ザ・同期
よろしくお願いします。
入社して半年後の秋口、レストランで同期会をやった。居酒屋じゃないのはまだ未成年だからだ。土曜日の真っ昼間に県下配属の三十人が集った。男女比率は二対一ってとこだ。
ボロい若鮎寮に住んでいるのは俺と勝利だけなので、仕事中に顔を会わせれば声くらい掛けるのだがプライベートはほとんど知らない。
勝利は毎年数人入社する伝統商業高卒なので自然と学閥に属してしまうのだが、西徳出身者の俺は一匹狼みたいなもんだ。学卒なら西徳の先輩もたまにいるけど、総合職さまとは根本的にテリトリーが違うのだ。
西営業所配属の高橋恭子さんが向かいの席から声を掛けて来た。
「宮川君って西徳出身なんだよね。何で進学しなかったの?」
思わずムカついて即答してやった。
「バカだからに決まってんだろ!俺の頭じゃあそこで通用しないんだよ。もちろん、この会社で通用するかも超あやしい。俺、社会人としての基礎知識が欠落してるからさ」
ぶっきらぼうに返したが自虐的に言ったわけじゃない。本当のことを言ったまでだ。実業高校は職業訓練の意味合いがあるけど、普通科の進学校じゃ社会的模範なんて関係無いんだよ。じゃあ、何で西徳に進学したのかって?連いて行けると思ってたんだよォ!全然通用しなかったけどね。
「ふーん、頭はいいけど不器用なんだ。でも、私ちょっと惹かれるな」
「頭も良くないって言ってんだろ!何も出来ないクソ野郎なんだよ!」
「彼女はいるの?」
「いねえよ!高橋、俺にケンカ売ってるのか?」
「その逆よ。仲良くなろうとしてるの」
同期の男共がギョッとした。ナチュラルフェミニンのセミロングが自慢の恭子さんは、目鼻立ちがクッキリしてるので同期の女子社員の中でも目立つ存在だ。だから俺には似合わないと思ってる。きっと不相応なんだよなあ。勝にしとけよ。クルクルパーのアニオタだけど、ジャニ系ルックスでやさしい奴だぞ。まあ、妹は恐怖のゴスロリ女だけどな。
勝利は同期の女子に人気があった。170センチと背丈は俺より5センチ低いが、色白で切れ長の二重瞼は確かに由香利と通じるものがある。物腰も柔らかく社交的なので自ずと人が集まって来る。自然に周りを明るくさせてしまうのは立派な才能と言えるだろう。
しょうがないから兄妹揃ってイカレてるのは伏せといてやるよ。俺は友情に厚いからな。
「宮川君って杉村君と仲いいよね?」
「ああ、中学一緒なんだよ。オマケに寮も一緒ってわけさ」
「明日は何か予定有るの?」
「有るよ。勝と繁華街へナンパに行くんだよ。彼女でも作らなきゃ掃き溜め寮生活で腐敗しちまうからな」
俺と恭子さんの会話が聞込えたらしく勝利が割って入って来た。
「高橋さん、透の言うことなんて信用しちゃダメだよ。こいつは平気で口から出まかせ言うからね。それに女嫌いのゲイだからさ」
「この野郎!言うに事欠きやがって!何で俺がゲイ呼ばわりされなくちゃいけないんだよ!」
「ゴスロリ好きって言えないだろ?」
小声で言ったつもりだろうがしっかり伝わってると思うぞ。意味深な言い方するので聞き耳立てられてるじゃん。このマヌケがァ!だいたい俺はゴスロリだから惹かれたんじゃなくて、由香利だから好きになったんだっつーの!頭に来たので遠慮なしにお前の秘密も暴露してやるよ。
「アニオタの分際でふざけてんじゃねえ!」
俺たちのバカ全開のやり取りを見て、恭子さんの隣でナチュラルボブの中村絹江さんがクスクス笑っていた。不思議そうな顔の恭子さんはおそらくゴスロリの意味がわからないのだろう。そりゃ正統派美人だから知る必要無いもんな。
「恭子、明日は四人で遊ばない?宮川君たちってとっても面白そう。ねえ杉村君、私の提案受けてくれない?」
「俺はいいけど透はどうなの?せっかくの美女からのお誘いを蹴っちゃうの?」
「お前なあ、勝手に悪役に仕立てるなよ。行かないなんて言ったら仕返しコエエじゃん」
こうして俺と勝利、恭子さんと絹江さんの四人で明治村へ出かけることになった。行き先を決めたのは勝利だ。こいつのセンスだけは理解出来ない。よく言えばオールマイティなのだが普通の感覚なら誤爆もいいとこだ。今、平成何年かわかってるの?
