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ザお姫さまストーリー  作者: 天ぷら3号
6/13

ザ・コミュニティ

よろしくお願いします。

 日曜日、ご指定の8時半より少し早く杉村家に着いた。来る途中、由香利からケイタイでスカGをガレージに入れておけとミッションが有った。


 ノーズから乗り入れドアノブに手を掛けたところでいきなり開けられた。おかげで俺はスカされて地べたにずり落ちてしまった。手をついて立ち上がろうとした視界に黒いニーソックスが飛び込む。まさか……、恐る恐る視線を上げて行った。もちろん見下ろしていたのは「綾波レイ」さまだ。


「透君、早かったわね。今日は私たちも一緒だからよろしくね。まだ装備が整わないから勝利君の部屋まで来て」


 チェッ、二人切りじゃないのか。それはいいけど装備って言い方おかしくない?でも飲み込んだ。アニオタの思考回路は理解出来ない。


「わかったけど、絹ちゃん相変わらず凄まじいっスね」


「何言ってるのよ。コミュへ行けばこんなの普通よ」


 断じて普通になりたくない俺は、絹ちゃんのあとを連いて勝利の部屋に入った。デカい黒縁メガネにシャーロックホームズのような衣装を纏ったバカ「コナン」がいた。


「透、おはよう。悪いけど俺と絹ちゃんも運んでくれよ。狭いリヤシートでいいからさ。今日は楽しい一日にしようぜ」


 明るく話すバカ「コナン」を焼却炉に放り込んで灰にしてやりたくなった。


 束の間、ドアがバンと開けられ愛しいトーンが届く。


「透、おはよー!今日も愛してるよー!」


 そのまま駆け寄って胸にダイブするので俺は仰向けにブッ倒された。


 オー!マイ・スウィート・ベイベー!俺も愛してるぜェ!


 今日の由香利はブラックエンジェルさまではない。セミロングの茶髪ウィッグを被り「綾波レイ」さまと同じ衣装を纏っていらっしゃる。髪に飾った赤いリボンがとてもキュートだ。そう、エヴァンゲリオン弐号機パイロット「アスカ・ラングレー」さまだァ!赤い目をしているのは決して泣いたからではない。リボンとのコーディネイトでカラコンを入れてらっしゃるだけだ。そんなコーディ有りか?


 あまりの可愛さにまた出血していないかと鼻に手をやってしまった。由香利は俺を見下ろしたままニヤリとほくそ笑んだ。


「透君は誰のコスにするの?」


 絹ちゃんが一瞥しながらシレッと言った。はあ?何で俺までコスプレしなきゃいけないの?返す前に俺のハニーが馬乗りになったままミッションを発令した。


「透は赤木博士だよ!2Lサイズのネイビーのブラウスと白衣を出して!大き目のタイトミニもね!」


 タイトミニって何だよ?赤木博士って女なんかよ?つまり俺に女装しろと?


 勝利と絹ちゃんが大きな段ボールからガサゴソと三点を漁っている。何処から持って来たの?その発狂箱ォ!


「揃ったわ!あとはキッチリとメイクを仕上げればいいわよ。良かった。劇団の友達から衣装を借りて来たかいが有ったわね」


 良かったって、絹ちゃんまでワケワカメなこと言わないでよ。勝、覚えてろよ!お前だけは必ず殺してやる!


「ちょっと待ってくれよォ!頼む!女装だけは許してくれェ!」


「フフン、ダメよ。許してあげない。だって透、すごく女装似合いそうだもん。大丈夫よ。コミュへ行ったら全然目立たないから。ゾンビにするのももったいないし、ビューティープロデューサー志望の私がメイクしてあげるんだから文句ないでしょ?」


「いくら由香利ちゃんの頼みでも応えられないことってあるんだよ」


 ふぇーん!お姫さまが目を潤ませる。おい!マスカラとアイラインが滲むぞ!こちとらそれどころじゃないけど。


「あーあ、泣かせちゃった。かわいそうな由香利ちゃん。透君って氷の心の持ち主なのね。こんな冷たい男に大切な義妹を任せられないわ!勝君もそう思うでしょ?」


 絹ちゃん、なじり方ひどくないですか?あまりの一方的展開に勝利はためらいを見せ、言葉だけ俺を擁護した。


「まあ、ここまで本気でイヤがってるのに強制するのもなあ。由香利の我がままもさすがに度を越えてるよ」


 泣き止まない由香利を見ながら俺は決心した。きっとこれは神さまが俺の愛を試してるんだと思った。平気だよ、女装くらい。バカにしか出来ないことをやってやらあ!ホントにバカである。


「俺、やるよ!スカート履くくらい何でもないさ。スコットランドでは男も履くことあるんだし。メイクもするよ。ミック・ジャガーだっていつもメイクしてるんだから」


 何か違うなとは思うけどしょうがない。これしきのことでお姫さまを失ってたまるかってんだァ!


