表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sprout insect  作者: 東府
一章 胎動、孕み虫と翡翠色の邂逅
2/25

一、胎動

 







 プシュー、と音を立ててドアが開いた。この音を聞く度に、間抜けだな、と思う。

 無音にすることも出来たのだろうけど、友人曰くこれは「こだわり」らしい。なんでも在りし日の電車を再現したかったそうだ。

 それで、こんな間抜けな音がついたのだ。生物のくせにやけに機械的なのもその一環だそうだ。

 

 電車内から人の波が放出される。勿論、俺もその波に乗って電車から出た。ホームの地面にはひびが入っていたり、そもそもコンクリートが剥げてしまっている所もある。

 補修する資材も人手もあるはずなのに、そのままなのは多分向こうに見えている奴等の所為だろう。


 それはまるで西洋の御伽噺にでも出てきそうな生物だった。爬虫類の鱗に全身を覆われ、その屈強な翼で空を泳ぐ。

 遠目に見てもその存在感がはっきりと感じられるのは、やはりあれらが曲がりなりにも「竜種」と呼ばれる存在だからだろう。

 見えるのは一体だけだ。群れで行動するはずの中型飛竜種――ワイバーンが単独行動しているのは、おそらく他の個体がすべて狩られてしまったから。いかに強大な力を持つ竜種とはいえども、ワイバーンの格は低級だ。いくら群れていたって、所詮は脆弱な個の群れ。実力を軽く上回るような強大な個体に襲われたら、ひとたまりもない。


 見れば、生き残りと思しきワイバーンが一際大きく翼をはためかせて上昇した。逃げているのだろう。その証拠に、ほら。先程まであのワイバーンがいたところは、空間ごと噛みちぎられた。


「ヒュウ。さっすが鰐鯨わにくじらだ。いつ見ても巨大で、豪快だね」


 いつのまに隣に来ていたのか、友人である相馬がそう言った。横を見れば、見慣れた端整な顔立ち。掛けている眼鏡はシンプルだが、それだけによく似合っていた。



「出来ればもっと近くで見たいんだけど……ま、僕ら死んじゃうしね。それはそうと一也君。君、そんなところで突っ立てると邪魔になるよ? ていうかもうなってる」


 ハッとして歩き出す。確かにそれほど広いとも言えないホームのど真ん中で立っていれば迷惑だ。


「っとと、急に歩き出さないでおくれよ」

「とか言いながら着いてきてるし」

「まあ、僕の身体能力は君よりも数値的に二十点くらい高いしね」


 うざい笑顔とともに発された言葉に若干の怒りが湧くが、抑える。そもそも事実であるがゆえに、何も言い返せない。


「…………俺の隣のイケメン面が地面と熱烈なキスしないかな」

「いや何さらっとこけさせようとしているのかな!? 僕の顔に傷が付いたら数多の女の子達が悲しむぞっ!」


 俺が出した足を華麗に避けながら叫ぶ相馬。いや、掠りもしないのなんて知ってましたけどね。

 そのまま駅を出て、家へと続いている道を歩く。空はもう赤く染まっていた。

 勿論隣には相馬もくっついている。


「いやーしかしさっきのはすごかったねえ。貴重な鰐鯨の狩り失敗シーンだよ」

「確かにな。鰐鯨が獲物取り逃すとか年に一度あるかないかじゃないか?」

「そうだね。何せ鰐鯨と言えば西の砂漠のボス。生態系のトップだからね」


 相馬の言葉に同意とばかりに頷く。鰐鯨は西の砂漠で最強だ。雑食であるから、基本何でも食べてしまう。

 何年か前に討伐隊が組まれたらしいけど、結果は惨敗。砂の海を自由に動き回り、その大きな顎で獲物を周囲のものごと喰らう。そんな生物に勝てるはずもなく、大半が鰐鯨の胃袋に収まった。

 今は魔術だって進歩しているし、勝てるかもしれない。だが、そもそも鰐鯨は基本温厚である。空腹時は危険だが、通常ならまず襲われない。だって、砂漠には人間よりも巨大な生物が大量に生息しているのだから。


