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2.バターの輪郭

つかまえたい。恥ずかしがり屋のえがお。かわいいえくぼ。だから、ぼくはいつでもどこでもあの子の元へ駆けてゆくのだ。


放課後の夕暮れに染まった学校。しずかな廊下の窓から見えた校庭、すばしっこくグラウンドを駆けてゆく赤色が見えて思わず足を止めてしまった。はじめて彼が部活をしているところを見た。この春、陸上部の副部長になったんだと誇らしげに、でもなんの嫌味もなく白い歯見せて笑っていた奈良くんを思い出す。いつもわたしに見せてくれる顔はひとつもしていない、真剣で鋭い表情をして息をととのえている彼のことをしばらく、惚けて見とれてしまう。固まった両足をぎこちなく前へ進めたとき、わたしを見上げた真っ直ぐな視線には気が付かなかった。





「それ、なんていう花?」



放課後の日課である花壇の水やりをしているとき、ひょっこりと現れた奈良くんはきらきらと汗を光らせて笑っていた。昨日の放課後、窓越しに見た表情はマボロシだったんじゃないかってぐらいの、いつものにこにこ顔の奈良くんに、すこしだけホッとしてしまう。部活は?というわたしの疑問を「休憩中!」と軽く受け答えしたまま、隣にしゃがみこんでしまう奈良くん。



「レモンの飴あるんだけど、いる?」

「…ありがとう」

「おう!」

「奈良くんはお菓子だいすきなんだね」

「当たり前だろ。あ、もっと欲しい?」

「ううん、大丈夫」



お花のにおいと奈良くんのにおいが心地よく夕焼け色の空気に溶けていく。奈良くんは丸めた膝の上に顎を乗せて、花壇を指さして笑った。このひとが笑うと、このひとをとりまく周りも笑っているように見える。



「この花は知ってる。チューリップ。んでー、そっちのがー」

「アネモネ。隣の花壇に咲いているのが、ヒアシンス」

「ひあしんす…あみこみ…あれ、アネミ…アミネミ?」

「あはは」

「…笑った」

「え?」

「かわいい」



真っ赤に咲いているチューリップと同じ色になるわたしを真っ直ぐに見て、もう一度ゆっくりと言われたことば。


かわいい。


手に持っていたジョウロが落ちた。



「あと、昨日の放課後、窓から俺のこと見てくれてた顔も、すげえかわいかった」



奈良くんの視力はどうなってるんだろう。あんな遠くから、見えるわけないって思ってたのに。

「見られる側になるのも、たまにはいいよな」って、意味深な笑顔ばかり見せつけられて、わたしはその場から逃げるしかなかった。




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