ザ・ゴスロリ
下手くそですけどよろしくお願いします。
「透くゥーん、用意出来たァ?早く駅まで送ってよォ!遅刻したら怒られちゃうじゃないィ。寝たいのなら私を送ってからにしてよォ!」
せっかくの休日も朝から慌ただしい。本当はゆっくり寝ていたいのだが止むを得ない。共稼ぎの奥さまがお仕事に出られるというのだ。薄給の俺が文句を言える筋合いなど無い。「イヤなら養ってくれればいいじゃないのォ!」と言われてしまうのがオチだ。
でも、きっと彼女はそう言わないだろう。今の仕事が好きみたいだから。これはとても大切なことだ。どんな仕事をしていても否応なしに我慢を強いられる瞬間は有るが、それを受け入れうまく流して行く時に「好き」に勝る要素は無いからだ。天職と思っているかは知らないが、ポジティブに仕事を続けているので当たらずとも遠からずだと思ってる。
「早く早くゥ!」
彼女にせっ突かれて玄関にロックを掛けスカGハードトップに乗り込んだ。ローンは終わっているが十年落ちのボロ車である。エコカーと違って燃費も悪いが、今の俺に買い替える余裕など無い。
日曜の朝は道路が空いているので、いつもより五分ほど早い到着だ。降車する際、頬にキスをするのが決まり事なのでルージュの痕跡が残った。
いつもよりと言うのはウイークデイには一緒に出掛けることもあるからだ。その時は奥さまを降ろして会社に向かう。俺の通勤途上に駅はあるので、そこから十五分ほど先に位置する勤務先の電力会社営業所へ走るのだ。
俺の休日は土日祭日だ。完全週休二日制である。奥さまは仕事の都合で不定休だ。つまり俺たちは基本的に休日が嚙み合わない。これは付き合ってる時にものすごく大きな障壁だった。結婚するまでは俺が有給休暇を彼女の休日に合わせて取得した。それもイレギュラーで狂わされることがしばしばあったけど。
昼間のデートなんて数えるほどしか出来なかった。正直、休日の日中は寂しい思いをしたもんだ。同僚とか学生時代の友人はデートとやらで忙しいらしく、独りぼっちで過ごすことが多かった。
映画を独りで観た。もちろん釣り堀も行った。家族連れに紛れて水族館でお魚鑑賞もした。ボウリングでさえお独りさまでやったことがある。でも、彼女が頑張って仕事をしているのだから、女友達と遊ぶ気にはなれなかった。わりかし純なんだよな、俺って。モテないとも言うけど。
由香利との出会いは同期入社の杉村勝利の家を訪れた時のことだった。勝利は中学のクラスメイトで昔はよく遊んだ。別々の高校へ進学したのだが、入社試験でバッタリ再会した次第である。
俺たちの就職先の電力会社は、男性社員に限り入社時から最低二年間は寮での暮らしを強いられる。そこで先輩たちと生活を共にし、上下関係や社会人としてのルールを叩き込まれるって算段だ。
もちろん入社するまではそんな決まり事など知らなかった。こんなのプライベートじゃねえ!とマジ思ったもんだ。それでも俺たちが入寮した時は狭い個室があてがわれていたが、一昔前は先輩と相部屋だったそうだ。考えられねえよ、ホントに。
寮費は一ヶ月一万五千円と世間さまの常識を無視した安さで福利厚生の一環だそうだ。これが県内に五か所ある。俺たちの入寮した「若鮎寮」は山陰にひっそりとそびえ建つ築三十年以上のボロ社宅だ。
冬はイチョウの落ち葉がすごくて、庭の掃除当番が回ってくると頭痛を伴ったものだ。夜は街灯も乏しく、コンビニも歩いて行くには遠過ぎた。寮内にはビールの自販機も有るのだが未成年では買えない。見つかったら寮長に会社へ報告されるからだ。
まあ、飲んだけどさ。抜け道なんてどんな世界でも有るから。だって、食堂のオバサン以外男尽くしなんだぞォ!夜になりゃ飲む以外に楽しみなんて有るわけないじゃん!
