賢者が行く
暇つぶしによる暇つぶしのための物語です。
作中の「賢者」の扱いは「知識探究者」の意味で使わせて頂き、そのため「魔法使い(魔導師)」は別途その意味のみで使用しております。
故に「賢者」⇒魔法使い、星占術師、錬金術師等、数多の意味は作中では使われておりませんのでご容赦ください。
「ふぅ・・」
馬車から望む流れる景色を見つつ、溜め息が出る。
大体、僕は行くとも言っていないはずなのに、ほぼ強制的に連行されている、この現実。こう言うのって普通に「拉致」と言わないか?
これだから国ってやつの権力者は好きになれない。
しかも「絶対に来てもらって来い!」という命令の背景には、ああ~なるほどと思わなくもないのだ。
もうそんな時期だったんだね。
「大魔導師様。王都まで後6日ほどかかります。今しばらくご辛抱を」
向かい側に座る、結構地位が高そうな騎士(40代ぐらいか)は、ずっと眉間にしわを寄せて不機嫌そうな僕の顔色を必死に伺っている。
「無理は承知で、本当に申し訳ありません」
「いやいいよ。気にしなくて。分ってることだから」
はぁ・・と生返事。それでも見詰めてくる目は真剣。
しかし、僕を迎えにきた騎士たちは僕を見るなり、腫れ物に触るような扱いだ。
そこも分らなくはない。
だって僕はほとんど伝説になってる人物だからね。まさに御伽話の住人だから。
彼の眼に映っている僕はどんな姿だろうか?
英雄?
化け物?
魔人?
只の人?
銀の髪(白髪じゃない!)に全体的に色素の薄い見た目だけなら14,5歳の子供だ。
だが実際はもうすでに数えることすら馬鹿らしい年数を生きている。
歴史から推察するに、多分6千年以上・・かな。
それも、もうどうでもいいことだな。
元々は地方の田舎の農家のこせがれであったが、抜きん出た魔法の才能で宮廷魔法師として仕えたのが始まりで、そこからいろんな陰謀だの争いだのに巻き込まれ、隠居してしまってから数千年。
生きているのか死んでいるのか定かではない存在になり下がり、それじゃ困るか・・と思い立って、王様のお世継ぎが生まれたときだけ「祝辞」をのべに顔を出していた。
だから「まだあんた生きてたんかい!」と。
まぁ加護がもうほとんど呪いのようなもんですからね。
僕は確かに日本人でこの世界に転生してきた、所謂『転生者』だ。しかも前世の記憶も持っている。
その霞かかった記憶の奥にいる僕は大学生になる手前で死んだはずで。はず、と言っているのも定かではなく、実はほとんど記憶にないのだよ。
当然親も兄弟も友人らの顔も忘れている。
名前は「織人」というのは覚えていたが名字は忘れた。
こちらで生まれた時につけられた名前は「ユーリ」
そして名字は忘れた。
というか。長く生きるのに、出自を示す名字はただの足かせにしかならないからね。
なので何時しか「ユーリ・オリジン」と数千年前から名乗っている。
いろいろ忘れてしまうのは長い年数の記憶障害なのか、はたまた優先事項で名前が最下層に当たるため「どうでもよくね?」で抹消されていくのかは分からない。
実際もう、名前なんてどうでもいいのだから。
だから僕を迎えに来た騎士たちは、南の果ての「幻影緑和の森」で僕の住処を見つけるまで多分信じちゃいなかったと思うね。
いくら勅命とはいえ。
まァあの時の「うっそぉ~~~?!」という表情は忘れない。面白かったから。
それにしても遠い。
僕一人なら一瞬で記憶を使って王都に飛べるんだが・・。
ああ・・でも、少しでも建物の位置が変わっていたりしたら、やばいか。飛んだ先で壁の中とか、嬉しくないしな。
面倒だね・・。ああ~面倒だな。
さて。
今回呼ばれた原因はわかってる。うん、そろそろかもしれないと思っていたからね。
どうせ暇だ。
ちょっと頭の整理をしながら、現状の考察をすべきだろう。
さて。
王都から決死隊のごとく現れた騎士団が僕を連れだしたのには訳がある。
要するに「魔王出現」
早い話がこれの一言に尽きる。
ではこの「魔王」は何かと言えば。
この世界の住人は「原因」を知らない。というか、いろんな意味で何かを知ろうとはしない。
例えばエアコン。温風冷風除湿機能がある。電気さえ通じていればスイッチON。
それだけだ。僕だってそうだった。
