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ザお姫さまストーリー  作者: 天ぷら3号
4/13

ザ・セカンドハウス

よろしくお願いします。

 日曜日、午前9時に俺と上川先輩は寮の庭に立っていた。あれから先輩に追加メールが有って、今日はお迎えに来てくれるとのことだ。ここに来るには上りの一本道しかないので多方向を見て待つ必要は無い。


 直ぐにズオォォという低いエンジン音が聞こえた。見え始めたノーズを見て驚いた。パールホワイトのレクサスLS600hLだ!智美さんがサイドウインドウを全開にしドライバーズシートから手を振っている。サイドシートの加代子さんも笑顔だ。


 これは「白鯨」だァ!ゴマフが進化するとマッコウクジラになると初めて知った。世界にはまだまだ未知の領域が有る。もっと精進しなければ。


 「白鯨」ならばエイハブ船長は当然上川先輩なので、俺は航海士のスターバックってとこか。ダメだ!それでは二人とも死んでしまう。俺は何としても唯一の生き残り、イシュメイルになって先輩を供養してやらねば!



 外に出ていた寮の貧乏リーマン数人が呆気に取られる中、俺と先輩はレクサスのリヤシートに乗り込みさっそうと走り去った。もちろんこんな高級車に乗るのは初めてである。


 オフホワイトの皮張りシートがキュッときしむ音を出す。新車の香りが漂う広い車内で疑問が湧いた。


 智美さんっていったい何者?加代子さんはグループ会社の人だとわかってるけど、このゴマフセレブは何をしている人なのだろう?上川先輩、それくらい今までに聞いとけよ!野球バカのノータリンがァ!



 レクサスは市内の高層マンションの地下駐車場に入った。705と記された広めの白枠に駐車し、大理石のエントランスから広い玄関ホールに入る。大きなエレベーターに四人で乗り込み七階フロアに降り立った。


 薄給のリーマンには一生縁の無さそうな高級マンションの廊下を彼女たちは平然と闊歩して行く。俺と先輩は完全にキョドっていた。お育ちは隠せないもんだ。智美さんはターコイズブルーのバーキンからカードキーを取り出し、ネームプレートが記されていない705号室のドアを開けた。



 絶対この部屋は秘密の売春クラブだ!俺たちはコソコソやって来る政財界の金持ちオジサマの接客をやらされるのだ!悪の権化、ゴマフ女社長の下で。そして用済みになった売り飛ばされる運命のビッチを運ぶ役目も仰せつかるのだ。


 ほどなく俺のアホな妄想は打ち消された。加代子さんが慣れた手つきでブルマンを()て始め、俺たちは深く沈み込むチャコールグレーのソファで固まった。マイセンのカップセットに入ったブルマンが置かれてから智美さんが白い歯を見せ微笑んだ。


「ここは私のセカンドハウスなの。隣の706号室もだけどね。2LDKだから結構ゆったり出来るわよ。今日はお二人に私たちの手料理でも食べて頂こうと思って、以前から加代子と相談してたの。ちょっと時間が掛かるから、ゆったりくつろいでいてね。ブルーレイとかもラックに入ってるからご自由に観て下さればいいわよ」


 手持ちぶさたなので智美さんのお勧め通り映画を観ることにした。手にしたブルーレイは「ワイルド・スピード」だ。壁に掛けられた50インチのスクリーンを見ていると、吸い込まれそうで頭がクラクラしてくる。どうせなら先輩が隠し持っているアダルトDVDを持って来れば良かった。


 映画の内容などわからない。まだドキドキが収まってないからだ。俺はフリーズしたままの上川先輩を横目で見ながら言った。


「先輩、考えてみればこれは多大なる好意の現れですよ。ツーリビングだからランチを終えたら別々の部屋に移動しましょうよ。そこで加代子さんに勝負を賭けて下さい」


「宮川ってスゲエなあ。よくこの状況で頭が回るもんだ。俺なんてビビッちゃってるのに。やっぱり西徳って違うんだな」


「西徳は関係無いですけど、こんな大チャンスは早々巡って来ませんよ」


 俺は立ち上がりもう一つのリビングを偵察に行った。そちらもかなり広かった。もちろんソファもテレビも備わっている。つまり応接用とプライベート用で使い分けてるってことだ。


 金持ちのやることはわからん。同じ装備を重複させるなんてムダとしか思えない。二世帯でもないのにさ。貧乏性と言われればそれまでだけどね。


 応接用のリビングに戻り報告した。


「先輩、あちらもバッチリです。押し倒せるソファもあります。テレビのボリュームを上げとけば、こちらには何も聞こえませんって。防音もしっかりしてるみたいですから」


 上川先輩は目を丸くして俺を見た。


「お前って恐ろしい奴だな。どうやら俺は宮川を見くびっていたようだ。いつか師匠と呼ぶ日が来るかも知れない」


 師匠か。それもいいかな?いや、やっぱりいらない。こんな()の高い弟子を持ったって、足を引っ張りまくるだけで何の役にも立たない。先輩が使えない奴だってことは今日身に染みてわかった。人がいいのは認めるけど。


