大魔導師とマモナ草
「お許しくください!お許しください・・」
宮廷魔導士が土下座して泣いて詫びるが、そんなことで許されるはずもない。
何しろ大地にまで深く傷を負わせたのだ。
それまで自生していた薬草の数々が、その根や散らばった種に至るまで全てを焼き尽くされ、もう2度と大地に芽を出すこともない。
その失われた数多の薬草を蘇らすことなどできないのだから、土下座程度で許されるはずもなかった。
冒険者ギルドマスターのおっさんも疲労をためた体で、頭を掻きながら困ったように魔導士を見下ろしている。
師匠に至っては、あれほど浮かれていたにもかかわらず、冷めた目で宮廷魔導士を見つめていた。
「まいったなぁ・・・」
「・・・・」
実はサーディラス王国の薬草の6割以上がこの近辺で採取されているのだ。
それほど大きくもないセデリアの町に、薬師の数が8軒。これは街の規模を考えたら、かなり多いうちに入る。
要するに、だ。
実にこの幻奪の深森は、国家にとっての『薬草宝庫』に他ならない。
それを知らないとか、マジでありえん。
宮廷にいながら、肝心の情報を携えていないとか、本気でバカとしか言いようがない。
しかも11年前に流行したカナタル牙病によって、国の薬草園にはマモナ草がほとんどない状態なのだ。
多分国王も『そこにあったら、少し持ってこい』ぐらいの算段はしていたはず。
何に浮かれてたのかは知らんが、きっと話半分に聞いてたな。
皆さん、怒るよりあきれてますが、それでいいのか?
こいつのやったことは国家危機だし、町や村の収入源の危機でもあるのだよ。
「本当に申し訳ない!」
「謝罪は村や町、薬師に冒険者の皆さん、そして国王にすべきだろう」
勿論僕はその謝罪を受け付ける気はない!
マジで怒り心頭なのだ。
特に、薬師以上に怒っているのは冒険者たちだ。
マスターのおっさんが必死になって止めてはいるものの、かなり危険な雰囲気が漂っていた。
何しろ。
森の奥まで行かなくても、村の周辺でできる初心者向け採取や中級向けの魔獣討伐+採取セット、森の深くまで進む上級者向けの魔獣討伐+希少種採取セットなど、依頼は春から秋にかけて豊富にあったのだ。
ほら。
師匠からカナタル薬10本でまけてもらって1000万だったろ?
特にマモナ草の根っこは1個で通常7~80万が相場だし、伝染病が発生してからは一気に暴騰する、まさに上級者にとっても結構な小遣い稼ぎにはなるからだ。
経験則で言えば、一生遊んで暮らせるくらいには、ね。
それほど貴重な森だったのに。
ほら、膝ま付く宮廷魔導士の背後でSランカー様が睨んでらっしゃる。
彼らも時にお世話になったであろう、幻奪の深森の焼失問題には心底怒ってらっしゃるようだ。
「とりあえず、宮廷魔導士カイン様は王宮に戻れ。ここに残れば、いつ誰に襲われるかわからんぞ。それだけの恨みを買う行為をしたんだ」
「・・・・はい」
マスターのおっさん、優しいね~。
しかもさらりと嫌味まで入れてる。
「さて、僕は7割がた森を失ったとはいえ、残り3割のほうに望みをかけてみます。まだ魔獣もそれなりにいますしね。このまま続けますよ」
必ずあるはず。
何しろあれだけの数が自生していたのだ。
「マーブ・・。なんだってそこまで・・」
「グェン。マーブはシエルデの出身なの。だからマモナ草を探しているのよ、分かるでしょ?」
師匠が僕に変わって説明してくれた。
「ああ。話には聞いている。カナタル牙病が蔓延してるってな。そうか・・だから必死なのか」
「そうそうマーブ、薬師ギルドから試験管をキト村に待機させてあるけど、こっちに連れてくるわね。本当はいけないことだけどこの状況だから。討伐と薬剤と試験の3つ巴で大変だとは思うけど・・」
「願ったりかなったりです、師匠」
ほぉ、気が利くね!
僕たちはテントを出て、目の前の光景にため息をつき、次の行動に移すことにした。
師匠は例の宮廷魔導士と共に、いったんキト村まで引き返すらしい。まぁ、試験管を連れてこなくちゃいけないらしいし、いいのでは?
