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ザお姫さまストーリー  作者: 天ぷら3号
7/13

ザ・ネットCM

よろしくお願いします。

 四人で杉村家へ戻り、クレンジングで念入りにメイクを落として普通のブルージーンに戻った。三バカもそれぞれ着替えを済ませ、勝利の部屋のフロアに座り込む。特売で買ったらしいマズイ缶コーヒーを口にしながらうなだれた。


「安請け合いしちゃったなあ。いったいどんなコンセプトでやるんだろう?どうせヒーローなんてやらせてくれないだろうし、もう少し考えてから返答すべきだったよ」


「考えたって同じよ。コンセプトはわからないけど、とにかく透君には頑張ってもらわなくちゃ。弱みを握ってる上川先輩に恩を売るしかないじゃない。私と勝君の将来が賭かってるんだからね」


 絹ちゃんに後押しされお調子者の勝利が続く。お前はいつだって女の味方だもんな。


「そうだよ。先輩はキレると一切放り出す性格してるから。あの人にはもったい付けない恐ろしさがある」


 まいったなあ。俺が額に手を当てたら由香利にパシッとはたかれた。


「私と共演出来るのにグダグダ言ってんじゃないわよ!たとえ悪役(ヒール)をやらされようとも設定上の話に過ぎないじゃない。そりゃヒロインが決定してる美しい私に比べればかわいそうかも知れないけど、透が彼氏ってことには違いないのよ!」


 そうだな。架空の設定なんてどうでもいいよ。大切なのはお姫さまとのリアルなんだから。


「わかったよ。ゴメンね。由香利ちゃんに人生賭けてるのに、これしきで萎えてちゃ騎士(ナイト)失格だもんな。気を取り直して智美さんに納得してもらえるまで一生懸命やるよ」




 翌週、四人で智美さんのセカンドハウスへ行った。連絡して来たのはもちろん上川先輩だ。部屋に通されると三バカはキョドっていた。無理もない。しがない一般ピーポーにセレブの暮らし振りなど、突撃リポーターでもやらない限り垣間見る機会など訪れようもない。


 そんなセレブハウスでソファにふんぞり返っているバカ先輩は何だ?開口一番「智美、こいつらにお茶でも出してやれよ」とブッ込きやがった。先週と違って呼び捨てにしているのはヤったからに違いない。わかりやすい俺さまだ。二人まとめて水族館で飼われろ!とマジで思った。


 おいしいブルマンを頂きながら智美さんが説明してくれるコンセプトに思わず吹き出しそうになった。危ねえッ!この高級ソファにコーヒーの染みでも着けようものなら、即死刑執行だとエンマ大王の目が物語っている。


 由香利はポカンと口を開け茫然としている。かわいそうだがビジネスライクな世界はちょっと可愛いくらいで媚びてはくれない。つまり、ヒロインじゃないってことだ。もちろん俺もヒーローじゃないけどさ。



 次作のゲームは出て来る者全てが悪い奴で、ゲーマーが選択したキャラに成り替わって壮絶なバトルをこれでもかと繰り返す過激でハイテンポなものだそうだ。


 由香利の役はマリアと言うジャンプスーツを纏ったキャラで、美女なんだけどウィンのためなら色気でダマす、毒を盛る、人の上前をハネるの極悪人らしい。そしてバトルに勝つとオッホッホと甲高い雄叫びを上げ次のステージに進む設定だそうだ。そのまんまじゃねえか!演技指導なんていらねえぞ!


 俺はドロンと言うムサいオッサンキャラで、マリアに負けてロングブーツで踏ん付けられている()を撮りたいそうだ。こっちもそのまんまだ。全然むずかしくない。智美さん、ホントに考えたの?