誰がエアコンの設計図やら部品やら知ってて使う一般人がいるかよ!ってなるよね。使い方は知っている、その効果も知っている、便利だ。だから使う。それだけだ。
で、この世界の人間は魔王が災厄をもたらすと思っているから魔王が怖いだけ。
そういうこと。
それでは。
この世界には魔素がある。
これが地球とは異なる点だが、この魔素。実は元は鉱石というか結晶というか、奇石というか。所謂物質だ。
地球的に言えば。物質で危険なものが漏れ出るものの代表格が「放射能」だな。そして「放射能」は自然界の中で普通に存在している。そう、大気中に放射能は微量だが漂っていた。
魔素はそれと似ているかもしれない。
この世界には放射能はないが、(調べられないので確認はできない。勿論あるかも)魔素がある。
そしてこれを発生させる物質。魔核と僕は呼んでいるが、住人は「魔石」と言ってる。
この魔核。
地下深くのマントルの中で溶けて存在している。
融解は予測で一万℃。
地殻変動でマグマと共に上昇し、火山爆発や地割れから魔核が溶けて気体化した「魔素」が地上に噴き出る。それが濃く溜まった場所を「魔素溜まり」と呼ぶ。まぁ、盆地とかに多いよ、実際。
この魔素をごく普通の獣が多く吸い込んだ場合、細胞変質を起こし「魔獣」となるのだ。
魔素の取り込み状態によって5つに分類出来る。
第一段階 魔素を取り込み変質し、魔獣化する。
原体の姿を残したまま凶暴化する。
第二段階 魔素を取り込み方が多く体内に魔核(魔石)が発生
固形化する。
原体の姿が変質し、見た目も性質も凶暴化する。
更に下位の魔法を扱えるようになる。
第三段階 魔核(魔石)が育ち大きくなるとともに姿が
巨大化凶悪化が進む。
下位から中位の魔法を複数使いこなす個体も多くなる。
トップランカーならソロでもなんとか行ける?!
第四段階 上記よりさらに巨大化が進む。魔核の大きさもかなりになる。
中位上位魔法や異常系魔法など多彩に使い分ける。
身体の大きさに伴い脳も発達。
知能があり、自認出来るほどの変化が見られる。
僕的に言うと、このクラスはフィールドボスとか
ダンジョンボスとか言われるレベル。
個人的にはA~S級的な?
めちゃくちゃ色々と頑張った人達の集団で倒せるギリの範囲
第五段階 魔核の圧縮化。見た目もコンパクトになる。
知能も高く自我に目覚める。上位最上位魔法も扱う。
各種デバフのオンパレード。
このクラスは所謂魔王とかその配下(四天王とか?)
取り合えずSS~SSS級って感じ。
人間が倒せる範疇超えた存在・・。
魔核の圧縮。
分り易く言えば、太陽が膨張し続け赤色矮星になった後、中性子星に変化したようなものだ。魔核は魔素を取り込み大きく育つが、ある一定量を超えると圧縮していく。
例えば、僅か10センチで最大1メートル魔核の魔素10の3乗から10の10乗の質量を持つ、みたいなものだ。
魔核が小さければ巨体である必要はなく、エネルギーを内側に向かわせて全てを底上げするため、限りなく人間に近い体形に変化する。しかも知能の高さも半端じゃない。その段階にきたものを「魔王」と呼ぶのだ。
ついでに言うと、この段階ごとに生き残れた者だけが進化するのであって、普通は進化せず終わる。
魔核自体が魔素を取り込んでも全く育たなくなる方が一般的だからだ。
さて。
魔王がなぜ出来るのかは、僕だけが知っているわけで。
ほら。時間がいっぱいあるからね。それと。やはり元々が地球人だったことがあるわけだ。
要するに「科学」するという概念があるから。
この世界はそういった意味で恐ろしく文明が停滞している。
まぁ、人の天敵というべき魔獣が存在しているからね。文明が大きく育っていかないこともあるが、魔核(魔石)の存在もかなり大きい。
何しろ生活のほとんどにこれが多用されているのである。
魔核(魔石)は魔素の塊だ。
その魔素は魔力に転換でき、魔法というものに変化できる。
大気には魔素が含まれているがその割合はかなり低いし、人は魔獣を怖がる為魔素の比較的多い場所には住まない。
まァ、そりゃそうだろう。
地球人だって、放射能が多い処に好き好んで生活しようとするバカおらんわな。
なので人には魔核が存在しない。稀に生まれ持っている人もいるが、本当に多くはないんだよね。
