002
「――――という訳で二十一世紀以降の社会だが――――」
史学教師の声が響く新学期の教室。
瑠璃の通う学校は、町の中心から少し離れた小高い丘の上にある。景色は素敵だが、この季節は学校へ辿り着くまでに汗ばんでしまう。
学生専用のバスに押し込められ、不自然な方向に跳ねた髪を押さえながら、瑠璃は涼しい教室で講義に聞き流していた。
「まさに二十一世紀を迎えた年、当時の世界を揺るがす事件が起きた。――――相澤、分かるな?」
指名されたクラスメイトは気怠そうに、「テロ、9.11」とだけ答える。
瑠璃はぼんやりと窓の外を見つめた。
「その通り。そして知っての通りこの9.11は、その後一世紀近く続くテロリズム時代の皮切りとなった出来事だ。宗教的・政治的背景含めてしっかり押さえるように」
パラパラとノートをめくる音が聞こえる。
すべてがデジタル化され機械化に向かう今、学生の使うノートやペンは“アナログの価値”を認められた数少ない生き残りであった。
瑠璃は真っ白なノートに目を落とした。歴史は彼女にとっては得意科目の一つで――――最も退屈な科目の一つだった。
教師の話のほとんどはすでにどこかで聞いた話だ。猛勉強した覚えはないが、気が付けば歴史の流れは教えられるまでもなく頭の中に入っていた。元々記憶力は良い方だったし、新学期に教科書を一読する癖もある。その時に、さらっと覚えてしまったのだろう、と思っていた。講義を聞いても聞かなくても、試験の成績は変わらない。
だったら聞かないのが、学生というものだ。
教師の声が遠く深く沈んでゆく。瑠璃は自分が眠りへと近付いているのを感じた。
――――そうしてたゆたっていた心地よい微睡みの中、それは聞こえた。
あお、あお。いちめんのあお
どうして わたしは ここに いるの
みんなしってる けれど なにもしらない
あお、あお。いちめんのあお
頭に鈍痛が走る。瑠璃は目を開き息をついたた。
――――またか……。
昔からそうだった。時折、自分の中から声が聞こえる。まるで自分のものではないかのように唐突に、無機質な声が意味の分からない言葉を響かせるのだ。
最近は少しその回数が多い気もしていた。聞こえるのは決まって、知らないはずのフレーズ。しかし不思議と、どこか懐かしさを感じる言葉だった。だからこそ、だろう。
「勉強疲れで脳がちゃんとした休みを欲しがってるのね。声? ああ、昔読んだ本とかどこからか受け取った情報が、不意に引き出されているだけよ」
そんな母の言葉に納得していたのだ。
――――今日はちゃんと寝なきゃ……。
ぐっ、と伸びをする。顔を上げた教師と一瞬目が合い、瑠璃は慌てて窓の外へと視線を逸らした。
何も、何も変わったことはない。あるのは予報通り、残暑が厳しい校庭のみだ。
予報が外れることは滅多にない。予想された未来が変わることは、滅多にないのだ。
瑠璃はもう一度だけ窓の外に目をやり――――教師が映し出す映像に向き直った。