「透ゥ、最高にカッコイイィ!愛してるゥー!」


 途端に由香利から上等の笑みをプレゼントされた。何て現金な女なんだ!俺は引き返すことも出来ずカオスに身を投じた。



 メイクが先だとのことで、由香利の部屋へ移動してドレッサーの前に座らされた。初めて足を踏み入れる部屋は片隅にシングルベッドとデスク、ノーパソが布団の上に無造作に置かれ、背丈ほどのガラス棚にフィギュアが整然と並べてあった。壁にはアニメキャラのフラッグやユニフォームがディスプレイされている。でも、さすがに女の子の部屋で、整理・整頓・清潔の3Sはキッチリ守られていた。勝の汚いアニオタ部屋とは大違いだ。


 俺は上着を脱ぎTシャツだけの上半身になった。ブラシで髪を()き上げられ、カチューシャで止めてから眉を小さなハサミで切り揃える。化粧水と乳液、下地クリームを塗ってファンデーションを施される。続いて頬にブラシでチークを塗り、アイシャドー、アイライン、マスカラの順で処方された。ケバい深紅のルージュを引かれド金髪のウィッグを被せられる。


「ハイ、メイクアップ完了よ!」


 由香利に肩をポンと叩かれる。鏡に映し出された「赤木リツコ」は、ちょっとストーンズのブライアン・ジョーンズに似ていると思った。でも、ブライアンとて女装まではしていなかったからなあ。


 勝利の部屋でクレイジー三点セットを纏った時、三バカから嬌声が上がった。


「透、背筋を伸ばして腰を前に振り出すように、足をクロスさせながら歩くんだよ」


 俺が由香利のミッションに従い練習してみると、絹ちゃんがウットリした目で見た。


「透君、本当にキマってるわ。タッパがあるから白衣も良く似合うし、何と言っても顔がカワイイ!」


 ありがとうございます。じゃなくて、絹ちゃん、次回からは勝で遊んでね。俺は今回限りでレディは引退させてもらうから。




 異世界に住む四人を乗せてスカGは名港を目指す。21号線から258号線、23号線と国道を経由していく。途中、コンビニへ寄り飲み物を買った。


 代表して俺が買いに行ったのだが、入店した途端世界は氷河期に突入したようだ。親子連れのお母さんは思わず子供の両目を手で覆い、「見ちゃいけません!」と小声で諭している。声の方に視線を振るとヒイッと顔を引きつらせ後退りしていた。


 店員さんはマニュアル通りの営業スマイルで「ありがとうございました。またお越し下さいませ」と笑顔で見送ってくれる。プロフェッショナルの神髄を見た気がした。





 名港へ着いたが駐車場へ入るのに二十分も待たされた。ほとんどが中部地方のお客さんだろうけど、アニオタの勢力図には目を見張るばかりだ。


 巨大な設営テントに入ると色んなブースが並んでいた。同人誌のサークルに始まり、出版社、ゲーム会社などが出店している。有名か無名か知らないけど、漫画家さんのサイン会なども催されていた。


 ゾンビ、忍者、サイボーグなど各種アニメキャラに成り切っているオタが堂々と闊歩していやがる。この大集団がまとめて繁華街に移動したら必ずパニックを引き起こすだろう。心拍が停止するご老人も出るかも知れない。だから隔離するってわけだ。実に理にかなっている。



 その中でも俺たちは目を惹いた。さすが「アスカ」さまは可愛さも一段違うってわけだ。俺の彼女だと叫びだしたくなるが「リツコ」ではそれもままならない。


 だって、本当に「アスカ」と「レイ」が並んで歩く姿はキマっているんだよ。バカ「コナン」はもちろんオマケだけど。



 三バカは同人誌のセレクトに夢中だ。ハッキリ言って市販の書物より割高だが、ここでしか手に入らないのがプレミアムである。希少な物はオークションにもほとんど出て来ないそうだ。稀に出会えても超割高だと由香利が言っていた。



