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3.溶けちゃえバニラ

好きだらけの男の子。隙だらけの女の子。巻き込まれるその他大勢と+α。

まだ傾くな、わたしのハート。




「まめちゃーーん、おはよーーっ」



桜吹雪舞う4月の早朝、学校近くの横断歩道前にて。赤信号で立ち止まる眠気まなこのわたし、その反対側の歩道からひょろ長い背格好の、同じ学校の制服を着た男子がおおきく手を振っているのが見えた。あれは間違いなく矢野くんだ。朝から、変な注目を浴びてしまって、小心者のわたしは下を向いて肩を落とすしかなかった。



信号が青に変わった途端、にかーっと笑いながら真っ直ぐにわたしに向かって走ってきた矢野くんは片手に、何故か薔薇の花束を抱えていた。朝から、薔薇背負って登校してくる男子高校生なんて、見たことないよ。怪訝な視線を送るわたしには気付いていないらしく、矢野くんはぴょこぴょこと跳ねるように隣に並んで歩きだす。相変わらず、距離がいちいち近い。



「まめちゃん、学校着くまで手繋いでいこか」

「むっ無理!絶対いやだ!」

「うんうん、今日もまめちゃんはかわええなあ〜〜癒されるわ〜〜」

「……」



すぐに顔を赤くするんじゃない!耐えろ、わたし!

でも結局は、赤面を隠すことなんてできなくて、隣からニヤニヤと微笑まれてしまうのだ。…今日もわたしの負け。あの衝撃的バレンタインデーの日から、2ヶ月たつのに。矢野くんのこのストレートすぎる台詞や言動に、全然慣れない。そろそろ耐性とかついてもいい頃なのに。いや、ついたらだめな気がする。なんとなく。




「まめちゃん?」

「…なんでしょう」

「薔薇、好き?」

「え?う、うんそれなりに好き、かな」

「桜は?」

「好き」

「春も?」

「好きだよ」

「お団子は?」

「だいすき!」

「じゃあ、矢野嵐のことは?」

「だいすっ……、あれ?」

「んん?」

「………ふ、普通です」

「ちっ、惜しい」

「惜しくない!」



かばんを、笑っている背中にぶつけるとちょっとだけよろけてわざとわたしの方へ倒れてこようとするから慌てて両手でガードした。ケタケタ笑う矢野くんの頭には、よく見ると真っ赤な薔薇がさしてあった。…変な飾り。ちょっとかわいいけど。



「薔薇、似合うね」

「あ、惚れた?」

「惚れない!」

「はは、振られたー」

「でも本当にすごいね。どうしたの、これ」

「これか?さっき道歩いてたら、花屋のオネーサンがくれてん」

「なんで?」

「…気になる?」



薔薇を両手に抱えて、意味ありげに微笑む挑戦的な矢野くんの姿。今度こそ、勝ってやる!と、意気込んだもののどう答えればいいのかわからずに矢野くんを見上げて素直にこくりと頷くしかなかった。ああ、悔しい。言葉のレパートリーを増やさないと、いつまでたっても彼には勝てないなあ。もう一度見上げた視線は矢野くんとは合うことはなく、彼の旋毛しか見えなかった。矢野くんは顔をうつむかせて、片手を口元に当てたまま黙りこんでいる。きっと笑いをこらえているに違いない。



「……上目遣い、やっべえ」

「?、なにか言った?」

「…まめちゃん」

「ん?」

「好きや!」

「ひっ、ぎゃああっ」



公衆の面前で、堂々で抱きつかれた。また、周囲の注目を浴びてしまい、すごく居たたまれなくなる。通りすがりの同じクラスのひとたちが、「見せつけんなよー」などと囃し立てていく。別に見せつけてなんかない!必死になって、引っ付いてくる矢野くんを引き剥がそうとするけれど、びくともしない。

道の真ん中で攻防戦を繰り広げていたら、いきなり首根っこをぐんっと勢いよく誰かに引っ張られて、わたしは意外と簡単に矢野くんの魔の手から逃げることに成功した。後ろを向くと、同じ部活の後輩がしかめっ面でこっちを睨んでいた。その隣には、眠たそうな目をこすりながらおおきなパンを噛っている部長の姿。一気に肩の力が抜けて、顔がへにゃりと崩れる。



「能登くん、部長、おはようございま…あいたっ」

「全く…遠藤先輩は相変わらず隙だらけですね」

「能登くん…い、痛い…」

「思い切りやったので、当たり前です」



後輩の能登くんに遠慮なしにデコピンされた額を両手で押さえる。能登くんは大きな態度を崩さないまま、わたしと矢野くんの間に割って入っていき、不機嫌な声を目の前の矢野くんに向かって張り上げた。



