賢者の暇つぶし
放射性物質ならびに放射線は、この世界にも当然あります。さらにはその存在を認知できないという程度の低い文明だと思っていただければ幸いです。
(1896年ベクレルによって発見されるまで、地球でも認知されていなかった)
なお、主人公も生前ただの高校生に過ぎず、専門的知識には遠く及ばないうえ、測定器具や装置も全くない状態なので「ない」と思い込んでいる節がございます。
ご理解のほど、切にお願い申し上げます><。
さて。
僕と騎士達は小さな町で一泊するために止まった。
別に僕が望んだわけじゃないけどね。
馬車を護衛するキンキラキンの騎士たち10名。それに僕の監視役的な騎士と魔法使い2名。御者2名。それに僕を交えて合計15名。
さらに豪華な馬車に馬4頭。騎士の馬10頭。合計14頭。
・・・大所帯だ。
「小さい町故に宿の空きがありません!」
一騎士が町で得た情報に僕の隣にいた偉そうな騎士おっさんの眉間にしわが寄る。
これ結構笑えたな。
結局すったもんだで2軒の宿に分かれて逗留することになったわけだが。
「そこまでするかな?僕は野宿でもいいんだよ」
「目の前に町があるのにそういうわけにはいかんでしょう。貴殿は王の賓客なのでございます」
更に当てにしていた町長宅は当主不在のため、無理なようなことを言ってきた。女子供しかいない邸宅に大挙して押し寄せるのもあれだしねぇ~。
あ。町長なんて軽く言ってるが、大概、爵位持ちの小倅が「親の言いつけ」で、こういうところを無理やり任されちゃってるケースが多い。
一応爵位もあるんだろうね~・・。
敬意を持って爵位で呼ばれている奴は大体良政を引いている。
町長なんて蔑視されてる奴は・・・語るに落ちる。
さて。その結果、騎士のおっさん共の取った行動が「宿泊客を追いだして無理やり泊る」暴挙に出たわけだ。
それこそ、僕が頼んでもいないのに・・。
権力を笠に着る、全くもって悪手だよ。
そこら中から恨み買いやがって。
まぁ。それでも追い出された宿泊客のそのほとんどが冒険者と呼ばれる人たちで、ギルドの簡易宿泊施設があるため、そちらに流れて行った、らしい。
さすがに寝るところがないと言われたら、騎士達もあきらめるしかなかっただろうけどね。
まァあるから、無理言っていいわけじゃないから、そこ。
本当に申し訳ない・・。ごめんよ・・。
何しろ魔王が出現するほど魔素が濃くなってしまっているから、あっちこっちで魔獣討伐が行われているに違いない。依頼という形をとって。
彼らの稼ぎ時だが、まぁ死なない程度には頑張ってほしいものだ。
しかし、まずい夕食だな。
それもサラダ!これサラダ?!
・・しなびちゃってて最低だ。
うん。文句は言わない。
全国どこでも魔獣騒動でろくに畑仕事も出来ないんだろうな。
しかもいきなり魔素が濃くなって、野菜も家畜も魔素酔いで育ちが悪くなってきているんだろう。
やっぱ、あれだね。魔素は自然に優しくない。
そういうことだ。
さて。困ったなぁ・・。
田舎の町だから夜になると、することがなくなる。
娯楽が一切ないんだよ!
酒でも飲めば、てか?
騎士たちはどうやら下で飲んではいるようだが明日からまた強行軍のため、早々酒に酔ってもいられまい。
多分適度なところで切り上げるだろう。
僕は暇過ぎてベットの上で寝ころぶ。
「はぁ~・・」
本でもあれば、と今更ながら思ったが。机の上の魔石ランプがかなり明るい。
少し光量落とすか。
要は魔石に手を翳し、光量を加減するよう紋章に干渉すればいいだけ。
「ん?」
このランプに使われている紋章を刻んだ単一機能の魔石。
こう言っては何だが、かなり小さい。要するに安ものだ。
魔素をため込んで結晶化したのが魔石、僕には魔核だが、これ、当然サイズと色が魔素の容量とイコールなわけで、このサイズだとせいぜい10日しか持たないだろう。
まぁ魔石なんて使い捨てが基本だしな。
ああ、せっかくだし。魔石の使い方について考察。
1)一定のサイズ以下、色の薄い魔石。内包する魔素の純度が低く、これらはクズ魔石と呼ばれ、魔素の吸収力が低く基本使い捨て。クズ魔石2等級。生活紋章によく使われる。
2)一定のサイズ以上、色の濃い魔石。内包する魔素の純度が高く、魔法使用で放出した分を勝手に吸収するため、劣化さえ起きなければいくらでも再利用できる。良質魔石。詠唱術式魔法や中位上位紋章に適している。
3)サイズと色の兼ね合いがバランスの悪い魔石。一定サイズ以上でありながら、色が薄かったりといろいろ。使い勝手が悪いため、クズ魔石に分類されるがクズでも一等級扱い。大体が1)のクズより質がいい。魔素の吸収が低いためやっぱり使い捨て。
別格)サイズと色が最高品質の魔石。どうにでも好きに使え!
