七、犬猿≠毒舌&僧兵
「いやーはっはっは! ついついやってしまったわ。何分坊主の鎌が良い感じでのう、熱が入ったのじゃ」
「……この戦闘系脳筋ハゲ。新入りを一日で殺すつもり? まったく、何で白地はこの筋肉達磨を案内に付けたんだろう」
「儂以外手の空いてる奴居らんかったし、一応面識もあるのでな」
「あ、そう。で、なんで戦っていた? 初日は施設案内だけのはず」
「何故って、ほれ、取り敢えずは実力を確認せんといかんだろう」
「そもそもこの人は魔術師にするの? とてもじゃないけどあの魔臓の大きさじゃあ……」
「いいや。だが、戦線に加わってはもらうだろうな。人手も足りんし、こいつは一応力がある」
「魔術も無しに、と思ったけど、この人は特殊だったね」
「まあな。何せ外敵をその身に宿した希少例じゃ。こいつに魔術はいらんよ。それに、必要なら魔具くらいは用意する」
「妥当だね。肉壁に」
「肉壁にはせんがな」
「それは残念。とても、すごく、すさまじく残念」
「当たり前だろう」
……俺が呻いている間、頭上では会話が交わされていた。内容は、まあ。聞きたくなかったこととか、相変わらずの毒舌とか。そんなものだ。
大分痛みも引いてきたので、起き上がる。
右腕と左足は、元に戻っていた。やっぱり時間制限ありか。
「おっと、起きたな。具合はどうだ? ん?」
「うわあ逃げたな臥嶽、やっぱ似非坊主は汚い」
臥嶽さんがもの凄く引きつった笑顔ともに、話しかけてくる。後ろの毒は気にしない。
「大丈夫です。まだちょっと痛みはありますが、なんとか」
「ならよかった」
「すべては私の治療と我蝕木虫のおかげ」
毒吐き計測員が自分のやったことをアピールしてくる。一応、礼は言っておく。多少癪に触るが。
「ありがとうございます」
「いいってこと。ま、死なないくらいに頑張れ」
何というドヤ顔。まるでお手本のような面構えをしている。殴りたい。
「てか御前さんはただ符を貼っただけじゃろうが、何でかい顔しとる」
「それすらが必要なほどの怪我を負わせた臥嶽にそれを言う権利はない」
「ぐっ! だが、坊主の怪我を治したのはほとんど我蝕木虫じゃろう」
「それでも私の魔術符の効果はあった」
「雀の涙ほど、か」
「臥嶽の働きはゼロ、だけどね」
「その口と舌を止めることは出来んのか」
「出来ない。臥嶽の失われた髪の毛を取り戻すくらいに」
「だからこれはスキンヘッドだと言っておるだろうが!」
「かわいそうに。同情する。それこそ雀の涙くらいに」
「せめてもっと寄越せ、現物で」
「年下の少女、それもとびきり可憐な少女に無理矢理何かを要求する中年……犯罪集がする」
「儂はまだ三十代じゃぞ!?」
……なんだこれ。言葉を挟めないくらいの言葉の応酬だ。どうやら、この二人は仲が良いらしい。
「お二人は仲が良いんですね」
「誰がこんな脳筋と」
「誰がこんな毒舌と」
「あ?」
「は?」
あ、地雷踏んだかも。二人が互いをにらみつけている。成る程、犬猿の仲?
「ちょうどいいし、ここでやる? 安心して、殺さない」
「いいではないか。だが、調子に乗るなよ。御前さんの魔術符制作の腕と戦闘能力は相反しておるからなあ!」
「ほざけ、薙刀を振るうことしか脳がないくせに」
「……は、ガキが」
「とっととくたばれ、老害」
ダン、と音が響いて、二人は距離を取った。そしてそのまま構える臥嶽さんに、どこからか取り出した札のようなものを手に持っている計測員。あれが魔術符か。初めて見た。魔術式が刻まれた、一見何でもないその紙切れ。でも、あれは純然たる武器だ。臥嶽さんの薙刀と同じように、外敵に対しての――――。
いや、てか、ちょっと待って。
「なんで戦おうとしてるんですか!?」
ここに怪我人がいるんですけど。原因、というか発端は多分俺の言葉。でも、これはまずい。自業自得だろうが、また医務室送りだ。
「理由なんて無い」
「あるとすれば、それはくだらないモノであろうよ」
何か格好いいこと言ってるけど、今にも戦端が切って落とされそうな気配だ。あ、これ止められないわ。腹痛いし、鎌にした後遺症か右腕も鈍痛が響いている。左足にもだ。立って逃げようにも、俺がいるのはこの部屋の壁際。目の前には二人。どこに逃げれば良いというのだ。
「と、とにかく! 今戦うのは俺の命とかいろいろが危ないんで矛を収め―――」
「往くぞ」
「来なよ」
「うわあこの人達、人の言葉を微塵も聞く気配がない」
「倶利伽羅、起動――――」
「私的最強結界・改、展開――――」
あ、なんか物騒な言葉が聞こえた。まずい。もう止められない。これ、俺死ぬな、と。医務室行きを覚悟していたその時、アラームが鳴り響いた。
『――――緊急要請、即座に出撃可能な魔術師各位は旧市街地へと出撃してください』
いやに危機感を煽る音と共に、そんな声が流れた。
それが耳に入ったのか、二人が動きを止める。
次に流れた声が耳に入って、否応なく俺の頭が真っ白になった。
『――――襲撃。場所は武生山前、市街より約二キロの地点。敵は我蝕木虫の群れです』
これは俺の所為なのか、という問いが、額に流れる汗と共に地面に零れ落ちた。