エルフが街にやってきた! 1
「えらく体に悪そうな味だな」
ぱくりとハンバーガーをかじりとった女が、非常に失礼な感想を漏らした。
どこにでもあるようなファストフードのチェーン店。
向かい合わせに座った二人。
テーブルには二つのトレイ。
ごくありふれたセットメニューの乗った。
「あれ?」
予想外の反応に少年が首をかしげる。
どこにでもいるようなカップル、ではなかった。
より正確には、カップルの一方がものすごく異彩を放っている。
腰まである金色の長い髪はさらさらと音を立てそうなほどに流れ、北の空を彷彿させるようなどこまでも澄んだ青色の瞳と、透けるような白い肌。
ミステリアスな雰囲気の美女。
あるいは、この世ならざる、と称しても、そう言い過ぎではないほどの美貌を持った女性だ。
ついでに付け加えると、人間ならざる身体的特徴を持っていたりする。
尖った長い耳。
ファンタジー作品などに登場するエルフ耳というやつだ。
他方、少年の方はごく平凡な容姿である。
整えない黒髪と同色の瞳。平均程度の身長と平均程度の体格を持つごく普通の高校生。
特筆すべき点はなにひとつないのだが、一応は固有名詞くらいはある。
高槻悠人というのが、彼を表す記号だ。
「ひっどい紹介だよ……」
「だれに文句を言っているのだ。そなたは」
「運命に? そんなことよりさ。のんのん。美味しくないの? それ」
女の持っているハンバーガーを指さす。
「美味い不味いでいうならば、美味いのだろうな。そう感じさせるために調味料を多用しているのだろうし」
のんのんと呼ばれた女が小首をかしげる。
容貌にはあまり似合っていない愛称だ。
名をウパシノンノ。ただ、これも本名ではないという。
住み着いた土地でもらった名前らしい。
「棘のある評価の仕方だなぁ」
肩をすくめる悠人。
もっと大仰に喜ぶと思っていた。
異世界転移や転生ものの作品で、現地の人々が日本の料理に大喜びするというのは、わりと定番のシーンである。
ハンバーグやパンを食べて、こんなに美味しいものを食べたのは初めてだ、と。
「べつに棘などない。価格を考えれば、やむを得ない選択であろうことも判るしな」
もそもそとセットのフライドポテトなどを咀嚼しながら、ウパシノンノが応える。
ぜんぜん美味しそうじゃない。
嫌々食べているのがまるわかりだ。
「いや……そんなまずそうに食べるなら残してくれても……」
「食べ物に罪はない。私が食べねば捨てられるだけだろう。このイモにしても、ハンバーガーになった牛にしても小麦にしても、捨てられるために生まれてきたわけではあるまい」
警句めいたことを口にしながら、やはりセットのドリンクで流し込んでいる。
ちなみに紙コップの中身はコーラだ。
炭酸飲料を飲み慣れない異世界人が噴き出してしまう、などというシーンもテッパンだが、まったくそういうこともなく普通に飲んでいたりする。
「喜ぶと思ったんだけどなぁ……」
「つまり、私は千円もしない昼食で喜ぶ程度の安い女だと思われていたというわけだな。よくおぼえておこう」
にやりと笑った。
端正な顔をしているだけに、とてもとても怖い。
悠人の反応は迅速だった。
「ひぃぃっ! すんませんすんませんっ!」
必死に、かつ卑屈に頭を下げる。
なんかトラウマでもあんのかって勢いだ。
周囲の席の客たちがくすくすと笑う。
恋人同士というより、女王様と従者みたいな雰囲気だから。
とってもとっても目立つ二人が寸劇みたいなことをやっていたら、そりゃ注目もされるってもんである。
「とはいえ、おしゃれな場所で食事をしたいと言ったのは私だ。悠人が謝罪するには及ばぬだろう」
鷹揚に頷いて許してくれる。
寛大なことであった。
ファストフードってお洒落なのか? という問いを悠人は飲み込んだ。
ウパシノンノの常識が、どうにも彼の持っているそれとは、けっこうズレがあるのというのは、わりと思い知らされている。
出会ったときから。
「まあ喜んでもらえたなら良かったけどね」
「私はこれでも郷で一番のモガだといわれていたのだ。都会に遊びにきたからには、この程度はしないとな」
「……ねえ。のんのん」
「なんだ?」
「モガってなに?」
おそるおそる悠人が訪ねると、周囲の客たちも頷く。
こいつら聞き耳を立てていますよ。
普通に。
「なんだ? そんなことも知らないのか? 頼むぞ都会人」
「……さーせん」
すげー理不尽に責められている気がする。
もちろん、気だけではない。
「モダンガールの略だな」
「そっすか……精進します」
なんと、元の単語の方も判らなかった。
ポケットから携帯端末を引っ張り出して、いま言われれたばかりの言葉を入力する。
ふと周囲を見渡せば、他の客たちも同様の仕草をしていた。
ですよね?
