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ザお姫さまストーリー  作者: 天ぷら3号
9/13

ザ・ヒロインロード

よろしくお願いします。

 金曜になって上川先輩に「日曜日、午前中にセカンドハウスへ来るよう八田さんに伝えてくれ」と言われた。「わかりましたけど何でですか?」と聞くと「知らねえよ。智美が話したいことが有るんだってさ」と素っ気なく返された。



 土曜日に上川先輩の伝言を告げたら「一緒に行って」と亜矢子に頼まれた。



 日曜日、午前10時に金持ちマンション705号のゴマフセカンドハウスに着いた。チャイムを鳴らすと智美さんが笑顔で出迎えてくれる。もちろん背後にはバカ先輩が控えていた。


 応接用リビングで亜矢子を隣にして腰を下ろした。ブルマンの香りが漂う空間で何が始まるのか見当もつかない。


「亜矢子さん、お休みのところ来て頂いてありがとう。手間は取らせないつもりだけど、電話で済ませられる話でもなくってね。宮川君もわざわざご苦労さま」


「こいつは勝手に連いて来たオマケだから気を遣わなくていいぞ」


 上川先輩にはここんとこ冷たくされている。亜矢子の緊張が見て取れる中、智美さんが苦笑いで柔らかく切り出して来た。


「時間もあまり無いので単刀直入に言うけど、亜矢子さん、ウチの会社に入って頂けない?特別社員として我が社の専属マネージメントでCMモデルをやって欲しいのよ。しっかり演技もして頂くわ」


 何かスゴイ話だなと思って亜矢子を見たら、ポカンと口を開けフリーズしていた。クスッと笑って智美さんは俺に視線を向けて来る。


「宮川君、この前は本当にありがとう。木曜からネットCMを流してるんだけど、予想以上にアクセスは好調よ。新作の「モンスターモンスーン」の予約状況も順調なの、協力してくれたみなさんには感謝し切れないくらいよ。特に宮川君と由香利ちゃんにはね。

 私、あの直後に少しゲームの設定を追加したの。それでリリースが遅れてるんだけど、ドロンが倒されたあとマリアが手を差し伸べてキスしてあげるってね。あなたが倒れてた時、由香利ちゃんが肩に手を掛けてたでしょ?あれがヒントになったのよ。お陰で他社のバトル物にキャラクターで差をつけることが出来たと思ってるわ。「モンモン」のリリースが始まったらみんなでお祝いしたいわね」


 「モンハリ」の次は「モンモン」かよ。相変わらず意味不明なネーミングしやがって。ヤ〇ザじゃねえっての!倒してから手を差し伸べるなら、最初から倒さなきゃいいのに。あっ、それではバトルゲームにならないか。まあ、お役に立てたみたいで良かったけどさ。ホントあの時の回し蹴りは痛かったもんな。もう喰らうことも無いだろうけど。


 智美さんはまた亜矢子の方へ向き直って説明を続けた。条件提示ってやつだ。


「入社を承諾頂けるなら、亜矢子さんは劇団もバイトも辞めてね。条件が煩雑になるから。代わりと言っては何だけど、メジャーな演劇学校に通ってもらうわ。ダンスや日本舞踊のレッスンも受けて頂くつもりよ。もちろん費用は会社の経費で捻出します。特別社員だから当然よね。スターになれるかはわからないけど、バックアップは惜しまないつもりよ。コネも目一杯使うしオーディションも積極的に受けてもらう。住居は706号室を使えばいいわ。家具もだいたい揃ってるし、光熱費も全部持たせて頂くから」


 ここまでがいい話だというのは俺でもわかる。と言うことは、逆に選ばれし者しか要らないってことだ。ゴマフはビジネスエスパーだから同情で決めるほど甘くないだろう。でも、そのお眼鏡に適った亜矢子はまんざらでもないってことか?俺にはわかんないけどさ。


「だから、ものスゴイ覚悟が欲しいの。誰にも負けないくらいのね。猶予は一週間でいいかしら?ダメなら他を当たるから。実は「モンモン」のテレビ用CMを打つつもりなの。ネットCMと違って大掛かりでロングなものになるから、さすがに宮川君と由香利ちゃんでは無理だからね。それに亜矢子さんが出て頂けたらありがたいと勝手に考えてたのよ」


 亜矢子が突然ワンワン泣き出したので、俺はわけがわからずキョドって彼女の様子をうかがった。智美さんが肩に手を掛けると胸に顔をうずめて号泣し続けるのだが、何で俺の胸にしないのか疑問だった。


 上川先輩に一瞥されてなじられた。


「これが正しい姿だよ。宮川に亜矢子さんの騎士(ナイト)は務まらないってことさ。向こう見ずなだけで夢など追えるかってんだ!甘やかして自己満足に浸ることが彼女の夢の足を引っ張るってことに気付けよ。少しは自分のバカさ加減を見つめ直して反省しろ!」


 グウの音も出なかった。でも、先輩の指摘はありがたかった。真剣に俺のことを考えてくれたに違いないから。そして、動物園の帰り道に亜矢子が流した涙の意味をやっと理解した。胸が締め付けられるほど辛かった彼女の状況を。救えるのは俺じゃないんだ。


「先輩、この前はブッ込いてすみませんでした。俺、全然ダメな後輩です。これからも色々教えて下さい」


「しょうがねえなあ。手間ばかり掛けさせやがって。ちゃんと俺の言うことを聞くなら面倒見てやるよ。実際お前くらいだぞ。平気で俺に逆らいやがるバカ後輩は」


 智美さんは亜矢子の頭を撫でながら、先輩にこき下ろされている俺を気遣ってくれた。


「直也、宮川君は西徳出の秀才なんだからバカって言っちゃダメよ。私にとっても大恩人なんだし」


「うるせえなあ。西徳出だってバカだからしょうがねえだろ。バカにバカって言って何が悪い。特にこいつは稀に見る大バカだぞ!まあ、智美の役に立ってるみたいだから見放さないでやるけどさ」


