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大賢者が往く。  作者: ましまろ
薬師三宝
18/23

大魔導師の決意

「今手元には10本しかないわ」


 そう言いながら女薬師がテーブルの上に並べた小瓶。1本で10人前後は治せる。10本なら100人ぐらい対応できるはずだ。多いに越したことはないが、それでも王都全体を鑑みればかなり少ない。まさに焼け石に水。

 だがそれでも、ないよりは絶対あったほうがいい。

 とりあえず僕は全部を買い取ることにした。


「全部でいくらになりますか?」

「私の弟子だし?1000万でいいわよ」


 安いというべきかもしれないな。何しろ命の値段だ。ただ庶民には全く手が届かない金額だろう。


「全部買います、師匠」


 僕は腰に下げてある小さな袋から金貨をごちゃごちゃ引っ張り出し、机の上に置いた。共通金貨だ、問題はないはず。


「な・・・?」

「伝説級魔法アイテムですよ。言ったでしょ?僕は魔導師だって」

「・・・・・」

「それから薬師の資格は取ります。なので、後でしっかり教えてくださいね」


 でも今しばらくは留守にします。とだけ伝えると、僕は王城の記憶を元に早速飛ぶことにした。


「ポチ!頼んだぞ」


 出した短杖を振り、あぜんとしたままの師匠を残してゲートを開いた。




 見慣れた広場。

 幾分植木の位置が変わっていたがどうってことない。壁の中じゃなきゃ問題なし。


「へ?貴様、誰だぁぁ?!」


 誰何する護衛兵を無視し「王はどこ?僕はユーリ・オリジンだ」と言いながらどんどん廊下の奥へと進んでいく。

 まだ騒がしいが一人随分とくたびれた感じの初老の男が走り寄ってきた。


「大賢者様!」

「ああ。王は?ライアット王は」

「30年ほど前にみまかれましてございます。現王はクライム様で」

「ああ。そうだね。判った、で、王は?」

「玉座の間に。私は宰相を務めさせていただいておりますアーバンと申し・・」


 僕は横をに張り付いてくるおっさんに手を振って、話をぶった切る。その勢いのまま、扉を開けるのが遅い兵士たちを他所に、勝手に魔法で扉を開けた。


「いるな、王」

「こ、これは大賢者様!?」


 憔悴しきった顔で僕を見、腰を浮かせている。


「よく来てくださった」


 言葉と同時にゆっくりと腰を落とす。

 昔見た多分あの赤子だ。面影などみじんもないが、前王だったライアットにはよく似ていた。というか、ほとんど同じ年くらいになっていた。


「大賢者様。そういえば我が子らに祝福の言葉を戴いていないのですが。よろしかったら是非・・」

「あ、ああ・・」


 それどころじゃないとは言えない。

 それほど目の前にいる王は疲れ果てていた。


「子供たちを呼んできてくれ」

「は。只今」


 側近であろうきらびやかな兵士は頭を下げ、颯爽と去っていくのを見て、王はため息をついた。


「王太子となったヴァニスと弟のグラマン。そしてロイル。王女エリーシアの4名です。お願いいたします大賢者様」

「王にしては随分と子供が少ないな」


 特に王族は正妃のみならず、何人もの妃を囲う。


「・・・他は病で・・」


 え?

 それって・・。まさか。

 僕の表情を読んだ王は塞ぐような苦笑を張り付けている。


「いかに王侯貴族とはいえ全ての子供を助けるわけにはいかなかったのです。民あっての国。民あっての貴族。民あっての王・・。

 故に民を優先いたしました。我々は3人ないしは4人までと定め、子供や若者を中心にカナタル薬を回しました。こうしなければ・・国が亡ぶ。滅んでしまう・・。足りないのです、薬が・・」


 どれほど準備していようが、国内のすべてを助けるだけの薬は作れない。

 だからこそ、何を優先すべきか、クライム王は心身ともに疲労するほど考えたのだろう。


「賢王だな。亡き父王もさぞかし鼻が高かろうよ」


 僕は素直に称賛した。

 判っていてもなかなか出来ることではない。

 何しろ自分の子供たちが病で苦しんでいるのを、目の前で見放したのだから。

 僕の称賛に王は瞼を抑え、咽び泣く。

 その場に居合わせた近衛兵もまた同様に、静かに泣き出していた。

 やがて現れた子供たちにそれぞれ祝福を送ることする。中でもさすがというべきか、次期王としても器の片りんを見せる好青年然とした王太子は、前王や現王のような輝きを見せていた。


「王太子よ。汝に神の祝福を。良き王となって民を導かんことを」


 その時、恐ろしいことに天より光の粒子が舞い降り、王太子の体を包み込んだのだ。

 うわぁ、何?マジ?!


「「「おおおお・・」」」


 周りのどよめきが怖い。


「あああ。私の加護『管理能力』が変容し・・・『賢帝の誉』というものに・・・」


 王太子は泣きながら突っ伏した。

いやぁ~僕もびっくり! 初めてだよ、ナニコレ?!

