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大賢者が往く。  作者: ましまろ
薬師三宝
17/23

大魔導師と薬事情

 僕が倒れて助けられてから3日が経過した。

 それはすなわち女薬師のカナタル潜伏期間の経過を見ていたに過ぎない。

 実際、僕は投薬を受けてから翌日にはすっかり治って元気になっていたからだ。


「問題ないようね」

「みたいですね」

「では町に戻りましょうか」


 ほぼ強制で弟子に認定された僕は仕方なく荷物をまとめるのを手伝う。確かにこの人によって助けられたのだから。でも。でも。弟子はないんじゃない?

 しかも厄介なことに、僕の血縁者を名乗ってるしなぁぁ。

 まだ名前は教えていないのだが。やはり偽名使うしか手がないな。

 厄介な・・。


「僕も行かなくちゃだめですか?」

「親御さんもいないんでしょ?だったら私のところに来なさい」


 嫌ともいえず荷物を背負う。気分はすっかり一人ドナドナ。


「ほら!もたもたしないの!シャキシャキ歩く!」

「はぁ・・」

「あんた、ところで名前は?まだ聞いてないわよ」

「うん・・」


 困ったな。下手な名前を言うと反応できなくなりそうだしな。昔からよく言われたあだ名でもいいか。これなら慣れてる。


「えっと。マーブ(ぼんくら)です」

「はぁ???」

「マーブです」

「そ、それ。親御さんがつけたの?マジで?」

「さぁ?」


 苦笑浮かべて、スルーする。


「とにかく!マーブさっさと歩く」

「はいはい」


 無理やり僕を先頭にして、小突かれながら森に入っていった。

 くそ。

 首に見えない縄か鎖でもついてるんじゃなかろうか。





 カナタル牙伝染病。

 恐ろしいのはその感染から発病までの潜伏期間の短さ。

 早くて12時間。遅くても24時間で発病する。

 それゆえに、保菌者となったものが保菌している自覚なくあっちこっちに触り、人に触れ、どんどん拡大させていくなかで、次々と発病していくのである。

 症状は高熱、食欲減退、リンパ腺の腫れ。手足のしびれ。吐き気、下痢。血圧上昇。意識障害。呼吸困難などなど。

 何の処置もしなければ高齢者や子供から命を落としていく。

 だが。

 どんな重篤患者でも1発で治る夢のような特効薬が存在している。

 それが『カナタル薬』

 特に重要なのは第一希少種マモナ草の根っこ。というか球根。

 これに第二希少種幻香草の葉と茎。

 問題なのは第一種希少種マモナ草で、使う部位が根っこという点だ。

 葉や茎、葉や実ならいざ知らず、根っこ自体を使うため、引っこ抜いて球根取ってしまったら最後、2度と増えない。

 そこが問題なのだ。

 感染力が高く、発病も早いカナタル牙病。

 一気に患者数は増大していくのに、特効薬が全く足りなくなるのだ。

 マナル草を増やすために国ごとに薬草園も確保しているが、マナル草の球根は株分できるようになるのには5年。

 それらを小分けして十分な大きさに育てるのに、更に5年。

 ただし、この時代残念なことに魔素が少し高いために育ちが悪く、たぶん1年以上は伸びると思われる。

 しかも薬を作り置きもできない生薬でもある。

 焦って製作工程にミスが出れば、せっかくの貴重な素材がすべてダメになってしまうのだから、極めて厄介。

 ゆえに薬師の技能の中でも最も高い、3種扱い。


 しかし一度かかれば約20年は抗体ができ、かかりにくくなる。もしくはかかってもかなり症状は軽く自然治癒でなんとかなってしまう。

 まぁ。

 20年以内の周期で猛威を振るってくれたなら問題ないのだがね~。

 残念なことに災厄は忘れたころにやってくる、というのが定番なのだ。


 国の維持ってやつは、自然災害や魔獣対策、食糧難等だけじゃなく、こういった希少種栽培もやっていかなくちゃいけないのだから、大変この上ない。

 痛っ・・!


「ああ。もう!小突かないでよ!」


 おかげで思考が霧散した。


「もたもたしてるからよ!魔獣が来ちゃうでしょ」

「そんなの倒せばいいだけですよ」

「生意気言ってないの!」


 現実逃避もできやしない・・。

 ああでもなんだろ?何か考え忘れてる気がする。


「ま、前をきちんと見て!」


 いきなり腕を引っ張られて、更に耳元で叫ばれたら誰だって硬直する。そう、僕だって。

 でも、真っ青な顔をして震えながら前方を睨む師匠?に思わず苦笑してしまった。


「ああ~たいしたことないですよ、ただのバジリクスです」


 ちょろいもんさ。

と、言うわけで行き先をふさぐでかい図体と石化がうざいので、ここはさくっと雷魔法で一撃で撃退。

 その僕の背後では逃げ越しのまま頭抱えている師匠改めこのおばさんの情けない悲鳴が聞こえたが、無視するに限る。

 ああ。この人本気で大丈夫か?魔法使えないくせにろくな紋章魔石も持ってないなんて。


「終わりましたよ、さぁ、行きましょうか?」

「あ・・あ・・あんたね!何なのその魔法!?魔術師の資格まで持ってるとか、言う?」

「ええ。持ってますよ」

「・・・・はぁ?!」


 だからこの僕に薬師なんて・・いらないんですよ。

 大体引きこもりニートがそんなにいっぱいいろんな資格持ってたら邪道じゃないですか。それでなくても冒険者、魔導師、紋章師と3つもあるのに・・。

 今更「薬師」は、ないわぁぁ。

 マジでないわぁぁ・・。


「ほら行きますよ!」


 いい加減立ってください。

 なのに、師匠改めこのおばさんは涙をためた上目使いで僕を見上げてくる。


「・・・腰が、抜けちゃって・・」

「僕はおぶえませんので、悪しからず」


 荷物背負ってるし、何より小柄な少年スタイルなのだ。まぁ、年からいっても無理だけどな。大爺ちゃんなので!

