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ザお姫さまストーリー  作者: 天ぷら3号
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ザ・セカンドシーン

この話でおしまいです。よろしくお願いします。

 何もすることのないゴールデンウィーク。こんなボッチ状況っていつ以来だろう?完全に気持ちと現実が乖離している。ゲームのやり方も知らない。独りじゃ何も出来ない俺。寂しいなあ。外はこんなにも天気がいいのに。何でこうなっちゃったんだろう?酒でも飲もうかなあ。



 連休の最終日、5月5日のことだった。朝8時に上川先輩からケイタイがあった。


「宮川、昼前にセカンドハウスまで来いよ。メシ喰わせてやるぞ」


 ふええ、エンマ大王さまから久し振りのお誘いだ。まあ、やることもないので承諾することにした。あまり食欲無いけど。


「わかりました。11時頃にお伺いします」


 昨日の酒が残っていたので、シャワーを浴びてスッキリした。身なりを整えスカGに乗り込む。ブルージーンのカジュアルモードだけどね。


 昨夜独りぼっちで飲んだワイルド・ターキーは悲しい酒だった。昔、恭子さんに振られて上川先輩と飲んだワインより、ずっとずっと苦い味がした。



 セカンドハウスに着いて705号室のチャイムを鳴らすと智美さんが笑顔で迎えてくれた。


「宮川君、いらっしゃい。お久し振りね」


 応接リビングへ通される途中、キッチンから懐かしい声が聞こえた。


「透君、いらっしゃーい!元気してた?」


 バタバタと駆け寄って来て思いっ切り抱き着かれた。亜矢子さんはフレンチショートだった髪がミルクティーカラーのセミロングになっていて、前にも増して人目を惹くイイ女になっていた。漂ってくる甘い香りも悩ましい。


「コラコラ、亜矢子、ダメじゃない。宮川君がフリーズしてるわよ」


「社長、すみません。すごく懐かしくって。だって私、今でも透君が大好きですから」


「しょうがないわね。でも、もう離してあげなさい。そのままじゃ彼が動けないじゃないの」


 リビングで上川大王さまに頭を下げ、向かいのソファに腰を降ろした。


「宮川、由香利ちゃんに振られたらしいじゃねえか。杉村がそれとなく言ってたからな」


 ゲエッ!いきなりこれかよ!勝のおしゃべりめェ。何で俺はいつも先輩に首根っこを掴まれるんだろう?でも、さすがにお姫さまには先輩の神通力も届かないからなあ。



 亜矢子さんがブルマンを運んでくれて俺の隣に座った。本当に彼女の横顔はキレイでオーラさえ感じさせてくれる。こりゃ確かにプロの女優さんだなあと思った。


「確かに振られましたよ。まあ、世間ではよくある話です」


「ええっ?そうなの?じゃあ私にもチャンス到来じゃない」


 亜矢子さんが意外そうに俺を見つめた。でも、こんな非現実的セリフは真に受けない。グレードアップした亜矢子さんは、もうワンルーム時代と同じ人ではないのだから。俺にしてやれることなど何も無いことくらいわかるよ。


 智美さんが彼女の近況を報告してくれる。


「亜矢子は4月から全国ネットのドラマ出演を果たしてるわよ。まだスポットの端役だけどね。でも、それでいいの。いい仕事を一つ一つこなして行けば、きっと認めてくれる人も出て来ると思ってるわ。決して安売りしない、クオリティの高い実績が肝心なの。もちろん積極性は必須だけどね」


「社長、ありがとうございます。共演者の方とお話しすると、まだロクな実績も無い自分がとても大切に扱われてるのがわかるんです。全然使い捨て用員じゃないってね。本当にありがたいし、会社のためにも必ず成功してみせます!」



 亜矢子さんは本当に成長していた。環境が人を育てて行くとはこのことだろう。彼女の自信と決意を目の当たりにして、キラキラした姿が一層眩しく映った。


「こちらこそありがとう。出会えてラッキーだったのは私の方だからね。お陰さまで「モンモン」のCMも好評だし、そろそろ第二弾も考えなくちゃいけないわね。

 話は変わるけど、「モンモン」のCMはネット版とテレビ版の二種類でしょ。マリアが違うってコアなファンの間で話題になってるらしいのよ。ドロンも違うのにそれはスルー。テレビ版はマリアイコール八反綾(はったんあや)って芸名を公表してあるけど、ネット版は伏せてあるからね。

もうあのCMは古いから亜矢子で別のシーンを撮り直そうと思ってたんだけど、話題性があるうちは差し替えるのももったいないし悩ましいところなの」


「社長、僭越ですが言わせて下さい。ネット版も別テイクを撮っておかれた方がいいと思います。もちろん私はマリアで頑張ります。もう透君と由香利ちゃんの共演はNGでしょ?内部事情とは言え別れちゃったんですから」