でも、文句は言わなかった。俺は絹江さんの醸し出すボケアンニュイな雰囲気が気に入ってたから。ちょっと独特なんだよな、絹ちゃんって。
翌日、俺と勝利は相乗りしてスカGで寮を出た。彼女たちとは駅の北口で待ち合わせだ。恭子さんは遠目からでもすぐにわかった。人目を惹く美的風貌だからだ。
さて絹ちゃんは……!!!マジ目を疑った。ブルー系パステルのセーラー服っぽい衣装を纏い白い眼帯までしている。髪の色こそ青くないが、他はまんま「綾波レイ」だ!これくらい俺だって知ってる。エヴァンゲリオン零号機のパイロットだ。
お前、本当に一部上場企業の社員か?正直、背中に冷たい汗が滴るのがわかった。絹ちゃんまでアニオタだったのか!
どうやらこの文化は水面下で我が国を席巻してるらしい。ああ、いったいこの国はどうなってしまうのか?思わず日本の将来を憂いてしまう。
勝利のバカはスイッチが入ったようにハート型の目をしていやがるし。こうなると恭子さんの薄手のセーターにブルージーンの出で立ちが真人間に見えて眩しく映る。
まあ、俺たちもデニムのパンツにボタンダウンのシャツで、羽織っているのがパーカーかスウィングトップの違いでしかない。普通のカジュアルだが、服はヨレて小汚いのでもちろん絹ちゃんに文句を言える筋合いは無い。
寮暮らしの奴なんてこんなもんだよ。コインランドリーとはいえ洗濯も面倒くさいし、乾燥機から取り出せばそのまま畳むだけ。アイロンでしわ伸ばしなんて絶対やらない。男の園に浸ってりゃカッコも気にしなくなるってもんさ。ボーイズラブなんて知らぬ女性のイリュージョンだってえの!
でも、現実に目の当たりにする「綾波レイ」はやっぱりスゴイ!平然と話している恭子さんまで異星人に見えてくるインパクトだ。いっそ彼女も「アスカ・ラングレー」になってくれればいいのにと思ってしまった俺もたいがいだが。
でも、もしかしたらこれは60年代後半に世界中に広がって行ったカウンターカルチャーの再来かも知れない。もはやアニオタ文化はサブカルと呼べるものではなく、日本発祥のグローバルスタンダードになって行くニューカルチャーなのだ。
思わず俺は、若くして周回遅れにされている恐怖にとらわれてしまった。マジョリティがマイノリティに追い込まれて行く構図だな。
スカGの狭いリヤシートから絹ちゃんがシレッと言った。
「宮川君、何キョドってるのよ。コスプレって苦手なの?」
「えっ?いや、可愛いなと思って照れちゃっただけだよ」
「ホントに?ちょっと嬉しいな。良かったわ、気に入ってもらえて」
勝利のバカが目を潤ませ割って入って来る。
「俺、マジで大感激ィ!中村さんって最高にイカシてるよォ!」
勝、日本語は正しく使えよな。イカレてるの間違いだぞ。
それより、恭子さんがいつになく不機嫌そうでコエエんだけど。絹ちゃんの方が持ち上げられてプライド傷付いたってか?確かに恭子さんはお姉系のキレイな女なんだよ。何たって若鮎寮の新入社員人気投票ナンバーワンだからな。まあ、寮暮らしの小汚い男共の人気などいらないだろうけど。
「高橋さん、何か飲まない?俺たち迎えに来る時コンビニで買い物して来たからさ」
「じゃあ、オレンジジュース有る?」
「有るよ。ハイどうぞ」
笑顔で勝利がジュースを手渡す。この爽やかな振る舞いが奴の数少ない美点だ。自然に愛想を振りまいて一気に場を和やかにしてしまう。頭はパーだが気のいい奴なのは確かだ。器が違う妹には歯が立たないけれど。
明治村に着いて四人で歩いた。注目度は抜群だ。「綾波レイ」よ、恐るべしである。
勝利は水を得た魚のように一生懸命絹ちゃんに話し掛け、彼女もケラケラ笑って受け答えしている。和気あいあいに混ざりたいけど、残念ながらオタ話には連いて行けない。マジでマニアック過ぎるんだよォ!お前ら、絶対に来るとこ間違えてるぞォ!
