ザ・コンパ
よろしくお願いします。
12月30日、世間さまは大掃除などで多忙を極めているだろうに、俺は上川先輩と呑気にコンパ会場の居酒屋へ向かった。野球部の先輩たちに顔を会わせペコリと頭を下げる。背後で上川先輩が鋭い眼光を放っていたので文句は全く出なかった。まあ、とてもライバルになりそうもないガキだしね。
グループ会社のお姉さま方が来店し、俺たちは盛大な拍手で迎え入れた。何でだ?俺は上川先輩の隣になる端っこのスツールに座った。やっぱり肩身が狭いからだ。それに端の席の方が全体を良く見渡せる。正直、今夜は社会勉強に来たってわけさ。
簡単な自己紹介があり、俺は立ち上がって「今年入社したばかりの宮川透です。まだ十九才なのでお酒は飲めませんけど、今夜はよろしくお願いします」と挨拶した。向かいに並ぶお姉さま方から「若いなあ」とか「初々しいね」とか言われ、拍手と嬌声まで頂いてしまった。ありがとうございます。
隣に座る上川先輩は結構な人気だった。長身で彫りの深い野球部のエースに何故彼女がいないのか最初は不思議だった。多分だが、徹底的な俺さま振りと平気で他人に迷惑を掛ける頭の悪さが原因だと思われる。でも、ナルシストってだけで、やさしくていい人なんだよ。シャイなのを隠してるだけだもん。後輩として少しはこの人を理解出来るようにはなっていた。
ハッキリ言って、コンパで酒も飲めない男など不要だ。うっとおしい。邪魔なだけ。目障り。TPOを考えろ!その通りでございます。話し相手になってくれるやさしいお姉さんもいたけど、いかんせん俺ごときで本気モードになれるはずがない。でも、いい経験が出来たと思ってる。先輩には感謝だ。
隣で上川先輩がミディアムヘアーをした本日一番の美女とコソコソメアド交換をしていた。必死な先輩の姿がおかしかった。
今日一の美女が去ったあと「下川先輩にメアド交換をバラされたくなかったら、毎週六缶パックを持参しなさい」と脅してやった。意外にも上川先輩は俺の脅迫に屈した。可愛い人である。
結局コンパに成果など無かった。まあ、こんなものだろうと納得した。
お正月は帰省した。車でわずか三十分の距離だけど。ジモピーの同級生たちと初詣に行ったりして過ごした。三が日はあっという間だった。
1月3日の夜に寮へ戻って、またいつもの生活が再開した。と思ったら、上川先輩がノックもせずに押し入って来やがった。お前は強盗か!となじってやりたかった。
「宮川、ビッグニュースだぜェ!」
先輩の開口一番イヤな予感発生だ!また自己都合で俺を連れ回すに決まってる。少しは平穏な日々を過ごさせてくれよォ!彼女がいないのは我慢するからさあ。
「昨日加代ちゃんからラブメールを貰っちゃってさァ、今度の日曜デートするんだけど小僧も連れて来いってよォ!智美ちゃんって友達も来るらしいぞォ!」
早速小僧扱いかよ。別にいいけど、年が上ってだけでそんなに偉いの?
「先輩、加代ちゃんって誰ですか?」
狂喜乱舞のバカ先輩に冷めた口調で言ってやった。
「何言ってんだよォ!俺とメアド交換してた美女じゃんかァ!」
「智美ちゃんは?」
「それは知らない。でも、彼女の友達だから妖怪でも宇宙人でもいいんだよォ!まさかお前、偉大なる先輩の頼みを断るわけじゃねえだろうな?」
メチャクチャ言いながらグイグイとビールの六缶パックを押し付けて来やがる。それも2パックだ。ああ、ありがたきしあわせェ!俺はアッサリ買収されることにした。
「もちろん行きますよォ!俺がどれほど上川先輩を尊敬してるか知りませんねェ!」
「よしよし、ホント宮川は可愛い奴だ。全てを俺に任せて連いて来い」
全てを任せるって、そんなハイリスク飲めるかよ。でも、社内有名人の上川先輩が後ろ盾になってくれれば都合がいいことも…全く無いな。この先輩は人がいいだけのおバカだもん。
まあいいや。どうせ勝はデートで忙しいだろうし、暇つぶしには持って来いってもんだ。
「ところで、当日は宮川のスカイラインを使うからな。俺のワゴンRで大人四人だと走らなくなる」
「そんなあ、俺のスカGは2ドアだからリヤシートが狭いんですよォ」
「だから俺と加代ちゃんが狭いリヤに乗ってやるよ。密着出来ていいじゃんかァ!あとガソリン満タンにしとけよな。足マットも洗っとけ。女性には清潔感が大事なんだから」
ビールパックを突っ返してやろうかと思ったが、悪気が有って言ってるんじゃないので引いておいた。
日曜日、俺と上川先輩は、怪訝そうな下川先輩の視線を振り切って寮を出発した。高島屋の前で加代子さんと智美さんを拾い「ポピンピアリ」と言うレストハウスでコーヒーを飲んだ。
改めて見ても加代子さんはスレンダーな美人だ。上川先輩の審美眼も一応マトモだと言える。ウェーブボブの髪をした智美さんは色白の……デブだ。それも白ブタと言って差し支えないくらいのお身体をなさってる。
もちろん目上の女性に体形など指摘出来るはずがない。そんなことしようものなら先輩に寮の屋上から投げ落とされてしまう。フウ、こりゃ命懸けだぜと心の中でゴチた。
加代子さんの柔らかなトーンで我に返った。
「宮川君ってやっぱりカワイイ顔してるね。何かペットにして散歩したくなっちゃう。智美もそう思わない?」
散歩のペット?俺はポチか?
