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4.恋する金平糖

つかまえたのは、桜のはなびらでもビスケットでもなくて。となりで笑ってくれるただひとりの女の子。



告白のあとの、変な気まずさと恥ずかしさにお互いぎこちない笑顔をヘラリヘニャリと浮かべて視線を明後日の方向に泳がせる。奈良くんから香るお菓子の甘いにおいは、いまのわたしたちには逆効果でしかなかった。



その空間を、壊してくれたのは空気の抜けたような笑い声だった。



保健室の扉の影に隠れて、笑いを押し殺している男の子。そのひとには見覚えがあった。さっき、廊下で話し掛けてきたひとだ。やっぱり。どこかで見たことがあると思ったら、時々奈良くんといっしょにいるお友達のひとりだ。その男の子が、わたしたちの存在に気付いてにこやかな笑みを浮かべた。角を生やして彼につかみかかったのは、花びらを乗せたまんまの奈良くんだ。



「あ!!矢野っ、てめえ騙しやがったな!」

「いや〜〜まさかあんな古典的な芝居で引っ掛かるやつが今どきおるとは思わんやん。なんやの、お前。どこまで甘酸っぱさ200%なん!わろてまうやろ、ブフッ!」

「もう笑ってんじゃねーか!ざっけんなよ、お前何様だよっ」

「おう、そうやで。俺がうわさの恋のキューピッド様や。いやはや、感動したで…奈良の砂糖菓子並みのあま〜〜い告白。グッジョブや!」

「な、な、なに堂々と、ひとの一世一代の告白、盗み聞きしてんだよ…っ」



耳まで真っ赤になった奈良くんが、ケラケラ笑い転げている“恋のキューピッド”の肩にパンチしながら怒鳴っている。わたしもつられて真っ赤になる。

そんなとき、うっかり奈良くんと目が合って、さっきの甘ったるい気まずさが再び訪れてしまった。にたにたと笑っている矢野くんを押し退けて、奈良くんがわたしの真っ赤に染まる手のひらをギュッと握ってきた。驚いて、奈良くんを見上げるといつもの、お菓子を分けてくれるときの笑顔でぽつんと呟かれる。



「やっと、つかまえた」



そのことばの意味を聞く前に、おもいっきりだきしめられた。無邪気に擦り寄ってくる彼の心臓は、ありえないくらい早いリズムで鳴っていた。



「な、奈良く、わたしまだ返事、」

「返事とかいーの!どっちでも、いい!好きにさせるから、ぜったい!」

「おーう?すごい自信やな、奈良。さっきまでのチェリーっぷりはどうしたん?」

「うっせ、外野は引っ込んでろ」

「な、奈良くん…」

「前にも言ったじゃん」

「え?」

「名前。…呼んでよ」



桜の花びらが、彼の頭からひらひらと落ちていく。また授業中なのに、そんなことお構い無しに廊下のど真ん中ではしゃぐ奈良くんにたじたじになって、目がぐるぐると回った。

角砂糖を噛み砕いたようなとびきりあまい笑顔を見せ付けられて、ついにわたしも、指先からとろとろに溶けだしていく。



「去年の冬、通学路で間宮のこと見つけて、そんで好きになった。立ち止まって、頭の上に雪が積もってるの気にもしないで、空から降ってくる雪見上げて笑ってるのが、なんか妖精みたいで、すげえかわいかったんだ」



不意に、頭の上に伸びた奈良くんの手。

その手の平のなかには、淡いピンクの花びらがあった。



「だから、間宮のことつかまえたくなった。あのかわいいかおが、もっかい見たくなった。…一回だけじゃ、全然足りなかったけど」




赤いアンテナをいつでも張り巡らせていたのも、瞬間移動したみたいにいつもわたしのいる場所に駆けてきていたのも、となりでいっしょにお菓子の食べかすつけたまま笑ってくれていたのも、ぜんぶ奈良くんの計画的犯行で。そしてそれはぜんぶ、わたしをつかまえるためのワナみたいなものだったのだ。



「あーー…当分、間宮のことはなしたくねえー……」

「そ、それはちょっと困るかな…」

「うっわ、妖精ちゃんかわええな〜〜。よし、俺もきみらに抱きついてもええ?」

「なんでだよ、来んなお前は!」

「恋のキューピッドも人肌がこいしいねん、ちょっとくらい混ぜてくれたってええやろ。ね、妖精ちゃん」

「…逃げるぞ、間宮」

「え?うわあっ」



染まりはじめた指先を包み込む、奈良くんのおっきな手にぐんぐんと引っ張られて、ぐるぐるまわる思考と心臓。息があがる体力不足のわたしのとなりで、すずしい顔して春のやわらかな向かい風を目一杯吸い込んでいるきらきら笑顔の男の子。走る速度をおとしながら、わたしへと振り返った彼は手ぶらの左手でがさごそとポケットを探りはじめた。



「間宮ー、チョコビスケットあるんだけどいるー?」

「ええっ、このタイミングで!」

「いらない?」

「いる」



ポケットから飛び出した割れたビスケット3つ。彼の体温のアトがついている溶けかけのチョコレートがかかったまるいビスケットをふたつ、わたしの手の平に乗せてくれた。奈良くんは、おいしそうにビスケットを口に頬張って笑ってた。口の端に、チョコレートついてるのにそれをぬぐうこともせずにまたわたしの手を握ってくれる。



「奈良くんチョコつけたままだよ、ふふっ」

「あっ」

「え?」

「笑った。…かわいい」




ビスケットがぽろり、力をなくした手のひらから落ちていく。落下していくビスケットを、見事にキャッチしたのは甘い舌でチョコレートを舐める赤いアンテナを揺らす男の子。



「つかまえた」




わたしの心臓ごとつかまえてしまった奈良くんが、こっちを見てかわいく笑った。ああ、わたしの負けだ。ほらもう、はなれられなくなってる。





お菓子の詰め合わせみたいなかわいくてあまい男の子と女の子のおはなしが書きたくて、出来上がったのがこの「午後三時に会いましょう。」です。

最後まで読んでくださったあなた様にとって、ふとした瞬間に思い出してはにんまりしちゃうようなおはなしに仕上がっていたらうれしいなあと思います。

ありがとうございました。


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