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一章

 今日は高校の入学式。

 秋風(あきかぜ) (れん)は校門の前に立って高校デビューの嬉しさに胸を躍らせていた。

 興奮のあまり早く目が覚めてしまったので、早く学校に行ってみることにしたから、今校門の前にいるのは彼だけなのである。

 校門には入学おめでとう!と書かれた看板や作り物の花が飾られ、入学式特有の雰囲気を醸し出していた。それに空には雲一つない。

「ついに高校デビューか~。よしっ、今日から頑張ろう!」

 周りの目がないことをいいことにガッツポーズを決めながらそう呟き、ここから校門に向けての第一歩を踏み出した。しかし、

 ぐにゅり。

 嫌な予感がした。この独特な感触とその音。そう、それは___

 

 犬のう○こだった。

  

 蓮がふんずけたぶつは彼の高揚感を一瞬にして奪い去った。

 しかし彼は空を見上げ、

「・・・・まあいっか、空晴れてるし」

 と、つぶやいた。

 念のため周りに誰もいないのを確認し、ポケットティッシュを急いで取り出して靴を拭いた。そして何事もなかったようにそそくさと歩き出した。

 なんかくせぇぞ、なんて誰かに言われたらどう言い訳しようなんて考えながら歩いていると、

「侵入生か?」

「いや、意味違ってますけど・・・」

 急に犯罪者と疑われてしまった。声の主の方を向くと、そこにはやくざみたいな格好をした教師らしき人がいた。

「じゃあ新入生か?」

「はい、そうです」

 格好見てわかれよと思ったが、口は災いの元だとおばあちゃんに口酸っぱく言われてきたのを思い出して、口には出さなかった。

「先生でいらっしゃいますか?」

 彼は念のため確認した。改めて見ると、体格がよく、色黒の肌に鋭い目つき、さらに髪型はオールバックで"や"の付く職業のお方のボスみたいな人だ。

「ああ、見てわかんねーのか?学校じゃなくて眼科いって来い」

「それはこっちの台詞だよ!」それにそんな格好されてたら見てもわかんねーよ

 はっ!しまった、思わずつっこみを入れてしまった。

 見るとその教師の目つきが鋭くなっていた。

 ・・・・・・超怖ぇ。

「てめぇ口のきき方に気をつけろよ」

「はい、すいませんでした。」

 種まいたのお前じゃんなんてとてもじゃないが言えなかったので呑み込んだ。

「まあいい、下駄箱は校舎に入ってすぐだ。その近くにクラス分け貼ってあっから、それ見て教室いけ」

 教師はそういうと、どこかに行ってしまった。

 あの先生だけは怒らせないようにしよう。

 そう心に決め、蓮は昇降口に向かって歩き出した。

 昇降口につきローファーを脱いで下駄箱に入れ、新しい上履きを履いた。

 下駄箱を通り越し、突き当りを左に曲がり廊下に出る。すると右に職員室と書かれたドアがあった。それの隣の壁にクラス分けの紙が貼ってあったので、それを見てクラスを確認した。

 そのクラスは二階のようだ。紙に書いてあった校内図を写メに撮った後それを見ながら進み、今は階段をのぼっている。

 校舎はいたって普通だ。ぼろくもないし、新しくもない。どこにでもありそうな建物だ。

「しかしほんと、誰もいないな」

 そう呟きながら登っているともう二階についてしまった。

 彼は廊下に誰かいることを期待していたが、それは裏切られた。

 廊下はしんと静まり返っていて人がいる気配がない。

 かつんかつん、と彼の靴の音だけが木霊する。

 自分のクラスの前まで来た。気合を入れるために勢いよくドアを開けようとしてそれに手を伸ばした。

 ドアの窓から教室に誰もいないことを確認しようとすると、

「りりちゃんはこっちで遊びましょうね~。ふふふ、いいこいいこ♪」

 誰かの透き通るような声が聞こえてきた。ドアの前に立ってやっと聞こえるほどの声の大きさだった。

 蓮は驚いて教室内を見ると、思わず息をのんだ。

 そこには、熊の人形で遊んでいる女の子がいた。ハーフなのかツインテールの金髪に、つんとした大きな目、顔は小さくいかにもお嬢様という感じのする女の子だった。

 しかし、よく見るとその女の子は同じ中学で生徒会長をしていた奴で、スタイルも抜群の上容姿も校内トップを誇っていたから男子からかなりモテていた奴だ。男子から何回も告られた事があるらしいが彼女はそれをすべて受け入れず、ふられた人は多数いるという。更に休み時間にはいつも本を読んでいたり、予習・復習をしているような真面目ちゃんである。また、中学生にもかかわらず煙草を吸うような不良に注意した事があるらしい。相当気が強いのだろう。名前は確か神楽坂(かぐらざか) 音羽(おとは)だ。

