがな」
「ゆーて、わたしだって日本原産じゃないさ」
仙狸は中国の妖怪だ。
日本では猫又などと同一視されているが、案外この国では猫の歴史は浅い。
『古事記』や『日本書紀』などにも、猫に関する記述はまったくないのである。
記録として残っているのは奈良時代。
ネズミの害から書物を守るために、中国から輸入されたのが始まりらしい。
以降、愛玩動物として人々に愛されることになる。
ただし江戸時代の初め頃まではなかなか繁殖せず、けっこう貴重な生き物であった。
「そもそも神仙でも妖怪でも良いけどさ。団体を作るなんて話、きいたこともないよ」
「妖怪が労働組合を組織して待遇改善などを要求したら、笑い話にしかならないしな」
自分の冗談のくだらなさに辟易したのか、ウパシノンノが肩をすくめた。
基本的に、妖怪なんてものは個人主義者だ。
幽霊とかでも同じだが、自分の都合で行動していたり迷い出たりしているのだ。
団結とか連合とか、そういう単語とは無縁なのである。
「結局、私の情報もおかしげなカタチで伝播したのだろうな」
「伝言ゲームみたいなもんだからね」
まるっきり他人事という風情ののどか。
こいつもまた個人主義者のひとりである。
麻奈を可愛がっていたり、ウパシノンノと親好をもったりしていることこそ異例中の異例だといえる。
「なんとか誤解を解いて、悠人が普通の人間だと知らしめたいのだが、なにか妙案はないだろうか」
「いいじゃないか。放っておけば。精狙いの妖怪なんて」
「ぬう……」
「あいつらは人を殺したりしないよ。のんのんの亭主がやられちゃうだけで、他に実害なんかないんだからさ」
からからと仙狸が笑う。
ウパシノンノ自身が昨夜いったことだ。
なのだが、一夜明けるとどうにもおもしろくない気がしてきた。
しかめっ面のエルフを、不思議そうに見るのどか。
「なんだい? 妬心かい? フリーセックスがあんたのモットーじゃなかったっけ?」
「そなたはフリーセックスの意味をはき違えている」
フリーセックスというのは、誰とでも性交をするという意味ではまったくない。
性別による差別をなくす、というのが最も近いだろう。
ジェンダーフリーという言い方もある。
ようするに、女は家を守り男は外で仕事をするものという固定観念を見直そうという運動のことだ。
「細かいことを気にするんじゃないよ。老けるよ?」
「老けてみたいものだ。何千年も変わらないというのも、けっこう面倒なものなのだぞ」
「知ってるよ。で、悠人だっけ。そいつに対して独占欲が芽生えてきたってわけだ」
「そうなのだろうか?」
なんでも知っているエルフのくせに、恋愛問題に関してはとんと疎い。
契約かなにかだとでも思っているのだろう。
そもそも考えて答えの出る問題ではあるまいに。
と、内心でのどかは苦笑した。
この手の問題は、他人がアドバイスできる類のものではない。
当人同士が時間をかけて解決するしかないのである。
しかし、仙狸はあきらかに治よりも乱を好んだ。
観客としては。
「とっとと所有権を主張しちまえば良いのさ。こいつは私の男だ。手を出したらぶっ殺すってね」
「ぬ……」
「わたしはそうやってまなまなを守ってるよ」
婉然と微笑むのどかだった。
「つーか、悠人にはなんかすげー力とかねえのかよ」
唐突に竜弥が話題を振る。
放課後の図書室。
大きな机の上に教科書や参考書をひろげ、野郎ふたりは試験勉強の真っ最中だ。
「すごい力ってなんだよ?」
「頭が良くなる道具とか、なんでも暗記できる道具とか」
「あのなぁ……」
「たすけてー 悠人えもんー」
「むしろ現実と戦いなよ。僕にそんな力がないことくらい、大石は知っているだろう」
よく知っている。
なにしろ一年の時からの付き合いだ。
「勉強したくないでござる」
まあ、ただの逃避である。
肩をすくめる悠人。
試験のたびに戦々恐々とするくらいなら、普段からちゃんと復習を欠かさなければ良いのである。
何時間も机にかじりつく必要などない。
にもかかわらず、彼を含めてほとんどの学生は日頃の勉強などしない。
「先の利子より今の現金!」
「見事に言い切ったね」
金は借りたいが返すのは嫌だ。
だいたい人間心理とはそのようなものである。
「べつに僕に付き合う必要はないと思うけどね」
悠人は不純な動機から好成績を挙げることを自らに課しているが、竜弥は違う。
普段通り、赤点さえ取らなきゃ良いやって姿勢で、なんら問題はないのである。
「お前だけ成績良くなったら悔しいから、俺も勉強する」
「なんだよその理屈は」
行動は立派だが、動機がおかしい。
「俺は仲間を増やすタイプのダメ人間だからな」
威張っている。
それはダメ人間というカテゴリで良いのか、けっこう微妙なラインである。
と、悠人の懐で携帯端末が震える。
画面を確認するとウパシノンノからだった。
視線とジェスチャーで竜弥に謝罪し、廊下に出る。
さすがに図書室の中で通話するわけにはいかないから。
「どうしたの? のんのん」
「忙しいところすまんな。少しばかり提案があって電話したのだ」
「提案?」
「うむ。試験前で恐縮なのだが、デートをしないか?」
こいつもなかなか唐突なことを言う。
むしろ僕の周囲には、唐突な人しかいない気がするよ。
話の脈絡とか盛り上がりとか、一切合切なーんにも考慮してくれない人々だ。
内心でため息を吐く悠人だった。
とはいえ、彼の答えはすでに決まっている。
試験とデート。
秤にのせたら後者がどんと沈んで、前者など成層圏まで飛んでっちゃうのである。
「もちろん良いんだけど、行きたいところでもあるの?」
「スカイツリーだな」
「べただなぁ」
「あとお台場。ガ○ダムを見に行く」
「……たしかもう撤去されたような……」
「なんと。乗れないのか」
「もともと乗るようなアトラクションじゃないよ。いまは違うガン○ムが飾ってるはず」
「仕方がない。それで手を打とう」
ちょー上から目線で許してくれた。
肩をすくめながら、こんなのはガ○ダムではないと文句を言うウパシノンノを想像する悠人だった。
通話を終え、端末を操作する。
せっかくのデートだから、なにか美味しいものでもと考えたためだ。
モガを自称するウパシノンノは、もちろんおしゃれな店に行きたがるだろう。
「となると、代官山か渋谷かな? 値段は張るけどスペシャル感を出すなら青山って手もあるか……」
画面の上を滑る指先。
良さそうな店をいくつかピックアップしてゆく。
「あとは、のんのんが何を食べたいかによるよね」
ここがおしゃれ、と、勝手に決めて外したときが怖い。
べつにウパシノンノは怒らないだろうが、いちおう悠人にも男としてなけなしのプライドがあったりするのだ。
「でも、たぶん肉だよなぁ」
エルフなのに。
菜食主義者っぽいというイメージを、とことんまでひっくり返す肉食系なのだ。
なにしろ、世の中は肉だと公言してはばからないくらい。
「お。ローストビーフの専門店。これがいいかも」
手を止める。
海の底を思わせる店内で、極上のローストビーフを。
という宣伝文句が画面に踊っていた。