だから休日は必ず出掛けた。気心知れた勝利といつも一緒だった。
寮生活が始まって三ヶ月が経った頃、勝利の自宅へ遊びに行った。奴の小汚い部屋でご自慢のアニメDVDを鑑賞していた時だった。ノックもされずにドアがバンッと開けられ、レイヤーボブの髪型にゴスロリファッションの女がケーキセットを運んで入って来た。
俺の視界の九十パーセント以上が彼女の鮮烈な容姿に占められた。いや、一目惚れとかじゃなくて、ゴスロリと言うものを目の当たりにしたのが初めてだったからだ。白黒のフリフリメイド服を纏い、髪には真っ赤なカチューシャを着けている。キッチリと三原色を押さえた衣装だけでなく、黒いニーソックスに赤いカラコンまで入れてやがる。でも、すごくカワイイのだ。素直に訂正しよう。やっぱり一目惚れしたかも知れない。
彼女は幾分不機嫌そうで、ぶっきらぼうに言い放った。
「お兄ちゃん、お母さんに運んでって言われたから持って来たよ。さっさと受け取って。ホント面倒くさいなあ。取りに来させればいいのに」
俺の存在を全く気に留めず唇を尖らせるのがおかしかった。
「由香利、高校生になったんだから挨拶くらいしろよ!俺の同僚なんだからさ」
ふーん、由香利って言うのか。俺はニッコリ笑ってこちらから挨拶をした。
「宮川透です。どうぞよろしく。勝とは中学も一緒だったんだよ」
「妹の由香利です。よろしくお願いします。お兄ちゃんの友達にしては普通っぽいね。今までバカオタクばかりだったから」
瞬時に勝利はムッとした顔を見せ、勝てそうもない相手に反撃を試みた。実に健気である。
「お前こそオタクだろうが!家の中でゴスロリやってんじゃねえよ!」
勝利の的を得た言葉にクスッと笑ってしまったが、目敏い彼女は俺を見逃してくれない。
「あんた何笑ってんの!これから出掛けるんだからゴスロリでいいのよ!言っとくけど、いつもこんな格好してるわけじゃないからね!」
「へえ、そうなんだ。仮装パーティーでもあるの?」
「バカ!コミュニティって言うんだよ!お前、社会人のくせに世間知らずだな」
いきなりバカ呼ばわりで見下されてしまった。由香利が高校生になって間もない頃だった。
「それよりお兄ちゃん、コミュまで送ってよォ。バスで行くの億劫だし」
勝利は俺をチラ見しやがる。確かにここへは買って間もない俺の中古スカGで来ていた。
「透、悪いけどゴスロリバカ女を送ってやってくれない?俺、まだアニメDVDの編集やりたいからさ。寮じゃ出来ないんで頼むよ。どうしても今日中にコレクション整理をしておきたいんだ。こいつを放り出したら戻って来ればいいからさ」
「ああ、俺は構わないよ。由香利ちゃんが承諾するかは知らないけどね」
「しょうがないわね。透で我慢してあげるわ」
「お前なあ、透って」
俺は文句を言おうとした勝利を手で制した。
「勝、いいってば。透って呼んでくれて嬉しいな」
「フン、ニヤけないでよね。あなたしかいないってだけなのに」
「ハイハイ、じゃあお姫さまを送らせて下さい」
「悪いな、透。これ以上生意気な口利いたら遠慮なしに怒ってやってくれ」
「女子高生に怒らないって。まして勝の妹なんだし。由香利ちゃん、いざ参りましょう」
甘やかすような俺の言葉に由香利はフフンと鼻で笑って勝利を一瞥し、直ぐに隣の部屋に入ってトートバッグをぶら下げ戻って来た。
「いいわよ。さあ、私を送らせてあげるわ。光栄な役回りでしょ?初対面でツイてるわね」
この上から目線には甚く感激した!最高だった!さすが勝の妹である。俺は年下の女子にこんな対応をされたことは無かった。
まあ、姉ちゃんにはいつもコテンパンだけど、年上だし一生そのままの関係だからしょうがない。