 しかしコテンパンに言いやがるよなあ。ここまでバカを連呼されたことなど無いぞ。


「先輩ィ!俺、何処までも連いて行きますよォ!」


 頭をスリスリしようとしたらヘッドロックをかまされた。相変わらず凶暴な後輩愛だ。過激に戯れてる俺たちを見て、やっと亜矢子がクスクス笑ってくれた。


「社長、夢のようなお話を頂いて本当に感謝してます。ほとんど気持ちは固まってますので、一週間は劇団とバイトを辞める時間だと考えて頂ければ幸いです。完全に行き詰まった状況で、失うものなど何も有りませんから」


「そうね。あなたには夢を掴んでもらって、更にしあわせを運べる人になってもらいたいわ。でも、入社して頂けるなら一つだけ失ってね」


「わかりました。透君とは別れます。社長なら上川さんのお話で気付けたでしょうね。透君、ゴメンなさい。私、あなたにひどい事をしました。許してもらえないかも知れないけど謝らせて下さい」



 一拍置いて真摯な眼差しを見せる亜矢子に、もう俺たちは離れてしまったんだと感じさせられた。


「初めて透君がワンルームに来てくれた夜のメニューがカレーライスだったのは必然なの。辛さがあとから襲ってくる母直伝のカレーは、必ずミネラルウォーターをたくさん飲むことになるわ。それに睡眠導入剤を溶かし込んでおいたの。即効性だから寝落ちするのに時間が掛からないってわけ。

 眠ってしまったあなたをベッドに引きずって服を脱がし、私が添い寝してセットアップ完了よ。あとは四時間ほどで効き目が切れ目覚める透君を待つだけ。架空の既成事実を押し付ければフェアなあなたは拒否出来ないでしょ?

 安定した職業に就く透君を手に入れ、先の見えない暗闇の生活から抜け出すチャンスだと思い込みエゴイスティックに実行したわ。あなたや由香利ちゃんの思いなど全く無視して」


 亜矢子は涙を流しながら頭を下げ続け、俺はあの不可思議な夜をリフレインして理解した。


「まあ、そういう事ならわかるけど。つまり俺は亜矢子さんとシてないんだ。考えてみればおかしな話だったよね。全くシた実感が湧かないなんて」


 ヘラヘラ笑う俺に先輩が呆れ顔でぶつけて来る。


「宮川はそれでいいのか?お前の大切な思いや未来をブッ壊されようとしたのに。彼女を殴れとは思わないけど、恨み言の一つくらい言ってやれよ」


「うーん、もうあのカレーが食べられないのは残念だ。ホントにブッ飛ぶくらいのおいしさなんですよ。全然特上寿司に負けてなかったもん。お二人にも食べてもらいたいくらいです」


 俺の納得が伝わったように智美さんが笑みを見せた。


「じゃあ、そのカレーはみんなが集まった時に食べてもらいましょう。もちろん私もお手伝いさせて頂くわ。小さなわだかまりも一緒に溶かし込んで、飲み込んでしまえばいいのよ。仲間の力を合わせてね」


「そうですよ。それで万事解決ってわけです。ヤッタね!またあのカレーライスが食べられるんだ。先輩もきっと病みつきになりますよ」


「マヌケな後輩がそれで納得出来るんなら、俺から言うことなんて無いね。カレーライスを楽しみにするだけさ」


「みなさん、本当にすみませんでした。そして、ありがとうございます。こんな私ですけど、一生懸命頑張りますから仲間に入れて下さい」


 恐縮し続けている亜矢子さんに向け、俺はニッコリ笑って受け入れる。


「もちろんですよ。先輩もそれでいいでしょ?」


「何言ってんだ。俺たちはスタジオ入りした時からとっくに仲間じゃねえか!身内で些細な揉め事が有ったってだけだろ?」


「直也ってカッコイイ!ぶっきらぼうな言い方も照れ隠しでカワイイわァ」


 ふーん、今更だけど、本当に智美さんはバカ先輩を理解出来てるんだ。そして、何故先輩を選んだのかもわかった気がした。亜矢子さんのこともそうだけど、このセレブは必ず大成するぞと思った。キチンと人の思いが汲み取れるキレキレな御方だから。


 こうしてゴマフファミリーは七人体制にパワーアップしたわけだ。これからは智美さんをゴッドマザーと呼ばなければ。




 話がまとまり亜矢子さんを送って行く帰り道、「最後だからお茶だけ飲んで行って」と懇願された。


 もう訪れないであろうワンルームの207号室に入り、おいしいロイヤルミルクティーを飲みながら亜矢子さんは俺にしな垂れ掛かった。


「辛い日々が詰まったここでの暮らしはもうすぐ終わるけど、最後の最後に透君がしあわせを運んでくれた。短い間だったけど、本当にありがとう。あなたのやさしい気持ちに触れ、ドンドン好きになって行く自分がいたわ。私、一生忘れないから。透君、いつまでも大好きよ」


 抱き着いて口づける彼女をギュッと抱き返した。亜矢子さんはゆっくりと身体を離し、バチンとウインクして見せる。


「もう「私なんか」って言わないから。透君が教えてくれたとても大切なこと。これからは仲間のやさしい思いを絶えず心に秘めて精一杯頑張るわ。そうすれば納得出来る人生になって行くと信じられるもの」


「そうだね。納得出来れば本当にいいね……」


 俺は小さく返して、彼女の思いを自分にも当て嵌めた。


読んで下さりありがとうございます。

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