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オニになる  作者: 明神啓太
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最後のチャンス

 今日は一学期の終業式、明日から学生待望の夏休みだ。


 なのに空はどんよりとして景色は薄暗く、空気は生暖かくて重苦しい。いわゆる「出そうな」天気。こんな日は、早く帰ってゲームでもするに限る。オカルト好きな僕ではあるが、実際に幽霊やバケモノといった(たぐい)に遭遇したいかというと、そうではないのである。


「…………………た!」


 突然、トン!と後ろから肩を叩かれ、僕は思わず立ち竦む(すくむ)来たか(・・・)。振り返ると、そこには一匹の物の怪がーーーー否、顔じゅうを汗まみれにした太一の顔があった。どうやら校舎から走ってきたらしく、猫背をさらに丸めて、荒くなった息を整えている。


 新桝(しんます)太一。クラスメイトであり、一ヶ月前に転校してきた僕にとって、唯一の友人だ。その容姿の悪さと、嘘か本当か分からない噂のせいで周囲からは避けられているが、話してみれば意外に楽しい性格で、好きなゲームの傾向が似ていたりと共通点がいくつかあり、僕らはすぐに打ち解けた。

 オカルト好きなところも同じで、この前は聞いてもいないのにこの学校のいわゆる七不思議について教えてくれた。七不思議といっても、なぜか六つだけだったのだけれど。


「ふう、間に合った(・・・・・)……。なあ啓太、これから俺の家に来ないか。話したいことがある」


 ついにこの時が来たか、と思う。7月に転校してきた僕にとって友人と呼べるような存在は彼ひとりだけだが、これまで僕の家に何度か太一は来ていたものの、その逆は一度もなかった。


「今はまだ早い」「もう少し待ってくれ」とか、他人が聞いたらよく分からない言い訳をして今まで拒否してきたが、まあ、気持ちの整理、というか覚悟が出来たということなんだろう。

 そして「話したいこと」というのは、今朝、僕が机の中で見つけたアレについてのことに違いない。


「分かったよ」


 そう返事をしようとした僕の目の前が、突然真っ暗になった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「人の顔を見て気絶するなんて、失礼な奴だな」


 人の悪いニヤニヤ笑いを浮かべながら、太一は僕を見る。


 気がついた時、僕は保健室のベッドの上にいた。校門前で倒れた僕を、太一が運んでくれて、目覚めるまでずっとそばにいてくれたらしい。いい奴だな。


 そして僕たちは今、二人で太一の家に向かっている。


「まあ、いいけどよ。実際、俺の顔は気持ち悪いし」


 本当に悪かった、と頭を下げる僕に対して、太一は自嘲的に笑う。


「そうだな、確かに気持ち悪い」


「ちょ、お前ひでーな! チッ、まぁいいか。それより道順だ。大通りを渡って左、パン屋の角を入って二つ目の自動販売機のところで右に入る。ここまでいいか?」


 さっきからずっとこの調子で、路地に入ったり角を曲がったりするたびに太一はいちいちこれまでのルートを振り返る。


「次は左だ。ちゃんと覚えろよ。お前のためなんだからな」


 お前のためなんだからな、を強調するように太一は言う。その尋常ならざる真剣な声が、僕をたじろがせる。


 途中、コンビニで昼食を買い、ひと時の涼をとった以外は寄り道もせず、ひたすら歩いた。


 ーー校門を出てから、約30分。


「ここだ」と、太一が額の汗をタオルで拭きながら立ち止まる。


 その視線の先にあったのは、あばら家と呼ぶにふさわしい平屋のアパートだった。


 朽ちかけた壁、割れたのを無理やりガムテープで修復したと思われる窓、サビの浮き出たトタン屋根。「出そう」どころじゃない。確実に「出る」物件だろ、これは。


 立ち尽くす僕を尻目に、太一は枯れた植物が存在を主張する植木鉢を持ち上げ、その下にあった鍵を拾う。


 ちょっと不用心じゃないか? 鍵の隠し場所なんか他人に教えちゃ駄目だろう。そもそも今日び、何より大切だと言われるのが危機管理というやつで……。


「教えるのはお前だけだ。お前にはその資格がある」


 気持ちが顔に出ていたのだろうか。太一は僕の表情を見ながら言った。それにしても、資格……ねえ。


 僕は軽く苦笑いしながら、太一の後について中に入った。玄関で靴を脱ぎ、一段上がると、そこは居間と思われる部屋。


「適当に座ってくれ」と促されて、日焼けした畳の上に腰を下ろし、不快に思われない範囲でさりげなく中を見回す。


 部屋の中央に小さなテーブルがポツンと置かれ、天井には裸電球。テレビもエアコンも見当たらない。「最低限文化的な生活」とは程遠いが、掃除は行き届いているようで、室内にはホコリひとつ落ちていなかった。


「やっぱり暑いな」


 ガタピシと音がする窓を開け、振り返った太一が、年代物の扇風機のスイッチに触れる。バチン、と指を押し込むと、生ぬるい風が僕の頬と胸を撫でていく。


「まずは、メシだな」


 僕は早速、買ってきた弁当に箸をつける。それを見て、太一も自分の昼食にとりかかった。唐揚げ弁当に明太子パスタ、それに加えておにぎりが三つ。彼は、見た目通りの大食漢だ。しかも、そんな大量の食事をあっという間にたいらげてしまう。何だか嫌なことを思い出しそうで、正視に耐えない。


 食べ終わるとお互い言葉もなく、買ってきたドリンクを飲む。


「啓太、あのな……」


 貧乏ゆすりをしながら、視線をあちこちに動かす太一。焦らしているわけではないのだろう。話すべきか、やめるべきか、迷っているようだ。


 ーー後になって思えば、ここが分岐点だった。


 あの理不尽な「役割」から逃れられる最後のチャンスだったのだ。

「もう帰るよ」とひとこと言って席を立ちさえすれば、太一はもう追いかけて(・・・・・)来なかったのではないかと思う。


 でも、僕は言ってしまったのだ。


 不安を覆い隠して、強がるように。


「早く話せ」と。


 そんな僕を少し悲しげな顔で見てから、ふう、と溜息をつき、太一はついに口を開いた。


「……今からするのは、オニの話だ」

拙作を読んでくださり、ありがとうございます。何ぶん初めて書いた小説です。加減が分からず、冗長になってしまったかと反省することしきり。感想などいただけると泣いて喜びます。

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 態度が急変した恋人に、突然別れを告げられたことはありませんか?  信じていた友だちに、あり得ない裏切りをされたことはないですか?  あなたの隣にいる人は、本当に昨日と同一人物なのでしょうか?  ひょっとすると、もしかして……。 夏のホラー2015参加作品です。暑過ぎる夏、少しでも涼しくなってもらえたら。
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