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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
第2章 ミステリアストーキョー
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ミステリアストーキョー 1


「おかえりなさいませ。ご主人様」

 流麗(りゅうれい)な声とともに、蝶のような軽やかさでメイドが近づいてくる。

 流れる金髪。

 北の地の、抜けるような蒼穹を思わせるような瞳。

「ウパシノンノさん。また会いに来てしまったよ」

「嬉しい。私もそなたに会いたかった」

 満面の笑みでの営業トーク。

 判りきっているはずなのに、客の顔がにへらとゆるんだ。

 彼女がこの店で働きだして二週間。

 売り上げは(うなぎ)登りだ。

「北の妖精の二つ名は伊達じゃないねぇ」

 席へと案内されてゆくサラリーマン風の男に苦笑をむけ、のどかが呟いた。

「そりゃまああの美貌ですしね」

 麻奈も肩をすくめる。

 ほぼ毎日見ているのに、自然と視線が釘付けになってしまう。

「おうおう。熱い視線を送っちゃって。浮気なんかするんじゃないよ」

「あたしは店長一筋ですって」

「そういって人は、すぐにわたしたちを捨てちゃうんだぜ」

「もうっ」

 猫耳娘たちのアブない会話だ。

 ちなみに一方の猫耳は作り物ではない。

「とはいえ売り上げに貢献してるんですから、ありがたいことじゃないですか」

「そうとばかりも言っていられないのさ。わたしはべつに金のために店をやってるわけじゃないからね」

「リビドー集めでしたっけ」

 店を訪れる客たちの興奮こそが仙狸の栄養なのである。

 メイドたちの肢体に男どもが興奮すればするほど、あるいはその視線によってメイドたちがドキドキすればするほど、のどかの身体にはエネルギーが貯まってゆく。

 抱きついて精を吸い取るという方法より、はるかに効率的だったため、彼女はメイドカフェを作った。

 金銭的な目的はあまりない。

 必要経費いがいは、すべてメイドたちの給料にしてしまっても問題ないくらいだ。

「むしろ順調すぎるのが問題でね」

「というと?」

「あんまり派手にやると目立っちゃうってこと。わたしもヨソ者だからね」

 肩をすくめる店長さん。

 東京には東京を縄張りとしている者たちがいる。

 彼らだってべつに争いたいわけではないので、ささやかに商売をするくらいなら平気だが、あまり目立つのはまずい。

「大変ですねぇ。妖怪の世界も」

 ほえほえと麻奈が頷いた。

 試験もなんにもないというほど、気楽にはいかないのである。

 次の瞬間。

 のどかと麻奈の頭にトレイが落ちてくる。

 軽い音を立てて。

「はたらけ。そなたら」

 銀色の凶器を右手に、ウパシノンノが怒っていた。




 さて、恋女房が仕事をしている間、悠人はぼーっとしていたわけではない。

 学生にとってはあまり嬉しくはないイベントの準備で大忙しである。

 中間試験だ。

 のんきなことにも思えるが、わずか一点たりとも成績を下げるわけにはいかない。

 ウパシノンノがきてから成績が悪くなった、と、両親に思われるわけにはいかないからだ。

 むしろ躍進して、きてくれて良かったという評価を勝ち取る。

 えらく不純な動機である。

 まあ、どんなにいきがったところで、高校生など金銭的には親がかりだ。

 スポンサーの機嫌を損ねるわけにはいかないってのは、テレビだろうと企業だろうと変わらなかったりする。

 それに、勉強は大事だとウパシノンノも言っていたし。

 無知は誰かを傷つける、と。

 知らないということは、それだけで他人を傷つける剣となるらしい。

 ノーマライゼーションという考え方を知らない人間が、保護という名目で高齢者や障害者を差別するように。

「だから悠人よ。そなたがいまするべきは知識を蓄え、自らを成長させることだろう。私たちは気が長いのでな。待っているからゆっくり成長したまえ」

 というウパシノンノの言葉が、悠人の原動力となっている。

「チョロインだよなぁ。我ながら」

 方程式を書き込んでいた手を止め、苦笑する悠人。

 ウパシノンノにできると言われたら、本当にできるような気になってしまう。

 頑張ってと応援されたら、無条件に頑張っちゃう。

 すこしばかりチョロすぎだと思わなくもない。

