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2.パンケーキが焦げた

「俺とお友だちになってください。そしてゆくゆくは、俺の彼女になってください。お願いします!」



放課後、家庭科室前の廊下にて。わたしに向かって真っ直ぐに伸ばされた手のひらと、息を切らせながら早口で叫ばれたことばたちにキョトンと固まるしかなかった。あ、チョコレートのにおいだ。

下げていた頭をゆっくりと上げて、おそるおそるわたしと目を合わせたのは、ついさっきまで女の子のかわいくて甘い贈り物に囲まれて眠っていた矢野くんだった。随分急いで走ってきたみたいで、折角ワックスで整えられていた髪の毛が少しだけ乱れている。跳ねた前髪を気にしない様子の矢野くんが、一歩わたしへと近づいた。あれ、なんか近い。



「俺の話、聞いてた?つうか、回りくどかった?」

「それよりも…矢野くん、顔が近いです」

「分かった、今の気持ち正直に伝えるわ」

「全然分かってないよね。あの、ほんとに近い…」

「遠藤サンのこと、好きになっちゃいました。俺と付き合ってほしいです」

「………えっ?」



空から、たくさんの飴やマシュマロ、マカロン、キャラメルのお菓子が、わたしめがけて降ってきたのかと思った。それくらいの衝撃だったのだ。そして、降り積もった埋もれそうになるくらいのお菓子の道をかき分けて、迷わずわたしの両手を掴んできたチョコレートの甘ったるいだけのにおいを身にまとったそのひとは、同じことばをただただ繰り返した。バケツに並々はいった溶けたチョコレートの液体を、頭のてっぺんがざばざばと容赦なく落とされて振りかけられているようなイメージが、頭から抜けない。



「あれっ、まだ無反応?もう一回言うで。俺は遠藤サンのことが好っ、」

「ひぎゃああうおあああっ」



そして、わたしは溺れかける前に逃げ出したのだ。生まれてはじめて、学校の廊下を全力で走った。…生まれてはじめて、男の子から愛の告白をされた。しかも、宇宙人よりコミュニケーションをとることがはるかに難しそうな、背景に鮮やかな薔薇を背負って歩いているようなあんなかっこいい男の子に!これは夢だ、もしくは何かとてつもない不幸の前触れにちがいない。


「えっ?なんで逃げるん?置いてかんといてや〜」

「えええええっ!なんで追いかけてくんの!なんで追いかけてくんの!」

「遠藤サンが逃げるからやろー?つーか、遠藤サンってえんどう豆みたいな名前やよなあ。そや、まめちゃんって呼んでもええ?」

「まめちゃんでもえんどう豆でもなくて、わたしの名前は遠藤まみです!」

「知っとるで。遠藤まみイコールえんどう豆イコールまめちゃんやろ?かわいいやん」

「話が通じてない!やだもう追いかけてこないでください!」

「やだ」



ぴょんぴょんと身軽に追いついてくる足音に恐怖すら感じた。ついに、真横に矢野くんの気配。隣を見ると、笑顔でわたしと並ぶようにして走っている彼と目が合った。今すぐUターンして、家庭科室に逃げ込んで、チョコレートタルトとかトリュフを作って、食べたいのに。急に立ち止まると、息を整えるのがやっとでそんなすぐには動くことなんかできなかった。

飄々とわたしの顔を斜めから覗き込んできた矢野くんからは、やっぱり甘いお菓子のにおいしかしなかった。



「まめちゃん、好き」

「う、うそ、だよ。だっ、て、はなした、ことも、そんなに、ないのに」

「それが恋の面白いところや」

「おもろい…?」

「うん。ついさっきまでまめちゃんのこと意識してなかったのに、なんでもないようなちっさいことでまめちゃんのこと好きになった。ドカンて、心臓になんか落ちてきてん」

「意味、わかりません!ついさっきとか、ありえないよ」

「そおか?けっこうあると思うんやけどな」

「ないから!こっ、恋とか好きになるのって、時間をかけてじっくりと分かっていくものだと思う!」

「……」



ぱちくりと、矢野くんが目を見開いてまばたきを2回した。でもそれはすぐに、柔らかく細められて空気中にふわふわと弾けた。



「はーん、さてはまめちゃん。恋したことないな?」

「な!あっあるよ!……しょっ、小学生のときに」

「ほうほう。つまりピュアっ子ってことやな。よし」

「ピュアっ子…って、よし、ってなに!?」

「じゃあ、今から俺と恋しようや」



矢野くんがふたたび、わたしに顔を近付けてくる。一歩下がれば、二歩近づかれる始末だ。だめだ逃げ場がない。背後に、行き止まりを示す壁の感触。顔の横に伸びた腕に捕まって、わたしはとうとう彼の顔を見ざるをえなくなった。



「そんで、俺のことじわじわと好きになってくれた方が、萌える。…色々と」

「む…無理!いやです!」

「はは、顔あっつ。まめちゃん、かわい」

「ひぎゃああうおあああああっ」

「お、また逃げた。おもろいわあ〜」



2月14日、バレンタインデー。チョコレートの落とし物につられて、矢野くんのことを追いかけてしまったことをひどく後悔した。この日を境に、わたしは彼に毎日追い掛けられるはめになってしまうのだから、笑えない。

はたして逃げ切れられるか溺れて抜け出せなくなるかは、わたしの脚力と鉄でコーティングされた固い心臓にかかっている。



さあ、勝つのはどちらでしょう。



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