 お昼になったので智美さんが出前を頼んでくれた。二十分ほどでお寿司屋さんが大きな桶を運んで来た。「毎度ォ!」と言ってたからお得意さんなのだろう。六人なのにバカ男三人のために八人前頼んでくれたみたいだ。


「ウォォー!」新鮮そうなウニ、イクラ、トロが多数を占め、全部で百貫くらい並ぶ特上寿司である。トロなど具がデカく覆っていてシャリが見えないくらいだ。回るお寿司のスライスな具しか知らない俺たちは、顔をほころばせ次々とパクついた。


「これが本物のお寿司なんだァ!おいしいィ!透ゥ!デートの時は毎回連れて行ってねェ!」


 無理言うなよォ!そうしてあげたいのは山々だけどさ。回るお寿司ならいいけどね。回転寿司にはリーズナブルって最大の美点が有るんだぞ。注文もゲーム感覚で楽しいし、素晴らしいことじゃないか。


「やさしいお兄ちゃんに連れて行ってもらいなよ。絹ちゃんも一緒にさ。三人揃ってアニ話で盛り上がればいいんじゃない?」


 ここぞとばかりに女装の仕返しをしてやると勝利は恐怖に顔を引きつらせ、安月給の彼氏を持つ絹ちゃんは切なそうな目を見せた。ざまあみろだ!同僚のくせに俺をオモチャにしやがってェ!


「透、何で俺に振るわけ?お前と変わらない薄給だって知ってるのに。でも、上川先輩が羨ましいですよ。口が肥えて寮のメシなんて食べられなくなっちゃいますね」


「杉村ァ!ごちそうを頂きながら先輩をからかうもんじゃないぜェ!そりゃまあ、このお寿司は豪勢だけど、俺は智美と一緒なら何でもおいしく感じられるし…」


 頬を赤く染め、だんだん小声になって行く先輩が可愛く見えた。愛の力は偉大だ。このエンマ大王がシュールにしなって行くなんて。


「私も直也と一緒ならカップ麺でもおいしく感じられるわよ。本当に出会えて良かったわ。ここまで仲良くなれたのは宮川君のお陰かもね」


 そりゃそうさ。俺のお陰以外に何が有る!好き勝手に振り回すバカタレにダマされ続けたんだぞォ!


「上川先輩、すげえ愛されてますね。いつからモテ男になってたんですかァ!?」


 からかってやったら小突かれたけど全然痛くなかった。



 智美さんの説明に寄ると、俺たちのキャラであるドロンとマリアのイメージは「あの胸にもう一度」と言う古い映画のアラン・ドロンとマリアンヌ・フェイスフルだそうだ。ヤッタァ!アラン・ドロンと言えば世紀の二枚目じゃん。ドロンジョさまだったらどうしようと思ってたから。


 マリアンヌはミック・ジャガーの元カノだし、ブラックエンジェルはキース・リチャーズの元カノのアニタがモチーフになってたし、智美さんってストーンズフリークみたいだな。俺も好きだけど。


「じゃあ、撮影は二週間後でお願いね。朝10時にここへ来てくれればいいわ。ワゴン車で揃ってスタジオ入りしましょう。その日は貸し切っておくから」


 何かワクワクして来たぜ。二週間後が待ち遠しいよォ。俺と由香利がカップルでCM出演なんてスゴイことじゃん。キスシーンでも有ればいいのになあ。口実でいっぱい練習出来るのに。




 二週間後、俺たちは智美さんのセカンドハウスに集合した。絹ちゃんが劇団員のアニ友達、八田亜矢子(はったあやこ)さんを紹介した。先週より一人多い七人でワゴン車に乗り込みスタジオへ向かった。


 フレンチショートの髪をした八田さんは俺や勝利と同じ中学だった人で女優志望だと言った。一年先輩に当たる方なので顔くらいは知っていたが話したことは無かった。八頭身の体形を誇る彼女は、確かに当時から男子生徒に人気の鼻筋が通った美女子だった。



 貸しスタジオに入ると由香利は俺を制して先に化粧室へ入った。プロのメイクさんを頼んであると智美さんは言っていた。俺たちは控室でダベりながら待つことにしたが、ホンの十五分で由香利は戻って来た。さすがにプロは手際がいい!