 俺は暇なのでブラブラと色んなブースを覗き見て歩いた。もう女装も気にしない。ただ、「赤木リツコ」は普通ではなかった。由香利は目立たないと言っていたのに。コスプレイヤーの中でもここまでキッチリとメイクしている者はほとんどいなかった。靴だけはローファーでガマンしてよね。男だから合うピンヒールが無いんだよ。




 最近流行っている「モンスターハリケーン」なるベタなネーミングのゲームを出している「ザ・クライシス」と言う会社のブースを通り過ぎようとした時だった。急に腕を掴まれブース裏に引っ張り込まれた。


 片手で苦も無く俺の身体をワープさせる怪力の持ち主は知人で一人しかいない。恐怖のゴマフ、いや、智美さんだァ!ブース裏は休憩場所になっていて、簡易ソファとテーブルが置かれていた。俺はソファに引き倒され智美さんに上から押さえつけられた。


「やっぱり宮川君だ。こんなところで何やってるの?女装までしちゃって。あまりにも似合ってて目の保養になるわ」


「智美さんこそ場違いじゃないんですか?バイでもオタクに興味無いでしょ?」


 その時、頭上からカシャッとシャッター音と共に忌まわしい声が聞こえて来た。


「宮川、女に振られ過ぎて気でも狂ったのか?まあいいや。バッチリ写メは撮ってやったからな」


 イヤァァ!誰か助けてェェ!世界中で最も女装を知られてはいけない人物、そう、上川先輩に写メを撮られちまったよォォ!これは真剣にマズイ!地獄への片道切符が交付されてしまった!


 この邪悪な先輩は写メを拡散などしない。もちろん上司にも報告しない。せっかく手に入れた無限に使えるクレジットを他人に渡すはずがないからだ。間違いなく俺を奴隷扱いして来ることだろう。対抗出来るカードを何としても見つけなければ!って言うか、何で上川先輩が場違いのコミュにいるんだ?絶対この人はアニオタじゃないぞ。


「先輩、何しに来てるんですか?こんな場所に用など無いでしょう。だいたい野球部の練習はどうなってるんです?」


「練習はサボったよ。今日は智美さんのお手伝いさ。まあ、主にブースの設営に関してだけどね。俺は身体を使う仕事には自信あるから。智美さんから電話をもらって頼まれちゃったんだよ。受けなきゃ男じゃないだろ?」


「大切な練習をサボっちゃダメじゃないですかァ。野球はチームワークが大切なんだから。まあ、監督には黙っててあげますけど」


 チラ見して様子をうかがったが、悪魔の先輩は口元を歪め勝ち誇ったように返して来た。


「宮川、それでタメのつもりか?ピッチャーは控えもいるんだからフォーメーションプレイの練習にも支障をきたさねえよ。現実を直視しろ!お前は手の込んだ女装をしてるんだぞ!化粧までバッチリしやがってさ。仮装の域を超えてんだよ。この写メが俺の手にある限り宮川の未来は頂いたも同然さ。じっくり使い方を考えてやるよ」


 グヌヌ……言い返せねえ。まさか最強で最凶のエンマ大王に致命的証拠を握られてしまうとは……。取りあえずヘルプだな。ケイタイを取り出して勝利に応援要請した。役に立つかは疑問だけど、溺れる者は藁をも掴むだからしょうがない。



 直ぐにバカオタ三人が「ザ・クライシス」のブースにやって来て、スタッフの人に裏側へ案内された。上川先輩は一瞥して大笑いしたが、智美さんは目をキランと光らせていた。


「ブワッハッハ!杉村だけかと思ったら中村まで釣れたよ」


 もちろん先輩はキッチリ写メを撮りやがった。


「あれ?端のカワイイ女の子だけは知らないなあ。君はどういう関係なの?」


「杉村由香利ってんだァ!透の彼女だよ!お前、私の彼氏を泣かすとシメるぞォ!」


 おお、「アスカ」さまが俺を助けようとなさってる。さっさと弐号機に乗ってこの邪悪な使徒を殉滅させちゃってよ。


「怖いなあ。カワイイ顔に似合わない言葉を吐きやがる。つまり宮川は杉村の妹と付き合ってるわけだな。もちろん杉村と中村はカップルだろうし。だんだんお前らの関係が掴めて来たぞォ」


 エンマ大王の関心が三バカに向いたので、俺は幾分冷静さを取り戻した。そうなんだよ。そもそも何で出会うはずの無い場所でお二方に遭遇したのか?それを解明するのが先だな。謎のゴマフセレブ、智美さんの正体を把握しなければ。突破口になってくれェ!


