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大賢者が往く。  作者: ましまろ
薬師三宝
16/23

大魔導師と女薬師

 うつらうつらと意識が浮上する。

 まだ、視界が定まらないが。


「・・・知らない天井、だ」


 うん。言ってみたかっただけ。

 というか、本当に知らない天井だ。太陽光が少しだけ透過したような、灰色の布製で両側にすとんと斜めに落ちていく。しかもかなり近い。

 わかる。これ、普通にテントとかいうよな。


 ああ。そうか。


 僕はあのまま意識を失ったんだ、昔あったはず町。クーデリンの遺跡の中で。

 と、いうことはだ。

 あれだ。

 世界で一等物好きな奴が、なんとこの遺跡に現れて、へたばっている可哀相な少年を『助けてあげなくちゃ』と、救いの手を差し伸べてくれたと。


「へぇ・・・奇特な奴もいたものだな」


 あまりの高運度に思わず驚くよ。

さて・・。

 自分の体調を診ると、やはりあまり熱は下がっていないようだ。

 喉の奥も痛いし、腫れた感じもする。さらに耳から首にかけても腫れている。

 扁桃腺熱か。そりゃ、かなり上がるだろうなぁ。

 風邪じゃないな。

 高熱、吐き気。全身に蔓延るだるさ。

 リンパ節の腫れ。疼痛。


「該当するもの。『ヌジル熱』『カナタル牙伝染病』『ジニ・フィタール奇病』」


 重い右腕を上げ、霞がちな目で状態を確認する。


「皮下出血の所見なし。血尿はたぶんなし。・・・『ヌジル熱』ではない」


 パタリと右腕を床に落とす。うん、降ろすというより勝手に落ちた。

はぁはぁ・・。

 これだけの動作で息切れとは。

 手足の末端の、奇妙なしびれ・・

 これは『ジニ・フィタール奇病』の可能性も薄い。


「ああ・・。カナタル牙伝染病」


 の、可能性、大。

やれやれ・・。

 3000年ちょっとぶりだわ。こいつ。

 確か抗体ができてたはずなんだけど・・・無効だわなぁ。一体いつの話だっていうの。てな。

 とりあえず、この場所がクーデリンのはずだから、薬草園が少しでも残っていれば、カナタル牙伝染病の特効薬になる『マモナ草』が生えているかもしれない。


「マモナ草・・」


 ちょうどそのとき誰かがテント内に入ってきた。


「あら。気が付いたのね。っていうか、君。薬師?マモナ草って、今言ったよね?」


 暗がりではっきりしないが、少しハスキーな大人の女性だろうと思われる落ち着いた声が語り掛けてくる。


「カナタル牙伝染病・・の特効薬」

「自分のかかってる病気もわかっているのね。かなりびっくりよ」

「さっき、気が付いたんだ」

「これ飲んで。君のお望み、特効薬よ」

「ああ」


 頭を軽く持ち上げられ、口元の添えられた急須から喉の奥へと流し込んでいく。

 本来恐ろしく苦いはずなのだが、高熱のせいで味覚がおかしいらしい。たいして苦いと感じないんだから。

 それよりも、高い熱のせいと腫れた気管にひんやりと冷たい喉越しのほうがありがたかった。


「・・うまいなぁ・・」

「そんなこと言うの、君が初めてよ」


 くすくすと笑う女性に感謝の言葉を伝える。


「元来激苦で『身の毛もよだつ不味さ』と言われてるのに」

「味覚もおかしいんです、たぶん」

「あらあらぁ~大変ね」


 やはりくすくすと笑っている。


「触るとうつりますよ。汗や唾液等・・体液を介して」

「ずいぶん詳しいのね。その若さで、本当に驚いたわ」

「なので・・」

「大丈夫よ。11年前にかかっているから。まだ抗体も有効なはずだし、ね」

「ああ・・なるほど」


 こっちが心配して損した。

 てか。かなり緊張してたなぁ。なんかやっと一息つく感じだ。


「カナタル薬の作り方知ってる?」

「ん・・」


 薬の効能がすでに体の中を廻り始めている。


「マモナ草の根。200グラムを煮詰めて粘度化したもの10グラム。ムィ草の葉薬20グラム。・・グの葉10グラム。幻香草の葉、茎25グラムを200CCの熱湯で煮込む。目安は半分の量にまで減ったとき。  

