[魔界へ 嫉妬が国]
“…真…綾………!!!!”
俺は声にもならない言葉を紡いで、気絶してしまったような真綾を必死で抱き止めた。
絶対に見失わないように。亡くしてしまわないように。
真綾が、ちゃんと家に帰ってこれるように…!
俺達は、森の中の…一本道の傍らに座り込んでいた。
ふと腕を見ると真綾が眠っていた。
「…あれは、現実…だったのか……?」
てっきり心配しすぎて見た夢かと思ったんだが…。
あれは、狭間の空間…だったのか…?
いや、考えたところで解るもんじゃないな。
それに今考えるべきは別にあったな。
「おい。」
「………」
一度声を掛けてみたが目覚めなかったので、俺は真綾をおんぶした。
起こす気がない?
まさか、俺だって怪我人だぜ?
おんぶなんてめんどくさいこと、自らしようなんて思わねぇよ。
…ただ、起こしたところで身体的にも精神的にも良いことなんてねぇなと、少しだけ思った。
それだけだ。
「とはいえ、どうすっかなぁ…」
木々のせいで先が見えない一本道の前と後ろを見つめた。
「ん…」
声が聞こえて、俺はバッと後ろを向いた。
……………ヤバイ。起きそうだ。
「絢……」
「―~~~♪―」
すぐさま歌を口ずさんだ。
本来これは、対悪魔用の歌だが…詞と想いがなければ攻撃力は発動しない。
そして、俺の懇親の眠ってくれ…!という想いがあれば、詞はなくとも通じるはずだ。
「…………」
よっしゃ通じた!
俺は…自分の能力が嫌いだったが…。
いや、今も十分嫌いだ。
悪魔が死んだり、傷ついたり、弱ったりする、ってことは俺が…それを望んだってことなんだ。
そうじゃなきゃ、歌は通じない。
曲は伝える力、詞は想い。
俺の力は曲がなきゃ、ソイツにはあんまり届かない。
ただ、届いたところで、そこに詞が…想いがなければ何の効力も持たない。
「………―~~~♪―」
つまりは、俺の能力…歌は俺そのものな訳なんだが。
俺はそんな俺のすべてで、ソイツを傷付けたり、操ったりするのが嫌いだ。吐き気がする。
だってそうだろ?
…それじゃ、まるで俺が何でも出来ちまうみてぇじゃねぇか。
気持ち悪くてしょうがねぇよ…。
それを、俺が望んでることが。
ま、要するに俺は俺が嫌いなのかもな。
…いや、自分のこの人生には満足してる。
だからこそ、俺は欲張りに真綾も連れ戻したいんだよ。
「……素敵な歌」
聞こえた声に、俺はハッと振り向いて警戒体制に入った。
「あっ…ご、ごめんなさい!」
すぐに頭を下げた少女…中学生ぐらいの女の子が目の前に居た。
一瞬警戒を緩めた。
………見てくれに騙されるな!
心のなかでそう叫んで、俺はバレないように警戒しなおした。
「いや、構わないよ。」
疲れる行動は全般的に嫌いだが、人を騙したりするのにはそこまで抵抗はないし、やろうと思えば疲れることでも出来る。
自分でも自覚してるくらいには、俺は黒いし、最低だ。
誤解しないでほしいが、俺は自分のそういうところは気に入ってる。
誰だって大切な者のためなら手段なんて選びたくないだろう?
俺は嫌だよ。
そんなものに捕らわれて、お前達を失いたくない。
だから俺は、平気で他人を騙してやる。
「妹と一緒に出てきたんだが迷ってしまってな…
魔王様にはどうしたら会えるだろう…?」
俺は真綾をチラッと見せて困った顔を浮かべた。
「魔王…?
ああっ、かぐや様ですね。
けれど、どうしましょう…、ここからじゃ大分遠いですよ…?」
とか言いながら、取って食われたら堪ったもんじゃない。
「良ければ、地図などを持ってないか?」
表情をどうこうするのは得意とは言えないが、喉ならどうとでも出来る。
少し困ったような甘い…けれど当たり障りのない青年の声。
「あ…、はい!
家になら…、国の地図でも世界地図でも…」
少し頬を赤らめてそう言う少女に、俺は微笑みかけながらも頭のなかはフル回転だった。
見るからに無害そうな少女だが……、ここは魔界。油断は禁物だ。
………………だが、少女の声にはどうにも不審な点が見当たらない…。
いやいや、俺は自分の声は解っても、他人の声なんて…心なんて察せれない。
今までだって察してこなかったんだ。
だが
「…頼めるか?」
いざとなれば殺すだけだ。
その為に、俺は隆覇さんに頼んだんだから。
「ここが我が家です…
ボロくてごめんなさい。
どうぞ、そこに掛けてお待ちください。」
まじでボロいな!
