蕾の髪飾り
これまで書いた話の内容の設定の一部をまた変更しました。
変更点)王国→帝国 竜→王国にのみ存在、帝国にはいない
初めのプロットからずいぶん離れていくだろうとおもったためです、申し訳ありません。
深い森を潜り続けた先には、2つの路が別れている。間にある一軒の邸宅では、ベランダ中から咲き乱れる藤のような花々の若紫と藤納戸からなる重厚な色層と、飾り付けられた蝋燭の揺れる火が、暮れた夜を艶やかな妖しさに染めていく。
護衛騎士に続けて馬車が玄関の前までたどり着く。待ち構えていたフロントの執事たちが馬車の扉を開き、初めに母に、次に私に手を貸していく。辺りを見るとすでに10組以上は来ているようだ。白馬の馬車が多いのは見栄の張りあいなのかどうか。
「「おおっ!カワイイと評判のお前の息子がようやく来たか!!」」
細身だが快活なステファン公が父アルベルトに淡い赤色のグラスを渡しにやってきた。
「本日はお招きに預かり「「おうおう、それよりまずは食べろ食べろ!」」
ムニエルやローストビーフ、ボイルされたロブスターの切り身を山盛りにした皿を押し付けられた。
アレクはステファン公のクセの強さに初対面で少し面喰いつつ、目の前の一山を平らげることに精をだす。これでお酒が飲めればな...と満喫していると、突然玄関が閉まる。どうやらゲストが全員着いたようだ。と同時に軽やかな曲が流れ始める。
すると自然に各々が身体を触れ合いダンスに興じる。さて相手を探そうか、と少し緊張しつつ前へ出ようとしたときに、グイっと肩を掴まれる。振り向くと父が顔を寄せ、
「例えこの場で将来結婚しようと女の子から言われても絶対にはぐらかせ、婚約の言質を取られたらかなり面倒なんだよ。」
...えっ?
ポカーンとした顔で驚くと、
「あそことあっちとむこうにいる貴族は去年から落ちぶれた貧乏貴族だ。わざわざ娘達の服に気合を入れて、縹色に染められたアセビの蕾の髪飾りの、うん、見えたか。彼らは見栄と奴隷に溺れ散財したんだろう。特に奴隷狂いはやっかいだ、安くないのに若い奴隷を求めてとっかえひっかえしたらどんどん金がなくなっていく。若さを失った奴隷は価値も低いから借金の利息程度。ま、多いのは先代が奴隷狂いで残された家族に借金が残り、何とか食つないでいるってところだ。大方、今日のパーティーで自分の子供達に、金持ち貴族の子供を相手に無邪気な結婚の約束を誓わせ、それを既成事実に取り入って家名を回復したい、拒否れば和解金をってとこだろう。」
柔らかく微笑みながら貴族の暗部を怖がらせないように澱みなく説く父が逆に恐い。
「おっ、あの蕾の髪飾りを付けたブロンドの女の子に男の子がいったぞ...あれは助け舟を出したっていうより、わかってて弄んでるって感じだな。悪い男になるかもな、あれは。あの髪飾りをこの場で付けたっていう意味はな、婚約ないのでいつでも即婚約即結婚できます、未だ蕾の姿なので貴方の手で花を咲かせてほしいって意味だ。」
...なんだか年齢早すぎ生々しすぎな婚活のような?
「ま、言質さえ取られなければ彼女達とも踊ってきな、優しいフォローもそのためにしてくれるだろう。今日はただの顔合わせに来たようなものだから、っと...あの紅紫色に染められた藤花の髪飾りをしている銀髪の女の子には失礼のないようにな。皇帝の娘だから。」
と言うと母エレノアの許へ飛びつく勢いで走っていくと、いつになくキリっとした表情をして踊りに誘い、エレノアは笑みを浮かべながらも遅いといわんばかりに誘った手をすばやく取り軽い口づけをして舞い始める。まるでこの二人が世界の中心であることを疑わないかのような没入感。
隔絶された二人だけの世界。
なんで皇帝の娘がこの場所にっというより、皇妃のいる場所でこの二人はよく相も変わらないアツアツぶりでいられるんだ...。本当のところ今日来たのは単に2人で踊りたかっただけなんじゃないか...。
そう半ばあきれつつ、パートナーを探していると、先ほどの表情を硬くしたブロンドの髪飾りの女の子が少年との踊りを終えたようだ。どうやらセクハラまがいのからかいを受けたようだ。他の二人も未だパートナーを見つけられずにいる。どうせならボッチ同志達にパートナーのお誘いをしてみよう、後で約束を懇願されてもはぐらかせばいい、か。
踊り舞い続ける彼らの中には、1曲終わったと同時に次のダンスパートナーをかすめ取るような押しの強い連中もいる。そんな一瞬のシーンでぞくりとした不安が襲う。例え大人になっでも、あのように他人のパートナーを手早くモノするようになれやしないのではないか...。
その不安感に駆られて急ぎ足で髪飾りのブロンドの女の子の前へと向かう。
「一曲お願いできますか」と恭しくお願いすると、緑色の眼で顔を覗き込まれながら
「じゃ、お相手、お願いしますわ」
切れのいい声と同時に手が自然と彼女の背中へ移される。自分より少しだけ背が高くて、細身なのに自然にどう動けばいいかを感覚でリードしてくる彼女は、フーキエとのダンス練習しかしたことのない私にとって、素直にありがたい。
「私、クレア、アレク様は今年でおいくつ?」
回り続け、身体を管理されているような感覚に陥いりかけていた。
「きゅ、きゅうさい...です」
段々と管理されている感覚から、安心を感じ始めていく。
「じゃあ、私2つ年上なんだ、お姉ちゃんだね」
いくら低年齢同士の女の子とはいえ、今までこんなに他人の異性と密着した経験は前世を含めてもこれが初めて、緊張しているところに、まさかのおねショタイベントが起こったせいで、思考もとんで、あがってしまいそうになり、身体も顔も熱くなっていくのを感じてしまう。
「はい、終わりー!初めてにしては結構リードしやすかったよ、背筋もいいし。」
曲の終わりが熱い夢の終わりを醒めさせた。クレアに「もう1曲っ」と口にして手を伸ばすと、背後でねっとりした視線が広がっていく。
その視線が何を語っているかを気にするよりも、視線を感じ取り目線をほんの少しだけずらしながら、どことなく申し訳なさと寂しさを見せたクレアが気になるのだった。