次第に俺たちは距離を置き始め二組のカップルのようになった。恭子さんが腕を絡めて来たのにはビックリした。
「ねえ、透君って呼んでもいい?」
「えっ?ああ、もちろんいいけど」
「車に戻る時間だけ決めておいて別行動にしましょうよ。ケイタイだって持ってるんだし不都合なんて無いでしょ?」
「そうだね。じゃあ勝に伝えて来るよ」
俺は軽くダッシュして車には午後3時に集合しようと告げ、二人の了解を確認して恭子さんのところに戻った。
「OKだってさ。じゃあ、俺たちは何処へ向かおうか?」
「コーヒーでも飲まない?私、今日は透君と話したくて来たんだよ」
恭子さんとファーストフ-ド店の前にある白いテーブル席を目指した。カップコーヒーを買ってから向かい合って座った。
「高橋さん、俺にお話って何でしょうか?」
「イヤーね。ちゃんと名前で呼んでよ。私だけ透君って呼ぶの変でしょ?」
「ああそうか。じゃあ恭子さん、何でも聞いて下さいな。俺なんかでよろしければ何だってお答えしますよ」
「やっぱり透君ってヒネてるな。私にまで投げやりな態度を取りやがって。このワルガキがァ。でも、昨日も彼女作らなきゃって言ってたじゃない。まさか杉村君の言ってたゲイって話は本当じゃないんでしょ?」
「あのなあ、何でそんなジョークを信じるんだよ。まあ、悪いのは勝のバカなんだけどね。とにかく俺はゲイじゃねえッ!何で恭ちゃんにこんな弁解しなくちゃいけないの?」
顔をしかめる俺に構わず彼女はニッコリ微笑んだ。
「ウフッ、恭ちゃんって呼んでくれたな。ポイントアップだね。ねえ、私と付き合い始めましょう。あんまり焦らすとキレちゃうぞ」
何とも一方的な言い分だけど、それでもいいかという気持ちも有る。根本的に俺って流されやすいんだよなあ。ホント優柔不断を地で行ってるもん。
「いいよ。俺たち付き合おう。二人でハッピーになれるといいね」
「なれるわよ!私に任せて!透君をしあわせにしてあげる。ちゃんと私を大切にしなくちゃダメよ!」
「もちろん大切にするけど、ホントに俺でいいの?恭ちゃんってモテる女なのに」
「知らない。興味無い人にどう思われたって気にしないわ。あなたが私を泣かせなければいいのよ。簡単なことでしょ?」
「それは考えられないけど、俺が泣かされるってのは有るんでしょうか?」
「さあ?そう思うなら泣かされないようにすればいいんじゃない?」
クッソー!鼻につく物言いしやがるぜ。でも、これが恭ちゃんのスタイルなら受け入れるしかない。だいたい俺って、いつも選択権貰えないんだよなあ。
午後3時になってスカGに戻ると「綾波レイ」と勝利が腕を組んでご帰還だ。ベッタベタてやつである。こりゃ今夜も酒盛り決定だな。ヤケ酒じゃないだけマシだけど、勝利の絶好調振りに頭が痛くなってくる。このバカタレにとって絹ちゃんは、今までの人生で最高の分かち合えるパートナーだろうから。
でも、こいつらが欲望のままカップルになったら恐ろしいぞ!人目に無頓着だから社内で変な噂でも広がらなきゃいいが。そうだ!ラブホの中でコスプレ大会やってなよとアドバイスしてやろう。……自分で考えたのに目まいがした。
