オニになる
『俺』がスタスタと近寄ってくる。まるでーーー。
「まるで鏡を見ているようだ、なんて思ってるのかい?」
考えていることを言い当てられて驚いているうちに、いつの間にか『俺』に襟首をつかまれ、玄関まで引きずられてしまう。
「それなら、これを見てみろよ!」
突き飛ばされた先にあったのは、見慣れた姿見。しかし映っていたのはーーーある意味見慣れた存在ではあったけれどーーー見慣れた自分の姿ではなかった。
映っていたのは、アイツだった。
顔を触ると、アイツも顔に触る。驚いて目を見張ると、アイツも目を見開く。
自分という存在が、足元から崩壊していく。
信じたくない真実を突きつけられ、気がつけば嘔吐していた。
一体何が起こっている? 何がどうしてこうなった?
混乱する俺をニヤニヤ笑って観察しながら、『俺』が言う。
「ようこそ、七不思議の呪いの世界へ」
戦慄した。
ーーー七不思議、最後のひとつ。
『七、オニに捕まった者はオニになる』
意味が分からなかった。ただの、オニごっこのルールじゃないかと思った。こうして、この姿になるまでは。
耳元で、かつてオニだった者が囁く。
「次のオニは、お前だ」
追う者と、逃げる者。捕まえれば、捕まれば。その存在が入れ替わる。
俺は、オニになったのだ。
「出ていけよ。ここはもう、お前の家じゃない」
ニヤニヤ笑いを止めた『俺』に蹴られ、殴られ、文字通り家の前に放り出される。
バタン、と玄関のドアが閉まり、鍵がかけられた。
何なんだ、何なんだよ!!
俺が何をしたって言うんだ!
誰でもいい、誰か助けてくれ!
その叫びに呼応したかのように、ガチャン、と鍵が外される音がした。そうか、妹が助けに来てくれたのだ!
だが、そんな夢は一瞬で崩れる。
「これ、渡し忘れてたわ」
放り投げられたのは、A4サイズの封筒。
渡す義理もないんだけどさ、プレゼント。感謝してよね。あ、礼はいらないよ? 言っとくけど、今度俺たち兄妹の前に現れたら、ソッコーで通報するからそのつもりで。
「大変だと思うけど、頑張ってね」
心にもない応援の言葉とともに再びドアは閉じられ、もう二度と開くことはなかった。
放り出される時に、鍵は奪われていた。隔てるものはたった一枚のドアだけなのに、その向こうは、ずっと遠い世界に思えた。
とぼとぼと歩き出す。俺はもう、この家にとって、家族にとって他人なのだ。
たどり着いた公園のベンチで、頭をボリボリかきながら封筒の中身を検める。学生証、保険証、住民票、傷だらけのガラケー、その他……。元はアイツで今は俺の、存在を証明するものすべてが入っていた。
オニに戸籍があるなんて、何の冗談だ。
「くははははは、うひひ、うはははは」
笑っているのか、泣いているのか、自分でもよく分からなかった。