魔素を魔力に変化させて魔法を操れるわけだが、魔核(魔石)があれば、魔法の使えない人でも魔法を使える。ただ魔石だけではどうにもならんがここで二通りの使い方が出来る。
1)魔石に紋章を刻みこんで任意の魔法を発動させる。(単一機能)
2)魔石から魔素を取り出しながら「術式」で魔法を展開させる。
前者は刻み込まれた紋章によってファイアならファイアという固定の魔法を引き出せるが、後者は術式(所謂呪文によって魔法紋章を構築させる)で繰り出したい魔法を引きだせるという方法だ。
刻印紋章の優れたところは「誰でも簡単に一つの魔法」を使える点。
術式は「好きな魔法を出せる」という利点がある。まぁ難易度はかなり上がるとも言えるが。
というのも。
魔核(魔石)には属性がないのだ。
魔素にも属性がない。
あるのは「魔力に変換できる」というそのただ一点。
無属性の魔力を紋章や術式によって属性を持たせられるという、めっちゃ便利な特性があるのだから、これはもう、生活一般全てにおいて魔石さまで成り立っていると言える。
そして武器や装備、アクセサリーに至るまで紋章魔石を付けることによって「属性」や「身体、攻撃強化」「異常、属性抵抗」といった自身の強化が出来る。
どうしてそうなるか? など、誰も気にとめない。
出来るんだから使うのが当然。
分るよ、僕もそうだったからね。
ただね。魔核にも欠点はある。
知られているから「保護膜」を張るんだし、逸話ならいくらでもあるし。
問題は、この世界の住人達はそこに「意識」が行かないだけで・・。
何故?どうしてそうなるの?という疑問をもたな過ぎる。
持たないで、使ってらっしゃる奴が、ほら。ここに座ってるじゃないか、二人も。
目の前の騎士のおっさんも、全身魔石を埋め込んだ装備で身を固めている。それもいっぱい・・。
身体強化の中でも「硬質化」と「物理抵抗」更に「魔法抵抗」。
イヤリングには「全ての状態異常抵抗」
せいぜい20%ぐらいなものだと思うが、でも、普通じゃないよ。
これはまた。えらく金のかかった装備だ・・。
ざっと見えるだけでもこんなにも付けてる。
「ところで。まだですかね?」
さすがに飽きてきたな。
「まだまだです・・」
暇なので騎士の隣に座っている、どう見ても『魔法使い』の人をじっと見つめる。
ふ~~ん・・。
随分と良い杖持ってるなぁ。タクトみたいな短い杖だけど。
まぁこれが一般的だよね。
・・・・僕の、愛用は長杖だけど。
しかし先端に嵌めこまれた魔石が上質以上に近いじゃないか。
A級魔獣の核かな?
5000万ファルはしそうだ。あ・・今の価格はわからんが。
それに結構な数の紋章魔石も身につけてるし、こいつ一応凄い奴っぽい?
僕が見詰め続けていると、居心地が悪いのか緊張した面持ちで、眼を泳がせていた。
フフフ。
僕はこう見えても大賢者にして大魔導師にして英雄。
上級最上級通り越して極級魔法すら使いこなせるんだよ。
しかも、魔核なしで!←ここ重要!
僕より見た目はおっさんだが、絶対に僕より若い後輩君だ。
そんな偉そうな杖持ってるからには・・・いじめがいがありそうだな。
こいつと魔法談義でもして時間潰そうかね。へへへへ・・・。
王の勅命により騎士団一行が豪奢な馬車を引き連れて、シエルデ王国の領土から少し離れた随分と端にある、とある森に来ていた。
『幻影緑和の森』
遥か昔からこの辺りの森には大魔導師が住んでいるという。
その人物こそ約5000年前に、初めて召喚された勇者と共に魔王を討伐し、さらに唯一生き残ったと言われる、英雄。
それだけではない。その後からも召喚された勇者達を導き、支えてきた『導きの大賢者』でもあるのだ。その功績は計り知れない。
全ての王の頂に君臨する者
~彼の者より上はおらず、彼の者の横に並び立つ者無し~
歴史上もっとも偉大かつ、最強の大魔導師。
きっと誰もが子供の時から一度は耳にしているはずだ。
幼少期には親の寝物語で聞き、学校に上がれば教科書の中で何回も何十頁も、しつこい位必ず出てくる。
どれだけ強くてどれだけ偉業を成して、どれだけ世界の危機を救ったか。
情に厚く人格者で英知に溢れ、魔王すら彼者に傷を負わせることも違わぬ、正真正銘の強者。
当然。子供達の『ごっこ遊び』勇者に次いで第2位。魔法職なら不動の断トツ人気で、いつでも奪い合いの日々。
まさに、御伽話の主人公!
