005
私は、お前の、クローン。
「……え、えっ、と?」
瑠璃は目の前の顔を呆然と見つめた。言っている意味が分からない。思考が、停止しそうになった。
「クローン――――
一個の細胞あるいは個体から、無性生殖によって増えた細胞群、あるいは個体群。全く同一の遺伝子をもつ。
――――つまり、情報・数値・構造において、あんたと私は、全くの同一人物ってことだ」
深い緑の瞳が射るように瑠璃を見ている。
その中に先ほどまでの悪戯な光はない。一切ない。
―――― 冗談ではない。本気だ。
「まさか……そんなことって」
もう一度リウを見つめる。
「嘘なんかつくかっての」
息を呑む。よく聞けば少し低いだけで、声もそっくりだ。
呼吸を整え頭を整理する。落ち着け。しっかりするんだ。
「公式のクローンを造るには家族と本人の了承がいるはずです。だいたい中央では禁止されていますし……そんな話、母からは一度も」
「公式なクローンは、な」
淡々と、しかしはっきりリウは話す。おぼろげな光の中で見る表情からは、何も読み取れない。
「じゃあ……リウ、あなたは非公式のクローンだと?」
「そういうことになる。まあ厳密に言えば、クローンとF.Iは別物だけどな」
――――F.I。欠陥のない個体。
それが一体何なのか。自分が今ここにいることと、何の関係があるのか。
詳しいことは何一つ掴めないまま、ただ黙り込むことしかできない。
――――頭が、痛い。
気が付けば瑠璃は両手で頭を抱えていた。痛みに鈍る意識の中、ぼんやりと思う。
前にも……前にもこんなことがあった。確か誰かの……懐かしい誰かの声を聞きながら――――
一瞬浮かびかけた断片的な映像はしかし、唐突に聞こえてきた透き通るような声によって掻き消された。
「……リウ、説明が雑だ。彼女が困ってるじゃないか」
荷台の端から聞こえる声。瑠璃はゆっくりと顔を上げた。
オフ……だ。一度も口を開かなかったので、彼は喋る気がないものと思い込んでいた。
「そっちはもういいのか?」
「問題ない。これ以上引っ掻き回すとこっちの足が着く」
そうか、とリウが言い、オフはモニターを畳んだ。そのまま視線で瑠璃を捉えると、彼はリウの持つ明かりに近寄り、二人の近くに腰を下ろした。
茶髪に、同色の澄んだ瞳――――
「あっ!」
絡まっていた紐がほどけるように、瑠璃の頭の中から欠落していたものが戻ってきた。
「あなたたち……一昨日、海岸にいましたね?」
リウとオフが顔を見合わせる。その沈黙を瑠璃は肯定と受け取った。
相変わらず、リウは口の端を吊り上げるような笑みを浮かべている。
そう、この笑み。唯と真湖が見たのはこの人に違いない。そして一緒にいた茶髪の青年。写真を見た限りでは、今目の前にいる彼と同一人物のように見える。
「だから中央をうろつくルートは避けたかったんだ」
オフが言う。リウは怪訝そうに眉をひそめた。
「なぜそれをお前が知ってる」
「友達に聞いたんです。私と、見間違えたみたいで……」
「ふん、そうか」
リウが納得したように頷く。そしてこの話はもう終わりだと言わんばかりに話を打ち切った。
「聞きたいことは? それだけか」
「あなたたちはそこで、一体何をしてたんです?」
「研究所の破壊と放火、それに特秘情報の持ち出し……って、言ったらどうする?」
「私は真面目に話を……!」
「全部本当なんだがな」
「えっ?」
中央研究所への侵入と放火。立派な犯罪だ。
「なぜそんなことを」
「知りたいことを無計画に聞いても、話の大筋は掴めないぞ?」
瑠璃の言葉を遮ったのはオフだった。
「それから、一つのことに拘っても全体が見通せなくなるだけだ。だったら一度、俺たちの話を聞いてみてくれないか?」
突然の言葉に、瑠璃は戸惑った。
オフは笑うと、リウに向き直り少し棘のある口調で言った。
「お前も時間ばっかりかけてないで、もっと効率よく説明しろ。相棒が困ってるだろ」
「誰が相棒だ。苦手なんだよこういうの」
「代われ。適材適所だ……瑠璃、聞く気になったかい?」
――――一体何なんだ。
瑠璃は頷きながら息をつき……
悪い夢なら早く覚めて、と今更ながら祈った。