 ほかの3人は何事もなかったのだが。これは何か?

 現王の優れた采配に神が感激し、マジもので祝福を息子に与えたと言うことなのだろうか?

 とにかく。授けたのは女神じゃないな、そんなに気が利くとは思えんわ、あれは。どっちかっていうと、僕に2つ目の加護を授けている原初の神だろう。

 これはこれでよかったのかもしれない。



 ここでの僕の仕事は何とか終えた。もちろん気が急いてはいたが。


「ところで。宮廷魔導師エル・・何某は?」

「エルナンド・ラーセルス様は御自宅にて療養中でございます、大賢者様」

「場所は?家はどこだ?」

「僭越ながら私がご案内申し上げます!」


 一人の近衛兵を伴って、僕は大急ぎで王城を後にした。





「こちらの屋敷が・・・」

「感謝」


 王都西区画。

 地味ながらも大きな屋敷の前へと案内され、僕は大急ぎで屋敷の中へと飛び込んだ。

 だが、何か立て込んでいたのか。慌てて止めに入る男も何やら心あらずという感じ。


「あ・・こら!」

「ユーリ・オリジンだ。魔法使いのおっさんは?!」


 使用人たちは皆一様に互いの顔を見合わせ、暗い表情を浮かべている。


「これはこれは。大賢者様。こんなところまでよくお越しくださいました」


 高齢ともいえる白髪頭を奇麗になでつけた紳士然とした男がきれいなお辞儀をしてよこした。


「この屋敷にて執事を賜っております」

「魔法使いのおっさんは?」

「はい。2階奥の寝室で・・」

「案内を頼む。カナタル薬を持参してきた」

「それは・・ご丁寧に。わざわざすみません」


 階段をのぼりながら、丁寧に頭を下げられてしまう。だが、雰囲気がおかしい。


「多分もう、旦那様には必要ないかと・・」

「・・・え?」


 執事は静かに微笑んでいた。


「ご高齢であらせます旦那様は、自身のために回ってきたお薬を、町の者たちに挙げるよう指示されました」


 豪邸と思しき屋敷の中なのに、物はあふれておらず、ひっそりとした素朴な雰囲気が漂っている。魔法使いのおっさんは華美な装飾を嫌う性格だったのだろう。


「いつ死んでもおかしくないのだから、必要ないものだと。おっしゃられまして」

「・・・・そうか」

「はい。・・・先ほど静かに息をお引き取りになられました。大賢者様にお会いできる日を楽しみにいたしておりましたが。誠に残念でございます」

「・・そうか」


 締め付けられるように胸が痛い。

 案内された寝室と思しき部屋に天蓋付き寝台があり、その周りに多くの人が寄り添い、静かに泣いているのが見えた。


「エルナンド様。大賢者ユーリ・オリジン様がお目見えになられました」


 囲っていた親族と思われる人々がそっと退き、僕に道を開けてくれる。そして横たわるその人を改めて、見た。

 やせ細り、まるで枯れ枝のような手足。肉の削げ落ちた頬に深く刻まれた皺。

 僕の知るあの魔法使いのおっさんの、わずかな面影を見て、痛みが走る。


「魔法使いの・・おっさん・・」


 随分と老いてしまっていた。

 当然だ。もう50年以上、たぶん経っている。生きてることさえ奇跡だった。

 それでも。

 

「・・・ばかやろう・・・」


 せっかく薬を持ってきたのに。

 お前を助けたくて、僕はここまで来たのに。

 自分から、もう命を投げ出していたなんて。でも、確かに魔法使いのおっさんらしい。

 堰を切ったように涙があふれ出てくる。

 嫌な予感はしていた。

 現王の英断を聞いた時から。


「ばかやろう・・」


 まだ幾分体温の残ったその体にしがみついて、文句を言ってやった。

 もっと早くに、一度でもいいから会いに来てやっていれば。会っていろいろ話もしてみたかった。

・・・今更だけど。

 本当に、今更だけど。


「あと5分。待てなかったのかよぉ・・・」


 人は老いて死ぬ。

 人は病で死ぬ。

 そんな当たり前のことが、最近の僕には欠落し始めていた。



 それでも僕は魔法使いのおっさんや現王が望む、民の命を考えなくてはならない。

 ポーチの中の持参してきた薬を、執事の爺さんに手渡した。


「これで。救える人を・・助けてあげてください」


 少ないけど。

 薬師は必要なのだ。

 この世の中、魔法は万能だけど、病を治すことはできない。ちっとも万能なんかじゃない。

 こうして助けたかった命でさえ、僕には救えないのだから。

 無能だ。

 世にいう、英雄だろうが勇者だろうが、大賢者だろうが大魔導師だろうが・・

肝心な時に誰も救えない。誰一人・・。

 救えない。


 僕は改めて薬師の資格を絶対に取ると、誓おう。

 だから、安らかに眠ってほしい。


「魔法使いの・・おっさん・・・」


 その枯れた手を僕は握りしめた。

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