ポエムマスター・テツジ
ここはプォーウェイ・ムゥ。
人々の紡ぐポエムが力を持ち発現する幻想の世界。
そんな夢いっぱいの世界の片隅で今、全てを滅ぼさんとする悪ポエマーのマイク・アー・テステスと、異界より導かれしポエムマスターのテツジ・マジマが睨み合っていた。
「ポエムフィールド発動!」
諸悪の根源マイクを倒さんと、テツジは先んじてポエムフィールドを発動させた。
ポエム発表中のポエマーは、その場から動くことができない代わりに、全ての攻撃を受け付けない無敵状態に入る。
そう。これこそが、かの有名なポエムフィールドである。
テツジは今にもポエムを紡ごうとする中、ある種走馬灯にも似た回想に浸っていた。
(みんな……俺、ついにここまで来たよ!
絶対に、絶対に勝って帰るからな!)
ポエム神殿に唐突に現れたテツジを、快く受け入れてくれたショキ村の村長がいた。
『さあ、テツジ! 今こそポエムを読むのじゃ!
相手の弱点をつけばそれだけ大ダメージを与えられるぞ!』
『はいっ! チュート・リ・アール村長!』
『しかし、気を付けるのじゃ。
あまりにも酷いポエムは自らを傷つけることになりかねんぞ』
『はいっ! 肝に銘じておきます!』
『今はまだ難しいかもしれんが、相手の発動したポエムに対し、上手く切り返すことで受けるダメージを少なくすることができるぞ!』
『はいっ! いずれ必ず活用させていただきます!』
『よし! 一人前のポエマー目指して頑張るのじゃ!』
『はいっ! ありがとうございました!』
ポエム修行の旅の途中に出会った、美少女アイドルのように可愛らしいヒロイン……と思わせておいて、無いはずのモノがついていたナルシーがいた。
『私は癒し系ポエムの使い手ナルシー。
回復役はお任せよ!』
【PO・E・MU。それはラブ。
PO・E・MU。それはドリーム。
さぁ、マイ・プリティー・ミュージック。
癒して、私のハニーシュガー。
しゃんらら、しゃんらら、キュート・ダンディー(はぁと)】
『うわぁああ! マジで回復した!
内容は全く意味不明なのにマジで回復した!
でも、このポエムで回復するのすげぇ屈辱感じるんだけど、どうしたらいいかなぁ!?』
『んまーっ! 失礼しちゃう!
人のポエムにケチつけるなんて、三流以下のやることよ!』
悪を挫くための旅先で出会った漢の中の漢、義に熱く弱気を助く、俺達のゴーリオ・マチョルダ兄貴がいた。
『いいか、坊主。
ポエムっつーのはな、魂と魂のぶつかり合いだ。
だから傷も負うし、癒されもする。
気持ち次第で、強くもなるし、弱くもなる。
技術だけに頼ってるようじゃあダメだ。
ポエムはそんな単純なもんじゃあねぇ。
本当にすごいポエマーってのは、いつだって大事なモンを見失わずに持っていられるヤツだけがなれるのさ』
『さすがアニキ!
ところで、アニキはどんなポエムを?』
『俺は癒し系ポエムの使い手だ。
花も恥じらう繊細な乙女心なら任せろ』
『嘘つけよゴリマッチョ!』
『おいおい、俺は癒し系ポエムの教本だって書いてんだぜ?
星の瞬きに想う☆キラキラ初恋編☆って聞いたことねぇか?』
『ただひたすらに気持ちが悪い!』
(……………………よしっ!
回想なんて無かった!)
一瞬の時に身の内を過ぎった出会いの数々を、テツジは光の早さで無かったことにした。
脳内からデリートした何か達への暗い感情を誤魔化すように、彼は両の腕を大きく広げ、悪ポエマーへと強い視線を向ける。
「さぁ、マイク!
俺の渾身のポエムを聞けぇーーーッ!」
【ずっとずっと愛してる。
君だけずっと愛してる。
だから僕は世界を壊すよ。
ここにはもう、君はいないから……】
「っぐわぁああああぁああああああ!」
テツジの鋭く急所を突く攻撃!
襲い来るポエムパワーにより、マイクは全身を激しく壁へと叩きつけられた!
衝撃により、彼は口から血を吐きながら膝をつき、ガックリと崩れ落ちてしまう。
「がはっ!