口にも表情にも出さなかったが、俺は心のなかでそう叫んだ。
太古の家みたいじゃねぇか…!
ほぼ茶色。
全部木で出来たいみたいな…。
あと、何で土の上に鍋があるんだ?
…ガスとかないのか……?!
木と木を擦り合わせてェ…?
「ありました~」
少女嬉しそうに笑いながら、大きな紙を持ってきた。
っていうか、良く良く見てみれば、祭りのときにしか着ねぇような服を当たり前のように着てるし………。
ここはそう言う世界なのか…?
まあ、良いや。
「ありがとう」
俺はそう、少女に微笑んだ。
「い、いいえ…」
少女はまたしても頬を赤らめた。
「ここが、私達の今居る、嫉妬が国。
その右が憤怒が国、さらに右から下が傲慢が国
その左下が怠惰が国、その左が暴食が国
その左上が強欲が国、そしてその上が色欲が国です」
…ドーナッツみたいだな!
見事に円状に陸ができてる。
「それで、その中央にあるのが“空”
空間が国で、私達の学舎ですね」
少女はそう言いながら俺に笑いかけた。
…どうやら、少女の今言った私達には、俺も入っているらしい。
何でだ?
とりあえずカマをかける。
「…あれ、どうして解ったの?」
危険とは解っていながら、俺は聞いた。
何かこの世界にとっては不審な点があるのかもしれない。
その空間が国とやらには行ったこともないのだ。
本当に聞かれでもしたら困る…。
「どうしてって…
子供はみな、学舎に行くものでしょう?
300年前の人なら解りませんけど…
それにその、言葉。」
「言葉…?
なにか、変だった?」
なにも不審なことを言ったつもりはない。
俺はさりげなく、真綾を連れ出せる準備をしながら、微笑んだ。
「いえいえ変だなんて!
むしろ、とても御上手です!
私達が今使っている言葉は世界共通語でしょう?
言語多くあるのは不便だからって
300年前にかぐや様を中心とする王様達が生み出したんですよね!
そのとき、学舎も一緒に…」
少女のおかけで、いくつかの事が解った。
まずひとつ、この世界にはいくつもの言語が…恐らく国の数以上にあり、
また俺達が元の世界で話している言葉が、この世界では世界共通語だという事だ。
俺たちの世界じゃ、公の言語は大きく二つだ。
俺達が話してる、エルセラ語と
もうひとつの、ロンマ語。
字体とかは国によってちょいちょい変わってたりするんだが、音は共通してる。
それに、ロンマ語も話せ、と言われれば話せないことはない。
みんながそうな訳じゃないがな。
絶対に話したくない。っていう奴も居るし。
話したくても話せねぇ。って奴も、
話す必要ある?って奴も。
俺的には話せた方が便利だろ。っていう。
それで、この世界の魔王は一人じゃないこと。
最低でもかぐやを含め、7人は居るんだろう。
こりゃ、本格的にかぐやを倒すのは、建設的とは思えないぞ。
しかも、そのなかでかぐやはかなり強い存在みたいだ。
権力なのか強さなのかは解らないが…。
その上、かぐやは300年以上は生きてることになる。
あと、この世界の教育水準は大分良いらしい。
この少女でも、このエルセラ語…共通語と、この国の母国語を喋れるらしいのだ。
「それで、ですね。
かぐや様がいらっしゃるのは、皇都…ここです」
少女は大きな池のある隣の土地をぐるっと指で囲ってから、その中の一点を指差した。
その囲った地点が皇都で、指を指した辺りが城のある場所なのだろう。
にしても、本当にここの教育水準は高いな。
何の枠組みもされていない地図だけを見ただけで、的確な地名と場所が解るようだ。
しかも、国内だけでなく海外も、大体の地域や皇都なら解るらしい。
ボロいなんて言って悪かった!
「それにしても、お二人はお強いんですね」
少女の唐突な言葉に、俺は心のなかで顔をしかめた。
「どうしてそう思うの?」
「え…?
あ、そうでした。迷ったんですよね。」
少女は驚いた顔をしてから、再び地図のある地点を囲った。
「私達が居るのは、この神の林とかいて神林です。
神林は、あまりにも魔力が強すぎて普通の人は長い間居られないんです。」
魔力…確か、悪魔が使う魔法の根元。
能力の場合、根元なんて自分の中にあるから意識する必要がないから、名前もない。
その根元が強いと、たぶん体が持たないんだろう。
能力が使えるまでの過程は
自分の中にある力を、自分の中で能力…物質へ変換させるだけだ。
だが魔法の場合は
自分の中にある力を、外へ出して、それを術式をもって増幅させて物質へ変換させるのだ。
能力は簡単な分、自分の力量に囚われる。
魔法は難しいが、自分の力量にそれほど囚われない。
因みに、これは俺しか知らない。
何故俺が知ってるのかって?