ユーリ・オリジン大魔導師。
しかも、その英雄が・・・・・まだ生きてるらしい。
(本当なら脅威だ。今幾つだよ?!)
つい疑心暗議に陥るエルナンドは心の中で煩悶する。
「本当ですかね~・・。いえ、我が王がぼけてるなんて思いませんけど」
「居るっていうんだからいるんだろ」
「ですが・・・この辺り。魔素がかなり濃いですよね・・とても人が住むに適しているとは思えないんですが」
「ああ。魔獣退かせるのにこっちもかなり必死だ。精鋭揃いのはずなんだがな!まぁそれでも、思う以上に数が少ないんで助かってはいる」
「閣下ですらきついですか・・。なら私がしんどいのも頷けます」
「宮廷一の魔導師が、それをいうかね・・」
魔獣の森と噂に違ぬ、その獰猛っぷりにはほとほと嫌気がさしてくる。
何しろ雑魚で出てくる魔獣が、普通「ダンジョンボス」とか言われるレベルなのだ。
単体で出てくるからまし。
倒せば『良質魔石』が拾えるからまし。
そんな言葉で誤魔化していい問題じゃあない。断じて違う!
とにかく出会ったら最後、全員で押し切るしかないのだ。生き残りたいなら、倒すしかない。何度心の中で『勝手に逃げてくれよーー、頼むから!こっちは絶対追わないし!』と叫んだことか。
稀に、こちらを見かけただけで逃げ出す奴もいたりはするが、見た目が超凶悪巨大魔獣なだけに失笑することも、あったにはあった。極々稀に。
とにかく、この森は噂以上だ!
ここにいる全員の誰もがその言葉に肯定するだろう。
そして運がいいことに、今のところ死者は出ていない。
その分、エルナンドの負担は大きかった。
ひたすら治癒、治癒、治癒・・・。
この僅かな道程で、軽く1年分は治癒した気がする。
こんな場所に住むなんて。狂気の沙汰だ。もう人間じゃない!
ここに住めるような人物・・人間で括っていいわけないか。すでにン千年生きてるような人だし。いや、本当にいるのかさえ、怪しい・・・。
しかし頭の隅では、ほんの少しだけ期待している。
(ああ。もし本当に出会えたなら・・・・)
幼かったの頃に読んでもらった絵本の中の住人はまるで神であるかのように、眩しくて心躍らせるものがあった。
何より、女神からのプレゼントである自分の加護が、魔法使いに向いていると分った時の驚愕と歓喜。
そして、憧憬が強い渇望に変わる。
自分も魔導師になるんだ!
エルナンドは何の迷いも持たず、ひたすらその見えない影を追って精進してきたのだ。
いつか、こんな風になりたい。
だからほんの少しだけ期待をしているから、不安にもなる。
「本当にいますかね~・・伝説の大魔導師」
「無駄足になることだけは勘弁してもらいたいな」
「全くです・・」
周りの黄竜騎士団精鋭部隊を含め全員が重苦しい気分で、居るかどうかもわからない歴史上の大物を、ひたすら森の中で探し続けた。
そんな話をしていた時期もありました(2人談)
「純真だった子供の頃の憧れを返しやがれ!
ついでに歴史のテストで書いた回答、全部○にしろ!!」
猛る叫びのフォレッカ閣下。
「一体どこのどいつだ!?かの偉大なる最強の大魔導師の挿絵を、理知的かつ屈強そうな『美青年』に盛った奴は・・・。理想か?想像の産物か?ただの願望なのか?!嘘を子供に教えるな!」
幼いころから「僕がユーリ大魔導師やるんだよ!」と殴り合いの末、奪い取ってきた思い出が、ただの悲しい黒歴史になってしまった・・・。
大人の都合で歴史の改竄の一端を見て、嘆くエルナンド宮廷魔導師。
(見てみろ!
目の前の、この小賢しくって怠惰で面倒くさがり、冴えない格好したガキンチョじゃないかぁぁ!
確かに美少年ではある。そこは認めよう!