 ええい。おばさんでいいわ!さっさと歩けや!

 背後で文句たれまくっている。これだから女って。


 ああ・・本当。面倒臭い。





 何とか森を抜け平原に出ると、遥か前方にミジンコ並みの町らしきものを発見した。

 そこが目的地らしい。

 すっかり辺りは夕焼けに染まり夜の訪れを予感させていたが、なぁ~に夜通し歩けばきっと朝には町に着くことだろう。

 だが、僕より若いはずのおばさんは弱音を吐きまくるだけではなく、泣き言と脅しの3重奏で僕を追い詰め、野営をすることになってしまった。しかも小賢しいことに、僕が魔術師の資格を持ってると知るや「結界もできる?火も?ライトは?」と無理やり吐かされたわけで。

 安全かつ安心して野営ができる。

 なら休みたい。なのでさっさと野営の準備しろ。


「・・これだから女ってやつは・・」

「何か言ったかしら?坊や」


 結局セデリアの町の到着は、翌日の夕方になった。




「ああ~やっと帰ってこれたわ」


 くるりと振り返って、僕に笑顔を向けてくる。


「ここから我が家まであと少しよ、マ、マーブ頑張りましょうね」


 それはいい。なんで僕がその家の住み込み扱いにされているのか、分からない。


「僕は宿とりますから」

「お金ないくせに。それとその名前、なんとかしようね。さすがにマーブ(ぼんくら)はないわぁ」

「勝手に変更されても返事できません」

「・・あ。そう」


 人を身なりで判断してはいけません!と親から教わっていないのか?!

 こう見えても僕は相当な金持ちでセレブ様なんだぞ。まぁ身なりとかには全く金をかけてはいないけどな。


「宿代ぐらいの金なら持ち合わせています」

「強情ね君は」

「いえ。あなたほどではありませんよ」


・・これは血筋というべきなのか?!

 否。ただ単にこの世界の住人が須らく自己主張が強いだけだろう。

 表通りの角の家がどうやらこのおばさんの店舗兼居住なのか。とりあえず荷物を置き、疲れたふりしてあれこれ言ってるおばさんを無視しておいた。

 そののちやっと解放され、本当に一息つける。

 辺りはだいぶ暗くなってきていた。

 宿の空きはあるのだろうか?


「宿を探す・・というか。弟子入り無視して我が家に戻りたい」


 そうなのだ。

『明日から勉強しに来なさい』などと言われている。面倒この上ない。

 第一薬師の資格を欲していないのだから。


「でも、帰る前に少し食料買い込んでおこうかなぁ~」


 さして大きくもない町の中で店じまい前の露店巡りをし始める。

 おお?ここの店の揚げパン、おいしいなぁ。

 行儀悪く口にくわえながら、他の露店で果物を物色しているとき、通り過ぎ行く商人らしき男たちの話を耳にする。

 これから一杯引っ掛けに行くようだった。


「これが飲まずにいられるかっていうの」

「やはりそうなのか。シエルデ王国は今、カナタル牙病が蔓延してるって話は本当なのか。参ったなぁ。王都に荷物届ける手はずになってるんだよなぁ」

「荷物ぐらいいいじゃねぇか。こっちは売掛金の回収にもいけねぇ~だぞ」

「そりゃきついなぁ~・・」

「国境封鎖で追い返された。もう泣きたい気分だ」

「飲もうぜ。兄弟!」

「おお、全くだ!飲まなきゃやってられん」



 な?!


 ああああああ!忘れてた!

 そうだよ、なんで僕がいきなりあの病になったのか、誰とも接触していない引きこもりの僕が、だよ!


「・・・あの洋紙に菌が」


 そうだ。露天風呂の中であれを開け、更に湯船に落とした挙句、それを拾って。

 乾燥して休眠状態になっていたところに適温の湯に浸かって再活性化したもので、僕がうつった。ということだろう。


「まさか休眠状態になれるなんて」


 落とし穴だ。

 それよりも、あれは誰から来た?

 本人直筆?それとも側近?

 どっちにしても・・・。


「魔法使いの人が、危ない?!」


 特効薬は足りているだろうか?

 薬が間に合ってるだろうか?

 不安だ。ものすごく胸が苦しい。

 薬なら、まだあのおばさんが持っているはずだ。そうだ、まだあるはずだ。

 僕は慌てて踵を返し、あの店舗兼居住に向かって走り出していた。


「なんで気づかなかったんだよ!」


 6000年以上生きていたって間抜けは治らない、ものらしい。

 

 僕の手持ちに、マナル草の根っこがない。

 そして作るための設備がない。

 僕では、助けられない。


「僕にカナタル薬の作り方を!いえ!作ったのを売ってください!」


 開け放した扉の向こう側で、振り返ったおばさんは艶やかに笑っていた。


「いいわよ。私の2番弟子くん」


 思わず、頬が引き攣る。

 結局僕は薬師の弟子入り決定だ。


「それで、薬がほしいの?作ったやつがほしいのかなぁ?それとも自分で作ってみる?」


 だが、恩義のあるシエルデを救うため。しいては、あの魔法使いを。

 仕方なく、おばさんに頭を下げる。


「できているほうを、お願いします」


ああ。

 おばさん改め『師匠』だな。

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