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千年の独奏歌

作者: 桜本 結芽

 誰かがゆっくりとした足取りで灰色と化した丘へと登ってきた。

 その人物はぼろ布の服をまとい右脇にギターを抱え、悲しみがこもった表情で眉目を寄せぎこちない動きで壊れかけた墓標の前に立つと、ギターを弾きながら静かに歌い始めた。

 《この体は作り物でしかないけど、この心はせめてこの歌に捧げよう~♪》


 「……ん? この歌はどこから聞こえるんだろう?」

 灰色と化した丘から1キロほど離れた場所で、大きな畑を耕していた男性がその歌に気付くと、もう一人の男性も耳をすませると聞こえたので、

 「本当だ……どこで歌っているんだろうか?」

 と言い二人は首を傾げていると横を通りかかった老人が悲し気な面持ちでポツリと、

 「あのロボットは未だに歌っておるのか……」

 そう呟くと最初に気付いた男性が、

 「ロボット?」

 と尋ねるので老人は憂いを秘めた表情で頷き、

 「そうじゃ、あのロボットはもう何百年も昔から、いや……もっと前から歌い続けているんじゃ」

 それを聞いた男性達はその場に立ったまま驚いた様子で、

 「そんな昔から? なぜ……?」

 と尋ねると老人は頷いて近くの逆さになったコンテナに腰かけると、

 「昔のロボットは今とは全く違いとても発展していての、わしら人間の様な姿をしたものもいたくらいじゃ」

 そう答えると男性達は作業を止め老人の近くに座ると、

 「その話、もっと聞かせてくれませんか?」

 と聞くと老人は大きく頷き、

 「よかろう……じゃが、わしも自分のじいさんに聞いた話じゃからあまり詳しくはないが、それで良ければ」

 そう言って静かに語り始めた。


 ――その昔、ロボット達は人と共に暮らしていたんじゃ――


 この話は、ある雨が何週間も降り続いている日から始まる。


 そこはロボット達の廃棄場で毎日のように壊れたり、破壊されたロボット達が運ばれてきていて、私はその壊れた同類達を運ぶためのロボットだ。

 今は雨期のため毎日のように雨が降っていて、傘をさせない私はまた体が錆びてしまったらどうしようかと考えているのだが、それを私を所有しているご主人に相談すると決まって、

 「いちいち文句を言うんじゃねえ! そんなに錆びるのが嫌なら自分で防水加工すればいいだろ! いいか⁈ 俺は金なんか一切出さねぇからな!」

 と怒鳴りながらムチで何度も殴るので、私はなるべく言わないようにしている。

 だが私はロボットなのでお金をもらうことはなく、何年も前に客から内緒でいただいた油を少しずつ自分で差すのだが、人工皮膚で覆われている私の体にはとても難しいのだ。


 そして今日も仕事を終え油を差していると突然玄関のチャイムが鳴り、私は慌てて出ると先に来ていたご主人が赤い顔で、

 「遅いぞ‼ なんでもっと早く出ないんだ、このボンクラ‼」

 そう言ってムチで殴るので私は急いでドアを開けると、そこには今まで見たことのないほどの美しい女性が立っていて、彼女を見ていると私の体の一部が軋むのを感じ呆然としていると、ご主人がまた鞭で殴りながら大きな声で、

 「何を突っ立っているんだ⁈ さっさと部屋へご案内しろ‼」

 と言われて我に返った私はぎこちない動作で、

 〘どうぞ……こちらへ……〙

 そう言って案内してから部屋を出ようとした時、気になって中を見てみるとご主人が胡麻擂りをしながら話をしていて、数分が経ってからご主人に呼ばれ部屋へ行くと命令されて彼女を玄関に送り、ドアが閉まる前に彼女が私に小さく折り畳んだ紙を渡してきたので、慌てて質問しようとしたのだが彼女が人差し指を口元に当てていたので、私は頷いて黙り込むと彼女は微笑んで帰って行った。