音澤家っていうのはそう言う家なんだよ。
事実の保管者?
音はその場にしかないからな。漏れる心配がない。
それでいて、いつまでも人の意識に居座り続ける。
別に何も可笑しな事じゃない。
さて…本当に可笑しいのは、俺達が今から魔王とやらを倒しに行こうとしていることだ。
もっとも、マジで魔王が遙華や真綾を傷付けようと、アレを差し向けたんなら…俺は協力するがな。
「皇都まではどれくらいかかるのかな?」
「そうですね…単純に計算しても3日は…
他諸々を現実的に考えるならば一週間が妥当でしょう。」
「結構かかるね…」
直線で結んで、その距離を考えれば三日でも、地形や実際に通れる道を考えればそう簡単にはいかない。
「魔法を使うなら、話は変わりますが…?」
少女の言葉に、俺は首を振った。
「いや、なるべく使いたくないんだ。」
俺達が使っているのは、魔法じゃなくて能力だからな。
使い勝手が違うだろう。
「そうですか…。」
これは歩きで行く他ないみたいだな。
……まあ、何とかするしかない。
すると入り口の方で、弱々しい老人の声が聞こえた。
「ユーリン。帰ったぞ…」
父親…にしては弱々しすぎるな。
多分、お祖父さんだろう。
いくらここが魔界と言えど挨拶しないのは失礼だよな。
いくらここが、敵の世界と言えど…
いや、解らんな。
俺がこの世界の全てのものに対して、真にどうすべきか解らない。
多くを知るものとして、どういう思いを持てば良いのか、どう接せれば良いのか。
……解らないんだ。
「誰だ。」
両目を閉じた老人は低い声で言った。
「待って!!!!!」
俺がどうこう言う前に少女が叫んだ…というより俺を庇うようにして立っていた。
いや……違う。
すでに老人は攻撃していたのだ。
何の魔法かまでは到底解らないが…その攻撃を少女が無効化していたのだ。
恐らく、全く逆の、同じ魔法で。
能力は全てが全て固有のものだが、魔法は違う。
魔法なら、性質園も野茂を無効化できるんだ。
「…俺は音澤 絢斗という。
妹と迷ってしまったんだ。
…敵意はない!」
ただ単純にこの世界へ来たものなら、やはり悪魔だったか…そう思うかもしれない。
悪魔が俺たちへ襲ってきたのだと思うかもしれない。
けれど、それは違う。
だからこそ、俺はどうしたら良いか解らない。
魔王が…そのカグヤという人物があんなものを差し向けるはずがないのだ。
あれは悪魔だった。
いや…可能性はゼロな訳じゃない。
それを確かめるために、俺は来たんだ。
だから、こんなところで争ってる場合じゃない。
「…おぉぉ……、それは本当にすまなんだ。
どうにも……色が違うように思えたんだが」
老人は左目だけを開いて俺を見つめた。
見つめられた俺は目を見開き、真綾に向かって手を伸ばした。
「…いやいや、良く良く見れば…私達と大して変わらんかったよ。
弁明してくれて、ありがとう。」
コイツ……いや、この人…“視える目”か。
魔法なのか、この人だけの特殊能力なのか…。
多分、特殊能力だな。
っていうか、そうであって貰わなきゃ困る。
多くを知るものは数人だけで十分だ。
そうだろ?
「恩に着る。」
「ごめんなさい。
…あの、絢斗さん。
私もお祖父ちゃんも少し神経質になっていて…」
神経質?
まあ、確かにぼろい家でも内装はかなり綺麗になってるが…。
ホコリくらいなら何処かにありそうだぞ?
「こら、やめないかユーリン。
お客人にそんな話。」
老人の言葉に、少女…ユーリンというらしい。
ユーリンは頬を膨らませた。
「あら、お客人を襲っておいて
ろくに説明もしないの?
意味もなく襲われたと思ったら怖いままでしょ?」
その言葉に思わず俺と老人は目を合わせて笑った。
俺と老人の間では、もう理由は解りきってるんだがな…。
けど、それとは別に神経質になっている理由も確かにあるのだろう。
“視える目”ならば余計に、普段なら慎重にしているはずだ。
まあ、俺みたいなのが来ることがイレギュラーすぎるんだが。
…ああ、そうか。
俺が弁明しなきゃ結局争わなきゃいけなかったんだな。
「良ければ、聞かせてください。」
俺にとっては…いいや、今だけは、この世界は敵じゃない。
そうであって欲しいと心から願う。