「ジャーン!マリアさまのお出ましよォ!あとは撮影時に赤いアイマスクを着けて目元を隠せばOKってわけ。どう?私ってイケてる?」


 ブラックレザーのジャンプスーツの胸元を開け気味に、ライトブラウンのロングヘアーのウイッグを被っている。Vサインを出してウインクする由香利にボーっと見とれ顔を紅潮させた。やっぱりお姫さまはカワイイ!それに身体のラインがクッキリして高校生らしからぬ色気さえ漂わせている。


「由香利ちゃんってこんなにグラマーだったっけ?」


 彼女にツカツカ歩み寄られパシッと頭をはたかれた。


「失礼ね!寄せてパットを入れてんだよッ!まあ、チートなグレードアップってのは認めるけど、私自身に違いないからいいじゃん!」


 直ぐにメイクさんの女性が俺を呼びに来た。化粧室に入りTシャツまで脱がされてリクライニングチェアに座り、仰向けに近い姿勢で顔ぞりから始まった。


「キッチリやりますから目を閉じてなるべく動かないようにして下さい。あまり時間も無いようなのでゴメンね」


 俺は言われた通りにした。メイクさんの淡々とした口調にプロジェクトの重みを感じる。我がまま通せるオママゴトではないのだ。途中、やたらブラシで顔を塗られてるのが気になってうっすらと目を開けても、メイクさんの胸元しか見えない。メイクアップに四十分くらい掛かった。


「お待たせしました。うまく出来たと思うけど気に入ってもらえるかしら?社長さんのオーダーに従っただけだからね」


 ドレッサーの鏡を見て俺は驚愕した。何これ?全然アラン・ドロンじゃないじゃん。どう見てもキッスのジーン・シモンズだぞォ!頭頂部までハゲ上がった後ろだけロン毛のカツラを被せられ、上半身裸で胸毛まで付けられて、纏う衣装はピチピチの白いスパッツをサスペンダーで吊り上げたゲイボーイだ。首から下はフレディ・マーキュリーだァ!


 世紀の二枚目は何処へ行ってしまったんだよォ!そりゃ俺だと気付かれないだろうけど、見方を変えればこんな役、誰だっていいじゃねえかよォ!


 控室に戻ったら魔界からの使者になった俺は全員に大爆笑された。バカ先輩は腹をよじらせて苦しそうだ。恨めしそうにゴマフ社長を見ると肩をポンと叩かれた。


「宮川君、ゴメンねェ。ちょっとコンセプトをいじったから」


 ちょっとじゃねえだろ!何でアラン・ドロンがジーン・シモンズ+フレディ・マーキュリーになるんだよォ!


「でも、由香利ちゃんの相手が務まるのはあなただけでしょ?彼女のために折れてね。ゴメンなさい」


 まあ、そこまで言われりゃしょうがねえよな。由香利が絡みを許可するのは彼氏である俺だけなんだからさァ。



 撮影スタジオに入るとプロの映像クリエイターらしき人がアシスタントを伴って待っていた。レフ板をはじめ一応の機材は揃っている。雑誌で見たことは有るがもちろん実物は初めてだ。


 クリエイターの方から簡単なレクチャーを受ける。動画というのは基本的にカメラを固定して撮るものらしい。最低十秒は動かさないと言うので、十五秒のCMで俺たちのシーンはワンカットってことだ。要するにCMの出来は二人のアクションに掛かっていると言いたいわけだね。


 智美さんが監督で直接指揮を執るそうだ。何たってクライアントだから立場は強い。つまりゴマフ監督がOKを出せば簡単な編集作業を経てCM完成ってわけだ。もちろん、関わった全ての人は良いものを作りたいに決まってる。その思いはとても大切で重みのあるものだ。プレッシャーは感じるけど全力で頑張ろうと思った。


 最初はモンスターの集合写真を数十点撮った。これには上川先輩、勝利、絹ちゃん、八田さんまで着ぐるみを被って参加した。クリエイターの人が小気味良くシャッターを切るので大して時間は掛からなかった。フランケンの先輩とミイラ男の勝利に、毎日その格好で通勤しろ!と言ってやりたかった。


 そしてこのCMのメインコンセプト、マリアとドロンのバトル撮影開始だァ!