 それから一週間後、私は仕事がひと段落してからご主人にバレないようにこっそりと工場を抜け出し、彼女が手紙で指定していた紫の小さな花が一面に咲いている小高い丘に行くと、数分程して彼女が落ち着いた面持ちで登ってきて目が合うと私は、

 〘話とは何でしょうか?〙

 と尋ねると彼女は私を見つめて唐突に、

 「私ね、貴方に恋をしてしまったみたいなの……貴方を見ていると胸が痛いし、ずっと貴方の事を考えてしまうのよ」

 そう言われたので私は首を傾げながら、

 〘恋……ですか? 私にはわかりません〙

 と答えると彼女はクスクスと笑ってから、

 「きっと貴方も私に恋をしているはずだわ、見ていてわかるもの……貴方は私を見て何か感じない?」

 そう尋ねられたので私は正直に、

 〘実は……貴女にお会いした時から、考える度に私の中が軋みます〙

 と伝えると彼女は小さく笑ってから、

 「きっとそれが恋よ……私も貴方といるととっても嬉しいし、ずっとあなたの事を考えてしまっているもの」

 そう言ってから明るい表情で両手を合わせると、

 「そうだわ、一度ハグをしてみましょう! そうすれば何か気付くはずよ」

 と言われたので私達はぎこちない動作でハグをすると、また私の中が軋んだので私はやっと納得したように頷き、

 〘これが……恋、なのですね〙

 そう言ってから数分程二人だけの幸せな時間を過ごし、彼女と別れた私はまたこっそりと仕事場に戻ると、なぜかご主人が顔を赤くしながら仁王立ちをしていたので、私は驚いているとご主人は罵詈雑言を叫びながらムチで私の体を何度も殴り続け、私を壊そうとしていたのだが基本プログラムのせいで抵抗が出来ず逃げることもできないまま、電気回路にも傷がつき途中から記憶が途切れてしまっていた。

 次に回路が復活した私は知らない部屋のベッドに寝ていて、首を巡らせ辺りを見渡すと女性物の家具が置いてあったので不思議に思っていると横から、

 「気が付いた?」

 と声をかけられたので顔をそちらに向けるとそこには彼女がいて、私は彼女の部屋にいるのだと知りさらに布団もかけられていたのでふと疑問に思い、

 〘なぜ……私をベッドに寝かせているのですか?〙

 そう尋ねると彼女は微笑みながら、

 「なぜって……私が貴方を愛しているからよ」

 と帰ってきたので私は首を傾げながら、

 〘愛……?〙

 そう呟くと彼女は優しい笑みを浮かべて、

 「そうよ、私は貴方を愛しているの。 それは貴方も一緒でしょう?」

 と言われたので私は少し考えてから、

 〘私には……分かりません〙

 そう答えると彼女はクスクスと笑ってから私の頬に触れ、

 「貴方はロボットだけれどきっと感情があるのよ、それにこの間貴方が言っていた体が軋むというのは、私を見てときめいているからだと思うわ」

 と言われた私は少し考えてから、

 〘なんとなく、分かりました〙

 そう言うと彼女はまたクスクスと笑うので私は途端にうれしくなり、微笑んだ後ふと私はなぜ彼女の部屋にいるのだろうと思い、

 〘私は……なぜ貴女の部屋にいるのでしょうか? ご主人様はどこに……?〙

 と尋ねると彼女はとても悲しそうな面持ちで、

 「貴方のご主人様は捕まったの、ロボット愛護法で……。 貴方はその時クラッシュしていて本当は壊されるはずだったけれど、私が修理をして引き取るからと無理を言って連れてきたのよ」