 こんこんと窓を叩く音。

 二階なのに。

「こういう状況にも慣れすぎだよね。これも我ながら」

 エルフに続いて、仙狸の知己を得た。

 テレビの画面越しだが、ドワーフの実在も確認した。

 もうね。

 なにが出てきたって驚きませんよ。

 クトゥルフでもニャルラトテップでも持ってこいって気分だ。

 視線を窓に向ける。

 ぼうっと浮かぶのは、般若(はんにゃ)面だった。

 ホラー映画みたいに。

「ふぐわっ!?」

 びびった。

 椅子ごと勢いよくひっくり返ってしまう。

 物音に驚いたのか、階下から母親が駆け上がってくる。

「どうしたの? 悠人」

「ままままどのそとにはんにゃーがっ!」

 指さすと、当たり前のように何もいない。

 定番である。

 ちくしょう。

 ぽんと息子の肩に手を置き、母親が首を振った。

「悠人。あなた憑かれているのよ」

「どこの捜査官だよっ あと漢字まちがってるよっ!」

 日々ツッコミがスキルアップしている少年だった。

「まあ、どうしても気になるなら、明日でもお父さんの病院にいってらっしゃい」

「さらっと息子に精神科の受診を勧める母親ってどうかと思うんですよね。せめて心療内科とかにしませんかねぇ」

 恨みがましい悠人をぽいっと捨てて、母親が去っていってしまう。

 心温まる親子関係であった。

 おおきく息を吐く。

「出てきたらどう? 気付かれてないと思ってるわけじゃないんだろ?」

 窓に向かって話しかける。

 突然だからびっくりしただけで、心霊現象に怯えたわけではない。

 ついでに彼は気配読みができるわけでもないので、いるかいないかは当てずっぽうだ。

 これで何もいなかったら大恥だが、逆からいえば恥を掻くだけで済む。

 確率が半分あるならハッタリをかませ、とは、ウパシノンノから教わった交渉術だ。

 知ってるぞ、と口に出してみせることで精神的な優位に立てるらしい。

 窓の外にふたたび浮かぶ人影。

 茶味がかった長い髪をもつ年若い女性だ。

 右手で般若の面をもてあそんでいる。

「意外に立ち直りが早いわね。さすがは北の偏屈魔女が見初めた男ってところかしら」

 病的なまでの白皙(はくせき)

 唇が下弦の月をかたどる。

「のんのんは偏屈じゃないよ。ナウなヤングだと自称してるし」

「うん。きみ弁護する気ないでしょ」

 からからと軽い音を立てて窓が開く。

 招かれないと入れないという習性は持っていないらしい。つまり、吸血鬼とかではないということだ。

「失礼なことを考えてる顔ね」

「なんで君たちは、息をするように内心を読むんだろうね」

「私は篠崎蜜音(しのざき みつね)。ようこそ薄闇の領域へ。ニンゲンよ」

「ここは僕の家なので、入ってきたのは貴女だとおもいます」

「細けぇこたぁいいんだよ」

 蜜音と名乗った女性が笑う。

 年の頃なら、悠人より少し上くらいだろうか。

 ただ、この人たち(・・・・・)の年齢が見た目通りであることは滅多にないので油断は禁物だ。

「それで、どのようなご用件でしょう。あいにくと彼女は外出しておりますが」

「挨拶に寄っただけよ。あの女の旦那ってのも見てみたかったしね」

 内心で言葉を分析する悠人。

 どうにもウパシノンノというのは有名人らしい。

 ある界隈において。

 もちろん人間の世界ではない。

 五千年も六千年も生きている種族がいるなど、普通の人間が信じるわけがないのだ。

 と、かつては悠人も考えていたのだが、最近になって認識を改めている。

 この国の上層部は人外の存在を知っているのではないか、と。

 知っていて見ないふりをしているのか、あるいはもっと積極的に関わっているのかまではわからないが。

「留守を狙ってきたんだから当然ね。エルフが惚れるほどの男の味、味わってみたいじゃない」

 ぺろりと上唇を舐める蜜音。

 艶めかしく、あるいは独立した生き物のように紅い舌が(うごめ)く。

 女性の瞳が獣の香りをたたえて輝く。

 とてもとても危険な状態である。

「味わうというのは食欲的な意味でしょうかね……」

 じわじわと後退しながら、悠人が軽口を飛ばした。

「もちろん性的な意味よ。あの女のバイトが終わるまであと一時間ちょっと。若いんだから三回はいけるよね」

 ブラウスのボタンを外しながら、妖艶な女狐が近づいてくる。

 悠人くん大ピンチだった。


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