 ・・・冷める間にマモナ粘液を溶かすように混ぜ、粗熱をとったもの。これで約10人に処置可能。症状によって、希釈してもよい。・・だったかな・・」

「すごいわ。その若さで薬師3種?!」


 喜々としている女性に、僕は軽く首を振る。


「あくまでも・・知識として・・」

「ちしきとして、ねぇ~。それでもすごいわね。ならこれは?『結腸チニス』の所見について」

「それは・・。下腹部の左脇腹の・・腫れ。激痛・・。血便。腹膜・・硬化。5歳から10歳児に多し・・。

 腸内に蔓延っている寄生虫・・・チニス虫・・を、まず下すための薬・・『チニス下薬』・・春冷草・・・青い実・・・5・・」


 口を動かしながら、意識が次第に遠ざかる。


「君、私の弟子 なら い?わ  は薬師  ィ ル 」


 程よく循環した薬のおかげで、熱が下がり始めたと同時に、あの奇妙なしびれも次第になくなっていき、だるかった身体が軽くなっていく。更に催眠作用によって、意思とは裏腹に深い闇へと落ちていった。





「はいぃぃぃ??」


 元気になった。すっかり熱も下がり今や平熱。節々の痛みも末端のしびれもなく、食欲旺盛。

 鞄の中からいつものように出来立ての食料を出してぱくついているときに、その女薬師がテントの中に現れたのだ。

 しかも嬉しそうに


「君。2番目の弟子よ!」


 と、目の前で言い放ったのである。


「いやいやいや。何その、弟子って?!」

「あらぁ~君に「弟子にならない?」って聞いたら「はい」って答えたじゃない」


 マジ?そんな記憶、どこにもないのだが。


「いや、絶対に言ってない!僕の記憶にそんなものは欠片も存在していない!」


 そうだ。僕の記憶力は半端ではないのだ。加護に誓って言う。


「でも言ったから。だからもう私の弟子よ。これは決定事項なの、わかる?」

「勝手に決めないで!僕がそんなこと・・」

「はい。弟子なんだから、私に従って!」


 無理やり。本当に無理やり弟子にさせられていた。

 まぁ。確かに、この女に助けられたが、だからと言って弟子はないだろう。


「私は薬師ミディル・ライナス。かのユーリ・オリジンが改名する前はライナス家なのよ。そして私は正当なる直系の子孫ってわけね」

「は・・・はいぃ?!」


 え?ああ・・そういえば・・確かにライナスだった。

 いやね。さすがに5000年以上の前のこと、覚えてないわ。

 それに、その直系の子孫ってなんだよ!

 そりゃ1回は結婚したよ。幼馴染のクレアと。

 そして確かに子供も2人いたよ。

 でも・・。でもなぁぁ


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

・・思わずぼとぼととホットドックのかけらが零れ落ちていく。


「フフフ、驚いたでしょ?」


『驚いた』という意味では、すっごく驚いた。

 今時真顔で平気でそんなことをのたまう奴がいようとは。

 だってさぁ~・・。

 今更6000年以上前のことを持ち出されても。考えてみろよ。6000年だぞ?!

 下手すりゃ人口の半数は血縁かも?ってなるくらいだぞ?!

 それは言い過ぎなんだけど・・。

 でも考えてみてよ。

 1滴で人一人を殺せる猛毒があるとする。

 それをコップ一杯の水で薄めると相当苦しみ七転八倒するが死に至らず。

 それを桶一杯の水に薄めれば、気分が悪くなって寝込むかもしれない。

 更に湖に落とせば、飲んだところで何の効果も表れない。要するにそこまで薄まってしまえば、猛毒の意味すら失われるということだ。

 まぁ・・僕は猛毒じゃないよ?!

 でも遺伝子の割合なんてすでにそんな物でしょ。っていうか。ほとんど赤の他人じゃんかよ!

 こういっちゃ~なんだけど、せいぜい3代までって感じじゃないの。しかも 高貴な血筋ならいざ知らず、ただの平民が100代以上で偉ぶれるものなのか?

 ま、家系図残してます!というのなら別の意味で凄いかもしれないが。


「いや・・その」

「私を師事することは光栄なことなの、わかった坊や」


 光栄って何?!なんなのこいつ!

 僕の不死不老も、頭の中の膨大な知識も、ぜ~~んぶ『加護』によるもので、遺伝なんかするかよ!

 バカなの?

 僕の子孫って・・。


 今。いろいろとへこんです。はい・・。

 助けてとは思ったが、こんなダメな子に助けられたくなかったよ。

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