滲んだ文字を滲ませて
これまで書いた話の内容の設定の一部をまた変更しました。
変更点)王国→帝国 竜→王国にのみ存在、帝国にはいない
初めのプロットからずいぶん離れていくだろうとおもったためです、申し訳ありません。
また、一旦ここでくぎって、王国サイドの内容を
異世界症候群 ~ 飽くなき悪政 王国編 ~ (仮題) で投稿し、これを交互でやろうかなと考えてます。
舞踏会から2日後ーーー
まだ少々浮かび気味のアレクが、余韻に浸っているかのように自室で一人で踊りの練習をしていると、
ノックと共にフーキエがいつものハーブティーを乗せた手押し車を引いて部屋に入ってきた。
少し恥ずかしさを感じるアレクをよこに、フーキエがハーブティーを淹れ始める。ハーブティーは、ガーデニングが趣味というフーキエの意外な趣味と実益を兼ねた彼のオリジナルである。
お湯が注がれると、暖かな春の造園にいるかのように連想させるハーブの芳醇な香りがふんわりと放たれていく。フーキエは砂糖やミルクを用意した後、封のされた手紙をそっと横に置いて何もいわずにそのまま部屋を後にした。
ーーーーいつもならこの後一緒に一服して、勉強や稽古事なのに
一口飲み、いつもより味が強くてすこし変わっていることを感じながら手紙に目を向けると、開封用のペーパーナイフを珍しく置いていかなかった事にも気づく。
珍しいなと思いつつ、そばにあった定規でしゃっと開封してみると、中にあったのは、アセビの蕾の髪飾りと、持ち主からの手紙だった
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親愛なるアレクへ
先日の舞踏会、とっても楽しかったわ。
アレク、あなたのおかげで。
私が蕾飾りをつけていたわけは、もうしってるとおもう。
もともとうちの貴族の爵位は、金持ちの商人に売ることになっていたの。
それを仲介したのが、ステファノ侯。
彼が言ったの、私に貴族として最後の踊りをさせてあげようって。
初めは私もパパも嫌な思いするかもしれないから断ったんだけど
パパは私がしたいようにって言ってくれた。
パパに踊りを見せられるし、ドレスも貸してあげるって言われて、また踊りたくなってね。
それとね、蕾飾りは私がパパのためにつけてたの。ひょっとしたら、また貴族になれるかもって。
最期くらい、夢を見てもいいんじゃないか、見せてもいいんじゃないかって。
けれども、踊り場に行ってから、そんなのただの都合のいい願望だって、改めておもいしったわ。
最初に私と踊ったあの男、返済相手の一つの家の息子なの。その彼がこう言ったの。
もし、俺以外に踊る相手がいたら、親に言って返済の利息を待つよう頼んでやろう、けど、俺以外に誰も踊る相手がいなかったら、婚約なしで今夜は俺の相手をして花を咲かせろって。
結局、ただの戯言ってことでなかったことになったんだけどね。こんな事であの場で騒ぎたくなかったし
だから、アレクは私を助け出してくれた恩人なの。
なんでこんなことになっちゃったかっていうとね、
パパはみるからに人が良いでしょう?
最初は仲のいいおしどり夫婦だったんだって。
けどね、ある日、パパが所有してた奴隷達を解放して、そのまま雇ってあげたの。
それがだめだった、人を簡単に信じたらいけないことをしったわ。
ママはそのうちの1人の、若い使用人にいれあげて、お金を貢ぐようになっていったわ。
最初は彼から奴隷解放のための資金とかなんとか言われてたみたいだけど、そんなのうそっぱち。
ママっていうのつらいから、あの女っていうわ
あの女、それもわかってたのに、ずっとあの使用人の男の従順な犬のように成り下がっていたのよ。
このことを知ったのは、あの女と使用人が借金残して姿を消すときに置いてった書置き。
それとね、私、本当は、パパの子供じゃないかもしれないんだって。
瞳の色がパパとちがかったでしょ、ほんとはね、あの女ともちがうんだ。
パパはずっと、嘘をつかれつづけて、騙されてた。
けどね、そんな私を変わらずに娘として育てるっていってくれた。
これからはパパと一緒に帝国のどこかの遠い町で商人として暮らしていくのよ。
アレクと同じくらい、パパは信じられないくらい強くてやさしいわ
私なんか、あの女の血が自分の身体に入っているのが耐えられないほど許せないくらいなのに。
だから、私、あの女みたいになりたくない、嘘をつきたくない。
一緒に踊ろうって言ってくれた時に返事をしなかったのは、もう踊れないことをわかっていたから。
アレクに嘘の約束をしたくなかった。アレクがきっと傷つくのががわかっていたから。
アレクに私の胸の音が届いていたのが、わかっていたから。
ねえ、アレク、どうか、私のことを忘れて、いい人を見つけて一緒に幸せになってね
アレクの幸福を願いながら
クレアより
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クレアからの手紙は、アセビの花々が咲き乱れた絵が描かれた便箋に、とても綺麗で気品があるのが見て取れる青い筆記体で書かれていた。
けれど、次第にその整った筆跡が震えていき、後半からは不規則に滲んでいた。
やがてアレクが震わせる手紙の上で、ふたたびクレアの文字がじわじわと便箋を青く染めていく
アレクにとっては、便箋と蕾飾りを胸に抱えながらベッドに臥せて嗚咽するのがやっとであった
ただただ、自分がこれ以上クレアの滲んだ文字を滲ませないために