 そんなやつが今、熊の人形で遊んでいた。しかも名前まで付けて。

 しかし容姿がすごくいいので、遊んでいる姿は思わず見入ってしまうほどかわいかった。

 そんなわけで時がたつことを忘れて彼は彼女を眺めていた。

 すると視線を感じたのか、彼女は彼のほうを見た。

 やべっ、と彼はあわてて隠れるが、時すでに遅し。

「だ、誰なの!?」

 ひどく動揺した声がドア越しに聞こえてきた。

 主人公は観念してドアを開けて教室に入った。すると、彼女は席から立ち上がって、

「・・・み、見たの?」

 と、パンツを見られた後みたいな表情で彼に聞いた。

「・・・ああ」

 彼がそう答えると彼女は

「・・・・・・・・誰にも言わないでよね」

 と、頬を赤く染めて唇をつんとさせながら横目遣いでそう言った。

 その姿は不覚にもかわいかった。めっちゃかわいかった。

「た、たぶんな」

 そういうと彼女は彼に詰め寄って、

「多分!?多分ってどういうことよ!絶対に言わないって今ここで誓いなさい!」

 彼女の甘いにおいが蓮の鼻腔をくすぐる。

「わ、わかったよ。」

 彼女の勢いに気圧され、そう答えた。

「ねぇ」

「な、なんだ?」

「こういうのって、やっぱりおかしいかな・・・?」

 彼女を見ると先ほどの気の強さを少し残しながら、しかし視線の泳がせて蓮にそう聞いた

 それを見ると彼は、

「お、おかしくないと思うぞ。」

 蓮がそう答えると彼女は驚いた表情になった。

「だって、趣味なんて人それぞれだろ?だから人の好きなものをおかしいなんて思わないぞ、俺は」

 彼はそう続けると彼女は、

「ほ、ほんとに!?」

「ああ」

「へぇ~。こんな人もいるんだ・・・」

 彼女が小声で言ったから最後のほうはよく聞き取れなかったが、彼女はそういうと教室を出てどこかへ行ってしまった。

 その後彼が教室を見渡すと黒板に座席表が貼ってあるのを見つけ、席を確認した。それには彼の席が人形で遊んでいた奴の前だと示されていた。

 ・・・・最悪だ。あいつのあんなところを見てしまったのに、今後うまくやっていける自信がない。

 そう不安になりながら自分の席へと進む。彼女の席をチラ見するとそこには、熊さん(りりちゃん?)の人形が置いてあった。

「あいつ・・・片づけてなかったのか・・・。」

 自分には関係ないのでそのまんまにしようと彼は思った。

 しかし、廊下からほかの生徒が話す声が聞こえてきた。2、3人だろうか。

 彼の頭に不安気な顔をしていた彼女の顔がよぎり、人形を自分の鞄に突っ込んだ。

 がらがら、とドアが開く音がする。

 幸運なことにドアの前には彼の中学時代の親友がいた。友人の名前は碓井うすい 春樹はるきという。

「おお、雨宮じゃん!お前もこの学校だったんだ!これからもよろしくな!」

 春樹は乗りがよく、クラスのムードメイカーでもある。

 春樹の隣にも友人がいた。彼も主人公の友達で名前は京極きょうごく 邦雄くにおという。彼はメガネをかけていて真面目ぶっているが、本当はただのバカだ。

「お前がこの学校にいることはわかっていたぞ。なあに、簡単なことさ。確率を出したのだよ。」

「じゃあ計算の過程を言ってみてくれ。」

 蓮がそう要求すると、、

「なにっ!?それはだな、天文学的数字が出てくるからとてもじゃないが無理なのだ!」

 びしぃ!、と邦雄は主人公を指さしながら言った。もちろん彼は苦し紛れに言い訳をしただけだ。天文学的数字なんてありえない。



 そんなやり取りをしながら3、40分が過ぎ、クラスにはほとんど全員が集まっていた。

 ドアが開く音がする。どうやら担任が入ってきたみたいだ。

 その担任は・・・朝に会ったやくざっぽい教師だった。

 クラスの雰囲気が一瞬にして凍りついた。話をしていた人たちはぴたっと話をやめ、読書をしていた人たちは教師を本越しに覗き見た。

 そんな生徒たちにはわき目もふらず、教卓に立った。

