大魔導師の帰る処
ついたとたんに雨に祟られる。
全く幸先が悪いにもほどがあるが、とにかく王宮の中庭から宮殿の中に突入。
その間何人もの護衛に誰何されたが、こちらが大魔導師であることがわかると、我先にと王の下に連絡に走る。
まぁ、僕も走ってはいたが、彼らの必死の形相には涙するものがあったな。
「ユーリ殿!」
さらに頬がこけ、目の下のクマが浮き彫りになった王が、腰をわずかに上げて僕を出迎えてくれた。
「マモナ草と、作ってきた薬だ。数はあまり多くはないが・・」
「それでも助かります」
僕の両手をとって、涙ながらに礼を述べる。
とりあえず王の肩を軽く叩き、バックの中から作ってきた薬とマモナの球根を出せるだけ出すと、近くにいた宰相が駆け寄り、数人の騎士を呼び止め、それらをかき集め始めた。
「王都以下、都市部での病気の蔓延は終息し始めましたが、その分地方都市や周辺の町や村に広がりを見せ、手も付けられないありさまでした」
「これで、少しは何とかなるかもしれない」
「はい・・」
王の苦労がしのばれるが、もう僕にできることは少ない。
「後、これが少ないかもしれないが、王宮薬草園用に確保しておいた、マモナ草の鉢植えだ。辛いかもしれないがこれは絶対に使うなよ?」
「何から何まで感謝に堪えません」
漸く感極まった王の感情も収まり始め、少しずつ冷静さを取り戻していく中、僕はカナタル牙病について、分かったことを伝える。
かの病気は休眠期間が存在していること。
それらが活性化するのに気温湿気が一定の高さが必要であること。
さらに死滅させるのに高温処理が有効なこと。
それらの注意点を踏まえたうえで、この先に対策もきちんと話しておくべきだろう。
「では今は収まったとしても、また・・」
「うん。発病した人がいる家屋敷やそこにあるものはできるだけ熱湯消毒するのが好ましいのだが・・」
「皆に伝えましょう」
「ああ。頼むよ。あ。それと・・」
「なんでしょうか?」
「薬師3種の認定書が取れたら、王国保有の図書館で本を見せてもらいたいんだが」
「もちろんでございます、好きなだけ御覧なってください」
「絶対に絶対だよ?」
「絶対に絶対でございます」
フフフ。言質は取ったぞ。これで好きなだけ禁書だろうが何だろうが読めるというものだ。ついでに格好の暇つぶしにもなるしな!
「じゃぁこれで失礼するよ」
「ユーリ殿・・」
何しろまだ、僕は仮免だからね。薬を作ってやることもやぶさかではないが、何から何まで僕が手を出しては、この国のためにはならんだろう。
僕はにこやかに笑顔を振りまいて、その場を後にする。
「どうせまたすぐ来るよ」
さて。
大急ぎセデリアの町に戻ったのには理由がある。
何しろ、まだ仮免なのだ。そこ重要なのであえて強調する。
「まだ仮免なんだよーーー」
勿論速攻で薬師ギルドの門をたたく。
問題はあまりに貧相な建物であったため、探すのにえらく手間取ったという現実はこの際おいておく。
何が速攻なんだか・・。30分以上うろうろしてしまったではないか。
まぁ。入る前に2度も「ここが薬師ギルド?」と看板確かめてしまったくらいだからね~。
外見だけではなく中もかなりぼろっちいので、哀愁すら漂っていそうだ。
「あの~これできちんとした免許交付されますでしょうか?」
「ん~?ちょっと見せてね」
受付の、元美人な昔お姉さん、要するにおばあさんがのんびりと差し出した仮免3種類を見比べている。
「おやぁ~・・マスター直々の許可証じゃないかぁぁ~。判ったよ。今、正式の認定書出すからね、一寸待ってておくれよ」
ええ?まさかあの爺さんが薬師ギルドのマスター?!
とんでもない大物を師匠は連れてきたのだな。全くなんていう人だ。
でもそのおかげで、無事に認定書が発行されることになるのだから、文句を言う筋合いじゃないな。
「はい。1種2種3種の認定書ね。しかし凄いわね~こんな短時間でここまで・・は?ユーリ・オリジン?!」
「まぁ~俗にいう天才ってやつぅ~?」
「・・やはり本物って違いますね」
乾いた笑いを疑い浮かべながら、僕は認定書を鞄にしまいギルドを後にした。
薬師ギルドは冒険者ギルドのコバンザメとは聞いていたが、もう少しなんとかしてやれよ・・。
さて。
師匠にお礼でもいいに戻るべきか。
大通りに面した角の薬屋。要するに師匠の自宅兼店舗兼作業所の扉を開くと、そこにはむっそりと膨れ面した少女が店番をしていた。
「あれ?師匠は?」
「師匠?!あんたこそ誰よ!ミディル先生のことを師匠なんて勝手に呼ばないでよ!」
「ところであんた誰?」
「失礼なガキね!私はミディル先生の弟子のレイアよ」
「へぇ~・・・まだほかにも弟子がいたんだ・・」
そういえばやたら2番弟子とか言われた気がする。なるほど、そういうことか。
「なんか言った?!」
「い・いや~なんでもない」
すごい剣幕で言われ、苦笑するしかほかに手がない。というか。この少女が1番弟子ね。そいつは知らなかったなぁ。
その時背後で扉が開いた。
「あらぁ~もう戻ってきてたの?マーブ」
「ああ。今さっき」
「ミディル先生!どういうことなんですか?このガキと知り合いなの?」
ああ。ややこしいことになってきそうだ。