「矢野先輩、いい加減遠藤先輩をからかって遊ぶのはやめてくれませんか!」

「からかってへんよ、俺はいつでも本気やで。つーわけで、どけやチビッ子。まめちゃん渡さんかいボケ」

「それは却下だ。遠藤はあたしの専用コックだ、誰にも渡さん。もちろん能登、お前にもな」

「部長…ちょっと黙っててもらえませんか。話がややこしくなるんで。あと、ひとつ訂正させてください」

「なんだ、言ってみろ」

「遠藤先輩は、うちの部活のマスコットです。勝手に部長専用コックにしないでください」

「そうか、すまん」

「能登くん…わたし一応きみの先輩なんだけど…。部長も、なんで納得してるの…?」

「というわけで、うちのマスコットに今後一切近付かないと誓ってください」

「却下!!まめちゃんは、俺だけのマスコットやもん!ねっ、まめちゃん!ほら、俺の胸に飛び込んでおいで」

「おっ、お断りします!」



両手を広げてくる矢野くんに再び身の危険を感じて、アクビをしている部長の背中にしがみ付くようにして隠れた。「ハイ、あたしの勝ち〜〜」部長がやる気のないピースサインを無言の睨み合いをしているふたりに見せびらかしながら、のろのろと歩き始める。わたしもぴったりと部長にくっついたまま、歩いた。


「あーあー。ブチョーさんにまめちゃん取られてしもた。チビッ子のせいやぞ、どうしてくれんねんこの俺のサビシイ両腕」

「知りませんよ。ああ、そこの電柱にでも抱きついていればいいんじゃないですか?お似合いっすよ?あと、チビッ子って言うなヘンタイノッポ」

「ははは、相っ変わらずクソ生意気やなあ〜チビッ子は」

「いだだだだっ、頬を引っ張るなあああっ」



すぐ後ろで、賑やかなふたりが言い争っている声が聞こえてくるけれど知らん顔して歩いた。能登くんの怒声をヒョイヒョイとくぐり抜けて、「まめちゃーん」とわたしを呼ぶ矢野くんの声と足音がこちらへ近付いてきたと分かってもツンと背筋を伸ばして聞こえないふり。



「これ、まめちゃんにあげる」



だけど、目の前に突然差し出された薔薇の花束には、さすがに無視することはできなかった。いつの間にかわたしの真正面に先回りして立っていた矢野くんと薔薇を、交互に見つめかえす。やっとわたしたちに追い付いた能登くんが、ウゲッと顔をわかりやすく顰めた。隣では、今まで黙って2個目のパンを平らげていたはずの部長の口からは「キザ男…」という呟きがもれている。



「この花束、お花屋さんのひとからの贈り物じゃないの?」

「ちゃうよ?“好きな子落としたいなら、まずは花を贈りなさい”って、花屋のオネーサンの粋な計らいでいただいたやつやねん、コレ」

「え…ナニソレ…」

「最近なー、蘭サンに…あっ、蘭サンって花屋のオネーサンのことな?どうやったらまめちゃんともっとお近づきになれるか相談しとってん」

「相談…」

「そしたら、今朝いきなり蘭サンにこの薔薇の花束渡された。…だから、受け取って下さい!好きです!」



いつかの時のように、わたしに向かって真っ直ぐに伸びた手のひら。その手に、しっかりと握られた真っ赤な薔薇の花束。傾くな、わたしのハート。まだ、落っこちるわけにはいかない。周りにできた人だかりから、ぱちぱちと拍手と歓声が巻き起こりはじめて、本格的に恥ずかしくなって穴に埋まりたくなった。



「…俺の本気、伝わった?」


大きな背を屈ませて、俯くわたしの頬に触れてきた矢野くんの、射ぬかれそうな視線に心臓がついに限界を越えてしまった。薔薇の花束を矢野くんの手から奪って、わたしはその場から逃走したのだ。いつものごとく、奇声を発しながら。



「まめちゃん、また教室でなーー」




走ってる間、矢野くんの声が、ずっと頭の中でこだまみたいに響いてた。





教室の隅っこに放置されていた空っぽの花瓶に、鮮やかな薔薇が咲くことになるのはすぐあとのこと。そして、目ざとく気付いた矢野くんが嬉しさを隠し切れずにわたしに飛び付いてくるのは、朝礼が始まる25秒前。



「まめちゃん、だいすき!」



彼のチョコレートよりも甘いコトバと薔薇の香りに、埋もれてしまいそうな春のとある日。



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