「智美さん、いつの間に先輩と付き合ってたんですか?俺、全然知らされてなかったのでビックリしましたよ」


 バカ先輩が返答を遮る。


「コラッ、宮川!偉そうに何言ってるんだ!俺と智美さんは友達ってだけだよ」


 引っ掛かりやがった。決めつけて言ったのが功を奏したぜ。俺は先輩の表情筋の動きを注視していたのだ。バカめ、顔まで赤く染めやがって。よしッ!この線で押し返してやる!


「怪しいなあ。友達ってだけで練習サボって駆け付けるなんて、絶対に上川先輩らしくありませんよ。素直に好きって認めればいいのに」


 ウォォォ!純情な先輩が俺の胸倉に掴み掛かって来た。ホントにわかりやすい人だ。


「上川君、止めなさい!可愛い後輩をイジメなくても、私は男性の中であなたが一番好きなんだからいいじゃない。あなたも私を好きならもっと自信を持ってね」


 先輩の手がパッと離れた。助けてくれるとは思ってたけど、何事もシレッと言ってしまう智美さんはやっぱり大物だ。ここで間は取らない。一気に劣勢を跳ね返す。勝、早くなんか言えよ!ヘルプになってないぞォ!


「智美さんってお仕事は何をされてるんですか?いつもすごく冷静で頭が切れる方なのはわかるんですけど」


 やっと勝利が話に入って来た。ホントにこいつはいつもアクションが遅い!実に頼りにならない奴だ。ゴマフが隠し持っていた牙をむき出しにする。じゃなくて、ニッコリ白い歯を見せ説明してくれる。


「私はここの経営者なの。「モンスターハリケーン」とかをリリースしてるゲーム会社のね」


「スゴーイ!私、あのゲームにハマってるんですよォ!巷でもすごく流行ってますよォ!」


 絹ちゃんが初対面であろう智美さんにキラキラした眼差しを向けている。


「ありがとう。嬉しいわ。まだまだウチは若い会社だから、認知度を上げてドンドン新作をリリースして行かなくちゃ。競争の激しい世界だからね。いずれは自社キャラ限定のオークションとか情報交換の場を、ファンの方のお役に立てる形で提供して行きたいの。リアルでもSNSでもね」


 そうか!ベンチャーの社長さんなんだ。どおりで立ち居振る舞いが違うわけだ!そりゃ気楽なリーマンと違って四六時中経営のことを考えてるんだろうけど、チャレンジし続ける姿勢はとても生き生きして眩しい。消耗し壊れたら取り換えられるギアの自分たちがちょっと哀しく思えてしまう。


「キャー!「モンハリ」の元締めなんだァ!私、あのゲームがリリースされてからずっと自己投影してるんですよォ!大、大、大ファンなんですゥ!」


 由香利は「アスカ」コスのままゴマフセレブに大感激している。


 説明によると「モンスターハリケーン」は単純なバトルゲームだ。神出鬼没な怪物(モンスター)を倒しながらステージを進み、最後に世界を救う黄金に輝くブラとショーツを手に入れれば完全勝利だそうだ。どんなだ?


 しかし悪のナンバー3、科学者のデュランなる狂ったハゲオヤジまでは容易に倒せるのだが、ナンバー2のブロンドで白いホットパンツを履いたバーレラと言う女戦士(レディソルジャー)がセクシーでやたら強いらしい。多数の武器(アイテム)を課金して手に入れやっとセクシー姉ちゃんを倒すと、ラスボスの暗黒の天使(ブラックエンジェル)が使用人を装っていたメイド服を脱ぎ捨て黒い翼を羽ばたかせて現れる。


 このラスボスが由香利の傾倒しているブラックエンジェルさまとのことだ。全然世界の救世主(メシア)じゃないじゃんかァ。まあ、由香利には暗黒の帝王(ダークエンペラー)がふさわしいと思うけどさ。



 だいたいこの設定ってカルトの名作「バーバレラ」のパクリじゃん。ハゲ科学者のデュラン・デュランに白い戦士(ホワイトソルジャー)はジェーン・フォンダ、黒の天使(ブラックエンジェル)はアニタ・パレンバーグだろ?白と黒がライバルじゃないのが違うけどね。まあ、ゲームの下地なんて調理前の素材に過ぎないから、似たり寄ったりでも構わないらしい。


 この「モンハリ」の秀逸な点は、バーレラとブラックエンジェルに攻勢を掛けると服が脱げて行く仕様になってることだ。うまい!こりゃキモオタのハートを鷲掴みするのもうなずける。もちろん、下着もバーレラは白でブラックエンジェルは黒ショーツだ。網タイツも履いているらしい。俺が最終ステージに到達したら鼻血を吹き出すであろう悩ましい設定だ。