き……貴様ぁ、なぜっ。
なぜ、その秘密をぉぉおおお!」
マイクは憎悪に満ちた表情を浮かべ、血反吐をはきながらもテツジを睨みつけ立ち上がった。
秘密……それは、テツジが長い長い旅の途中でつきとめた、悲しい悪ポエマーの過去である。
彼は、イケメンな己に横恋慕していたストーカー女に、最愛の恋人であった女性を殺されたのだ。
そして、その死を嘆くあまり、いつしか世界そのものを憎み、恨み、やがて忌まわしくも呪わしいプォーウェイ・ムゥと心中してやろうと考えた。
ストーカー以上に正当性のない、恐ろしき逆恨みである。
これこそ究極の恋愛脳のなせる業。
マイクのポエマーとしての力が高いのも納得できる話であった。
「ふっ。なぜ、俺がお前の過去の秘密を知ったかと言うと……」
「だが、負けん! 負けてなるものかッ!
俺から彼女を奪ったこの世界を破壊し尽くすまでは、死んでも死にきれぇんッ!」
「やだー! この悪ポエマーさん人の話聞かない!」
ここで、ポエムターンがマイクに移る。
彼は己の血で赤く染まった歯を喰いしばりながら、鬼のような形相で両腕を前方へと突き出した。
「ポエムッ!
フィールドッ!
発動ぅぉーーーーッ!」
もちろん、ポエムフィールドの発動に、ポーズや声出しなど一切必要ない。
ただ、より良いポエムを読むため、皆自身のテンションを上げようと、何かしらのアクションを取り入れているのだ。
要するに、気分の問題なのである。
「異界より導かれし者だと!?
ポエムマスターだと!?
はっ、くだらん! 実にくだらん!
お前が何と呼ばれようと、何をしようと、エイガナの死は覆りはしないッ!」
吠える悪ポエマー。
引きずる恋心を憎悪に変えて、彼は全てを己が闇へと飲み込まんとする。
「さあ、テツジよ!
俺のポエムで死ねぇえええええッ!」
【我が奥底に封印されし者。
そは恐ろしき破壊者にして救世の最たる被害者。
もう二度とは戻らぬ平和の象徴。
光を喰らう恐ろしき混沌。
暗黒の海底で永久に眠る。
彼の者の名…………羞恥心】
「っぎゃぁあああああああああああああ!」
心臓を抉り出されるような残虐な攻撃に、テツジは自身の胸ぐらを両手で掴み大吐血フェスティバル!
地に両膝をつき、今にも意識を失いそうになっていた。
そんなテツジの様子を、マイクは愉快そうに見下ろし笑う。
「はぁーっはっは!
この事実に至った時は驚いたぞ!
ポエムマスターの称号を持つ最強のポエマーが、よもやポエムを恥ずかしがっていたなどとはな!」
「……っや、やめろ! それ以上はっ!」
心の傷を踏みにじるなど、悪ポエマーにとっては容易いことだった。
限界レベルを超える恋愛脳所持者であるマイクは、最愛の恋人エイガナ以外の人間に対し、どこまでも非情かつ残忍になれてしまうのだ。
「くくく……貴様の最初のポエムは、相討ち覚悟の相当酷いものだったらしいなぁ?
確か、そう……」
「っい、言うな! 言うなあああああッ!」
その先に吐かれるであろう言葉を読み取り、絶望がテツジを支配する。
だが、当然マイクは攻撃の手を緩めることなどしない。
再びポエムフィールドを発動させ、彼は無情にもテツジの黒歴史ポエムを模倣した。
【仲間はいない。
友達いない。
勿論のこと彼女もいない。
だからどうしたっ、男の子だぁーいっ!】
「ごっはぁぁあああーーーーーッ!」
テツジの肉体を中心に凄まじい爆発が起こる!
精神の奥深くに厳重に閉じ込めていた恥ずかしすぎる過去のテツジが、現在のテツジの内側から木端微塵に弾け飛んだのだ!
爆発の衝撃で宙に浮いた身体が、重力により地に叩きつけられる。
身も心もズタボロになったテツジは、口から泡を吹き白目をむいて身を痙攣させた。
「…………くくっ、他愛もない」
嘲笑。
もはやテツジの死は時間の問題と判断したマイクは、悲鳴を上げる己の肉体に鞭打って、野望を果たすべく歩き出す。
「さぁ、これで邪魔者はいなくなった。
世界よ。愛しきエイガナを殺した、慈悲無きプォーウェイ・ムゥよ。
今こそ俺と共に逝こうではないか」
が、その時である。
「っま……て……」
テツジだ。
彼は面会謝絶級の瀕死状態にありながら、マイクの足に追いすがっていた。
現代人にしてはゴキブリ並みのしぶとさだが、おそらくこの世界での長い長い旅が彼を成長させていたのだろう。
「……チッ。
まだ息があったか、しぶとい塵めが」
舌打ちと共に、マイクはテツジに物理的なトドメを刺すべく己が腰の短剣を引き抜いた。
悪ポエマーは、ポエムのみが攻撃手段だとこだわるような、まともなポエマーとしての誇りなど持ち合わせていないのだ。
「確かに……確かに、ポエムは恥ずかしいさ……」
剣を構えるマイクの耳に、ボソボソとテツジの呟きが響いてくる。
「お前の話になど興味はない」
一蹴。
しかし、テツジは一向に語るのを止めない。
「今まで口にした全てのポエムを、地面に埋めて埋めて埋め尽くして、全部無かったことにしてしまいたいくらい、とにかく恥ずかしいと思ってるさ」
「……うわ言か何かか?
