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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
エルフが街にやってきた!
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エルフが街にやってきた! 10


「有意義な一日だった」

 買ったばかりの携帯端末をいじりながら、ウパシノンノが微笑した。

 さすがパソコン通信の時代から電子機器に慣れ親しんできただけあって、携帯端末の簡単な操作などあっという間に憶えてしまった。

「コマンドプロンプトを打ち込まなくては良いというのは、ずいぶんと楽な話だよ」

 とは本人談である。

 不用意に質問してしまった悠人はマシン語について長々と説明され、辟易(へきえき)したものだ。

「有意義というか、波瀾万丈だったけどね」

 苦笑する悠人。

 毎夜のこと。夫の部屋での雑談タイムだ。

 学校でほか弁を食べ、携帯端末を買いに行く途中でチンピラに絡まれ、バイトの下見では人外に出会う。

 時間経過とともに出来事がエスカレートしていっている。

「このペースでグレードアップしたら、来週には世界が滅亡するな」

「すごい他人事みたいに言ってるけどさ。のんのん。事態の中心部にはきみがいるんだよ?」

「私は何もしていない。トラブルの方が勝手に飛び込んでくるだけだ」

 彼女がトラブルメーカーだとすれば、悠人は巻き込まれ人生街道まっしぐらだ。

「明日からは平穏な日常になるといいなぁ」

「それは無理な相談だろう。チンピラどもにしても、あの程度で諦めるとは思わぬよ」

 エルフが肩をすくめる。

 人間ではない彼女だが、だからこそ人間というものをよく知っている。

 触らぬ神に祟りなしとばかりに距離を置くタイプと、舐められたままで終われるかって思うタイプがいることも。

 前者は、そもそもチンピラなどを生業(なりわい)とはしない。

「や……べつに職業としてやってるわけじゃないとは思うけど……」

「同じだよ。行く末は暴力団にでも入るか、けちな犯罪者となって服役するか。いずれにしてもまっとうな社会人にはならんさ」

「決めつけすぎじゃないかなぁ」

 悠人が首をかしげる。

 若い頃の無軌道さってものも、ある程度は理解できるつもりだ。

「で、昔はやんちゃ(・・・・)をしたものさと肩をすくめてみせるというわけだな」

 苦い笑み。

 口には出さないが、ウパシノンノには人間のそういう部分が理解できない。

 エルフにとって、咎人(とがびと)はどこまでいっても咎人だ。

 更生という発想は、そもそも存在しない。

 その罪を償ったところで、いずれはまた別の罪を犯すだけ。

 まして過去の乱行を武勇伝のように誇るなど、反省していない証拠ではないか。

「ともあれ、あやつらがあれで諦めるとは思えんな。力で勝てないとなれば、次に使うのは搦め手だろう」

「具体的には?」

「竜弥か麻奈を狙うというのが順当なところだが、案外、私に暴力を振るわれたと学校に泣きつくという手を使うかもしれん」

 前者であれば問題ないが、と付け加える。

 なんでも、竜弥にはウパシノンノの友人たる風の精霊(シルフ)が護衛についているらしい。

 麻奈は仙狸ののどかが守っているという。

「自衛隊程度の武力であれば、普通科小隊くらいの火力では突破すらできんだろうよ」

「換算式がおかしいよっ!?」

 規模としては三十名くらいで七両程度の装甲車を内包し、小銃や機関銃、無反動砲などで武装した戦闘部隊だ。

 風の精霊や仙狸は、それより強いということなのか。

「殺さないように気を使って戦えば、その程度の数が精一杯という意味だ」

「じゃあ殺して良いってことになったら?」

「それなら話は簡単だ。一帯への酸素の供給を止めれば良いだけだからな。人間はそれで死ぬだろう?」

 淡々とした口ぶりに、ごくりと悠人が生唾を飲み込んだ。

 次元が違いすぎる。

 ほぼ一瞬でチンピラども叩きのめしたことも、ウパシノンノにとっては余技のようなものなのだろう。

「問題は、暴力ではなく権力に訴えられたときだ。転校二日目にして退学処分というのは、さすがに体裁が悪い」