 すると主人公も含めクラス全員が自分の席に着いた。

「よし、これから入学式だ。3分以内に番号順に並び、体育館へ移動しろ。」

 教師はそう言うと教室から出て行ってしまった。

 その後、誰か一人が廊下へ並んだのを機に全員が整列し体育館へ移動した。

 学年の人数はおよそ120人ほどである。それに対して体育館はめまいがするほど大きかった。

「えー、それでは入学式を始めます。全員起立、礼。」

 頭が残念な(禿げている)教頭の掛け声でそれは始まった。

 来賓の人をはじめとするさまざまな人が話したため約2時間にも及んだ。そのため寝ている人やコックリコックリしている人などが沢山いた。教師ですらコックリコックリいている人もいた。あのやくざ教師がそうである。

「ではこれで、入学式を終わりにします。」



 その後体育館から並んでクラスに戻った。

 解放感からかクラスは話し声でいっぱいになる。

「ねぇ」

 音羽が蓮の肩をちょんちょんとつついた。

「ん?」

 蓮は椅子を後ろに傾け、彼女の机に肘をのせる。

「誰にも言ってないでしょうねあの事・・・」神楽坂が小声で蓮にそう尋ねた。

「ああ、言ってないよ。」

「それならいいわ。ところで、私のりりちゃんどこに行ったか知らない?いなくなっちゃったのよ。」

 彼女は悲しそうな顔をして彼にすがるように聞いた。

「ああ、それなら俺が持ってるぞ。」

「ええ!?なんでよ!?ひょっとしてあなたも私と同じ趣味なの!?」

「ちげーよ。お前あれ、片づけるの忘れてただろ?ちょうどその時誰か来たから隠しといたんだよ。」

「ああ、そうだったんだ。てっきり誘拐されちゃったのかと思った。ありがとね」

 音羽は笑顔で蓮に言った。

 人形を誘拐する奴なんていないだろうと思ったが、その姿は結構かわいかったので彼は息をのみその姿をじっと見ていた。

「おい、蓮があの神楽坂と話してるぞ、あいつにどんな制裁を下してやろうか・・・」

 後ろから春樹と邦雄が話している声がする。ちなみに今のは春樹だ。

「なにっ!?ありえない。あいつが高校生のうちにリア中になれる確率は一千万分の1のはずなのに!」

 どういう計算したらそんな数が出てくんだよ・・・。そんなものを出せる計算式などあるなら是非教えてもらいたい。

 蓮はそんなことを考えていると担任が教室に入ってきて教卓とセットで置いてある椅子に座った。

 すると全員が話をやめ、それぞれの席に着き始めた。

 あの先生スゲーな。

 と蓮が思ていると、

「自己紹介が遅れてすまない」

 と、担任は言って黒板に名前を書き始めた。

鬼屋敷(きやしき) (じん)だこれから一年間よろしく。俺は結構放任主義だから話し合いとかはお前らで進めろ。この時間は係り決めをしてもらう。まずは学級委員長からだ。誰かやりたい奴はいるか?ちなみに生徒会に入ることにもなる。」 

 先生がそう聞くと蓮の後ろから手が挙がった。

 さすが元生徒会長。やっぱ度胸あるんだな。と蓮は思った。

「ほかにやりたい奴はいるか?」

 先生がそう聞いたが ほかに誰も手を挙げなかったので委員長は神楽坂に決定した。

「じゃあ神楽坂、後は頼んだぞ。話し合いが終わったら今日は解散でいい」

「はい」

 先生は職員室に戻ってしまった。

 うわ、本当に放任主義なんだな。それに普通にはいって言った神楽坂もすげぇ。中学校の時にああいうのが結構あったのかな・・・

 なんて彼があれこれ思考を巡らせているうちになんと、副委員長以外の枠がすべて埋まってしまった。

 ・・・・・マジか。

「はい、じゃあ副委員長は残った秋風君に決まりね」

 神楽坂がそう言って黒板に俺の名前を書く。

 ・・・・なんか勝手に決まってしまった。っていうか人をあまりものみたいに言うな。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺、何もできないぞ!ほかにやりたい奴はいないのか?!」

