灰-ハイ-
全四話予定
綺麗に澄んだ空、波の穏やかな海。
灰色であるはずの空と海は『見たことの無い色』で染められていた。
灯台が立つ岬に花田 愛は一人たたずんでいた。
「またこの景色……。またこの色……」
夢で何度も訪れる知らないはずなのに何故か懐かしく感じる景色に愛は呟く。
見ている風景に飽きてきた愛が海に向かって歩き始める。
もう少しで、あとほんの数センチ歩けば海に届く。
愛は今まで何度もこの綺麗な『見たことの無い色』をした海に飛び込もうとしていたが、いつも飛び込む前に目が覚めてしまっていた。
今回も無理だろうと半分諦めながら何もない空間へと最後の一歩を踏み出す。
「あっ…」
踏み出した足が空を切る。
バランスを崩した愛は海へとまっ逆さまに落ちていった。
第一話 灰-ハイ-
目覚まし時計の不快な電子音が鳴る。
手探りで時計を止めようとするが音のする場所は高く、届かない。
仕方なく愛は目を開ける。
愛が寝ていたのはベッドではなくその横の床の上だった。
まだ意識が覚醒しきっていない愛は不思議そうな顔をしながら体を起こす。
その時右手から何かがこぼれ落ちた。
それを確認しようと視線を落とす。
そこに落ちていたのは夢で見た空や海と同じ色をした玉がはまったペンダントだった。
見たことが無いはずなのに何故か懐かしさを感じるそれから愛は暫く目を離せなかった。
なんの変哲もない白と灰色のセーラー服となんの特徴も無い灰色のスカートを着用する。
ハンカチ、ティッシュなどを整え、今朝見つけたペンダントを首にかける。
いつの間にか手の中に入っていたという怪しい物だが愛は不思議と手放すことが出来なかった。
しかもこれが無ければ落ち着かないと思うほどにペンダントに引かれていた。
愛はペンダントを指で撫でると、朝食を摂るために寝室を出ていった。
ドアを閉めて鍵をかける。
アパートの外側にある赤茶けた階段を下りて屋根の外に出る。
雲ひとつ無い、しかし色褪せたような灰色の空が目に入る。
6月の湿った空気の中、愛は学校への道を歩き始める。
同じ制服を着た生徒がちらほらと見え始めた頃、愛はある交差点で立ち止まる。
手鏡を取り出し、朝整えた髪を再び弄り始める。
そのまま5分ほど時間が過ぎて満足したのか愛が手鏡をしまう。
「おはよう。ごめん、愛。待ったかい?」
ちょうどそのタイミングで一人の少年が愛に声をかける。
「おはよう、そーた君」
愛は振り返り、微笑みながら挨拶を返す。
その時、少年が胸元で揺れるペンダントに気付く。
「愛、そのペンダントは?」
少年はその深く穏やかな色に引かれてペンダントを手に取る。
「これ?朝見つけたの。綺麗でしょ?」
自分のファッションセンスが評価されたようで嬉しくなった愛は自慢するようにペンダントを見せびらかす。
「うん。綺麗だ。誰が作ったんだろう?」
少年はすっかりペンダントに夢中になっている。
「そーた君!こういう時はアクセサリーじゃなくて女の子を誉めるものでしょ!」
「ご、ごめん……。似合っているよ、愛」
焦って取って付けたような誉めかたをする少年に愛は胸の中に何かもやもやした物を感じていた。
「そーた君、わたし先にいくから」
愛はそう言い残すともやもやを振り切るように走り去っていった。
「あ……愛!待ってよ!」
残された少年は追うかどうか一瞬迷ったがすぐに諦める。
そしてまだ寝癖の残る頭を掻きながら灰色の空を見上げた。