[名付け親]
奥の一室に入ると、二人が居た。
「遙華…、真綾…。」
その傍らには
志保の母の柊 志野さんと、
志保の祖母で柊家当主の柊 志桜さんが居り、能力を使っているようだった。
柊の力を目の前で見るのは初めてだったが…まるで結界のように薄い光の膜が二人を包んでいた。
魔除けの能力らしいが具体的な能力は知らない。
…解らないのかもしれない。
俺たち異端は文字通り他の能力とは性質が異なる。
正直 俺自身、自分の能力に何ができるのか解らない。
そういえば昔、真綾が望めば何でもできるって言ってたな…。
「絢斗さん。」
志桜さんの威圧的で良く響く声が俺の耳を貫いた。
額にうっすら汗が浮かぶ。
俺はこの人にも嘘をつかなければならないのか…。
「はい。」
「座りなさい。」
志桜さんが目配せした先には、座布団が敷いてあった。
…座ると真実しか喋れない椅子とかじゃないよな…?
いや、黙って座っとこ。
いざとなったら真綾を連れて逃げる。
「よく、生きて帰ってきました。」
え……………
驚いた事に、志桜さんは俺を優しく抱擁したのだ。
そのまま、絞め殺されるのかと思った、が。
志桜さんの腕は驚くほど優しく、触れるか触れないかと言うほどだった。
「解っています。解っていたのです。
貴方は、貴方達は何も悪くない…!」
その志桜さんの言葉に、気が付いたら俺は無意識に涙を流していた。
泣きたくなんて無い。
俺に泣く資格なんて無い。
情けない。
情けない…!
でも、志桜さんはそんな俺の気持ちも、全てを包むように優しく抱擁するのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい―」
なんで、志桜さんが謝るんだ…?
それに、解ってた、って…。
志桜さんは全部知っているのか…?
本当に?
知った上で、そのままにしてくれていたのか?
全てを知っていて、それでも、尚。
「志桜さん…」
「ごめんなさい。」
志桜さんは最後にまたそう言うと俺を離した。
何と言ったらいいのか…。
こういうとき、気の利いた事は何も言えない。
だが、一つ言えることは、
「ありがとうございました」
この人が知らない振りをしてくれていたお陰で、真綾は救われたのだ。
俺たちと共に居てくれたのだ。
感謝こそすれど、恨む事はない。
例え、この先、どうなっても、三人で生きたという事実は変わらないのだから。
「…っ………」
血も涙もないなんて嘘だった。
志桜さんも、一人の人間なのだ。
涙を流す女性を前に俺はただ思った。
「失礼するよ」
パッと顔を上げると枷さんが立っていた。
「休んで居なくて良いのかい?」
「…はい。
ご迷惑をおかけしました」
俺は隆覇さんに深々と頭を下げた。
この人がいなければ、俺は途中で力尽きていたかも知れない。
たどり着けたとしても、手遅れだったかもしれない。
本当に隆覇さんには感謝してもしきれない。
「人として当然だろう
柊 志桜、治せたのか?」
隆覇さんは、俺への微笑みから打って変わって無表情になり、志桜さんを見た。
「誰に物を言っているのですか?
当然でしょう。」
うっ。やっぱり気のせいだったかも知れんな。
さっきまで泣いてた…よな?
見間違いだったか………?
めちゃくちゃ怖い。
でも、それに気押されない枷さんも怖い。
笑みが逆に怖い。
「そうか。
…では、儂は帰る。
いつまでも、こんな所には居れん」
「それに関しては同意見です。
志保、塩を持ってきなさい」
本当にこの人たち仲悪いなぁ。
志野さんも隆覇さん嫌いみたいだし。
柊と枷は犬猿の仲なのだろうか…。
二人を見る限り、言うまでもなかったか。
「じゃあな」
枷さんはそう言って玄関の方に行った。
俺はハッとして隆覇さんを追いかけた。
追いかける俺を見た隆覇さんは不思議そうな顔をして振り返った。
「どうしたんだ?」
俺は意を決して口を開いた。
「隆覇さん、俺に力をください」
もう、二度とこんな事があっては駄目だ。
少しでも、少しでも力を持たなければ。
「絢斗くんが?あんなに嫌がってたじゃないか。」
…そうだ。
俺は戦うのが心底嫌だった。
能力者であることが心底嫌だった。
だから悪魔が現れたときはいつも能力を使わなかった。
けど…それじゃ…駄目なんだ…!!
