追い詰められた兄妹
残念ながら、と言うべきなんだろうな。兄貴の予想は当たってしまったんだよ。
「きゃあああああ!」
醜い男が現れてから、一週間後の夜。入浴中の妹の悲鳴が家じゅうに響き渡った。兄は浴室へ走る。浴室のドアを乱暴に開くと、「お兄ちゃん!」妹は尻もちをついたまま兄の顔を見た。
「ま、窓! 窓に!」
グラビアアイドル顔負けの胸を小さな手で辛うじて隠し、震えながら指をさす妹。その身体が外に見えないように小さく窓を開けると、走り去る男の姿が見えた。クソッ。今から追っても間に合わない。
「お兄ちゃん、痛い、痛いよ…」
恐怖に震える妹をそっと抱き寄せた手に、思った以上の力が入ってしまったようだ。力を緩めて、今度は優しく抱きしめる。妹も力を抜いてしなだれかかってきた。
怒りという興奮状態が、性欲をかきたてたのかね。兄はいつしか目の前の女の身体を撫で回していた。妹も抵抗するどころか、喜ぶように身体をくねらせている。
行為に及ぶのは、これが初めてじゃなかった。兄妹は、愛し合っていたんだよ。気持ち悪いと思うかい? 世の中にはいろんな奴がいるのさ。そんな顔するなよ、悲しくなるじゃないか。
とにかく行為を終えて、兄は思った。
こいつは、俺だけのものだ。
アイツには、絶対に渡さない、ってね。
兄の決意を嘲笑うかのように、男は毎日兄妹の前に現れた。兄はバイトも辞め、学校からは必ず妹と一緒に帰るようにした。どこかに隠れているのか、家に入るまでアイツの姿は見えない。しかし、今日はいなかったかと安心して、ふと窓から外を見ると、アイツがニヤニヤ笑っているんだ。そして、捕まえに行こうと道路に飛び出していくと、姿が消えている。気持ち悪いことこの上なかった。
友人を集めて、家の周りに立っていてもらったこともある。しかし、そういった時にかぎってアイツは現れない。張っているのが気づかれたのかと思って、他の友だちに家の周りをさりげなく歩いてもらったりもしたんだが、やはりダメだった。まるで、こっちの行動が全部見透かされてるみたいだったよ。
警察に相談しなかったのかって? もちろんしたさ。「すぐに近辺をパトロールします」「なぁに、すぐに捕まえますよ」若い二人の警察官の言葉に、二人はほっと胸を撫で下ろしたもんだ。でも、事態は解決しなかったよ。
友だちに頼んだ時と同じさ。警察がアパートの周りを見回るようになると、アイツの出現はピタッと止まった。
そのまま何日か過ぎて、「不審者はいなくなったようですので、周辺のパトロールは今日で打ち切ります。また何かありましたらご連絡ください」「はい、ありがとうございました」みたいなやりとりをして警察官たちが帰ってから、一時間も経った頃だろうか。
ふと何かの気配を感じて窓の外に視線をやると、アパートの前のゴミ捨て場にこちらに背中を向けた人影が見えた。こんな時間に、誰だろう。
フライングでゴミを出しに来たにしては、しばらくその場でゴソゴソと動いている。そのまま何となしに眺めていると、スッと人影が振り返った。
ーーーアイツだ。
ニヤニヤ笑いを顔に貼り付けながら、大きな袋を掲げる。クソ! あれはウチのゴミ袋じゃないか!
明日は燃えるゴミの回収日。朝は忙しく忘れがちなので、夜のうちに出しておいたのだ。
兄は飛ぶように玄関まで向かい、アパートの階段を駆け下りて道路に出た。今日こそ、捕まえてやる!
しかし、兄がそこ着く頃にはやっぱり男の影も形もなかった。
客観的に考えた予想だけど、兄妹の家には盗聴器が仕掛けられていたんじゃないかな。会話を盗み聞きして、相手の行動を予測する。よくある手さ。でも、恐怖に追い詰められたその時の兄妹には、こんな風に分析する余裕はなかったんだ。残念なことにね。
二人はもうノイローゼになりそうだったよ。いや、妹はもうなりかけてたな。明るい性格も人気だったのに、表情がどんどん暗くなり、口数が少なくなっていった。それも見ている兄もどんどん憔悴していったよ。眠れない日が続き、目はずっと血走っていた。外見に気を遣う余裕もなくなって、イケメンの面影もなかったね。
そんな兄妹を、さらに追い込むようなことが起こった。ポストに妙なものが入れられるようになったんだ。もちろん、アイツの仕業さ。