 グサッと来た。そうなんだよ。もう共演はNGなのさ。ちくしょう!でも、これが現実だ。悲しみがこみ上げて来て泣きそうになったけど、唇を強く嚙んで必死に堪えた。


「宮川、亜矢ちゃんに慰めてもらえよ。寂しいのなら我慢するな。彼女に拒否られるならしょうがないけどさ」


 亜矢子さんがうつむいたままの俺を見てから先輩をキッと睨んだ。


「上川さん、私は大歓迎ですよ。決して恩返しじゃなくってね。社長、ウチは恋愛御法度じゃないですよね?」


「まあ、宮川君スゴイわね。未来の大女優さんにここまで言わせるなんて。もちろん御法度じゃないわよ。子供じゃないんだから節度さえ持って頂ければね」


「じゃあ、ランチのあとは私が間借りしている706号室に移動しましょう。透君、それでいいかしら?」


「ええ、俺は構いませんけど。どうせやることもない抜け殻ですから」


 上川先輩はフウと溜め息をついてオワってる俺を見つめていた。



 ランチは懐かしのスペシャルカレーだった。おいしいのはもちろんだけど、亜矢子さんの料理が何でもイケるのは、やさしさが隠し味だからだと思った。



 亜矢子さんは智美さんと簡単にランチの後片付けを済ませ、俺を706号室へ連れて行った。この2LDKに入るには初めてだが、間取りは705号を踏襲しているので勝手はわかりやすい。


 応接用ソファに座って出してくれたロイヤルミルクティーを頂く。ワンルーム時代以来の亜矢子さんお手製の一杯が傷心に染み渡り、すごく暖かく感じられた。


「私が言うのも何だけど、少しは元気出しなよ」


「ありがとう。でも、俺なんかがジタバタしてもどうにもなんないし、時が過ぎるのを待つしかないんだ」


 亜矢子さんは向かいの席から歩み寄り、至近距離まで近づいて俺の頬をぶった。


「透君、「なんか」は禁句じゃなかったの?あなたがそんな悲しいセリフを吐くなんて…」


 彼女が涙を溢れさせたのにはビックリした。どうしたのかと立ち上がって肩に手を掛けたら、抱き着かれてキスされた。伝った涙が俺の頬に移ってフロアに数滴滴り落ちた。


「ねえ、もう一度私と付き合わない?今度こそ本気で二人のしあわせを求めて」


「えっ?でも、女優の道への妨げになっちゃうよ。これからが大切な時なのに」


「大丈夫よ。キチンと両立してみせるから。今はもう、弱かったあの頃の自分じゃないもの」


 唐突で真摯な申し出に俺は困惑した。二人で歩けばいかにも釣り合わないとも思う。当たり前だ。彼女はプロの女優だぞォ!



 言葉を返さない俺に亜矢子さんは焦れたみたいだ。


「透君、これから私とシようよ。あなたが役不足って言うならあきらめるけど」


「いや、役不足なんてそんな……。俺も亜矢子さんとシたいよ」


「シたい時にはシなくちゃ。誰も待ってくれないよ。さあ、私に素直に従って」



 亜矢子さんは俺の手を強く引っ張ってベッドルームへ連れて行った。直ぐさまシャツのボタンに手を掛けるので、彼女を制して自分で脱いだ。それから無防備に構える亜矢子さんの服を丁寧に外して行った。


 セミダブルのベッドで羽毛に包まれ見つめ合う。


「透、もう私だけにしなさいよ。きっとあなたをしあわせにしてみせるから」


 俺は小さくコクンとうなずいた。


 こうして亜矢子は俺の初めての人になった。もちろん恋人として付き合い始めた。



 智美さんには彼女のスケジュールを最優先にすることで承諾を得た。上川先輩も快く認めてくれた。




 半年後、俺は結婚式の招待客として由香利との再会を果たした。もちろん新郎新婦は勝利と絹ちゃんである。会社の上司や同僚の手前、披露宴でもあまり話せなかった。それでもお互いに元気な姿は確認し合えた。




 厳粛な式のあと貸し切ってあるレストランにステージを移した。二次会には由香利も出席してるらしい。上川先輩と智美さんは俺と同じ四人掛けテーブルだ。そしてもう一人、亜矢子がレイバンを架けたまま隣に座っている。絹ちゃんが招待したからだ。


 亜矢子は親友の大切な日のために、懸命にスケジュールを調整したらしい。東京から着いたのはホンの二時間前のことだ。


「亜矢子、女優のくせに変装下手過ぎ!グラサン一つで誤魔化し切れると思ってんのかよ。いっそマリアで来れば良かったのに」


「じゃあ、透はドロンになってよ。そしたら皆さんにショウをお見せ出来るのにね」


「あのなあ、俺はサービス精神旺盛じゃねえんだよ!トウシロをオモチャ扱いしやがって」



 亜矢子は今ではドラマの準主役くらいはこなすようになっていた。ゲーム以外のCMにも二本出演している。至って順調なキャリアはもちろんゴマフ社長の大いなるバックアップのお陰だけど、彼女自身の努力としたたかな戦略の賜物でもあるのだ。