「護りたいんです。
絶対に失いたくない」
あんな思いはもう嫌だ。
為す術もなく、二人が、俺の…目の前で…!!!
俺が、俺が護るんだ…!
護りたいんだ!
二人を、絶対に。
「…そうか。大きくなったなぁ」
隆覇さんの大きくて、傷だらけの手が俺の頭を撫でる。
「いえ…」
この人は、この人達は優しい。
とても優しい。
だからこそ、俺が護りたい。
命を懸けるだけのが価値があるから。
「は……る、か……………」
…!!!!
自分の寝言で目が覚めた。
慌てて周りを見渡すと、傍らに遙華が居て心底安心した。
遙華の頬へ触れたと同時に、自分のうちから…何か黒いものが溢れるのを感じた。
これが何なのかは解りきっている。
闇なんて言う明確で目に見えるものではなくて、感情と言う不確かで…それでいて、能力や魔法より、もっと強く相手を殺せる…殺意。
…そうだ、魔王を殺そう。
私は軽い気持ちでそう思った。
遙華に触れた、あの汚物は当然の如く殺すとして…それを差し向けたであろう魔王もついでに殺そう。
いたぶっていたぶって、死ぬよりもっと恐ろしい痛みを…傷を負わせて
その上で、2度とチャンスなんて来ないように殺そう。
殺したら、切り刻もう。
骨も肺も何も残らないようにしよう。
…そしたら、死のう。
例えなんであっても、そんなことをした私も………いや、こんな黒いものが溢れてきた時点で、私はもう遙華の側には居られない。
大丈夫だ。
遙華には絢斗が居る。
絢斗は、全身全霊で遙華のための行動をする。
…そんな奴じゃなければ、遙華を嫁になんて絶対にやらなかった。
………今考えても忌々しい。
それでも絢斗だから良いと思ったんだ。
…やはり、その絢斗さえも傷つけたあれらはこの世に残してはおけない。
私の家族を傷つけた奴は…絶対に赦さない………
私は微笑んで遙華を見下ろした。
「愛してる」
そう、私は遙華の額へ口づけを落として、その部屋を静かに発った。
柊の家のようだったので、誰にも見つからないように窓からでた。
見つかっても構わないのだが、それで止められたりした音のせいで遙華が…あと、絢斗が目覚めてしまっては可哀想だ。
それで裸足な訳だが…包帯が全身に巻かれているせいで、痛くもなんともない。
…というか、痛覚が鈍っているのかもしれないな。
とりあえず着替えが欲しい…食料も、もしかしたら必要かも知れないな。
…………家に帰るか。
「…っと」
闇の力で空を飛んで、着いた訳だが。
飛んだのは人に見つからないためだ。
包帯全身に巻いてる裸足の女が居たら、職質されるかもからな。
ちなみに、この家は音澤の家なので、絢斗のお母さんが居る危険性を完備してバレないように入る。
何故、絢斗の家に来たのかって?
私がこの家に住んでるからだ!
絢斗だから遙華を嫁に行かせたとはいったが、それでも邪魔をしないとは言っていない。
……………かといって、本当に新婚の二人を邪魔するつもりはなかったんだが…。
隣だからどうせ一緒じゃんとばかりに、私も絢斗の家で過ごすことになっていた。
…本当は家も出るつもりだったんだがな。
………………………そんな生活に甘えていたから、こういう結末を生んだのだ。
私が、早々に二人から離れていれば…こんなことにはならなかった。
以前から薄々は解っていた。
私は棄てられていて
そして、私の力は闇。
他に闇を持っている奴なんて、聞いたことも、見たこともない。
禍々(まがまが)しく、そして忌々(いまいま)しい。
私は、悪魔だったのだ。
………それどころか、魔王の血を引いていた。
遙華や…絢斗を傷付けた、あの汚物と私は同じだった。
私こそが、汚物だった。
嗚呼、笑える。
今すぐにでもこの身、引き裂いてズタズタにしてやりたい。
「…憎い」
魔界が。悪魔が。魔王が。自分自身が。
全部引き裂いてやりたい。
遙華を…私の家族を…私の愛する人たちを傷付けたもの…すべてが憎たらしい。
「どうしたら…どうしたらアイツらを……
どうしたら、魔界へ行ける」
ふと、全身から力が抜けた。