俺たちダブルバカップルが付き合い始めて二ヶ月が経った。もちろん、もう四人で行動はしていない。
俺は勝利が羨ましかった。趣味が合致するというのはものすごく便利なことで、映画に行くにもお店を選ぶにも話をするにもセレクトに困らないからである。
アニメイトに行くだけで二時間を過ごせる。そのあとお茶でもすればアニ話でもう二時間だ。いろんなジャンルを吸収する必要もない。好きなことに没頭しているだけでドンドン話題を提供して行ける。
ホント勝が絹ちゃんの話をする時って充実感がみなぎってるもんなあ。
意外にも、あれから絹ちゃんは「綾波レイ」に変身していないらしい。あれは彼女の一世一代の勝負服だったそうで、もう纏う必要が無くなったとのことだ。
あれが勝負服ってさあ……、着ない方が絶対世のためだって!だいたいセーラー服コスチュームってコミュ専用の衣装でしょ?変態のオッサンを除けばだけど。コスを見ただけで発狂するオバサンも社会の一員なんだからさ。
一方の俺は恭ちゃんの言いなりだった。彼女は決して偉そうに言わない。俺の意見もキチンと聞いてくれる。二人で形式的に協議する。納得して恭ちゃんのやりたいことに付き合う。
交際のコントロールがうまいんだよね。頭のいい女だと思うもん。時々キスだってしてくれるし、これと言って不満を感じさせないんだ。でも、由香利の時と違ってどうにもポジティブになれない。女と付き合うのは初めてだし、受け身で学習するみたいになっちゃってる。何かおかしいよなと自覚するんだけど、力量が違うから従わざるを得ないってわけさ。
俺の部屋で宴ってる時、勝利から言われてしまったよ。
「透ってホントに恭ちゃんと楽しめてるの?何かこう、話してても全然熱いものが伝わって来ないんだけど」
「勝と絹ちゃんが異常なの!お前の話を聞いてると、アニオタカップルって最強だと思えるもん。まあ俺、恭ちゃんが楽しめてるのならいいと思ってるけど」
「バカだな、透って。頼むから自分のために付き合ってくれよ。エクササイズで恋愛ごっこしてるんじゃねえぞ!」
「ウッへー、勝にまでなじられちまったよォ!まあいいじゃん。ゆっくりやらせてくれよ」
ニンマリした俺に勝利は両手を大きく広げて見せた。
その時、個室のドアがバンと開けられた。また下川和也先輩だ。ノックくらいしろってえの!後ろに上川直也先輩も控えている。二期先輩に当たるお二方は若鮎寮で有名なコンビだ。共に社内の野球部に所属しバッテリーを組んでいらっしゃる冗談みたいなお二人さまである。六缶パックのビールを2パックもご持参されてのご来訪だ。ありがたや、ありがたや。
ピッチャーの上川先輩が隣に座り込みビールを一口呷った。そのまま俺を見てニッと笑いガシッと肩を掴まれた。痛いッ!
「宮川、高橋恭子と付き合ってるらしいな。野球部の情報網でキャッチしたぞ。俺たちに断りも入れずに勝手なことしやがって。若鮎寮の人気投票一位だった女だぞ!まさかお前、諸先輩の涙を誘って喜んでるんじゃねえだろうな?」
ふえー!言い掛かりとはこのことだ。だいたい寮内での人気投票ってそんな重みのあるイベントなの?