「そういえば、最近通り魔事件が多くなっているらしいね」


 ふと思い出したように相馬が言う。俺は通り魔事件なんて耳にしていないので、そうなんだね、としか返せない。そういうのに興味はない。


「えー、危機感を持とうよ。犯人は人間じゃなくて外敵らしいし」


 ――――『外敵』。相馬が発したその人類の敵を表す言葉が耳に入った瞬間、俺は相馬の方を勢いよく向いた。


「……マジで?」


「あくまで、そうらしいってことしか聞いてないから信憑性には欠けるけどね。もし本当だとしたら結構やばいね」


 …………ヤバイなんて物じゃない。もし犯人が外敵なら、一般市民に対抗できる術はない。軽く殺されてしまう。


「でも、被害者の証言をまとめると人型っぽい。鎌を持っていて、奇妙な声を叫んでいたとか」

「人型の外敵…………? いるのか、そんなの」

「どうだろうね。基本確認されている外敵は地球上の生き物の発展系が主だし、そもそも僕たちが外敵に対して持つ情報なんて限りなく少ないだろ」


 確かに、と俺は相づちを返す。

 外敵。そう俺たちが呼んでいる存在は、今から約二、三十年前ほどに現れ始めた。先程見たワイバーンや鰐鯨たちがそうだ。

 世界各地に現れた外敵によって、国々は分断され、劇的な環境変化が起こった。西の砂漠だって、元々は無かったらしい。


「ま、被害にあった時間はどれも深夜だ。少なくとも深夜に外を出歩かなければ大丈夫だよ」

「……肝に銘じておくよ」


 今日は、というか犯人が捕まる或いは倒されるまでおとなしくしていよう。うん、さすがにまだ死にたくはない。

 享年十五歳なんて珍しくもないが、自分がそうなるのはゴメンだ。それにほら、学校とかもあと一年有るし。


 その後、いつも通り他愛のない話をして、相馬と別れた。何か用事が出来たらしく、焦ってどこかに行ってしまった。

 最近相馬はあちこちにまわって忙しそうだ。何やっているのか聞いても「バイト」とだけ返ってくる。今日から始まる夏休みもバイトづくしらしい。物心ついた頃からの仲としては心配である。同時に相馬なら大丈夫だろう、という安心感もあるが。


 明かりもついておらず、人気のない家の玄関を開ける。廊下を歩く度にギシギシと音がするが、仕方がない。学生で一人暮らしの身では、立派な家に住む事なんて出来ないのだ。

 部屋の壁に付いている薄い正方形の板に触れる。それだけで、家の照明が点いた。便利だな、なんて思いながら荷物を下ろして、夕飯の支度をする。

 台所に備えられた蛇口をひねれば、術式が発動して水が生成される。

 原理はよくわからないが、大気中の水分を核に魔力でなんやかんやしているらしい。友人――相馬曰く。昔は電気を利用して機械を動かしていたらしいが、今は魔力で動く物の方が主流だ。というか、基本そういう物しか作られていない。


