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4.愛しのキャンディちゃん

あの子のガードは、かたいようであまい。小さな隙間だって、見逃さない。もっとぼくのことで頭がいっぱいいっぱいになればいい。

教室では、ろくに話したこともなかった。目が合ったり、名前を呼ばれて手招きされるなんてこともほとんどなかった。ただのクラスメイト。

教室の中心で、みんなに囲まれてふざけて笑っている彼の背中を、わたしはちょっと離れた席からたまに見つめているだけだった。



「まめちゃんまめちゃん、ちょっとこっち来てみ!」



だけど今は、肩と肩が触れるくらいの距離で、矢野くんの笑ってるかおが見えてしまうようになった。目だって、しょっちゅう合ってしまう。一日に飽きれるくらい名前を呼ばれる。休み時間になるたびに、ぼんやりとしているわたしの手を引っ張って、にぎやかなほうへと連れ出してくれる。



「まめちゃん、このケーキ屋今度一緒に行かへん?ここのタルトがめっちゃうまいらしいねん」

「い、行かない…」

「ええ!なんで!恥ずかしがらんでもええやん、まめちゃんは俺の彼女やろ!」

「恥ずかしがってもないし、か、彼女でもないよ」

「うう…まめちゃんが冷たい」

「ははっ、矢野また振られてやんのー」

「まあ、いつもの事だけどね」

「だよねー。遠藤さんもさ、嫌なら嫌ってはっきり言わなきゃ、一生このストーカー男に付きまとわれちゃうよ?」

「だれがストーカーや!うるさいねんおまえら!俺は今、まめちゃんと話してんの!邪魔すんなや!」



なあ?、と相槌を求めて矢野くんがわたしを見て、笑った。周りのクラスメイトたちは、心なしかあたたかな眼差しでわたしと矢野くんのやりとりを見て、微笑んでいる。…慣れない。慣れるわけがない。はじめての男の子からの好意も、複雑に変化していく自分の気持ちも、周りの雰囲気も。



「まめちゃん、また顔真っ赤にしちゃって。…かわいい。すき。」



こんなわたしを、矢野くんは好きだと言う。

矢野くんにそう言われるたびに、わたしは逃げることしかできないというのに。それでも、変わらずに彼は毎日わたしの傍に駆け寄ってきて笑いかけてくれるのだ。



そして、またあのことばを繰り返し言うのだ。飽きもせずに。


「まめちゃん、好き」



恥ずかしくて、泣きそうになる。見られたくなくて、矢野くんたちが見ていた雑誌を奪いとって、自分の席へと後退。顔を覆って、必死で顔を隠した。広げてあったそのページには、“春のデート特集”の文字。ますます、恥ずかしくなった。



「まーめちゃん」



机の前に、矢野くんの気配。ちょんちょんと、肩を突かれる。多分きっと、顔を上げればすぐそこに矢野くんがいる。クラスの騒めきが遠退いていって、わたしの耳は器用に、矢野くんの声だけを拾っていた。



「まめちゃん、怒った?」

「…怒ってないよ」

「じゃあ、恥ずかしかった?」

「……矢野くんは、ちょっと言い過ぎだと思うよ」

「ん?なにを?」

「その、かわいい、とか、す、す…すき、とか。むやみやたらに言い過ぎだと思う」

「だって、俺まめちゃんのこと好きやもん。それに、まめちゃんのこと毎日かわいいって思ってるし」



ぐん、と矢野くんの声が近くなった。「こっち見て」と、言われてるような気分になる。

わたし、矢野くんが思ってるようなかわいい子なんかじゃないよ。顔を隠したまんま、矢野くんにそう告げた。わたしよりも、かわいい女の子なんて、この学校だけでも探せば山ほどいる。ニキビだってちっとも減らないし、胸だって平らだし、髪も剛毛だし、音痴だし、運動神経もそんなに良くないし。言いだしたらとまらなくなる、自分のコンプレックス。矢野くんはただじっと、わたしの小さな呟きに耳を傾けていた。



「だからね、わたしに“かわいい”なんてことばは勿体ないよ」

「じゃあ、いつ言えばいい?俺はいつだって、本音しか言わへんよ。かわいいと思ったら、かわいいって言うし、好きやなーって思ったら迷わずに好きって言いたい」

「じゃ、じゃあ、その、もっと発言を控えてください…」

「やだ」



ひょいっと雑誌を奪われた。隠れ場所を失ったわたしの顔の前には、とびきりいやらしい笑顔をしている矢野くんがいた。だから、矢野くんは距離がいちいち近いよ。



「ほら、かわええやん。すぐ真っ赤になるとことか、もう最高にかわいい。まめちゃんのそういうピュアなとこ、だいすきや」

「だ、だからそういうこと言わないで!」

「そりゃ、言うよ。好きな子が目の前におんのに、口説かないわけないやん。それこそ、勿体ないわ」

「は、恥ずかしいんだってば!」



我慢出来ずに椅子から立ち上がる。楽しそうにカラカラ笑う矢野くんの肩を、ぐいぐい押し退けてみるけれど、逆にぐいぐいと近付いてくるから、やけになってさらに矢野くんの肩を掴んでバシバシ叩く。効果はほとんどゼロ。力比べできるレベルじゃない。

「見ろよ、痴話喧嘩だ」と誰かが囃し立てる。違う、と抗議する前に矢野くんに手首を掴まれた。



「恥ずかしいんや?じゃあ、もっと恥ずかしがればええよ」



耳元に、春の風みたいなあったかい吐息が触れた。ないしょ話をするときのようなひそやかなボリュームの声が、わたしの思考を停止させる。



「前にも言ったやろ?そうやって恥ずかしがって、じわじわと俺のこと好きになってくれたほうがいい、って」



矢野くんの自信たっぷりの発言に、息さえするのが苦しくなった。だから、いろいろ近いんだってば。

油断したら、ぱっくりと食べられてしまいそうだ。がくん、と足が崩れそうになる。負けてたまるもんか。わたしはまだ落っこちてない。落ちるわけにはいかない。



「まめちゃん、すき。…はやく、俺にオトされてよ」

「ぜ、絶対むり!いやだ!わたしが好きなのは、お菓子だけです!」



ドン、と矢野くんの身体を押したところで、授業開始のチャイムが鳴った。10分間の、短いようで長い攻防戦の終わり。先生が気だるそうに教室へと入ってくると、ちえっ、と矢野くんが舌をならした。わたしは、へろへろと椅子に座り落ちる。今日はまだ始まったばかりなのに、すでに半分くらいの体力がすり減ったような気がする。



「まめちゃん」

「ひぎゃっ!」

「そういう意地っ張りなところも好きやで。…てか、萌えるわ」

「な、なっ、」

「こらー、矢野ー。早く席につきなさい」

「ほーい。んじゃ、またねまめちゃん」



ほんの一瞬の隙も、攻めの態勢を崩さない矢野くんからのウインクをしっかりと弾き返して、わたしは今日も自分の情けないため息の数に悩まされる。




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