 しかし全国の強者ゲーマーも真のラスボス、ゴマフセレブには辿り着けないだろう。そう思えば上川先輩はゲーマーの羨望の的と言ってもおかしくないわけだ。良かったね、先輩。初めて人気者になれたね。オマケにスゴイ逆タマだよ。セレブの仲間入りをしたら上品に振る舞わなくちゃダメだからね。陰湿な後輩イジメなんてやってたら男が廃るってもんさ。


「上川先輩って、やっぱり女性を見る目が違いますね。何が大切かをしっかり見極められる彗眼が羨ましいです。俺と勝も精進しますから色々勉強させて下さい。俺たち、一生先輩に連いて行きます!」


「おお、まあな。面倒くさいけど、可愛い後輩のためなら手本となってやるか。お前らも俺のような偉大な人物になれよ」


 誰がなるか!心の中でペッと唾を吐き捨てた。


 取りあえず目先のピンチは脱したみたいだ。そのうちチャンスを見つけて先輩のケイタイ画像を消去してやる。この面倒くさがり屋はバックアップを取るという一手間を惜しむだろうから。いっそ水没させてやろうか?大丈夫だ。このバカ先輩なら必ずスキは出来る。落ち着け、俺。とにかく今は身動き出来ない。女装の「リツコ」なんだから。


「あなたたち、今度ウチのネットCMに出てみない?それぞれすごくキャラが立ってるので申し分ない素材よ。15秒くらいのものだから演技なんて知れてるし。特に「アスカ」と「リツコ」がいいの。この二人でやりたいわね。上川君からも頼んでくれない?私のインスピレーションが脳中枢にアクセスしてるのよ」


 どんなインスピレーションだァ?このゴマフエスパーめェ!だいたい素人使って何が出来るってんだァ!


「でも、お堅い電力会社はもちろん副業を禁じてますし、由香利ちゃんは超厳しい校則のお嬢さま学校に通ってますから無理だと思いますよ」


 上川先輩が鬼の形相でゴツンと頭を小突きやがった。


「無理たあ何だ!無理たあ!いくら智美さんが美人でやさしいからって、突け上がるのもたいがいにしとけよ!断るなんて情けない行動に出やがって。やりもせずに何がわかるって本田宗一郎さんも言ってたそうだぞ。副業?宮川、勘違いしてるんじゃねえ!タダでやれ!俺の命令だ!あとでメシくらい奢ってやるから。だいたいお前、今の追い込まれてる状況を考えて話せよな。俺に逆らったら電力の三人は容赦なく地獄に落とすぞ!」


 ひどいィィ!先輩は本当に悪い大人だ。智美さんにいいカッコしたいだけのために、平気で俺たちの将来を手玉に取りやがる。


 でも俺は突然抵抗するのを止めた。


「私、やってみたいィ!一度でいいからCMに出てみたかったんだ。学校にバレないよう配慮してくれるならこちらからお願いするわ。透も私と一緒ならいいでしょ?私たちの一生の思い出になるわよ」


 お姫さまのポジティブ発言に従うのは当然のことだ。俺は忠誠を誓っているのだから。


「やります。いや、やらせて下さい!俺、由香利ちゃんと一緒なら毒入りタルトだって平気で食べますから」


「そういう時は先に毒見して透だけ死んでね。それが真実の愛ってもんよ。でも、嬉しいな。男らしくてカッコイイ!」


 男らしいの使い方がおかしいぞと思ったが、要は自分だけ助かればいいってことだな。でも、お姫さまが喜ぶのなら気にしない。


「劇団員の友達に簡単な演技指導なら頼んであげるからね。何か私までワクワクして来ちゃった」


 絹ちゃんは目を潤ませ、すっかりキラキラモードになっている。


「透、俺に出来ることなど何もないけど、由香利のことを親に説得するくらいは協力させてもらうよ」


 役立たずまでブッ込きやがる。何て心強い仲間たちなんだ。こうして俺は、また天啓に寄り由香利への愛を試されてるんだ。神さま、試練の連続で朽ち果ててしまいそうなんですけど……。



 打ち合わせの日程を決めて俺たちは「ザ・クライシス」と言う縁起でもない名のブースをあとにした。ゴマフとエンマ大王が手を振って見送ってくれた。


読んで下さりありがとうございます。

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