「何言ってるんですか。相手は想像以上の大物ですよ。計画性を持って淡々と実行するんです」


 上川先輩は宙を見上げフゥーと肩で息をした。ちょっと切なそうな目が心に残った。


 丁度「ワイルド・スピード」が終わった頃に智美さんが俺たちを呼びに来た。彼女の案内でキッチンに入ると六人掛けの大きなテーブル全面に所狭しと手料理が並べられていた。


 エプロン姿の加代子さんが可愛い若奥さまに見える。上川先輩が見とれているのがわかった。フレンチ、イタリアン各種に手巻き寿司まである。こんなスペシャルランチ、お目に掛かるのも初めてだ。実家や寮では絶対に有り得ない。


「食べ切れないでしょうから、残りは持って帰ってね。折も用意してあるから」


 笑顔で言ってくれる智美さんも眩しく映った。


 俺がナイフとフォークをぎこちなく使っていると「遠慮しないで箸を使えばいいわよ。おいしく頂くのが一番だからね」と智美さんがフォローしてくれる。もうゴマフと呼ぶのは止めよう。たとえ心の中ででも。


 俺と先輩はごちそうをガツガツ食べたが、それでも半分くらいしか消費出来なかった。


 満腹のまま応接リビングに四人で座った。食後のダージリンを飲み終えると先輩は加代子さんを誘った。


「もう一つのリビングで話さない?自分の家じゃなくて悪いけど」


 加代子さんはしっかりうなずき、智美さんも何も言わなかった。


 ヤッタァ!初めて二人切りになれますね!先輩、頑張ってミッションを遂行して下さい。こっちも二人切りになることを忘れていた。さすが俺だ!



 スクリーンに映し出されるドキュメンタリー番組を退屈そうに見ていると、智美さんが席を隣に移動して来た。


「宮川君、悪いけどマガジンラックから「ヴォーグ」を取ってくれない?」


「わかりました。「ヴォーグ」ですね」


 立ち上がった瞬間足払いされ、ソファに倒された。グフッ!そのまま上に乗し掛かられ身動きが取れない。


 ヤバイッ!重過ぎるゥ!まさか殴るわけにも行かないし。助けを呼ぼうか?でも、あんなに親切にしてくれるのに拒否するなんて許されるのかな?葛藤の最中だった。



 キャー!ヤメテェー!甲高い叫び声が聞こえて来た。あれ?先を越されちまったよ。じゃなくて、先輩、下手打ったな。迫るならソフトチックにやれってえの!


 智美さんは瞬時に立ち上がり、バタバタともう一つのリビングへ向かった。ゴマフの素早い動きに感心しながら直ぐにあとを追う。バカ上川、ズボンでも下ろしたんじゃないだろうな?ケダモノは嫌われるってえのに!


 リビングに入ると先輩はソファにへたり込んでいた。ズボンもしっかり履いたままだ。加代子さんは智美さんに抱き着いて目を潤ませている。智美さんは彼女をなだめながら落ち着いた口調で言った。


「上川君、いったい何があったの?」


 先輩は罰が悪そうにうつむいたまま涙を溢れさせている。スゴイ落ち込みようだ。


「加代子さんにキスしようと頬を寄せました。まさかあんなにイヤがるとは思ってなくて、本当にすみませんでした」



 この時、最初の違和感を覚えた。だってこの状況で先輩が嘘などつくわけないし、頬を寄せたのがイヤなら交わせば済む話だ。いくら何でもあの叫び声はやり過ぎだと思う。


「上川君、そんなに落ち込まなくてもいいわよ。加代子は大げさなところがあるから」


 静かに話す智美さんに異を唱えるように、涙声で加代子さんが抗議した。


「だって上川君、急に迫って来るんだもん。ビックリしたのもあるけど、あれは裏切りだわ」



「裏切り」って何だ?キスするのが裏切りか?違和感パートⅡだよ。


 俺は思い切って加代子さんに聞いてみた。事態が全く飲み込めないから。


「裏切りって誰に対して、何に対してですか?」


「あなたに対してと私たちの愛に対してよ」


 は?俺に対して?何で先輩が加代子さんにキスするのが俺に対しての裏切りになるんだ?私たちの愛の私たちって誰を指すんだ?困惑したままの俺に向かって智美さんがクスッと笑った。


「宮川君は本当にわかってないみたいね。いいわ。説明してあげる。実は加代子はユリなの。あなたがバラなのと同様にね。上川君はバラじゃなくバイだったみたいだけど。私もバイだから宮川君とも平気だわ。でも、加代子は純粋なユリだから上川君を受け入れるのは無理なのよ」