 立ち上がって蓮がみんなに聞いたが誰も何も言わなかった。

「ま、マジか・・・」

 本日、犬の糞を踏んだ以上に最大の不覚。楽な係りに着く予定だったのに・・・。

「あなたがぼーっとしてるのが悪いんでしょ。」

 神楽坂が蓮につんとそう言った。

「しかたないだろう考え事してたんだから。」

 蓮は冷静さを取り戻して言い返した。

「なんだお前、エロいことでも考えてたのか(笑)?」

 春樹がそこで最悪の発言をした。

 教室が大きな笑い声で包まれた。中には蓮に軽蔑の目を向けている女子もいる。神楽坂もその一人だ。

 蓮は自分の顔が熱くなるのを感じて椅子に座った。

 邦雄が言っていたあの確率は本当かもしれない・・・と落胆の気持ちでいっぱいになった。

 結局蓮が副委員長になった。

「これで話し合いは終わりなので今日は解散です。起立、礼。」

 神楽坂のその一言で今日の話し合いは終わった。蓮にとってはいろんな意味で終わった。

 彼女が席に戻るとき、蓮の机に小さく4つ折りにされた紙を置いた。その後、蓮が呼び止める間もなく教室から出てどこかへ行ってしまった。

 蓮が不思議に思って開くと、そこにはきれいな字で「今日の7時ごろに猫カフェに来なさい。」と書かれていた。

「蓮~今日カラオケいかね?邦雄もいるぞ」

 蓮が春樹に声をかけられた。

「ああ、行くよ。」

「じゃあ邦雄が廊下で待ってるから行こうぜ。」

 


 カラオケ店に着いた。カラオケパンパンという名前の店で料金が安いから休日なんかは学生のたまり場になっている店だ。

 蓮たちはアニソンやロックやj-popなど4時間ほど歌って店を出て解散した。

 結構暗くなってしまっていたので蓮は自分の腕時計を見て時間を確認した。時間は6時50分だった。

 まずい、と彼は思った。ここから猫カフェまで歩いて30分くらいかかる。神楽坂の電話番号も知らないので遅れると連絡することができない。

 なので蓮はそこまで全力で走っていくことにした。蓮は中学時代運動部に入っていたので体力にはすこし自信があった。

 全力で走ったが結局時間には間に合わず、10分遅れ程で猫カフェに着き、今蓮は思った。・・・どうして猫カフェなんだ?

 店に入ると、いたるところに猫がいた。置いてある家具は猫用品ばかりで本当に猫好きの人しか入らないような店だった。広さは教室3個分くらいで、普通のファミレスくらいの大きさだ。客はほとんど女性客で人数はそこそこ。