但し、僕の横に立つマスターのおっさんはめっちゃ渋い顔だ。
「まぁ。あまり気にしないほうがいいと思うよ?」
「・・・何が、だ」
僕に八つ当たりするのはよしてくれ。今本当、精神的ダメージから完全復活は程遠いんで、他人の色恋沙汰に巻き込まれたくはないんだよ。
「師匠はああ見えても薬師である誇りを持っている。薬草をないがしろにする奴は芋虫以上に嫌いだと思うぞ?」
「ああ・・。ミミズはよくても芋虫は許せん!だったな・・わかった」
苦笑を浮かべ、去りゆく宮廷魔導士を見送った後、二人してテントに戻る。
この先は魔獣討伐に加え。わずかになった森の最深部までの調査の編成になるのだろう。
僕も当然組み込まれる。
当たり前だ!マモナ草を見つけるまでは、僕は絶対に引かない。
なんとかやる気が戻ったらしい冒険者たちが、チマチマとまた魔獣を狩り始めた。
まぁ、数が激変したためこれでも大丈夫だろう。
僕は中級の薬をコネコネと作りながら、焼けただれた森の最深部をたまに行ったり来たりしている。
魔素が濃かった理由はふもとの大きな亀裂から拭吹き上がってくる濃い魔素。
最初は小さかっただろうが、それが雪崩やら凍解やらを繰り返すうちに自然と大きくなっていったものと思われる。
とりあえず、ここをふさげば問題は解決するだろう。
「よし!」
懸念材料だった魔王種の存在は見当たらなかったし、これで魔素酔いする動植物も自然に減るはずだ。特にマモナ草の急激な変質を抑えられるはず。
一息ついて拠点のカイナ村に戻ると、そこに師匠と薬師試験管と思しき老人が待ち構えていた。これで、人数は揃ったね。
「さて、残った幻奪の深森での魔獣討伐並び希少種薬草の分布確認、マモナ草の確保。それら探索するチームを編成する」
テント内で冒険者マスターのおっさんがみんなの顔を確認していく。
「遠征隊の指揮は俺が務める。メンツはS級PT『ローゼンダーク』の4人。魔導士マーブ。薬師ミディル。薬師試験管モルイ。以上、8名。
カイナ村後方支援並び拠点維持の指揮は魔法士ギルドマスタージブロイに任せる。他はここで待機、並び逃げてくる魔獣の殲滅。
判ったな!」
「「「「了解!」」」」
「以上だ。準備が整い次第、出発する」
カイナ村から北東約50キロ先。
唯一残された幻奪の深森の探索開始だ。
さすがS級冒険者たちだな。
伊達や酔狂でそこまで到達していないってことだろうか。
師匠や僕が後衛でいるということで、装備していた紋章魔石は全て防御系から攻撃重視に切り替えて、出会う魔獣を一気に倒していく。
その切り替えの早さと判断力は確かにS級だ。
ギルドマスターのおっさんも負けていないところを見ると、おっさん何気にS級以上かもしれんな。
まぁ。全員無傷とはいかないが、気持ちがいいほどサクッと倒して前進していく。
「グェン。また怪我して」
「ああ、すまん」
あれ?
師匠どうしたの?
憧れの宮廷魔導士様一筋じゃなかったの?
ま。いいか。
どうやら薬草をダメにしたあいつには幻滅しちゃったみたいだし。漸く、乙女から大人の女性になれたんだろうなぁ。
しかし目が覚めるの、遅すぎ。
もう結構な、いい年だろうに。
なんにせよ。おっさんの思いが報われるようで、僕としても嬉しいよ。これで目的のマモナ草さえ見つかれば・・。
「ここでいったん休憩する。付近の索敵開始!」
「問題なし!」
「僕がここに防壁魔法展開します。範囲は10メートル。狭いので、はみ出さないように!」
大体、6割以上残された深森を調べつくした。
後、残り4割も満たない。
「・・・北側は・・ダメなのか?」
不安がのしかかってくる。
「きっとあるわよ、はい。これでも食べて。お腹すいてるから物事悪い方へと考えてしまうのよ」
師匠が簡素な食事を持ってきてくれた。
「見てこれ。マモナ草と同じく希少種の『豊浄草』。こっちは『香里鐘草』。それに『リムラムの実』。群生してるなんて夢を見てるみたい。さぁ。これを使って今度は薬師3種の試験ね!」
「・・・」
1種と2種は朝の休憩時に合格し、その場で仮証明書をもらっていたが、まさか3種までやるのかよ・・。
「モルイさん、3種試験のほうよろしくお願いします!」
こんな年寄りをこの強行軍に入れるなんて可哀相に。すでに足元ふらついてるぞ。師匠は鬼だ。
