決着
アルザは気付かれないように数個先の木まで移動する。
クミルには既に作戦は伝えてある。
作戦と呼べるか分からない位雑なものだが。
ここで気付かれたら、とドキドキしながらようやく目的の木まで到達する。
杖を強く握りしめているクミルと目配せし、タイミングを計る。
クミルに伝えてある指示は一つだけ。
「俺からの指示があるまでどちらか片方を引き付けておいてくれ」
という指示だ。
危険な事だというのは自分の右腕があるはずの場所が証明してくれる。
でもこの気持ち悪い虫のような奴に何も出来ずに切り刻まれる位なら、もう一本手足を失ってでもどうにかしたい。
クミルに向け、指を三本立てる。予め決めておいたハンドサインだ。
そして一呼吸置き、指を一本下げる。更に一呼吸置きもう一本。
その指を下げると同時にクミルが木の陰から飛び出す。
「ラツ・キフセ・ライア!」
光の矢が獲物目掛けて一直線に突っ込んでいく。
矢は虫の甲殻を掠り、地面に刺さると消えていく。
それでも変わらず甲虫達はクミル目掛けて進み続ける。
「ひいいいいい~!」
クミルが悲鳴を上げるが、耐えてもらうしかない。
片方がクミルのもとにたどり着いた瞬間、一匹目の後ろを進んでいた二匹目目掛けて飛び出す。
左手で思い切り剣を振り上げるが、鈍い音がして弾かれる。
これは想定内だ。元より何も付与すらしてないナマクラが通用するとも思ってない。
「だがこっちはどうだ?」
通じているとも思えないが宣言しながら剣を逆手に持ち甲虫の腹目掛けて振り上げる。
昆虫型のモンスターは戦ったことは無いが、もし普通の昆虫と似た構造なら腹は背中側の甲殻に比べて格段に柔らかいはずだ。
しかし期待は外れる。
またしても鈍い音が響き渡り体勢を崩してしまう。
「あぶな…」
咄嗟に跳び回避しようとするが、鎌は頬を掠め、血が頬を伝う。
「クミル、そっちは大丈夫か!?」
避けながら質問するとすぐに返って返事がくる。
「私は大丈夫よ!お兄ちゃんも気を付けて!」
「こっちはまだまだだよ!」
本当は避けるだけで手いっぱいなんだけど。
そろそろ頃合いか。
「クミル!少しずつでいい!そいつをこっちに!」
「分かった!」
これからだ。お互いにぎりぎりで躱しながら、少しずつ二匹の甲虫を引き合わせようとする。
少しずつ。少しずつ。
夢中で戦っている間にかなり距離が近づいているのに気付く。
互いの距離はもう四人が入り乱れて戦っているのと変わらない位だ。
クミルの方の甲虫が思い切り振りかぶるのを見て詠唱を始める。
「エン・ネス・ロエ!」
剣が淡く輝き始めるのと同時に、全体重を掛けて目の前の甲虫に叩き付ける。
縦ではなく横にだ。
勿論刃は通らない。それは分かっている。
目的は違う。
全体重を乗せた一撃を食らった甲虫は、その威力で僅かに後退する。
もう一体の鎌が振り上げられたところに。
その瞬間鎌が振り下ろされ、甲虫の足が一本切り落とされる。
「ギチャアァ!」
ボトリと地面に落ちた足は地面に落ちると大気に溶けるように消える。
なんだこいつら、外見は昆虫だが本当は違うのか?
それよりもこんな滅茶苦茶な作戦が上手くいくとは。
正直賭けだった。
だが、おかげで一体の機動力が下がる。
6本あろうがやはり足を一本でも失くすと上手く動けないらしい。
しかし致命傷ではないらしく、残りの手足を動かすが。やはりぎこちない動きだ。
「クミル!もう片方頼む!」
一方的に命令してしまうが、クミルは従ってくれる。
この間にもがく甲虫に、どこか弱点はないか目で素早く探る。
目、目は無理だ。いくつもあるので一度には潰せない。
甲殻と甲殻のすきまはどうだ?