「そうねえ。一応合格点をあげるわ」
メンソールのタバコの煙をブハーッと吐きながら、デブが気怠そうに言った。
あらま、何と高飛車な一言目だこと。先輩はアウトオブ眼中だろうけど、俺に無下な態度は許されてない。デブにも頑張って愛想を振りまくんだ。この課題は仕事より厳しいぞォ!
「天気もいいし、これから中田島砂丘でも行こうか?真冬の海は誰もいなくてオツなもんだろ?」
オツなわけないだろう。ひたすら寒いだけだっつーの!上川先輩って常に発想がバカタレなんだよな。これじゃまるで勝じゃんかァ!呆れた視線で先輩を見たらスゲエ眼力で圧力を掛けられた。俺は屈せざるを得ない。勝ち目の無い勝負はやらない主義である。
「いいですね。冬の砂浜を歩く姿って絵になりますもんね」
クッソー!心にも無いことを言わされるのは辛いぜ。
何だかんだで一応話がまとまった。今日は観光タクシーの運転手に徹しようと思った。
東海北陸道の各務原インターから高速に乗り、誰もいない砂浜を目指す。高速代とガソリン代を使っての愚行に思わず自己嫌悪したくなる。人生にムダなことなど一つもないなんて嘘っぱちさ。あれはパラドックス。戒めの言葉なんだと勝手に思ってる。
途中、上郷サービスエリアでの休憩を挟み昼過ぎに砂丘に着いた。道路脇に車を駐め四人で砂浜に入った。
メチャさぶッ!ポロシャツにダウンジャケットを羽織っただけでは、強烈な砂浜の冷気に抗し切れない。遮るものが何も無いから風がダイレクト過ぎる。この時ばかりはバカ先輩を呪った。
加代子さんは寒そうに身を縮め迷惑そうな顔をしている。なのに智美さんは清々しい表情で「冬の海って気持ちいいッ!」と言った。さすがゴマフアザラシの生まれ変わりだと圧倒された。お前なら冬のオホーツクでも生きて行けるぞ!とエールを送りたい衝動に駆られる。だって絶対似てるもん。つぶらな瞳と愛らしい体形が。実は獰猛な肉食獣なんだけどさ。これからはゴマフと呼んでやろう。もちろん心の中限定での話だが。
「ここ寒いなあ」
加代子さんの一言で砂丘からの撤収がアッサリ決まった。もっと早く言って欲しかった。直ぐに舘山寺の動物園を目指せと上川先輩からミッションが飛ぶ。ゴマフだけ置き去りにしようと真剣に相談したかった。
動物園もやっぱり寒かった。当たり前だ。ここは山際なんだから。ホントに先輩はセレクトが悪い屋外バカだ。だいたい何で今がシーズンオフなのか野球部ならわかりそうなものなのに。
間違いなく加代子さんに振られるなと思った。しょうがない。こんな最悪の展開しか提供出来ないのだから。また男同士で酒盛りが繰り返されるだけだ。
でも、もっと最悪があった。智美さんが「寒いわ」と言って左側から腕を絡め寄り掛かって来たからだ。お、重い……。右足で懸命に踏ん張ると攣りそうになった。ド最悪ってやつだ。しばらく全身の震えが止まらなかった。
動物園を出て一路地元へ戻り、二人を駅に降ろして力なく寮に戻った。自室に入るなり簡易ベッドにブッ倒れた。マジ疲れたぜェ。時間の浪費に泣きたくなって来た。
束の間、また入り口を突破され人の気配がする。面倒くさそうに起き上がると久し振りに勝利の来訪だった。
「勝、珍しいじゃん。夜のご訪問ということは、ついに絹ちゃんに振られちゃったの?」
「縁起でもないこと言うなよ。今朝下川先輩が、上川先輩をスカGに乗せて出掛けたって言うから、最近何やってるのか聞きに来たんだ」
「ウゲッ!そんなことで来たのか。聞きたい?先輩と二人でホラーやってたんだよ」