「よっこいしょっと。さて、始めますぞマーブ殿。3種試験は・・」
昼飯もそこそこに、僕はまた師匠と試験管の目の前で薬草の選別からその手順、工程を観察されながら調合を始めることとなった。
「ちょっとグェン!聞いてる!?」
「ああ~・・聞いてるよさっきから」
隠れ潜む魔獣を探しながらマスターのおっさんは背後から話しかけてくる師匠の相手までしている。
器用な人だな。というか、相当我慢強いというか忍耐力にたけているというか。
僕ならとっくに切れてるよ。
「ね!ありえないでしょ?いきなり一種類で最良、良、最良って、私の今までの苦労は何だったのって、思うじゃない!しかも試験は全部で6種調剤よ!それが全部。ね?聞いてるの?!」
「聞いてますよ、はいはい」
あ。おっさんのケツに師匠の蹴りが炸裂した。
いいコンビだ、じゃない、良いカップルだ・・。
とりあえず、僕は目標としていた薬師3種を合格し、仮だが認定書ももらえた。
後心残りはマモナ草だけだ。
あれからすでに4日経っている。
焦燥感からか、イライラが止まらない。
山沿いまで来て折り返す途中、少し開けた場所に出た。
「お!ここにあったぞ。マモナ草」
「こっちにもだ」
かなり規模は小さいが、確かに自生している野生のマモナ草を発見した。
そこそこ群生している。
「いいか!抜いていいのは半分までだ!」
「分かっている」
指示を飛ばしたおっさんが必死に抜きまじめている僕の横に腰を落とし。
「すまんな、ここも保護対象になるから、それ以上は採取できない」
「分かってますよ。半分でも御の字です。後鉢も持ってきてますので、根を傷つけないよう、周りの土毎繰り抜いてここに植えてもらってください」
「・・何でだ?」
「多分サーディラスの王宮でもほしいはずです。国営薬草園に」
「分かった。別枠で確保しよう」
僕と師匠それに試験管の爺さんの3人で、手持ちである材料でできる限りカナタル薬を作り、他はそのまま根っこを僕が預かった。
マモナ草の鉢植えは全部で30。それはもちろんカウントされることはない。これまで使ってしまったら、この先薬草園にマモナの姿はなくなるだろう。
とりあえず、ぎりぎりまで確保できたのは全部で131個。
内訳はカナタル薬24本、約240人分。
主材料であるマモナの根っこ104個。
数が微妙に合わないのは僕が失敗したわけじゃなく、試験管の爺さんがミスってくれただけだ。
てか。おい、爺!試験管のくせにお前何してくれるのよ!自分でも希少だと言いながら、失敗するか?!耄碌してるんじゃねぇ!!
と。一回冷静になれ、自分。
なんとかこれで1万人以上は救える計算になる。たった1万と思うなかれ。
今となってはこれでも十分に貴重なのだ。
僕はマジックバックに詰め込むと、立ち上がった。
鉢植えの20個はギルドから国王に回してもらうことにして、残りの10個は葉や茎の部分を切り落とし、マジックバックにしまい込む。
こうすれば確実にバッグに収まる。
「直接シエルデに持っていく。おっさん、師匠。後は頼んだ!」
本当はその10倍は助けられた、はずだ。
森さえ失わなければ・・・。
今更言っても仕方がないとはいえ、宮廷魔導士の所業にはらわたが煮えくり返る思いだ。
「シエルデ王宮へ。ゲートオープン!」
「でも不思議よねぇ~。あれだけのことができる魔法使いなんているのかしら?
私自分の目が信じられないわ・・」
「「「「「・・は?」」」」」
ミディルの言葉にその場にいた全員が唖然とする。
「それに怖いくらいの才能の持ち主だし。だってたったの3日かそこらで薬師3種よ?ありえないわよねぇ・・。マーブって化け物?加護に天才とかついていたりするのかしら?」
グェンは凍り付いた苦笑を浮かべながらミディルの肩に手をやる。
「マジで・・まだ、気づいてないとか・・・」
「何のこと?」
「いや。なんでもない」
まさかここで暴露するわけにはいかない。
『お前の大好きな偉大なるご先祖様。ユーリ・オリジン様だぞ』
しかしなんで気づかないんだ?!普通気付くだろうが。
あ~年末年始は仕事が押せ押せになっていて、時間がうまく調整できません。
バラバラな投稿になってて申し訳ないですぅ@@;




