藍-アイ-
降り下ろされる日本刀を愛は反射で回避する。
「チッ……避けるな!」
少女が舌打ちをしながら繰り返し日本刀を振り回す。
「か……刀!?」
愛はいきなり出てきた武器に驚きながらも逃げ続ける。
「うろちょろと……逃げるな!」
少女が大きく踏み込み、日本刀を大振りに降り下ろす。
愛はラクロスのスティックで受け止めるが勢いを殺しきれず、尻餅をつく。
「これで最後だ。ソレを渡せ」
「ペンダントは渡さない。私は思い出さなきゃいけない」
少女は愛に刀を突きつける。
「なら……殺してでも奪い取る」
少女が刀を降り下ろす。
しかしその刃が愛に届くことはなかった。
「なっ……、白羽取りだと……!?」
愛の両手が刀を受け止めていた。
「こいつ……急に……!」
愛の胸で揺れるペンダントが淡く光始める。
その輝きに何か危険な物を感じた少女は刀から手を離して後ろに飛び退いた。
少女が飛び退いたその瞬間、日本刀が音を立てて折れる。
愛が立ち上がり、折れた日本刀を放り捨てた。
ペンダントが徐々に輝きを強めていく。
「何だよ……これ……」
愛の瞳が藍色に染まっていく。
少女は本能で愛を危険と判断した。
武器の無い今、勝てる相手ではない。
「一時……撤退か……」
少女は奥歯を鳴らしながらそう呟くと、その場を去っていった。
第三話 藍-アイ-
「くそっ……くそっ……、何なんだよアイツ、あのペンダント」
黒と赤のセーラー服の少女、周防 真九は飲み干したコーラの缶を握りつぶした。
公園を挟んだ一つ向こうの通りに空き缶用のゴミ箱を見つける。
真九はゴミ箱に向かって潰した空き缶を投げつけた。
空き缶はゴミ箱へ一直線に飛んでいく。しかしゴミ箱に入る直前に缶とゴミ箱の間に人影が割り込む。
「やべっ……!」
空き缶は人影の頭に直撃する。
「いてっ!」
人影が尻餅をつく。
「おいっ……大丈夫か!?」
真九は人影に向かって走っていく。
「いてて……大丈夫」
人影が真九を見上げる。
灰色の髪、瞳を持ち、そして眼鏡をかけた少年。
見覚えのある姿に真九が硬直する。
「浅木?」
見上げる少年も真九を見ながら呟いた。
「周防?」
缶を当てたお詫びとして真九は少年に飲み物を奢り、自分も二本目となるコーラを購入した。
「久しぶりだね、周防。学校は何処に通ってるの?」
「東中。アンタは西?見かけないけど」
「西中学校だよ。普段はコンタクトをしているからね。家に帰ってからは眼鏡だけど」
「ふーん」
二人でベンチに座りながら他愛の無い会話を繰り返す。
そうしている内に日は沈み、空からは赤みが消えていった。
「そろそろ帰ろっか、送っていこうか?」
真九は暫く考えたあと答える。
「いい。一人で帰る」
真九は立ち上がる。
「そっか……じゃあね。またいつか」
少年が背を向けて歩き始める。
「アンタがアタシを振った後さ……」
少年が歩みを止めて振り替える。
「アタシはアンタを、アンタを好きになった事を忘れようと頑張ったんだ」
真九は少年から目を反らし、後ろを向いた。
「たぶん、明日には忘れられる」
真九は祈るように目を瞑る。
「アンタは、アタシがアンタの事を忘れたら、どう思う?」
数十秒の間、沈黙が流れる。
真九は返事を聞くのを諦め、一歩足を踏み出す。
「やっぱり……、悲しいかな。忘れられるのは」
少年が呟く。
真九は一瞬足を止めるが、振り替えることなく去っていった。
『落ちて行く。
深い海の底へと沈んで行く。
水面へ向かって伸ばした手を誰かが掴んだ。
海と同じ色の髪がなびくのが見えた。』
昔の夢を見ていた。中学一年生の夏の宿泊学習の時。
施設の近くの岬から海に落ちた。
助けてくれたのは青い少年だった。
目覚まし時計の不快な電子音が鳴る。
手探りで時計を止め、暫くベッドの中を転がる。
二度目のアラームが響き、漸く愛は目を覚ました。
昨日のことは余り覚えていない。
ただ疲れて帰ってきて制服のままベッドに倒れこんだことは覚えていた。
皺の着いた請福を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、三着ある内のもう一つに着替える。
シャワーを浴びたぶん遅れた時間を取り戻すように急いで朝食を食べ、ラクロスのスティックを持って家を出た。
朝食を簡単なものにしたから待ち合わせに間に合うだろう。
アパートのボロボロの階段を降りる。
駐車場を抜けて、学校へ向かう道にたどり着く。
そこに、赤い少女が待っていた。
「よう、おはよ」
少女の瞳からは昨日のような炎が消えていた。
「今日で最後だ。負けてもアンタには手を出さない」
少女は持っていた竹刀袋から大小二本の日本刀を取り出す。
同時に愛のペンダントが藍色に耀きだす。
「そのペンダント、壊させてもらうぜ」
少女が短刀を右手に、長刀を左手に持って襲いかかる。
愛はラクロスのスティックで短刀を受け止め、長刀を回避する。愛がスティックの柄で突こうとすると少女は後ろに飛んで避ける。
「なあ」
戦いながら少女が話しかける。
「お前の言う記憶ってそんなに思い出さなきゃいけないことなのか?」
愛が答える。
「忘れていたのは好きな人の記憶だった」
ペンダントが輝きを強めていく。
愛の制服の灰色の部分に色がにじみ出ていく。
「この色は好きな人の色だった」
ペンダントの色がセーラー服の襟を染める。
「わたしを助けてくれた時の海の色だった」
スカーフが、スカートが染まっていく。
「この色を忘れたくない」
愛の持つスティックが少女の短刀を弾き飛ばす。
「たとえこの思いが届かなかったとしても」
少女は残った長刀を両手に持って斬りかかるが避けられ、長刀をはたき落とされる。
「わたしは、そーた君を好きになった事を忘れたくない」
ペンダントの色が制服をはみ出して世界を染めていく。
自販機に並ぶ天然水のパッケージを、道路の標識を、工事現場のシートを、あの時の海を、頭上に広がる空を、とある少年の髪と瞳を。
そして愛は、彼へのアイを取り戻した。