考察、以上終わり。
クズな魔石は内包している魔素がなくなれば、勝手に結晶も消えてなくなる。でも、まぁそれでもだ。せめて倍の大きさのを使えばいいものを。
サイズは倍でも魔素量は3倍なんだぞ。ついでに価格も倍程度のはずだ。
・・いやまて。
僕の記憶の話だから・・・50年以上前か。
すまん、全く当てにあらんかったわ~。
魔石と言うと、冒険者に直結するからなぁ。
僕なんか自分でほしい魔石は取りに行ってたし。
ああ~・そう言えば、僕。一応ギルドに登録してあったんだよなぁ。
「えっと・・。もってたっけ?」
つい気になって持ち物検査を始める。
「あったあった・・」
ギルドカード。しかもくすみきってて、情報すらろくに読み取れない。
「・・うん。そうだね。作ったのは5000年前になってるわ!」
期限切れ?てか、使えないねきっと。
もうすでに骨董品というか、あれだ。遺跡物に近いわ。自分で言ってて悲しくなってきた。
しかしいまだ後生大事にもっているとは思わなかったな。否、たんに捨てるのを忘れていただけなんだろうな。僕のことだから。
さて。
寝ようか。と思うのだが、いかにせん早すぎる。
雨漏りで滲みだらけの天井をじっと見ている・・。
だから。暇なんだよ。
・・・・暇になると、何がいけないって・・。
僕の頭は取りとめもなく、いろんな事柄を考え出す。それは僕の意思にかかわらず勝手に、だ。
意味のあるものから、全くないものまで・・頭の中の情報はあまりに雑多すぎる。
酷い時は複数の異なる内容の情報が、頭から溢れんばかりに僕を襲う。
うまく言えないが、いくつもの単語や数式や意味や連なる文章が、何十種類も同時にそして交互にランダムに、次々と浮かんでは消え消えては浮かんでくる。
まさに言葉の洪水である。
そのくせ、覚えておかなければいけない『些細』なことは、スポッと抜け落ちるんだから、実に厄介だ。
全く。
なんて最悪な加護を、僕に与えたんだ・・。
お金にもならない上に、変人確定だよ!
放っておいたら、気が狂うほどの情報が渦を巻きだすため、僕は、とりあえず『今』気になることだけを考え。まとめて行く。
そうすることで安定する。
引き出したい情報は、可笑しなことにきちんと頭の中で整理されており、まるで無限の図書館のようになっているからだ。
もし、これに気づかなければ、僕をもうとっくに狂っていて、廃人になっていたことだろう・・。
だから『今』気になる事を、何でもいいから纏めて行く。
これが僕の『暇つぶし』なのだ・・。
ダンジョン。
冒険者たるもの、パーティに入ってダンジョン攻略をする醍醐味はゲーム時代(相当に記憶が薄れているが)からの楽しみの一つだ。
で。この世界だが、勿論ダンジョンは存在する。
要は、魔素の存在だ。
地下深くをマントルが移動し、地上にまで到達しない割れ目や隙間を縫って、魔素があっちこっちで充満していると思っていい。
それらが濃く溜まった場所に勝手に結晶化し始めると、そこに魔核がまるで水晶のように生え始める。
これに地中に住む生き物が飲みこまれ魔獣化するものもある。
そこで魔獣の成り立ちに二通り存在することが判明。
1) 魔素を受けてどんどん変化し、魔核を体内に生みだすもの。
2) 魔核に取り込まれ、強制的に魔獣化するもの。
ちなみに後者はかなりレアなケースと言える。
この場合の魔獣は「ユニーク」という括りにして、別に分けているがね。
そしてユニークは同種の個体の中でも別格に強くなる。一気に2段階UP、そんな感じだろうか。
さて。アリの巣のように張り巡られた穴の中で魔獣があふれる、これが何かの拍子で亀裂がっ走り地上に出て来ると脅威でしかない。
それに洞窟なんて、捜せば結構な確率で見つかるものだしな・・。
所謂、それがダンジョンと呼ばれるものになるわけで、しかも自然発生故に人工物や建築物的な要素は一切存在しない。
只の地下に伸びて行く洞窟でしかない。
そして、地下深くのマントルから供給される魔素故に、洞窟の最下層は魔素溜まりの影響で凶悪化した魔獣があふれ、最も純度の高い魔核を備えた魔獣がダンジョンボスになるわけだ。
そのダンジョンボスだけど、半数がユニークなわけで。
誰かが「魔石の山」を最奥で発見しない限りこいつが沸いてくる。もし発見できたなら一攫千金どころじゃなく、孫の代まで豪遊して暮らせるだろう。
だから冒険者も必死になる。
付け加えるなら。地上に近いほど魔素が薄まり、弱い魔獣しか生まれてこない点から、魔素が空気よりも重い気体であるということもよく分る。
当然。発生した魔獣は倒しても倒しても、マントルから勝手に漏れ出てくる魔素が供給され続ける限り止まらないわけで、いくらでも魔獣は沸いて出てくる。
というわけで宝箱はないが、魔核(魔石)という何にでも使える万能お便利品が金になるから、当然人気が高い。更に質のいいものほど高額だしな。
ちなみに。トラップもないけど!