 できたてほやほやの水で手を洗い、蛇口をひねって水の生成を止める。タオルで手を拭いてから、冷蔵庫の中を漁った。

 びっくりするほど何もない。もう一度言おう、何もない。この豊かではあるが少々危険な日本において食材を何も持っていないとはどういうことか。

 ……ああ、そうだ。昨日買い出しに行こうと思ったら、相馬家から夕食のお誘いが来て、買い出しに行く気を無くしたんだった。


「バカじゃないかな、俺」


 自嘲する言葉は俺以外いないこの家によく響いた。何故今日の帰り道に思い出さなかったのか。多分通り魔の話が原因だ。つまり相馬が全部悪い。

 今の時刻は午後六時。店が閉まるのは午後六時半。ここから店まで歩いて十分といったところだから、今すぐに出れば間に合う。

 俺は財布を持って、家を飛び出した。…………あ、鍵はオートロックなので安心です。


 ◇


 鎌が、弧を描いた。


 迫る。迫る。俺の身体に触れるまであと一、二秒。必死こいて動かせたのはほんの少しだけだった。到底避けられやしない。


 死を覚悟した。俺が死んだら誰が悲しんでくれるのだろう。普通なら泣いてくれるだろう家族はもういないし、友達と呼べるのだって一人だけだ。

 その友達だって、涙なんて流しそうにない。でも、悲しんではくれそうだ。

 こんなご時世だから、勿論老衰で死ぬなんてありえない。多分、外敵に殺されるのが一番多いんじゃないだろうか。


 目の前に死神の鎌が迫る。

 不意に、何故か。少しだけ、笑えた。


 そうして振り下ろされた鎌はその切れ味を十分すぎるほどに発揮し、俺の身体を両断した――――――はずだった。


 ソレの腕が振り下ろされた後も、俺は生きていた。理由はすぐにわかった。そりゃあそうだ。ここは曲がりなりにも市街地である。つまるところ、自治体のお膝元だ。ならば、こいつを殺すために、市民を守るために来る。


 ソレは明らかに狼狽した様子だった。自分の右腕を見て、その気味が悪い複眼を見張っている。ソレの右腕――先程俺に振り下ろされた鎌――は、切断されていた。


「kiKayaAaaaAAaaaaaaAaaaa!!」


 ソレが甲高い声で啼き叫んだ。ソレがバックステップをしたことで俺との距離が開く。

 それを尻目に、俺の目の前に人影が降りる。


 その人物は黒いコートを着ていた。腰には日本刀らしき物を差している。

 翡翠色の目がこちらを見据えた。数秒か、数瞬か。少しの間俺の方を見た後、その人物はソレの方を向いた。白髪が翻った。


 ソレは未だに右腕を押さえてうめいている。よほど自分の腕が切られたのがショックだったのか、それとも別の何かか。

 黒衣の人物はじっとソレを見つめている。様子をうかがっているようだ。

 すると、やっと乱入者に気づいたのかソレが複眼を右腕から離し、黒衣の人物に向けた。


「接敵。救護対象アリ。早急に――殺します」


 冷ややかな声だった。まるで機械のようだ、と感じた。

 その人物は腰に下げていた刀を抜いた。そしてそのまま刀をソレに向けた。


「Kiii,Kyaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 突きつけられる切っ先に抱いた恐れを掻き消すように。ソレは一段と大きな寄声を発した。

 突っ込んでくる。何のひねりもない直線的な動き。それでも人間のそれを軽く上回る外敵の身体能力を 遺憾なく発揮したものだ。

 故に、尋常の目では捉えきれない速度を伴っている。距離はそんなに離れてはいない。

 一秒、瞬きをした一瞬後に。ソレは黒衣の人物のすぐ目の前で無事な方の鎌を振り上げていた

 そのまま振り下ろす。俺にやった物と同じ動きだが、籠められた殺意とスピードが違う。

 きっとソレは勝ちを確信していただろう。事実俺もそうだった。さすがに対応しきれない。無理だろう、と思った。


 ――――刀が煌めいた。


 しかし俺のそんな思いは、ソレの鎌と一緒に切り裂かれた。


「Kyi、kyakayaaAaaaaAaaAaa!?」


 己の武器を二つとも失ったソレは、悲痛な叫び声を上げた。

 ――――逃げ出す暇も与えないとでも言う風に、また刀が振るわれた。


それだけで。ソレの胴体は真っ二つになった。緑色の液体が噴き出す。ソレは地に伏した。それと同時に、俺の右腕と左足が疼いた。


「戦闘終了。負傷した民間人の治療とともに帰投します」


 不意に視界が暗くなった。きっと俺にとっての危険は消えたからだろう。肢体の緊張が解けて、瞼も落ちる。

 ――――――最後に聞こえたのは、焦ったような声。何かが入り込んだような異物感を感じたのと同時に、俺の視界は閉ざされた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