「レイア、お留守番ありがとね。助かったわ」
「いえ~それほどでもないです~」
師匠に褒められたのが嬉しかったのか、頬を染めて身をよじっている。
「マーブのほうはもう終えてきたのね」
「ええ。ついでに先ほど認定書ももらってきましたよ」
二人で話すその様子を見ていた少女は何かを思いついたかのようにポンと手を叩く。
「ア・・あんたは!もしかして遺跡の行き倒れ!」
「あはは。そうとも言います」
「今まで気づかなかったのレイア?意外に鈍いのね~あんた」
そこで思い出すとかないわ~。しかもあの場にいたとは思いもよらなかった。
「ミディル先生!この【ぼんくら】が、勝手に先生のこと師匠なんてよんでいますよ!」
「うん。まぁ弟子だからね」
「はぁぁ?!」
いつの間に?と言わんばかりに噛み付くような痛い視線を浴びる。全く躾のできていない野良犬のようだな、この子。見た目はそこそこいいのに、性格が残念すぎる。
「そっか!なら私が1番弟子であんたが2番弟子!要するに私がこき使える奴が増えたというわけね」
意味深な笑顔が怖い。
判ってましたよ、そういう発想で来ることは。
「ええ~まぁ、さっきまでは弟子でしたが」
「え?」
「ええ?」
師匠もいることだし、いいか。
「めでたく3種まで認可され、これで一人前の薬師として独り立ちできそうなので。師匠、いろいろとありがとうございました」
頭を下げる僕に師匠は慌てるが、それ以上にカウンター内の少女が半狂乱になっている。
「な!?どういうこと?3種?ええ?3種?!」
「そっか~・・。そうよね。3種まで認定書とれちゃったなら、私の教えることはあまりないわよね・・」
「先生!どういうことなの?教えてよーー」
「だから。マーブは1週間足らずで、1種2種3種をすべて合格したってことよ」
「うっそーーーー?!」
とりあえず、この煩い女は横に置いておく。
「短い間でしたがご教授ありがとうございました。また何かの機会にお会いできれば、と思います」
「寂しくなるわね~・・」
「ちょっとぉ!ミディル先生!?私の存在忘れてません?!」
ワーワーとがなり立てる少女をしり目に、僕は早々に退散する。
まぁこの後どうなろうと僕の知ったことではないし、な。
さて・・。
この町でそこそこ有名な酒を一本購入し、何かアテになりそうなものがないか露店を物色する。
ニッケー若鳥の塩焼きか。これがいいかな?
まぁいわゆる焼き鳥塩味なわけだけど、まぁさっきからいい匂いを漂わせているからね。
思わずふらふらっと勝手に体が・・。
「いらっしゃい~」
「う・・4本。いや6本おくれ」
「毎度ー!」
大串で6本。それを包んでもらいバッグの中にしまい込んだ。
さて・・。
もう一度シエルデに戻ろう。
小雨が降りしきる中、僕は先延ばしにしていた魔法使いのおっさんの墓参りに訪れていた。
「なんだか、いつもシエルデは雨ばっかりだな」
いつも来るタイミングが悪いのか、雨に祟られてばかりいるような気がするな。
王都の郊外、左街道の先に開けた静かな場所がある。王族や貴族たちの墓が並ぶ墓地。とはいってもどちらかと言えば緑豊かな公園の様でもあり、そして何より静謐な雰囲気がいい。
聞いていた場所に真新しい墓標が立っている。生前の彼にふさわしく、質素で無駄を省いた、ずいぶんすっきりした墓だ。
ただ雨に濡れて黒光りするそれは、凛とした気品があった。
僕はその場で雨すら弾く防壁魔法で辺りを包み、小さな椅子を出しておもむろに腰を下ろす。
「だいぶ遅くなっちゃったけど・・。元気にしてたかぃ?」
自分で言ったくだらないジョークで思わず苦笑してしまう。
「酒とアテに若鳥の塩焼き。良いだろ? まぁ、魔法使いのおっさんに好き嫌いがあるかどうかは知らないけどね」
魔法使いのおっさんが死ぬ間際まで心配していたであろう懸案を、僕はできるだけ最小限に食い止める努力はしてきたつもりだ。多少残念な結果にはなってしまったが。それでもどうか汲んでほしい。
僕は酒の飲めない体質なので全てを墓にかけると、若鳥の串焼きを頬張る。
「だから。もう安心して成仏してくれよな。ってか、そっちってどうよ?快適?」
返事があるわけじゃないが、やはりうらやましいと思う。
死ぬことがないというのは、傍から思う以上に存外切なくて厳しいものだから。
「一人は寂しいよな・・」
もう知り合いが何人も先で待っている魔法使いのおっさんには関係ないだろうけどな。みんなに会えただろうか?
「やっぱ切ないよなぁ・・」
友の死に目ばかり見送るのは、辛い。
「みんな・・僕を置いて消えてしまうんだ・・・」
脳裏に浮かぶ、昔の思い出。騎士のおっさんの怒った顔に魔法使いのおっさんの困ったような笑顔。ちょっとだけお世話になったクランの人たち。
名前は憶えない。
それが僕の防衛ライン。
だが、生き生きした表情に話す言葉、全てが昨日のことのように思い出せる。
こうしてどんなに心を閉ざそうとしても、一度記憶した僕の脳は決して忘れることを許さない。
それがまた辛かった。
「僕もそっちに行ける時が来るのだろうか・・?」
相変わらずじめじめしとしとと降る雨はまるで僕の心のようで、この日の串焼きはやけにしょっぱかった。