「はあ?全然話が見えないんだけど」
またドタドタとした足音。バンとドアの開く音。ハイハイ。わかってますよ、上川先輩。
「宮川ァ!加代ちゃんからメールが来たぞォ!おっ、杉村も来てたのか。じゃあ一緒に祝杯だな」
今日で終わったなと思っていた俺は、意外な展開に目を剝いた。
「祝杯ってどういうことですか?あの人たち揃ってエムなの?」
上川先輩は缶ビールのプルトップを開け、グビグビと呷ってから安堵の息をついた。
「ホント今日はごくろうさんだったな。そんな宮川にサプライズだ。また日曜日空けとけよ!何と、智美ちゃんがお前と付き合ってもいいってさ。やったな!年上の女はいいぞォ!」
キャアァァ!助けてェェ!いきなりの死刑判決に俺は驚愕した。視界から色彩が抜け落ちて行く。落ち着け!フリーズしてはいけない!まだ結審していないはずだ。せめて口頭弁論だけはしよう。あきらめたら刑が確定する。執行猶予を勝ち取るんだ。
そうだ!先輩に屋上から投げ捨てられずに危機回避する方法が一つだけあった!生贄を用意してゴマフさまに食べて頂けばいいのだァ!
「上川先輩、申し訳ないけど今度の日曜は実家で法要が有るんです。代わりと言っては何ですが、勝を連れて行ってくれませんか?ジャニ系のルックスだし智美さんも気に入ると思うんですよ。先輩は加代子さんさえ良ければオマケなんてどうでもいいんでしょう?」
そんなの図星に決まってる。このド腐れエゴイストめェ。
「俺はそれでもいいけど、杉村の都合も聞かなくちゃ決められないよ」
フフッ、先輩の自分さえ安泰なら周りなど気にしない性格は掌握済みだ。俺はカエルさんを頂く前のアナコンダの目になった。絶対逃がさねえぜ!
「勝、来週は絹ちゃんスキー旅行で不在だろ?上川先輩の顔を潰す真似なんて出来ないよな」
俺は迷うことなく悪魔に魂を売った。ついでに友の身柄も売り飛ばしたのだ。良かった。同期女子会のスキー旅行の話をキャッチしてて。だって、進むも地獄戻るも地獄なら脇道へ逃走図るしかないじゃん!
「確かに日曜は空いてるけど、それって絹ちゃんに対する浮気ってことじゃないですよね?」
「ないない!」先輩と声が合ってしまった。
ホントご都合主義に乾杯だ。先輩、早くこのマヌケなジーザスを十字架に吊るし上げて下さいィ!
「じゃあ、今回は杉村にするか。あとで加代ちゃんにメールしておくよ」
やったぜ!一件落着だ。勝、悪いが恐怖体験を味わって来てくれ。親友だもん、苦しみは分かち合おうよ。もしお星さまになってしまっても骨だけは拾ってあげるからね。安心して死んでくれていいよ。
「ところで先輩、どんな方たちか見たいんですけど写メとか有りませんか?」
「一枚だけ有るよ。ほら」
上川先輩はちょっと得意そうにケイタイ画面を勝利に見せた。
「キレイな人ですねえ。安心しました。これなら俺も楽しみです」
お前なあ、キレイな加代子さんはエンマ大王が触れさせてくれないのよォ!会話を弾ませるだけで命落とすぞ!
「先輩はスレンダーな方でいいですよね」
上川先輩は当然だろ!という顔でうなずいた。
「じゃあベストマッチですよ。俺、右側の色白美人しかイヤですからね。それが絶対条件です!」
色白美人?あんまりキッパリ言い切るので脳内の美人定義が霞んでくる。
勝、いつの間に視力悪くなってたんだ?悪いものでも食べたのか?わかった!あんまり金が無いんで、脳みそが溶ける劇薬をジュース代わりに飲んだんだ!