 そう説明してくれたので私は、

 〘そうですか……〙

 としか言えず天井を見つめていると彼女が静かに、

 「寂しい?」

 そう尋ねられたので私は落ち着いた口調で、

 〘いえ、なぜか悲しみと言ったものは感じません。 あんなにお世話になったのに……〙

 と呟いて天井を見つめていると彼女が私の手を握り、

 「ねぇ、これから行くところがないのなら私と一緒に暮らさない? 私は独り身で家族はいないから貴方がいてくれるととても嬉しいわ」

 そう笑顔で言われたので私は初め驚いたがすぐにぎこちない笑顔で、

 〘私で良ければ、ここに居させてください……よろしくお願いいたします〙

 と言うと彼女は嬉しそうに、

 「そこまで硬くならなくてもいいのよ」

 そう声を出して楽しそうに笑って言われたので、私も嬉しくなり微笑みを浮かべていた。

 それから私達は共に暮らし始め家事は分担してこなすと決め、その間に知ったのが以外にも彼女は歌を作ることが好きだと知り、よく私のために作ってくれたのだがその中でも私が一番好きな歌が、【千年の独奏歌】という歌でこれを口ずさんでいると軋みが心地良いのでよく歌っていた。

 そして私は彼女にギターの弾き方も教えてもらい、いつの間にか奏でながら歌うのが好きになっていたため、よく弾きながら大好きな歌を口ずさんでいた。


 私達二人が出会って共に暮らし始めてから6年が経った時、2人で買い物に行って帰る途中に彼女が急に胸が痛いと言った後倒れたので、私は慌てて救急車を呼び病院へ運ばれた彼女は先ほどよりも苦しげだったが、それでも私の事を案じていたので私は苦しむ彼女を見て神に祈る事しか出来ず、次の朝早くに彼女は医師の懸命な処置も及ばず静かに息を引き取った。

 だが私は信じたくはなくてずっと彼女の名前を呼ぶが返事が返ってこず、呆然として病室に取り残され肩を落としていた。

 その後彼女には親族がいない為に私一人だけの葬式が終わり、火葬された彼女は生前大好きだった紫の小さな花が一面に咲く丘に墓を建て、私はそこでたった一人で立ちすくみ彼女との思い出を振り返っていると、また私の中が軋んだのだが今までのとは違っていたので私は彼女の墓に向かって、

 〘これは……この軋みは何ですか……?〙

 と震える声で呟いた途端に私の頬を何かが流れたので指で確認してみると、水が溢れて来ていたのでそれが涙だと気付くと止まらなくなり、その場でしゃがみ込んで私は声を殺して泣き続けた。

 そしてひとしきり泣き終えた私はある事を決め、彼女の墓を見つめながら左胸に硬く握った拳を当てながら、

 〘私はこの丘で歌い続けます。 私が壊れて貴女に逢えるその日まで……〙

 と呟くと意志を固めた表情で丘を降りて行った。


 ――それからそのロボットは彼女が作り、自身が一番好きだった曲を歌い続けている。 愛する女性に再び逢えるその日を待ち続けて、ずっと――


 「これが、わしの知っている話の全てじゃよ。 悲しみに満ちたそのロボットはもう999年もの間歌い続けておる」

 その老人が話す物語に一同は胸を打たれ涙を浮かべる者もいて、老人が俯いて静かな口調でゆっくりと、

 「そして、そのロボットが歌い続けてから今日で千年になる……」

 と話していると歌声がフッと途切れたのでその場の全員は顔を見合わせ、ロボットが歌い続けている丘まで慌てて行くとそこには、灰色に枯れ果てた花の真ん中にある墓標の前で一体の壊れたロボットがポツンと倒れていて、そのロボットを見た老人はゆっくりと近づくと悲しげな面持ちで、

 「よく、頑張ったのう……もうゆっくりと休みなさい。 彼女に逢えることを願っておるよ」

 そう言って開いたままのロボットの瞼をゆっくりと閉ざした。


 ――千年のあいだ思い出の場所で歌い続けた私は、やっと彼女に逢う事が出来た。 

 そして私を迎えに来てくれた彼女に微笑みながら、

 〘これからは、ずっと一緒ですね〙

 そう言うと彼女も微笑んで頷き私達は抱きしめ合い、共に天へと旅立った――

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