「とんでもありません。って言うか、誰と付き合うかいちいち先輩に報告しなくちゃいけないローカルルールでもあるんですか?」
「あるよ。俺と和也にだけ伝えなくちゃいけないスペシャルルールがね」
嘘だーッ!先輩だからってムチャクチャ言いやがって!でも、上川先輩ってコエエんだよな。逆らうと絶対ボコられるってわかるもん。そう、ボコってから話を始めるタイプ。迷惑な性格だよ、ホントに。勝は巻き込まれるのにビビッて沈黙していやがるし。
横から下川先輩が助け舟を出してくれた。さすが俺さま全開ピッチャーをなだめる女房役だ。
「あんまりイジメてやるなよ。秋のリーグ戦終了後にアプローチしようと決めてたのはお前の勝手で、宮川が悪いわけでもなかろうに。だいたい、直也だったらうまく行かなかったかも知れないんだぞ」
ありがとう、下川先輩!俺さまピッチャーの自分勝手な事情など知る由もないけど、上川先輩は平気でゴリ押しして来るからなあ。
「いや、ダメだね。こいつは俺を裏切りやがった。潔く別れる以外に許される道はねえ!」
あの、何で俺が裏切り者で潔い別れを強要されなくちゃいけないの?いくら何でもこれにはムカついたので言い返すことにした。ちょっとコエエけど。
「上川先輩、好きなら自由にアプローチすればいいじゃないですか!先着順でもあるまいし。だいたい俺、まだ彼女とヤってないですよ」
三人は「何ィ!?」という顔をした。クソッタレェ!何でこんなこと言わなきゃならねえんだよォ!上川先輩は俺の言葉を聞いて強引に肩を組みやがる。イヤだァ!離れろってばァ!
「さすが宮川は俺が目を掛けてた可愛い後輩だ。お前って徒党を組もうとしないから、ドンドン敵も出現して来るぞ。その時は俺を頼って来い!全力で助けてやるからな」
当面の敵はあんただろうがァ!まあいいけどさ。
上川先輩は典型的なスポーツバカに違いないけど、気がいい人なのはわかってる。サッパリした性格だし後輩の面倒見もいい。あくまで立ててればの話だけどね。
とにかく俺は上川先輩のアタックなど気にならなかった。多分、結果にこだわってなかったからだと思われる。少しは自信も持ってたし、決断するいい切欠だとも思えた。
恭ちゃんとヤるのはクリスマスナイトにしよう。俺にとって初めての女だし、ロマンチックにキメたいと考えていた矢先だった。
次のデートで映画の前に喫茶店に入ると、直ぐに向かいの席から恭ちゃんが切り出して来た。
「透君、私、上川先輩に告られちゃったわ。どうすればいいのかしら?」
「どうすればって、それは恭ちゃんが決めることでしょ?だいたいそんな相談持ち掛けるなんて卑怯じゃない?上川先輩にも失礼だと思うけど」
「透のバカ野郎!ホントに頭に来た!今日の映画は中止決定ね。コーヒーを飲み終えたら送って行って!」
「ちょっと待ってよ!少し落ち着いてくんない?せっかく前売り買ってあるのにチケットがムダになっちゃうじゃん」
「そんな物いらないわよ!透君は私が欲しいものがわかってないみたいね。いくら西徳出身でも、バカはやっぱりバカだわ!」
そりゃあバカだけど、お店で連呼しなくてもいいじゃん。俺は上川先輩ともフェアでありたいってだけなのに、何でここまで怒られるのかわかんないよ。
俺は必死に恭ちゃんの気を取り成そうとしたけど、最後まで彼女は折れてくれなかった。
ここからの展開は早かった。その日の夜、恭ちゃんからケイタイがあった。
「私、やっぱり透君じゃダメみたい。上川先輩には先に断ってあったのに。あなたの示した反応は最悪だったわ。とにかく、もうあなたとはデートしない。今までありがとう。サヨナラ」
俺は「わかったよ。サヨナラ……」としか言えなかった。
グヮーン!アッサリ振られちゃったよォ!クリスマスはロンリーナイト決定だァ!