「いやぁ。それは大丈夫じゃないかなぁ」

 体格にも恵まれていない、細身のウパシノンノが大の男六人の足を蹴り折ったと主張して、信じる人間がいるかどうか。

 いるとすれば、それはずいぶんとファンタジーな思考の持ち主だろう。

「ふむ。言われてみればその通りだな」

「でしょ?」

「では学校では、せいぜいしおらしく振る舞うとしよう」

 よっとベッドから立ちあがり、椅子に座る悠人の頬に口づけてから部屋を出てゆくウパシノンノ。

「おやすみ」

 という言葉をのこして。

 唯一、恋人らしい仕草であった。




 翌日、登校したウパシノンノは教室の雰囲気が変わったことに気がついた。

「ふむ。クラスカーストが入れ替わったということか。これはこれで面倒な話ではあるな」

 席に着くと、さっそく幾人かの女子生徒がやってくる。

 いままであの小便娘を中心としたコミュニティが形成されていたが、それに属していた者は底辺に追いやられ、あらたなオピニオンリーダーとしてウパシノンノが祭り上げられようとしていた。

「むしろこんなことをしている余裕があるのかと問いたいな。そなたらは受験生であろうに」

 とは、内心の声である。

 仲良しこよしを装ったところで、大学受験ではみんなライバル。

 自分以外はすべて敵なのだ。

 そうまでして大学に行かなくてはならないのか、というのは日本の教育が抱える問題点ではあるが、学歴によって就職先の選択の幅が違ってくるのもまた事実ではある。

 大企業や上級公務員を目指すなら、大卒は必須だ。

「せちがらい世の中だがな」

「ん。何か言った? のんのん」

 女子生徒の一人が首をかしげる。

 昨日は遠巻きに見ていたひとりだ。

 べつにウパシノンノは不快感を示さなかった。好きこのんで厄介事に首を突っ込むような輩よりは、よほど信頼に値する。

 情勢を正確に読みとり、いちはやく実力者とよしみを通じようとする姿勢も、じつに好ましい。

 ようするにきちんとした計算ができるということだ。

「なんでもない。それより昨日、携帯端末を買ったのだ。LINEを交換せぬか? 私のようなイナカモノと繋がるのが嫌でなければ」

 笑顔を向ける。

 ぼんと音がしそうな勢いで赤面する女子生徒。

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 うやうやしく自分の端末を差し出したりして。

 嫁にでもくるつもりなのだろうか。

仁井田梨乃(にいだ りの)。私にとってそなたは初めての同学年の友人だ。どうか末永く仲良くしてやってくれ」

千歳(ちとせ)の時が流れ、この身が朽ち果て、一握の砂となっても」

 えらく大仰なことをいって、梨乃が片膝を床についた。

 こうしてウパシノンノは腹心の部下を得たのである。

 覇道の一歩目が刻まれた瞬間であった。

「勝手なナレーションで話を進めるな。大石紫(おおいし ゆかり)

小生(しょうせい)ごときの名を憶えていただけるとは光栄の至り」

 右手を身体の前に、左手を身体の後ろに隠す優雅な一礼。

 余談だが、これ(・・)は竜弥の姉らしい。

「どうでも良いが、その芝居がかった仕草は流行っているのか?」

 やれやれと肩をすくめるウパシノンノだった。

「じつは二人とも演劇部でね。卒業公演にむけて稽古の真っ最中なんだ」

 紫の言葉に梨乃も頷く。

 部活動。

 経験してみたかった気もするが、三年の二学期から所属するというのも奇妙なものだし、放課後はメイドカフェのアルバイトがある。

「上手くはいかないものだな」

 ひとりごちる。

 悠人の両親は家賃など不要と言明しているものの、いつまでも厚意に甘えるわけにはいかない。

 自分の食い扶持くらいは稼がなくては、居場所だって狭くなってしまう。

 その意味では、時給二千五百円というのは非常に美味しい。

 北海道の最低賃金は時給七百八十六円なので、ざっと三倍ちょっとだ。

 もちろんこれには、口止め料的なものも含まれている。

「その卒業公演とやらは、私が見に行っても良いものだろうか」

「もちろん!」

 声を揃える女子高生たちであった。



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