僕も昔はよく潜ったものだよ。
それともう一つ。追加事項。
この自然発生するダンジョンは地下のマントル移動でいきなり変化する。
最下層で魔獣倒した途端一切魔獣が出なくなったダンジョンやら、昨日まで普通に耕してた畑に、いきなり地震と共に新規ダンジョンが出来てしまうものまで。
故にダンジョンマップというものが5年おきに更新されるという、厄介事もあるわけだ。ほんと作成する人には頭が下がる思い。
でもまぁそこは天然のなせる技、というべきだろうなぁ。
この世界、実に面白い。
そうは思わないかね?
「え?」
いきなり揺れ出した。
「地震だ!」
それも結構大きい。宿の壁や天井がギシギシと音を立てて大きく揺れる。机の上のランプも落ちて派手な音を立てて砕けた。
机や椅子も何度もぶち当たって、跳ねては滑るを繰り返しているようだ。
ベットは重いせいだろうか、でも位置はずれていってるなぁ・・。
何かが時々足や体に当たって、痛いじゃないか。
ああ、真っ暗だ。
僕はライトの魔法を使い辺りを明るくしたが、地震はいまだに続いている。
さすがに身の危険を感じる揺れ方だ。
「フィルガード!」
僕は自分に一切の干渉を受け付けなくなる防御を展開した。
辺りから悲鳴と物が砕け落ちる音が響く。
その間わずか数分。
どうやら揺れは収まったようだ。
ドアの外から「大丈夫ですか!」と声がする。例の騎士のおっさんのようだが、安普請なドアが歪みのせいで開かないのか、ドンドンガシガシとうるさい。
「大丈夫だよ」
僕の返事とほぼ同時にドアが勢いよく開いた。その衝撃で、更に天井からほこりか何かが舞い落ちてくる。
「外の様子はどう?」
「かなり混乱してます」
酒の匂いを漂わせながら、騎士が辺りに耳を澄ます。
「これじゃぁ、どこかでダンジョン開いたかもしれないな」
「・・近くだと思われますか?」
「さぁ・・何とも言えないね。取りあえず一回外に出てみよう。また余震が来るかもしれないから」
「了解です」
僕の荷物ったって、大したものはない。
空間魔法処理をかけてあるポーチしかないのだから。
ああ。手に持った過去の遺物をしまい忘れてはいるが・・。
な?おっさん、血!血が出てるよ!
うわぁ~ザックリいってるじゃん。酷いんだけど。
よく、そんな平気な顔してるね~・・。
外に出ると、街の一角で火災が起きている。
それに数件倒壊した家屋もあるようだ。
魔石ランプが地震で壊れたこともあってか、真っ暗で見えにくい。周りの状況も叫ぶ声でしか分らない。
そうそう。
この世界には衛星。所謂、月が存在しない。
但し天の川というか、膨大な星の数々がまるで手に取れるかのように夜空に輝いているのだが、そんなもので闇が払拭されるわけもなく。
だから真っ暗に近いのだ。
闇の濃さが違う。
ああ~でも星はすごくきれいだよ。
僕としてはこっちの方が好きなんだけど、取り得ず今この状態では不便だな・・・。
「ギガ・ライト」
僕は頭上高くに明かりの魔法を飛ばした。まさに小さな太陽。
「オオ。助かります!」
「感謝です」
何人かのお礼が聞こえたが今はそれどころではない。
「怪我人の確認を!」
「はい!」
「こっちの家屋、下敷きになった人がまだ何人かいる!手を貸してくれ」
「俺も行こう!」
ギルドが動き出したようだ。それに周辺の住人も協力できそうなところから動き出している。
騎士たちもまたあちこちに走り出していた。
ただ僕の横には例の二人がきちんと付いていたが。
「あんたらは手伝わないのか?」
「俺たちは大魔導師様の護衛ですから、離れるわけにはいきません」
「頭硬いね・・」
呆れたように見上げると「それも仕事ですから」と苦い笑みを浮かべている。
しかも護衛ときたか・・。
僕より明らかに弱っちぃ癖に『護衛』とか、嘘臭すぎて笑えるわぁ~。
単に『監視』だろ?!