みなさんも知りませんよね?
僕だけがおかしいわけじゃないですよね?
内心で同意を求めたりして。
大正から昭和初期にかけて登場した流行語である、と、インターネット内の百科事典には記されていた。
きっかけはラジオだった。
聴くとはなしに聴いていた番組。
リスナーからの手紙が紹介されたとき、悠人は自分の耳を疑った。
次に、番組パーソナリティーの正気を疑った。
なんと紹介された手紙は、エルフからのものだった。
幻想種族である。
この地球上に存在するはずのない架空の生物だ。
その程度のことは大人とはいえない年齢である高校二年生の悠人だって知っている。
だが、パーソナリティーはエルフの実在を一グラムも疑わず、当然のように話を進めていった。
なにかのネタなのか、と思った悠人は、翌日学校で知人に尋ねてみた。
返ってきた答えは、やはり常識的なものだった。
おそらく、エルフというのはリスナーが用いたラジオネームで、実在するとかしないとか、そういう類の話ではない。
そこにいちいちツッコミを入れるのは、番組の進行を妨げるだけ。
だからパーソナリティーは上手く流した。
疑う余地はほとんどないような解答であり、悠人も頷きかけた。
ひっくり返したのは、別のクラスメイトである。
友人というわけではないし、親しいわけでもない女子生徒だ。
なんでも芸能活動をしているとかで学校も休みがちなので、ほとんど話をしたこともない。
ありていにいって、悠人にとっては高嶺の花である。
その高嶺の花が彼に手渡したのは一枚の紙片だった。
エルフに会いたいなら、という言葉を添えて。
記されていたのは、謎の言葉である。
留辺蘂、と。
解読には数時間を要した。
目の覚めるような美少女からメモを受け取り、天にも昇るような心持ちの悠人だったが、歓喜は一瞬で冷めてしまった。
はっきりきっぱり読めなかったのである。
携帯端末に文字を打ち込んで調べようにも、三つ目の字などはそもそも文字なのかどうかすら判らない。
暗号かよってレベルだ。
休み時間どころか授業時間まで使って、彼がたどり着いた答えは留辺蘂。
北海道東部。道東といわれる地方に存在する北見市。その一角にある地名だ。
かつては独立した町だったらしいが、『平成の大合併』の際に北見市に統合されたらしい。
二〇〇六年のことである。
「ここにいけばエルフがいるってことなのか……」
情報をくれたクラスメイトに尋ねようとした悠人だったが、残念ながらそれは不可能だった。
撮影だか稽古だかで、彼女は早退してしまっていたからである。
しかも当分は登校しないだろうという噂だ。
芸能活動とやらが本格化したらしい。
となれば、いつまでも都立高校には籍を置けない。出席日数とかの問題があるから。
いずれは芸能人たちが通う高校に転校することになるだろう。
そうなってしまば、もとより連絡先の交換などはしていない彼としては、完全に縁が切れる。
せっかくお近づきになるチャンスだったのに。
放課後の教室。
ぼりぼりと頭を掻く悠人だった。
もちだもちこ先生。
出演許可ありがとうございます!
参考資料
オッサン(36)がアイドルになる話
第233部
参照URL
http://ncode.syosetu.com/n2448dj/233/