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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さまざまな恋の短編集:BL版

【BL】星を散りばめて

作者: 道乃歩

 俺の恋人は海が大好きだ。

 ただ、観光地と化しているほど人の多い海ではなく、プライベートビーチのような物静かな海が好きらしい。俺も人混みは得意ではないから、今回の宿、もといコテージはあっさりと決まった。


「いやー、ほんと綺麗な海だなー!」


 さっきから彼は似たような感想を繰り返している。検索していたらたまたま見つけたコテージだったが、車通りも人影もほとんどない、おまけにメインの海はエメラルドの宝石をそのまま溶かしたような、まさに彼が喜ぶ類のものだったから、まさに完璧な選択だったわけだ。


「ねえ、俺ばっかりはしゃいでるけど、そこに座ったまんまでつまんなくないの?」


 彼は砂浜に座ってただ海を眺めたり、趣味である写真を撮ったりとなかなかに忙しない。俺はといえば、最初こそ彼に付き合っていたものの、楽しそうな背中をひたすら眺めてはコテージに引っ込んで、溜まっていた本をのんびり消化していた。


「別につまらなくなんかないよ。……でも、そうだな」


 まるで同棲しているように、気張らず、恋人らしいことをしないと、と気負いもせず、ただのんびり休暇を過ごす。旅行前に決めたルールだった。

 久しぶりに重なった休みというのもあって、特に彼の生き生きとした姿を素直に堪能したいという気持ちもあった。


「ん、やっぱり一緒になにかする?」


 目の前に立った俺を水面で輝く太陽のような瞳で見上げる彼に、まずは触れるだけのキスを落とす。


「そろそろ、俺にも構ってほしいかな」


 唇の表面を軽く喰んで、薄く開いた隙間に舌を差し込む。陽の下に晒され続けたせいか、いつもより熱い口内を丹念になぞっていく。

 耳をくすぐるのは、穏やかな波音に不釣り合いな、舌、唾液を絡ませ合う淫らにあふれた音、互いの乱れた呼吸だけ。

 人気のないという事実が、普段以上に大胆な気持ちを生み出す。それは彼も同様のようで、白いTシャツの裾から手のひらを滑り込ませても、甘さに震える声をこぼすだけで拒否はしてこない。


「……いいんだ? まだ日中で、こんなオープンな場所なのに」


 意地悪をされていると自覚しているらしく、わずかに頬を膨らませて欲情に濡れた瞳を釣り上げる。


「あんた、ほんとこういうときは性格悪いよね。オヤジだ」

「心外だな。五歳しか変わらないのに」

「五歳は結構ちが、っん!」


 小さく笑いながら、すでに尖っている箇所を爪先でなぞる。あっという間に目元を緩ませた彼が可愛くて片方も強めに弄ってやると、もはや堪らえようともしない悲鳴が鼓膜を震わせた。


「コテージまで、戻る?」


 耳元で囁くように問いかける。吐息がくすぐったいのか、首をすくませながらゆるゆると振る。


「我慢できないんだ」

「いいから! ……もう、意地悪しないで」


 肩口に歯を立てられた瞬間、年上の余裕はいとも簡単に消え去った。



「あーあ、結局こういうパターンか」

「いいじゃないか。俺、実は結構我慢してたんだし」

「えっ、それなら早く言ってよ!」


 ベッドから身を起こした彼は、こちらの変わらない笑顔を見て冗談だと悟ったらしく、溜め息をついてもそもそと元の位置に戻っていった。


「まったくの嘘ってわけでもないよ。ああしてのんびり過ごして、楽しそうな君を見ていたかったのも本当だから」

「それなら、いいけど……」


 あれからコテージに戻っても熱は冷めず、シャワーを簡単に浴びてからずっと、ベッドの上で過ごしてしまった。外はとっくに薄闇で塗り替えられ、小さな輝きと半分に欠けた夜の太陽が、外灯の代わりにコテージを照らしている。


「明日は岬のある方に行ってみよう。ちょっと距離があるけど、高い場所から見る海もなかなかいいからね」


 すぐに笑顔を取り戻した彼は素直に頷く。

 明後日はなにをしよう? 幸せなことに明々後日も、その次の日もある。まだ、彼をたくさん独占できる。

 けれど……ずっと、ではない。


「どうしたんだ?」


 本当に、感情の変化に敏い恋人だ。それとも、それだけ俺がわかりやすいのか。嘘をつくのは苦手ではないのに、思ったほど余裕がないのかもしれない。

 黙って肩を抱き寄せて、恐る恐る口を開く。

 本来なら、旅行の最終日に打ち明ける予定だった。


「ずっと、考えていたことがあるんだ」


 彼は何も言わない。かえって、俺のタイミングで続きを紡げばいいと言われているようで、少しだけ気が楽になる。


「俺と、一緒に住まないか?」


 俺にとっての同棲は、「これから先もずっと一緒にいたい」という、いわば結婚と同等の意味を秘めていた。

 彼も、それを知っている。

 ずっと迷っていた。隣で笑ってくれている彼は、未来でもそれを見せ続けてくれるのかと。俺はとうに覚悟を決めていたけれど、彼は違うかもしれないと少しでも考えると、なかなか口に出せないでいた。

 ようやく、なけなしの勇気を振り絞れたのだ。

 あとは彼を信じるしかない。俺に向けてくれる笑顔の輝きに、すべてを委ねるしかできない。


「まったくさ、遅いんだよ」


 虚空に響いたのは、呆れと愉悦の混じった声。

 次いで俺を見下ろす瞳は、逆光でもわかるほどに星を散りばめたような輝きで満ちていた。

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