 二次会が始まって三十分が過ぎた頃、やはり招待客の恭子さんが俺たちのテーブルに寄って来た。


「あの、もしかして八反綾さんでいらっしゃいますか?差し支えなければサインをお願いしたいんですけど」


 亜矢子が快くうなずくと、スッとヴィトンのシステム手帳とペンが差し出された。恭子さんもイイ女に正常進化を遂げていたが、やはり本物の女優とは一線を画する。醸し出すオーラが違うのだ。


 サインを待つ間の恭子さんは、新進女優の隣に俺ごときが座り親しげに話せるのが不思議でしょうがなかったみたいだ。


「何で透君が八反さんの隣に座ってるの?上川先輩も同じテーブルってどういうこと?」


「いや、俺たちは彼女がデビュー前からの知り合いなんだよ」


「ウッソォ!何か信じられない話ね。世の中どうかしちゃってるんだわ」


 その通りだと思った。ホントにどうかしてるんだよ。でも、こんな現実も有るって受け入れて欲しい。



 恭子さんが立ち去ると、(せき)を切ったように上司や同僚が俺をスルーして続々と隣に詰め掛けやがる。「俺の彼女だァ!」と言ってやりたくなったが、会場が氷河期に突入するので止めておいた。今日の主役はあくまでも勝利と絹ちゃんだからだ。



 一通り人の流れが去ったあと、俺たちのテーブルに由香利がやって来た。驚いたことに亜矢子が緊張している。


「亜矢子さん、お久し振りです。今日はお兄ちゃんとお義姉ちゃんのお祝いに駆け付けてくれてありがとう。それから、立派な女優さんになられたこともスゴイなと思ってます。私は今、総合的な美容を勉強中の身ですけど、そのうちプロの魔法を聞きに行くかも知れないので教えて下さい」


「もちろんよ。由香利ちゃんの頼みは断れないもの。いつでも聞きに来てね」


「ありがとう。その節はよろしくお願いします。じゃあ、私は席に戻ります」


 ペコリと一礼して由香利が立ち去って行く。二人とも俺のことには触れず終いだった。



 亜矢子はフゥーと肩で大きく溜息をついた。


「亜矢子、何緊張してるの?過去は過去、決して未来にはなれないんだよ」


 偉そうに言ったら頭をパシッとはたかれた。痛ってえよォ!亜矢子は結構暴力的である。


「透はそうやって簡単に言うけど、私、由香利ちゃんにだけは勝てる気がしないの。彼女とあなたが接近するだけで怖くなっちゃう」


「お前なあ、由香利ちゃんは魔女じゃないんだぞ。プロの女優がトウシロにビビッてんじゃねえよ。八反ブランドが地に落ちるぜ」



 ゴスロリファッションのブラックエンジェルさまが懐かしい。でも、もう心惹かれることは無いだろう。ちょっと切ないのも本当だけど。


「ねえ、私たちも早く一緒に暮らそうよォ。そうすれば安心出来るかも知れないな」


 甘えるような口調だが目が笑っていない。スゲエ脅迫だ。でも、真っ当な脅迫だとも思った。


「そうだね。ビジョンは実行しなくちゃダメだよね」


 亜矢子はコクンとうなずいて笑顔を見せた。左側のエクボがとても愛らしい。小さなしあわせを実感して本望を自覚した。




 一年後、亜矢子はブレイクアップを果たし、単発ドラマの主役も二本こなした実績を持っていた。


 婚約前には、本当に平凡なリーマンが相手でいいのかな?と自問自答した夜も有った。でも、俺の心配に彼女は「私のスタンディングポジションはアイドルじゃないから。これで人気が落ちたなら、それだけの者でしかなかったってことだわ」と言ってくれた。何が有っても亜矢子を守り抜こうと覚悟した。



 新居は706号室を智美さんから購入した。グループ会社を介して三十年の住宅ローンも組んだ。果てしなき地獄の返済への旅立ちだ。ハネムーンは未定である。亜矢子のスケジュールの合間を狙って行こうと思ってる。




  小春日和の十一月下旬の吉日、身内のみで簡素な挙式を済ませた。


 翌日、二人で市役所に出向き婚姻届けを提出した。これで正式に亜矢子は俺の妻になったわけだ。スゴイ喜びだった。宮川亜矢子(みやがわあやこ)の手を引きながら澄み切った晩秋の空を見上げる。



 振り返ればいつも俺はセカンドだった。野球部時代のポジションも、恭子さんとも、由香利との恋も。亜矢子とも二回目の交際だったけど、初めて思いが成就した。すごく感謝している。俺の一生のお姫さまになってくれたんだもの。



 また明日からしがないリーマンの日常が始まる。だけどそこには、昨日までと少しだけ違うしあわせが有ると思えた……。


最後まで読んで下さりありがとうございました。

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