 彼が神楽坂を探していると、

「どなたかお探しですか?」

 と、女性の店員が彼に声をかけた。蓮は驚いた。なんとその店員は猫耳をかぶっていたのだ。

「はい。神楽坂っていう女の子を探してるのですが・・・。」

「お名前も教えていただいてよろしいですか?」

「あ、はい。秋風 蓮です。」

「ではご案内させていただきますね」

 というと店員は蓮を神楽坂がいる席まで案内した。どうやら二人席のようだ。

 神楽坂を見て、俺はまたもや驚いた。

 彼女は猫じゃらしで猫と遊んでいたのだ。その姿はやっぱりかわいかった。

 店員は蓮を案内すると「では失礼します」と言ってカウンターに戻った。

「遅れてごめん。」

 と、蓮が言って初めて彼女は彼がいることに気が付いたようだ。

「え?」

 と言いって、神楽坂の動きが止まる。

「・・・・」

「・・・・」

 神楽坂はきょとんとしていたが、その顔は見る見るうちに赤くなっていって、

「み、見たの・・・?」

 と頬を火照らせ、横目遣いをしながら彼女は言った。

 またこのパターンか、なんて彼は思いながら

「ああ」

 と言った。

 すると、彼女は蓮に詰め寄って

「絶対誰にも言わないでよ?!いい、わかった?」

 彼女の甘いにおいが蓮の鼻腔をくすぐる。

「わかったよ。」

 蓮が言うと、彼女は椅子に座った。それと同時に彼も向かい合って座る。

「はぅぅ、またみられちゃった・・・。どうしよう・・・。」

 神楽坂が何かつぶやいていたが聞こえなかったので蓮は気にしなかった。

「っていうかあなた10分も遅れてるじゃない!何かおごりなさいよ。」神楽坂は時計をみると蓮にそう言った。

「しょうがないな、一つだけならいいぞ」

「じゃあ・・・・これお願い」

 神楽坂はそういってテーブルにメニューを広げてその中の一つを指でさした。

 彼女が要求したものは、500円くらいの猫にあげるおやつだった。

「これでいいのか?」

 蓮が尋ねると神楽坂はうつむき恥ずかしそうに小さくうなずいた。それを見た蓮は

「別に恥ずかしがらなくてもいいんだぞ?」

「えっ?」

 彼女は驚いて顔をパッとあげた。

「だって俺たちは付き合ってるわけじゃないんだし、もっと気楽にした方がいいと思うから」

 蓮がそう言うと、彼女は湯気が立ちそうなほどに顔を真っ赤にした。そして、

「じゃあ、やっぱりこれにするわ!」

 そう言って彼女が指さしたものはなんと二千五百円もする最高級と書かれたエサだった。

「・・・・・・・・マジで?」

 蓮はあんなこと言わなければよかったと、今初めて後悔した。猫のエサがこんなに高いだなんて、ぼったくりだろ・・・。

「あの~、神楽坂さん?ちょっとそれは財政的に厳しいかと・・・・」

「何?今更無理なんて言わないでよね。あんなこと言ったあなたが悪いんでしょ」

 きっぱりと彼女はそう言って店員を呼び、その餌を注文してしまった。

 お金は一応持っているが、普通の高校生にとって二千五百円は大切な活動費である。漫画を買ったりDVDをレンタルしたり。

 数分後、テーブルに届いたのは皿の上のワイングラスに入れられた高級感漂うビーフジャーキーだった。しかもその量は15本程度。彼は届いた直後ワイングラスの中から素早く一本だけ取りあっと声を上げる神楽坂をよそに口に入れた。しかしその味は、普通のビーフジャーキーだった。

「このビーフジャーキーは国産の最高級黒毛和牛のお肉を使って作られたものです。きっと匂いにつられて猫ちゃんたちもたくさん寄ってきますよ~」

 満面の笑みで解説して戻っていく店員に対し、蓮は目に涙を浮かべていた。

 くそ~、これ絶対普通のビーフジャーキーだろ。俺の大切な生活資源を返せ!

「にゃ~」

 猫の鳴き声が聞こえた。蓮がそちらの方を見ると、そこにはビーフジャーキーをくれと言わんばかりに猫が十匹程集まっていた。それを見て蓮は、

 俺には分からなかったが、猫にはわかるんじゃないか?いや、もしかしたら香付けされてるのかもしれない・・・。

 なんてあれこれ考えて自分の世界に浸った結果、一本だけ猫にあげてみようと思いワイングラスを見ると、

 ビーフジャーキーはすでになくなっていた。

 蓮は唖然と神楽坂を見ると、彼女は

「あら、あなたも猫ちゃんたちにあげたかったの?ごめ~ん、もう全部あげちゃった」

 わざとらしくそう言った。

 こいつ・・・やってくれたな、怒ってやると思いながら彼が神楽坂を見ると、猫と猫じゃらしで遊んでいた。彼女はとても楽しそうに猫と遊んでいたので「今回だけは許してやる」と彼の怒る気など失せてしまった。はぁ~と彼がため息をついていると、

「あ、そうそう。副学級委員長になってくれてありがとうね。」

 唐突に彼女は猫と遊びながら言った。

「は?」

「だって、私が学級委員長になったから副は男の子しか入れなかったのよ。でも私、男の子とあんまりしゃべったことなかったから、変な人だったらどうしようって心配してたわけ。そんなときにあなたが入ってくれたから安心したのよ。」

「・・・そ、そうか。っていうか副学級委員長ってどんなことすんの?」

「基本的に私の補佐役よ。特に何もすることはないわ。」

 

読んでいただいてありがとうございました。

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