他の女子では同級生も同僚も、先輩でさえ一応俺の人格を尊重して接してくれている。
由香利の一方的かつ傲慢な態度は、俺にとって斬新としか言いようが無かった。
「図星だったでしょ?何よ!ヘラヘラしちゃってさ。このナンパ野郎がァ!」
もうダメだ!限界点突破だよ!俺はアッハッハと甲高い笑い声を上げてしまった。
そこからがまたいい。むくれた顔でゴツンと頭を小突きやがる。俺はやっと立ち上がり笑顔のまま彼女に手招きした。
「さあ行くよ。近場じゃないといいのにね。ホント別れるのが惜し過ぎるな」
勝利が申し訳なさそうに右手を立てゴメンねサインを送って来た。
「透、埋め合わせに今度メシ奢るから。しょうもないバカ妹でゴメンよ」
「バカ妹とは何よ!オタク兄貴に言われたくないわ!」
森羅万象を敵に回し、世界の秩序を保つために孤軍奮闘する女戦士がたまらなく愛おしい。
俺は由香利の手を取って、エスコートするように引きながら勝利の部屋を出た。きっと異世界モノのファンタジーはこういうキャラのオンパレードなのだろう。確かにこれは惹かれる。いよいよ俺もオタクのお仲間入りか?遅れて来た中二病が発症してしまったのかも知れない。
スカGのサイドシートに由香利を乗せ、取りあえず市街地方面にノーズを向けた。
「あんた行き先わかってるの?勝手に駅の方へ向けちゃってさ」
「へ?街中へ向かっちゃいけないの?逆方向なんて田んぼと山しかないじゃん。まさかその向こう側とか?」
「そうよ。田んぼも山も越えた場所まであなたと行きたいの。今日はコミュはパスするわ。このまま夕方までドライブに連れて行きなさい」
思わず由香利の横顔に目をやると、前方を見つめたままツンと澄ましているが頬を赤く染めている。ファッションだけでなく表情までカワイイし愛しいと思った。どうやらロリコン病も併発したようだ。二重病に侵されてUターンをかまし、思い付きで琵琶湖へと向かった。
由香利は切れ長の二重瞼と鼻筋の通った顔立ちで、黙ってさえいれば結構な美人だ。背丈は百五十センチほどの小柄で華奢な身体付きである。ただ、話し出すと口元を歪めボス猫のように挑戦的目つきをするので、何かと損をしているように思う。まあ、彼女のオリジナルと言ってしまえばそれまでだが……。
「由香利ちゃんは何処の学校へ通ってるの?」
「聖マリアンヌだよ!校則厳しくてやんなっちゃうぜ」
「へーえ、立派なお嬢さま学校じゃない。ずいぶんお金も掛かるだろうしね」
「知らないよ。そんなこと私に関係無いもん。確かに金持ちの娘が多いからマジうぜえ!伝統的にソサエティまで有るんだよ。そこの幹部クラスのお姉さまたちが生徒会を牛耳ってるの。勝手にやってろってえの!ホント行き先間違えたと思ってるわ」
「まあ、まだ一年生だし、せっかくのハイスクールライフなんだから楽しみ見つけなよ。決して偉そうに言ってるわけじゃないけどね」
「ふーん、透ってなかなかやさしいこと言うね。年上なのに私のこと対等に扱ってくれるもの。そんなあんたは何処出てるの?」
「俺は西徳だよ。カリキュラムに連いて行けなかった落ちこぼれだけどね」
「そうなんだ。兄貴と違って頭いいんだね。同類のバカかと思ってたのに」
「オイオイ、バカはお兄ちゃんに悪いだろ?俺と同僚なんだし程度の差なんて無いよ」
「そうか。奇跡的に西徳に合格したってだけか。まあ、私の下僕になる奴なんてそんなものだろうな」
「そうそう、どうか下僕で使ってやって下さい。それが俺のしあわせです」
「よろしい。それでは何処かでケーキセットを奢りなさい。あんたが来たせいで私の分が無くなっちゃったんだからね。食べ物の恨みは恐ろしいぞ」
