000.しっている ばしょ
音を立てず、扉が開いた。
ここは――――
予想を軽く超え広がる筒状のケース。すぐ横の青く照らされた中には、レナの瞳でも辛うじて捉えられる大きさの「何か」がうごめいている。
奥へと進んでゆくに従い、うごめく「何か」は少しずつ、だが確実に大きくなっていく。
レナは息を呑んだ。
暗いだけの場所。ようやく辿り着いたはずの「わたしの場所」。
なのに、何一つ思い出せない。
そうなるだろうと、覚悟はしていた。ここに足を踏み入れた時から――――いや、それよりもっと前から――――薄々予想していたことでもあった。
――――でも……
だとしたら……こんなにもこの場所が懐かしいのはなぜだろう?
記憶の奥底から、胸が温かくなるような喜びの声が聞こえるのはなぜだろう?
オカエリ
ヤット 帰ッテ来タネ
目を見開く。声が響いた。鼓膜を揺らす、音としての声ではない。自分にしか聞こえない、誰かの声だ。
分からない。これは誰の声だ? 誰も知らない、私の中のわたし?
――――ねえ、だったら。
だったらあなたは、何もかも知っているの?
私がもがき、苦しみ、焦がれるように求めてきた真実を。
不意に胸が苦しくなる。己の不甲斐なさに、レナは唇を噛み締めた。
ここまで、来たのだ。
諦めるものか。食いついてしがみついて、真実の片鱗を手放しやしない。絶対にしない。
ゆっくり、確実に歩を進める。
『ブロックXに未確認生体反応関知。繰り返す、ブロックXに未確認生体反応関知』
突如、警報システムが鳴り響いた。小さく舌打ちをする。
しまった。見つかった。やつらがここに来るのも時間の問題だ。捕らえられたら、もう二度と光を見ることはできない。
足音が聞こえ、レナは身を隠そうとケースの裏に潜り込んだ。滑り込むと同時に、タッチパネルの文字が目に入る。
その言葉を理解した瞬間、頭に鈍痛が走った。
クローン造成
――――何だ……これは……
ケースに目を見開いた自分の姿が映っていた。
……あなたのルーツ、
行けば分かるわ、
受け入れられるかどうか、
まだ早い、
そんなことはない、
一刻も早く知るべきだ、
でも、
何でもいい、
生きるんだ、レナ……
仲間たちの声が頭をかすめた。
クローン。そしてルーツ。
――――そうか、そうだったのか。
レナは深く息を吸った。足音がバラバラと近付いてくる。
仮説でしかない。けれど限りなく真実に近いはずだ。確かめる術はないが正しいという確信があった。
――――でも。
でも、この仮説が正しいのならば。
レナは足音を消して走り出した。
一つだけ疑問がある。ぽっかりと、心に暗い穴を開ける疑問が。
――――もし、もしもそれが、真実なら。
だとしたら――――
わたしはいったい だれなんだろう