「透、悪いな。一回限りで花持たせてよ。まあ、何が有るってわけでもないからさ」
遠慮深い奴だなあ。俺たちは厚い友情で結ばれた無二の親友じゃないか。全然一回限りじゃなくていいぞ。何か有ったらもっといいぞォ!しかしお前、アニオタなのは知ってたけどデブ専まで患ってたとは知らなかったよ。近い将来、こいつはメンタルヘルス確定だな。そのうち自殺するかも知れん。許してくれ、友よ……。
日曜日、俺は勝利と上川先輩がボロヴィッツで出陣するのを見届け実家へ帰った。久し振りに主を失っていた部屋に入る。今日はここでゆっくり過ごそう。フラフラ出歩いてるところを先輩に見つかりでもしたら、即行拉致られて埋められるからな。
勝、うまくやれるかなあ?自分で嵌めておきながら親友の身を案じるやさしい自己矛盾。俺は「罪と罰」のラスコーリニコフか?違うな。どう考えたって上川先輩が社会正義の代名詞になどなり得ない。「人間失格」か?確かに恥の多い生涯を送って来たもんな。まあいいや。ユダと呼ばれようともゴマフに喰われるよりはマシだ。
ここで俺は見過ごして来た重大な落とし穴に気が付いた。先輩はまだ気付いてないだろうけど。だいたい、何で加代子さんほどの美女が彼氏いないんだ?何で智美さんと執拗に連るまなければいけないんだ?あんなバカ先輩にせっせとメールしなくても引く手数多だろうに。
これはおかしい。きっと背後に底知れぬ暗闇が有るはずだ。凍り付く悪寒に侵されながらも、考えるのが面倒なので楽観することにした。生贄は捧げてあるんだし。つまり、解決を放棄したってわけだね。現実逃避とも言うけど。
夜になって寮に戻り勝利の部屋を訪問した。予想通り上川先輩がいた。
「勝、どうだったの?ゴマフ、いや、絶世の美女と手を取り合って楽しめたの?先輩も加代子さんと少しは進展出来ましたか?」
勝利はニコッと笑ったが、先輩は不機嫌そうに俺を睨んだ。
「宮川ァ!何で杉村なんかを代打に出すんだよォ!彼女たちはカワイイカワイイって杉村ばかり構いまくって、俺だけ蚊帳の外の扱いだったんだぞォ!こいつは物腰も柔らかいし社交的だからなあ。ホント寂しい気持ちになったよ」
先輩はビールをグビグビ呷ってグチグチ言った。
「でも、それは勝が悪いわけではありませんから」
「わかってるよ。だから俺も杉村を責めてないんだ。お前は責めるけどな」
野球部の俺さまエースが肩をすぼめて落ち込んでいる。僭越だとも思ったが、慰めようとそっと肩に手を掛けた。……ら、スカされてヘッドロックで締められた。
「宮川ァ!次回のお供はお前で決定だァ!もう杉村はいらん!責めないけどコリゴリだよ」
いらん!って、そんなあ。また俺、生贄続行なの?
「あ痛てて……、わかりましたァ。先輩にどこまでも連いて行きますゥ…」
クッソー!力一杯締めやがって。何で勝を責めないで俺に当たるんだよォ!わかった。勝をイジメると益々自分がミジメになるからだ。さすが自己都合主義者の上川直也だ。
「透、何か悪いな。まあ俺は絹ちゃんの下へ戻るからさ。あんな美人と一緒に歩けて嬉しかったよ」
「俺に遠慮するなんて勝じゃないぜ。いつでも二人切りで歩いてくれよ」
本心で言ってやった。いや、これは哀願と言うのが正しい。
「じゃあ俺、次回は宮川と行くって加代ちゃんにメールするよ」
「わかりました。でも面倒くさいなあ。先輩、早く加代子さんを押し倒しちゃって下さいよ」
「バカモーン!それが出来ればお前らごときにお願いしてないっつーの!宮川、加代ちゃんと二人っ切りでデート出来るか振られるまで、お前の休日は俺のもんだからな。逆らったら拷問するぞ!」
何て先輩だ!ムチャクチャだが恐ろしい。この暴君にアッサリ勝てるのは、俺の知る限り加代子さんだけだ。加代子さん、助けて下さいィ!と縋った瞬間に火炙りの刑決定だよな。
上川先輩が加代子さんにメールしたら一分で返信が来た。文字列を見た途端バカ先輩は泡も吹かんばかりに卒倒した。
「先輩、大丈夫ですか?やっぱり振られちゃったんですか?」
先輩は地獄からの使者のように邪悪な笑みを見せ、俺にケイタイを差し出した。短いメールだった。
『直也君、こんばんは。今日はどうもありがとう。次回は宮川君の件、了解です。じゃあ、また来週会おうね。浮気してちゃダメですよ!バチッ!(ウインク)』
飛び上がらんばかりに舞い始めたバカ先輩である。いや、モンキーダンスにしか見えないけど。
あとから思えばこのいわく付きメールの最後の一文がミソだったのだが、俺たちの足りないオツムでは「三人寄れば文殊の知恵」ではなく「三人寄ってもバカはバカ!」にしか成り得なかった……。
読んで下さりありがとうございます。