「あれ?知らぬ間に迷惑掛けてたんだ。ゴメンね、お姫さま。早速ごちそうするよ」
由香利が現金にニッコリ微笑んだ。本当に俺のお姫さまに思えた。
琵琶湖畔を一望出来る白いお城のようなレストハウスに入った。由香利はイチゴタルトとアールグレイのケーキセット、俺はブレンドコーヒーを頼んだ。おいしそうにタルトを頬張る由香利を見ていると心が和んだ。
こいつは近い将来スゴイ美女になるだろう。口さえ開かなければだが。そう、沈黙を守ればの限定話だけど。
彼女はフォークを動かす手を止めて俺をガン見した。
「透って、アングルによってはちょっとカッコ良く見えたりするな。あくまでベストアングルに限っての話だけど」
「じゃあ、ずっとそのアングルで見ててよ。由香利ちゃんは何処から見てもベストアングルなのにね」
「温いこと言ってんじゃねえぞ!私をバカにすると必ず痛い目見るんだからな」
「いや、ホントのことを言っただけ。なんか俺、由香利ちゃんと一緒にいるとすごく楽しいよ」
本心だった。二人切りになってから俺の口元は緩みっぱなしだ。もちろん周りのお客さんの目にはゴスロリファッションと共に奇異に映ってるんだろうけど。
一応、勝利にケイタイで現況を報告した。
「はあ?透、何やってんだよ!どおりでちっとも戻って来ないわけだ。まあ、俺の編集作業は夕方まで終わりそうにないから適当に相手してやってくれ。あんまり甘い顔ばっかしてちゃダメだぞ!あいつの突け上がりは際限がないんだからな」
「勝、大丈夫だよ。俺もすごく楽しめてるから。こんなカワイイ妹がいたなんてもっと早く知りたかったな」
「イカレた妹の間違いだろ。まあ、それでも大切な奴に違いないからよろしく頼むよ」
「OK、勝の思いは裏切らないから安心してくれ」
ティータイムを終え湖岸道路をドライブする。俺は車を流すようにゆっくり走らせるのが好きだ。由香利は余程イチゴタルトがおいしかったのか、テイクアウトで二つ買い求めてご満悦だ。
もちろんお支払いは俺のお財布から現金一括払いだが。でも、彼女の笑顔が見られるなら安いもんだ。これぞリーズナブルってわけさ。由香利の眩しい微笑みなんて絶対金で買えない代物だ。このお姫さまは安売りするどころか、売る気なんて全く無いもんな。
「ちょっと停めてよ。あそこの待避所へ入れて」
由香利に二十メートルほど先にある待避所を指示された。大型トラックが複数でもチェーンの脱着が出来るように配慮された、普通車なら三十台は停められるであろう広いエリアだ。
目の前に雄大な湖が広がり太陽が比叡の山陰に沈みつつある今は抜群のロケーションだ。夕陽が照らし出す由香利の横顔が、車内の暗さを背景にして浮かび上がるように輝く。見とれた俺はポカンと口元が緩んだままだった。
「何見とれてるのよ!いくら私が美人だからってマヌケな顔して見ないでよ!減っちゃうでしょ?」
「ああ、ゴメン。ホントに惚れたみたい……」
シリアスなムードに傾いたかと思ったが、このゴスロリ女は容赦なくオッホッホと高らかに笑った。
「このバカタレ!私は透ごときに手の届く女じゃなくってよ。でも、かわいそうだからタルトを一つ分けてあげるわ。ありがたく頂きなさい」
お支払いしたのは俺だぞ!なんてヤボはもちろん飲み込んだ。
「ありがとう。由香利ちゃんってやさしいね」
「フンッ!私は鬼や悪魔じゃなくってよ。今はメイド服で仮の姿をしてるけど、世界を憂鬱から救える唯一の存在、ブラックエンジェルさまなんだから!」