さすがに落ち込んだ。部屋がノックされてるのに気付かなかったくらいに。繰り返されるノックにやっと重い腰を上げた。ドアを開けると上川先輩が六缶パックを抱えて押し入って来た。
「宮川、お前には完敗だ。でも、少しは清々しい気分になれたから感謝してるよ。祝ってやるから俺に付き合え!」
何トンチンカンなこと言ってるんだよォ!先輩のバカタレェ!
「上川先輩ィ!祝杯じゃないんですよォ!俺、つい今しがた振られちゃったんですよォ!」
「何ィ!?どうしてそうなってるんだァ?何故だかわからないけど二人揃って振られちゃったわけかァ!」
「ホント勘弁して下さいよォ!何で俺が先輩の巻き添え喰わなきゃいけないんですかァ?振られるなら一人でやって下さいよォ!」
「まあ、そう言われても俺も困るしな。宮川、元気出そうぜ。この世が終わるわけじゃないんだからさ」
俺の肩をポンと叩いて先輩はアハハと笑った。先輩後輩とか男同士ってちょっといいかなと思える不思議があった……。
勝のバカは絹ちゃんと絶好調みたいだ。振られた俺を気遣って以前ほどのろ気なくなったけどね。ちくしょう!いいなあ。バカップルが心底羨ましい。俺も異世界へ逃避してヒーローになりたいよォ!
クリスマスイヴ、俺は部屋で帰り路に買って来たイチゴタルトのホールケーキを食べていた。ショートケーキにすれば良かったけど、お独りさまの分際で生意気にも5号サイズのケーキにしてしまった。
思えば由香利もイチゴタルトが好きだったなあ。本当に分けてあげたいくらいだ。だって、甘過ぎてもう食べられないもん。それでも三分の一も平らげてしまった。さすがに限界だ。
上川先輩にケイタイしたら、即、ワインを持参してやって来た。もちろんこの部屋にワイングラスなどと言うシャレた物は無い。ウイスキーのギフトに付いていたオマケグラスにワインをドボドボ注いで掲げ、「メリークリスマス!」と声を合わせて乾杯した。
こりゃ病んでるなと思ったが、状況に追い込まれてるからしょうがない。もう直ぐ年末年始の休暇に突入するけど、予定なんて何も無い。マジ鬱だぜ。勝利も最近ちっとも遊んでくれないし。まあ、絹ちゃんに掛かりっ切りだから文句言うわけにも行かないけどね。
「宮川、かわいそうなお前にサプライズをプレゼントしてやろう。実は30日の夜、野球部のコンパが有るんだ。相手はグループ会社のOLさん。俺も出るから一緒に来いよ」
「えっ?でも俺、野球部じゃないし、まだ未成年だから大っぴらに飲酒はご法度ですよ」
「大丈夫だよ。俺が認めれば野球部から文句など出ないさ。飲酒はオレンジジュースで我慢しとけ。もしかしたら年上のお姉さまに気に入られるかも知れないぞ」
そりゃまあ、そうなんだけどさ。確かに俺さまエースの上川先輩以外に文句など出ないだろうよ。先輩自身がクレーマーなんだから。オレンジジュースもまあいいよ。
問題は年上のお姉さま方だ。会社名がわかってるコンパに参加するのなら、普通は成人しているだろう。飲酒が付きものなんだから。
どこまで上があるかは知らないけど、十九才のクソガキなんて相手にしてもらえるのか大いに疑問だ。上川先輩は面倒見いいけど、シチュエーションなんて気にしない人だからなあ。
読んで下さりありがとうございます。