 ハハハ、まいった。さっぱりわからん。先輩に聞いても同じだろうし、そもそも死亡フラグが立って使い物にならん。


 「ユリ」「バラ」「バイ」えーっと、すみません。教えて下さい。


「悪いけど比喩を使わずに言い直してくれませんか?俺のバカ頭だと理解出来ないんですよ」


 加代子さんが少し感情的に答えた。


「私が愛せるのは智美だけなの。もちろん彼女は私を受け入れてくれたわ。あなたと上川君もカップルでしょ?コンパで寄り添ってたのを見て直ぐにわかったわ。宮川君、すごく上川君を慕ってたもの。

 あなたたちは有名企業の社員だから社会的信用もあるでしょ?だからユリ族の私たちとバラ族のあなたたちが融合したら、傍目には不自然に見えなくなるじゃない。そのまま偽装結婚すればお互いのテリトリーを尊重し合えるしね。だから今日、将来の住居を見せたのよ」


 やっと意味がわかった。ユリはレズ、バラはゲイ、バイはどっちもOKってことだね。いやあ、納得しました。じゃなくて、偽装結婚ってヤバ過ぎない?それともこれが有名な「ゼーレの人類補完計画(byエヴァンゲリオン)」ってやつか。



 改めて上川先輩を見た。ポカンと口を開けたまま動かない。そりゃこの人の頭じゃフリーズするよなあ。酒と女と野球しか興味の無い先輩には異次元の話だもん。


「何とか理解出来ました。加代子さんにはとても悪いことをしましたね。でも、俺と上川先輩はカップルじゃありません。全てはその誤解から始まってるんですよ」


「誤解?私はキチンと上川君にメールで伝えたわよ。杉村君を連れて来た夜にね」


 俺は先輩にメールを見せるよう促し再確認した。でも、わからない。


 加代子さんが発信メールを見せ説明してくれた。


「しっかり『浮気してちゃダメですよ!』って送信してあるでしょ?」


 えっ?それだけ?でも、傷心の加代子さんにこれ以上聞けない。頑張れ!俺のお味噌フル回転!二分掛かった。


 わかったァ!キーワードは「て」なんだ!過去形だもんな。頭に省略してあるのは「他の女と」じゃなくて「杉村君と」ってことだ!勘弁してくれェ!こんなの俺や先輩の頭じゃ見落としちゃうよォ!ハッキリ言って想像超えてるし。


「やっとわかりました。ありがとうございます。じゃあ僕たちはもう会えないですね。残念な気持ちは本当ですけどあきらめます」



 智美さんがニッコリ笑ってくれた。


「宮川君、また遊びにいらっしゃい。バラじゃなくても歓迎してあげるわよ。じゃあ、あなたたちを送って行くわ。加代子はここに残って後片ずけしててね」


 先輩に対する気配りも見事だった。この人、ホントに大物かも知れない。いや、身体の話じゃなくってね。



 ごちそうの残りが詰められた折を持ってレクサスに乗り込んだ。帰りはサイドシートにだ。リヤシートはブッ倒れた先輩が横になって占領している。


 寮に着くと先輩から降りようとした。


「迷惑を掛けてすみませんでした。加代子さんには本当に好きだったと伝えて下さい」


 真摯に告げる上川先輩がカッコ良かった。智美さんは柔らかく微笑んで返す。


「わかったわ。必ず伝えておく。加代子もきっと喜ぶわよ。ありがとう、上川君」


 俺も「色々とありがとうございました」と言ってペコリと頭を下げた。瞬間、グイと引っ張られ頬にブチュッとキスされた。怪力女め、ムチ打ちになるかと思ったぞ!


 二人でレクサスを見送ったあと赤いルージュのキスマークに手をやったら、先輩にパシッと頭をはたかれた。痛かったけど心地良かった。



 それから俺の部屋で四人で酒盛りをした。下川先輩と勝利を呼んだからだ。二人はそれぞれ六缶パックを持参し、下川先輩は角瓶のオマケ付きだ。折に詰められた豪勢なつまみにビックリしていた。


 俺は隣の上川先輩をチラ見して言ってやった。


「下川先輩、上川先輩ったら美女に振られてメソメソ泣いちゃったんですよォ」


「この野郎、何も和也にバラすことねえじゃんかァ!」


 ヘッドロックで締められたがちょっと緩めだった。


「だって先輩が絡むといつも振られちゃうんですよォ。全壊率百パーセントの疫病神なんですゥ」


 その体勢のまま言い返すと上川先輩は「ホント宮川は生意気な奴だ。こんな後輩見たことねえよ」と呆れながら笑った。



 勝利と下川先輩は何のことかわからず、不思議そうに俺たちを傍観していた……。


読んで下さりありがとうございます。

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