ブ、ブラックエンジェルさまって何だよ?お前は現世が待ち焦がれた救世主だったのか!じゃあ、手始めに俺を救ってくれよ。いや、それはおかしな話か。病の根源に直接救われるなんて本末転倒じゃないか。違う。振り出しに戻るか。これも違うな。まあいいや。とにかくギブアンドテイクだ。暗黒の堕天使でも地獄からの使者でも構わない。由香利という存在そのものに惹かれたのだから。
「ブラックエンジェルさま、どうかこれからも楽しい時間を提供して下さい。もちろん俺も尽くさせて頂きますから」
由香利は急に真顔になって俺を見つめた。つぶらな瞳に吸い込まれそうになり思わず目を逸らした。
「しっかり私を見て。透君、ここまで私の妄想に付き合ってくれてありがとう。会って間もないのにあなたのやさしさが好きになっちゃった」
スローモーションのようにゆっくりと頬にキスしてくれた。親友の言葉など脳裏から吹き飛ばし、そのまま由香利を抱きしめて口づけた。ここまではすごく良かった。が、由香利は興醒めする言葉を続けた。
「でも、聖マリアンヌって男女交際厳禁なの。懲罰の中で最も重い退学処分になっちゃうわ」
「はあ?そんなの有りなの?でも、校則ってあくまでローカルルールでしょ?」
「私がローカルの最中にいるんだからしょうがないじゃない。いくら私でも、さすがに退学処分は両親に後ろめたいからね。透もなかなかの男だから、もっと大人の考え方が出来るステキな人を見つけなよ」
まいった!俺、付き合う間もなく振られてんじゃん!振られたことは今までにも有るけど、ここまで瞬殺で理不尽な理由は初めてだった。
由香利はうなだれて言葉を失っている俺の背中をバンと叩いた。
「透、元気出しなよ。私で良かったらグチくらい聞いてあげるからさ」
振られた相手に直接慰められるダサい俺。それも年下のゴスロリ女にだぞ!今までの人生、何が間違ってたのかな?涙は見せなかったけど一応傷心の俺だ。
帰り道はあまり話せなかった。社会人が高一の女にアッサリ振られた。まあ、中学生に振られるよりいいけど。だいたい今日の出来事、勝にも言えないじゃん。
それは無用の心配だった。勝利の部屋に戻ると由香利は開口一番に言った。
「お兄ちゃん、今日透に告られたけどキッチリ振ってやったから安心してね。これでも少しは家族のことを思ってるんだから」
勝利は口をアングリ開けて俺を見た。信じられないことが起こった時、こいつはこんなもんだ。危機回避など望むべくもない。能力なら断然由香利が上だ。
「勝、ゴメンね。否定したいけど本当の話なんだよね」
勝利はハァーと溜め息をついてから俺を見た。
「透っていつからゴスロリ嗜好になってたんだよォ!お前だけは向こう側の住人だと思ってたのに」
「向こう側ってさあ、そんなのあるわけないじゃん。俺は幻想を追ったつもりなど無いぞ。とにかく許すと言ってくれ」
「まあ、私の次にイイ女、セカンドレディを探しなよ。透のやさしさならうまく行くかも知れないぞ」
由香利は俺の肩をポンと叩き、ニヤッと笑って自室へ戻って行った。
彼女が去ったあと、俺はブワッと笑い出してしまった。勝には悪いけどさ。
杉村家を出て缶ビールの六本パックを一つ買って寮に戻った。俺の個室で勝利とささやかな宴を営んでいたら、隣の部屋の下川先輩にバンッとドアを開けられた。何でこの寮はドアロックが無いんだよォ!
聞いた話では、過去に鬱になった先輩が自殺未遂を起こしたことが有ったそうだ。以降ロックは全室外された。とんだ負の遺産のお陰でプライベートもあったもんじゃない。
下川先輩はニンマリ笑って自室から缶ビールを運んで来た。そのまま他の先輩にもケイタイし酒盛り大会になってしまった。まあ、こういう親睦もいいもんだ。散らかった部屋の後片ずけだけは面倒だったが、これくらいしょうがないとあきらめるしかなかった。
読んで下さりありがとうございます。