放っておくとどこか行ってしまいそうだからってか。うん。そこは納得してあげよう。
僕も自分の行動原理を把握していない。
「さて僕も手伝いに行くから、付いてくるんでしょ?」
「勿論ですよ」
暇だったんだ。
ちょうどいい。
「処でそこの君、魔法使いなんだろ?回復魔法は使えるかぃ?」
「初級ですが・・」
「ないよりまし。手伝え」
「はい。ところで・・。そこの君じゃないです、エルナンドといいますから!しかももう3回も自己紹介してますよ!」
「そうだったか?僕はユーリだ」
「存じ上げております。・・歴史書で」
「・・・・」
歴史書・・ね。ありがとう。僕の立ち位置がすごく微妙だってことに気がつけてよかったよ。
ところで。
暇つぶしはいいけど、これ、寝る暇もなくなったりしないよね?
何とか一行はクーンロズルの町に着いた。
然したる規模ではないが、宿があるだけましだろう。
だが、町に入って宿を探しに兵を出したが、返ってきた答えにグレイルの肩が落ちる。
「町長宅は?」
「王都に出かけておられるようで・・」
「なんと間が悪い」
結局ギルドを通し、宿泊客の中で冒険者たちだけを簡易宿泊所に移動してもらい、部屋を開けてもらうことになった。
かの歴史上人物は「野宿でもいい」などと言っていたが、その身を預かるグレイルとエルナンドは「それじゃ~こっちの立つ瀬がない」と必死だったのだ。
特にエルナンドは馬車の中での魔法談義の一件から、塩菜のような状態。
「どうせ私なんか・・・大魔導師さまに比べたらゴミですよ・・」
と、酷い落ち込みようだ。
グレイルも横で話を聞いてるだけで目眩がするほど高度な内容だったし、そこはもう割り切ってくれと本気で思っていた。
「俺、魔法職じゃなくてよかったわ・・」
食堂で酒を飲み交わしながら、思わず呟きが零れたほどだ。
いきなりだった。
「ああ?」
「うぉ!?」
「うわぁぁ」
大きな揺れが辺りを襲う。
あちこちのランプが転がって砕け、天井のランプも大きく揺れがら耐えきれず破裂していく。
辺りに魔素が流れ出すのがわかるが、とりあえず微量だ。
「外に出ろ!」
グレイルの号令で、兵や宿の住人が這うように外に転がり出て行く。
「エルナンド!」
「はい!」
「ライトで皆を導いてくれ!怪我人の確保も!」
「分りました!」
夜は闇が深い。
外は真っ暗なはずだから、エルナンドの明かりは貴重だ。
そしてランプの明かりを失った今は、宿の中も真っ暗である。
グレイルは激しく揺れる床を這うようにして進む。
記憶をたどりながら。
その間もいろんな物が落ちる音や、頭や背に何かが降ってくる。
「階段は・・こっちか・・」
いくら豪傑と言われていようが地震の怖さは別物。
外では誰彼もが泣き叫んでいるが、少しずつ収まってきているから、エルナンドが何とかしてくれているに違いないだろう。
「くっそ!・・手を切った・・」
闇が、揺れが、恐ろしい。
それでも階段を上がりきる頃には揺れが収まり、壁伝いにユーリがいる部屋を探す。
「大丈夫ですか?」
叩いてみる。いや、この際何としても開けるべきだろう。ドア枠が歪んでいるのか、体当たりを試みた。
「大丈夫だよ」
小さな人物はライトの魔法を使っているのか部屋の中は明るく、グレイルは眩しさで顔をしかめた。
「手、怪我してるね。治そう」
「このぐらい大したことは」
「怪我を甘く見るなよ、騎士のおっさん」
「はぁ」
「ヒール。これでよし」
さくっと怪我を治されて、グレイルは自分の手を眺めては動かす。
出会ってからこっち。こう言っては何だが『このぐうたら小僧が!』と思っていたが、事が起きれば身が軽いらしい。
更に薄ぼんやりしていた表情が、今はシャキっとしているのだから不思議だ。そこはさすが、歴史が語る英雄様なのだろう。
ただ、やっぱり名前は覚えてくれていないようだと、グレイルは肩を落とした。