 動画は十秒間の至極短いものだが、その短時間に人を惹きつける要素を集約しなければならない。長いからむずかしくて短いから簡単というものではないとのことだ。


 俺のミッションはジュルジュルとよだれを垂らしながらマリアに襲い掛かり、シメられて御み足で踏み付けられ降参すれば終了だ。


 楽勝かと思ってたら、これが困難を極めた。何度やってもゴマフ監督はOKを出してくれないのだ。もう二時間以上経っている。ドロンが襲う迫力に欠けているとのご指摘だ。


 そんなこと言ったって俺は素人だよ。今までやった役なんて学芸会でのイチョウの樹くらいしか思い浮かばない。樹だぞォ!ただ立ってるだけで動かないし、もちろんセリフも無い。背が高いというだけでやらされたデクの棒だったんだから。


 見かねた八田さんがアドバイスをくれた。


「マリアは宿敵なんだから、もっと憎しみを込めなくちゃ。彼女だからと手加減してたらいつまでも終われないわ。由香利ちゃんをこの世で最も憎い相手に見立てるのよ」


 わかった。不本意だが由香利の顔を上川先輩に脳内チェンジしよう。バカ先輩をこの世から抹消するつもりで挑んでやる!これなら本気モードになれる。


 ヨーイ、スタート!カチンコが無いのでパンと手を叩いたゴマフ監督の合図と共に俺は由香利へ突進した。


 ウォォォ!一瞬恐怖におののくマリアの顔が映る。グッヘッヘッヘ!ジャンプスーツを脱がせてやるぜェ!


 ドスッ!グフッ!痛ってえ!ヤバッ!呼吸が出来ない!ガクッと両膝を着いてその場にうずくまり頭をフロアに落として突っ伏した。由香利の得意技、真空回し蹴りがみぞおちに炸裂したのだ。もちろん手加減なしの本気蹴りだ。そのままウウッとうめき声をあげる俺に構わずヘッドロックで締め上げやがる。彼女の甘い香りとチートな胸元が目前に有るのだがどうすることも出来ない。


 数秒が過ぎ手足の感覚がわからないまま身体が落ち、勝ち誇るマリアのロングブーツで踏み付けられた。ゴマフ監督の「OKよ!すごく良かったわ!」と言う声は耳に届いたのだが、フロアに突っ伏したまま動けなかった。


 由香利は「ヤッタア!これで私も全国デビューよォ!」と飛び上がって歓喜の雄叫びを上げている。暫くしてやっと気付いたのか、しゃがみこんで俺の肩に手を掛けた。


「透、やっと終わったわよ。さあ、おいしいものでも食べに行きましょう」


 由香利は手を握って立ち上がらせようとしたが、俺は小さくかぶりを振って拒んだ。今の顔を由香利にだけは見せたくなかったからだ。いくら役の上のこととは言え、自分の彼女に踏み付けられたことが悲しくて涙が溢れて来たのだ。多分メイクは鼻水と涙でグチャグチャに崩れ、これぞモンスターという顔になっているだろう。


 いくらお姫さまが割り切っていても、このリアルは切なすぎる。


 そこへバタバタと足音が響き、八田さんがフェイスタオルを手渡してくれた。


「宮川君、これで顔を覆ってね。私が手を引いてあげるからメイクを落としに行きましょう」


 俺はゆっくり立ち上がって右手に持ったタオルで顔を隠しながら化粧室へ引かれて行った。プロメイクの方に八田さんも加わってドロンから宮川透に戻って行く。落とすのは塗るより格段に簡単なので、十五分ほどで魔界から生還を果たした。


 控室に戻ると入れ替わりで由香利が化粧室に向かった。俺は八田さんにお礼を言った。


「助けてくれてありがとう。八田さんが気を利かせてくれなかったらあの場から動けなかったよ」


「いいのよ。私も少しはあなたをわかってるつもりだから。ピンチの時は頼りにしてね」


 ホッとした安堵で心がいっぱいだった俺に、八田さんの発した意味深なセリフの理由などわかるはずがなかった。メイクを落として戻って来た由香利が機嫌の悪い猫のように八田さんを睨んでいるのが気になった。




 ゴマフ、いや、智美さんのセカンドハウスに戻り遅い昼食会が催された。ヤッタ!また特上寿司だァ!


「前回と一緒の店屋物でゴメンね。本当はもっと手の込んだ物を食べさせてあげたいんだけど」


 智美さんは申し訳なさそうに言うけど、それは俺たちの日常食を知らないからだ。こんなごちそう、飽きるまで食べてみたいぞォ!


 バカ男三人で返答さえ惜しむように特上寿司をパクついた。もちろん腐女子三人も満足そうな笑みを浮かべている。



 豪勢な宴を終え、上川先輩だけ残して五人で杉村家に戻った。こんな狭いリヤシートによく三人も座ってたなあと思った。


読んで下さりありがとうございます。

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