惨めなものだな、ポエムマスター。
待っていろ、すぐに楽にしてやる」
「だけど、だけどなぁ……。
だからって、世界と俺の黒歴史を天秤にかけられるわけ……ねぇだろうが……っ」
「なに?」
「だって、皆、生きてるんだ。
一生懸命、生きてるんだっ。
だったら、諦めるわけには……お前なんかに壊させるわけにはっ!
いかないだろうがよぉおおおおおおおッ!」
超・博・愛・覚・醒!
アルティメット・ポエムズ『第三のレクイエム』発動!
「っな!?」
突如として、テツジの身体から虹色の光が放たれる。
迸る光は、彼らの存在する空間を次々とその内に飲み込んでいった。
己の理解の範疇を超える現象に、マイクはただ狼狽えることしかできない。
「こ、これは!?
いったい何が起こっていると言うのだ!」
上も下も右も左もなく、ただ七色に移ろう世界の中、彼は自身の正面に白い人影らしきものを捉えて、咄嗟に吠えた。
「ポエムマスター!
貴様、何を……し……っ!?」
だが、それはテツジでは無かった。
白い影はマイクに向かいうっそりと微笑むと、鈴を転がすような声でポエムを読み始める。
【死が二人を別つとも。
私は貴方に寄り添います。
私は貴方と共に在ります。
どうか愛を疑わないで。
どうか私を疑わないで。
まるっと信じて、ええがな。ええがな】
「なっ……え、エイ……ガナ……?
エイガナなのか?」
白い影はマイクの問いに答えず、そのまま両腕を広げ彼を包み込むように重なった。
マイクは、動けなかった。
呆然と、ただ影のされるがまま全てを受け入れていた。
そして、影はしばらくして、空気に溶ける様に消えていってしまう。
「……エイ……ガナ」
その呟きを合図にでもしたかのように、ゆっくりと虹色の空間が解除されていく。
光の外には、テツジが立っていた。
覚醒の副次的効果なのか、ボロボロだったはずの彼の肉体は一切の傷も残さず完璧に修復されていた。
ただし、着用している服にまでは効果が及ばなかったようで、かなり際どいトコロまでチラ見えしていたのだが、今はそんな些末事を気にするような空気ではない。
テツジは静かな瞳でマイクを見つめている。
マイクは、どこか遠い目を虚空へと向け、口を開いた。
「…………彼女は……エイガナは、ずっと傍にいたのだな。
俺が……俺が、愚かにも、気付かなかっただけで……」
そう独り言のように囁いたマイクの表情は、実に清々しく穏やかだった。
ふ、と小さく微笑んで、テツジが彼に問いかける。
「マイク・アー・テステス。
君は、まだ世界と心中したいかい?」
彼の言葉を受け、マイクは自嘲の笑みを浮かべてこう返した。
「エイガナが俺と共に在るというのなら、もはや世界などどうでもいいさ」
それは、実に恋愛脳らしい答えだった。
彼の結論を祝福するかのように、どこからか桃色の花がひとひら舞い落ちる。
疲れきったように床に座り込むマイクを前に、テツジがゆっくりと両の瞼を閉じた。
…………そう。
異界より遣わされしポエムマスター・テツジは、ついに世界を滅ぼさんとする悪ポエマー・マイクを討ち破ったのだ!
「じゃ、俺ももうゴールしちゃっていいよね?」
直後。物語の余韻だとか何だとかを一切考慮しやがらないテツジは、覚醒した己の力を行使し、実にあっさりと地球への帰還を果たす。
そうして、元の世界、太陽系第三惑星地球の祖国日本へと戻ってきたテツジは……。
「…………………………よし!
異世界トリップなんて無かったッ!」
幻想世界プォーウェイ・ムゥで起こった出来事の数々を、光の早さで無かったことにした。
おわり。