ダメだ。どこをどう見てもこいつには甲殻の隙間らしきものが見当たらない。
普通昆虫には甲殻の隙間があるはずなのに、こいつはそこを細かい甲殻で守っている。
やはり腹に賭けるしかない。
先ほどは無理だったが、もうここしかない。
斬るのではなく、突き刺すのならいけるはずだ。
「クミル!魔力残ってるか!」
「まだあと半分位は!詠唱する暇がない!」
そう返事した瞬間、クミルの足を鎌が掠める。
「痛い!」
何とかこけないように踏ん張るが、もう片方の鎌がクミルを切り刻もうと迫ってくる。
ここからは間に合わない。やられる。
しかしクミルは無理矢理体をひねり、鎌を躱そうとする。
だが鎌はクミルの背中を捉え、クミルの背中が赤く染まる。
「きゃあああ!」
急いで駆けつけ、更に振り被られる鎌を剣で受け止める。
「大丈夫か!おい!」
「ううっ…痛いよ…痛いよぅ…」
クミルは何とかといった様子で答える。
「急げ!隠れろ!」
「でもまだ戦える…」
こっちをまっすぐに見てくる山吹色をした瞳には固い意志を感じる。
もう何を言っても妹は逃げないだろう。
いつも頼ってばかりで悪いな。
「さっきの同時詠唱いけるか?」
「うん!まだまだいけるわよ!」
「なら合図と同時に詠唱頼む!」
アルザがそう言い、横に避けると同時に、詠唱し、光の矢を甲虫に向けて放つ。
降り注ぐ5本の矢で、致命傷こそ与えられないものの、僅かに体勢を崩す。
「今だ!」
「「エン・ネス・ロエ!!」」
剣は強く輝き始める。
「はあああっ!はああああっ!はあっ!」
手を休めずに何度も斬り付けるその攻撃は、僅かに甲殻を削り取る。
少しずつもう一体の甲虫の所まで誘導させつつ、斬り続ける。
あと少し。
「今だあっ!」
思い切り振り被ると、虫はまるでガードするかのように鎌を目の前で重ね合わせる。
剣と鎌がぶつかり合い、鈍い音が響きあう。
このままでは押し負けてしまうだろう。
だがそうはさせない。
「クミル!こい!」
その声を合図にクミルはアルザの背中目掛けて体当たりを見舞う。
僅かに体勢を崩すが、お陰で虫に競り勝つことが出来た。
虫の体は大きく傾き、腹の部分が露わになる。よく見ると、背の部分の甲殻と比べると色が僅かに薄くなっている。
今度こそ。
「くそがァァァっ!!!!」
勢いを殺さずに腹目掛けて思い切り振り下ろす。
ガツリと音がし、甲虫の腹に僅かに食い込む。
剣が刺さったまま、その反動で甲虫はもう一体の甲虫のところまで僅かに飛ぶ。
奴らの弱点は連携が出来ていないところだ。
クミルが気を引いた時も、仲間に知らせるのではなく、1匹で突っ込んで来ていた。
地面を這っていた甲虫は、鎌を飛んできた甲虫の体で押さえつけられる。
剣が刺さった甲虫はそれを外そうと必死にもがく。
しかしその行為に意味はない。
「二度と来るんじゃねえ!!!」
そう叫ぶと同時にバッグの中から拳大の金属球を取り出すと、ピンを口で引き抜き、甲虫の足元に放り投げる。
これが切り札だ。
「急ぐぞ!クミル!」
クミルを抱きかかえ、急いで木の幹に隠れる。
杖は落としてしまったが間に合わない。
途中ちらりと甲虫を見ると、危険を感じ取ったのか2匹とも逃げ出そうとしたがもう遅い。
ドカン、と凄まじい音が森に響き渡り、すぐそばを熱風が駆け抜けていく。
パラパラと土が木に当たる音も聞こえる。
「うおおおおおっつっ!!??」
あまりの音の大きさに心臓が飛び出そうだ。
あのおっさんはいったい何を作っているんだ!?
覚悟はしていたが、ここまで大きいとは思わなかった。
だが、一瞬で熱風もやみ、相手の様子を窺うために顔を覗かせる。
まあ死んでいるだろうが。
くそ、耳を塞ぐ暇がなかったからまだキーンとする。
予想通り、奴らは2匹ともバラバラになっていた。
地面が大きく抉られた場所を中心に粉々になっている。
腹いせにこちらに飛んできていた甲虫の頭を思い切り踏みつけてやる。
しかし、すぐに飛び散った破片のすべてがさっと、溶けるように消えていく。
「……………」
頬を涙が伝っていくのが分かる。
勝ったのに少しも嬉しくない。
それはそうだ。
この戦いで失ったものは右腕。
得たものは俺とクミルの全身の傷だ。
虚しさの様なものが込み上げてきて涙が止まらない。
「お兄ちゃん大丈夫…?」
「あ…ああ…」
クミルが抱きしめてくれる。
自分だって痛いはずなのに。
とても温かい。ずっとこうやって居たいがそうはいかない。
あいつらの仲間がまだ潜んでいるかもしれない。
「ありがとうクミル。楽になったよ。」
「その…ごめんなさい…腕…」
「大丈夫だよ。クミルのせいじゃないんだから。」
俺が自分で庇ったんだからクミルのことは恨んではいない。これは本心だ。
確かに腕がなくなったのは辛いが。
「お前こそ背中大丈夫か?」
背中を見ると、血こそ止まっているが、背中が大きく裂けているのが見える。
「こんなの魔法で治るわよ…」
帰って魔力が回復すればそうかもしれない。
この大きさならすぐにとはいかないかもしれないが。
「じゃあ急いで村に戻るぞ。」
手当てもしないといけないが、こいつらのことをみんなに知らせなければ。
今までこんなモンスター見たことがない。
コルキアの森には生息していないはずなんだが…
クミルの背中と足に簡単に包帯を巻いてから自分も簡単な手当てを終える。
それから爆風をもろに食らったボロボロの剣を拾い上げ、腰の鞘に直す。
クミルの杖も拾い、確認するがかなり酷い状態だ。
全体的に傷だらけだ。だがまだギリギリつかえそうなのが幸いだ。
まあ元が良くないっていうのもあるが。
クミルは足を斬られた時の傷が歩くと痛むらしいので、腰の剣を鞘ごと渡して杖代わりにする。
流石にクミルの杖で体重を支えると折れそうだ。
本当なら抱きかかえてやりたいが、片腕では支えきれない。
途中で何度もふらつくが、お互い支えあってカバーする。
村の奴らに何と説明しようか。
いや、俺たちの格好を見れば察してくれるだろうか。
そんなことを考えているといつの間にかかなりの距離を歩いているのに気付く。
ようやく村まであと少しのところまで来た。
あの坂を登れば村が見える。
助かった。そんなことを思っていたアルザの考えは、坂の上から景色でかき消される。
村のあちこちを歩き回るあのおぞましい姿。
忘れもしない。
甲虫共だ。
いつもより早く、と言ってましたが遅れてしまいました…
展開を考えるのが思ったより難しかった…
どうやって虫たちをあの状況までもっていくか大分考えました。
労力に見合った出来になっているか分かりませんが、楽しんでいただけたなら幸いです。
次回の更新も不定期ですが…