だがな。いつも眠そうなぼんやりした顔つきに「英知溢れる」様子はかけらも見えないぞ!)
エルナンドは永遠と文句を垂れている。心の中でこっそりと。
子供の頃からずっと胸に秘めていた神のような偶像が見事に砕け散ってしまった。
(この怒り、どこに持っていけばいい!?)
「おい。そこの魔法使いの人」
「・・・・何度も言いますが、私は宮廷魔導師エルナンド・ラーセルスです」
「まぁいいよ、そこは。君でどのくらい魔法使えるの?」
また名前を無視される。もう何度目だろうと、エルナンドは溜め息をつく。
「5種類が上級です」
「ふむ。その程度か。つまらんなぁ・・・」
「そ、その程度・・・・」
つまらんと言われたエルナンドは、内心穏やかではない。
隣で高笑いするフォレッカ上級大将の脛を蹴り上げる。
「いやぁ~さすがの貴殿も大魔導師様の前では形無しですな」
「そう言う閣下も『騎士のおっさん』ですよね!」
「む・・・」
王国内で一、ニを争う豪傑も大魔導師の前では只の「騎士のおっさん」になり下がる。
途中から窓の外に顔を向けて、まるで目を開けたまま寝ているのではないかと思えるほど微動だにしない大魔導師を見て、二人は溜め息をついた。
(そう言えば出会ったときからずっと、寝ぼけ眼ではあったな・・)
この御仁に『シャキっとする』日は来るのだろうか?
折角の美少年が、無駄だ。無駄過ぎて怒りさえ覚えるくらい、無駄だ!
何しろ、目の前に座る世紀の大魔導師様の御姿は・・。
適当に伸びた髪がぼさぼさ。しかも絶対自分で刈っているに違いない。だから左右のバランスも悪い。しかも寝ぐせで後頭部はクモの巣状態。
綺麗な顔立ちも常に眠たそうな緩み切った表情で、今もぽかんと閉まりなく口を開けて、端から涎もたれている・・・。
覇気も生気も薄く、いかにも「ダラダラしていたい」雰囲気全開。
そして、全くどうでもいいと言わんばかりの服装は、くすんだ茶色の薄汚れたぼろな長衣を更に器用に着崩しているし、その身を覆うマントに至っては、既に元の色が何色かさえ分からぬ始末。
・・当て布や鍵縫いは得意そうだが・・・。
きっと。古着屋でも買い取らないであろう超時代遅れな服装に、魔導師ならば身に付けるべき紋章魔石の装備も一切ないときていた。
何しろ魔法を扱う者なら必ず所持していなけれならない『杖』すら、持っていないのだから・・。
そう・・。
これでは、まるでどこかの浮浪児のようだ。
王室専用の特別な馬車の中で、これほど浮いた存在はないだろう・・。
(どの辺に『理知的』とか『豪傑』とか『英雄』とか、凄い単語を張り付けられるんだ?
どこを見たらそんな要素を見つけられるんだ?!)
「 ・・・だから引きこもっていたとか?」
ぼそりと呟くエルナンドは頬を引き攣らせた。自分で言っててなんだが・・。
・・・・・・有り得そうで怖い。
二人は肩を寄せ合い、こそこそ内緒話をし出す。
「おい、もしかして本気で俺たちは名前すら覚えてもらえていないのか?」
「私に聞かれても。ああ、でももう相当のお年寄りですからね。しかも数千年ですし!きっとボケが始まっていらっしゃるかも知れませんよ」
「見た目は子供なのに、か。なんだか哀れだな・・」
二人はユーリ・オリジンを前にして、こっそり溜め息をついた。
王都までは、遠い。
どうやら大魔導師にとって自身以外の全てがまるで幻か何かのようで、名前すら覚えてもらえないほど自分達は存在が薄いのかと、失望に似た重い気分に陥る。
これでも二人は国を代表するほどに、それなりの地位と名声を獲得している。・・はずだが。
「自信なくなってきましたよ」
「気に病むな。どうせ王都までのことだ」
もう、グレイルはすっかり諦めたようだ。
王都は、まだまだ遠い。
「ところで。まだですかね?」
ぼんやりと心あらずだった大魔導師に、いきなり話しかけられた二人は目を白黒させる。
「まだまだです・・」
歴史を飾る英雄は、歴史に埋もれたぐらいがちょうどいい。
・・・現実を見てはいけないと、二人は心に深く刻んだ。