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1.ちょこれゐと革命

スピンオフ的なかんじです。奈良くんのおともだち“矢野くん”が恋とニガテなお菓子に奮闘するおはなし。

2月14日のバレンタインデー。どこもかしこもチョコレートの甘いにおいで溢れていて、浮き足立っている学校の中。そんな放課後、家庭科室へ向かう途中の渡り廊下で、おいしそうなチョコレートの香りを漂わせたさくら色のカーディガンを着たひょろ長い男の子とすれ違った。あれは確か、同じクラスの矢野くんだ。

すいすいと軽やかに走っていく彼から、コロンと何かが転がり落ちた。拾ってみると、それはかわいい包みにはいったチョコレート。振り返ると、灰色の髪が左に曲がっていくのが見えたので慌てて追いかけるはめになってしまった。




まだ花も葉っぱも咲いていない寒そうなおっきな桜の木の下で、色とりどりのチョコレートの箱に囲まれて寝そべっている姿を、見つけた。モテる男子は大変だなあ。近付いてみても、ぴくりとも動かない矢野くんのそばに、さっき彼が落としていったチョコレートのはいった包みをそうっと置いた。



「女の子の気持ち、あんな簡単に落としていったらだめなんだよ?」



寝ているひとに話し掛けてお説教しても、無駄なのは分かっているけれど口が勝手に動いてた。しゃがみこんで、彼と彼の周りにひろがる景色を眺める。ああ、なんて羨ましいのだろう。甘いお菓子に埋もれそうになっているのに伸び伸びと寝転がっている自由な男の子を、思わず見入る。わたしも、こんなふうに甘ったるいモノを両手いっぱいに抱きしめて眠ってみたいものだ。



「いいなあ。」



ぽろっと、おしゃべりな口からこぼれでたことば。それでも、目の前の男の子はすやすやと夢の中で、ちょっと安心した。矢野くんが起きる前に、退散しなくちゃいけないなあ。なんだか名残惜しくて、足が動かない。そのとき、二階の窓からわたしを呼ぶ声がしてハッと立ち上がる。見上げると、市販の四角いチョコレートをかじっている部長が窓から身を乗り出していた。



「おーい、えんどーう。遠藤まみーー」

「あ、部長」

「そんなとこで油売ってないで、はやくあたしにチョコレートタルトを作っておくれよ。お腹空いたー」

「はーい、今行きまーす!家庭科室で待っててくださいねー」



部長に手を振って、わたしはチョコレートのにおいを吸い込ませながら家庭科室へと足を走らせることにした。背後から、とっくに夢から目を覚ましていた矢野くんが、ぼんやりとわたしを見ていたことに気が付かないまま。









「いいなあ。」



甘ったるいチョコレートのにおいに、胸焼けと吐き気がした。頬っぺたを桃色に染めたかわいい女の子たちから次々と渡される苦手なお菓子の数々に、たまらず逃げ出した校舎裏の桜の木の下。気分が悪くて、横になっていた俺の耳に届いてきたのは、女の子の小さなつぶやきだった。

気付かれないように、薄目で声の主を確認するとその子は同じクラスの女の子だと分かった。比較的おとなしいイメージで、化粧っけもあんまりなくて、スカートも膝が隠れてしまう長さで履いている。以前席替えで近くの席になったときに少し話した程度のクラスメイト。



いいなあ?なにが?この贈り物のこと?チョコレートのこと?それとも、俺自身?



彼女のことばの意味が分からなくて、とりあえず狸寝入りを続行していた俺の目に飛び込んできたのはその子の柔らかい笑顔だった。不意打ちをくらってしまって、心臓が分かりやすくぎゅっと捕まれた。なにこの子、こんなかわいかったのか。知らなかった、不覚だ。



「おーい、えんどーう。遠藤まみーー」

「あ、部長」



誰かに名前を呼ばれて、すんなりと立ち上がって小走りしていく彼女の背中を寝転がったままじっと見つめた。見逃してた、もっとはやく気付くべきやった。あんなかわいい子が身近におったなんて。



おおきなキッカケなんてない。ただ、あの瞬間のあの子の声に、あのことばに、あの笑顔に、あの甘ったるいだけのフンイキに。

それだけのコトで、すきが溢れた。恋が、落ちてきたのだ。




足が自然と、あの子の甘いにおいがするほうへと追いかけていた。



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