rain3-1:傘
゛昨夜朝霧町のパチンコ店で玉木容疑者が62歳無職の男性を暴行の末、殺害しました。玉木容疑者は
「殺すつもりはなかった」
と供述しており朝霧県警は目撃者やパチンコ店に事情を聞き……゛
そのニュースを僕が耳にしたのは、朝起きて食事をしながらテレビを見ていた時だった。そして、そんな時に突然彼女から電話がかかってきた。
『ごめん、聡。しばらく大学に出れないし、会えない』
驚いた僕は、
「えっ?どういうことだよ、恵美」
と言おうとしたが、彼女はすぐに電話を切ってしまった。すぐにかけ直したが彼女が電話に出ることはなかった。
その日、大学で僕は朝のニュースでやっていたパチンコ店で暴行し、人を殺した玉木容疑者というのが僕の彼女の恵美の父親だと言うことを知った。
恵美は小さい頃に母親を病気で亡くしてからは父親と2人で過ごしてきた。だから恵美にとっては父親が唯一の家族だった。
そんな父親が人を殺したのだから恵美にとっても、彼氏である僕にとっても重大なことだ。
その後、数日間に渡り何度か恵美に連絡をとったが恵美が電話に出ることはなかった。
事件が起きてから10日後、恵美から突然電話が、かかってきた。外は雨が滝のように降っていたが、そんなことなど気にもならないくらい恵美の声が懐かしく思えた。
『聡……、いまから会えない?大事な話があるの』
僕はおそらく父親のことでの話だと直感し、恵美と待ち合わせをした。
外は雨がすごい勢いで降っていた。僕の家から待ち合わせ場所まで歩いて15分ほどなので、傘を手に取り、歩いて待ち合わせ場所に向かうことにした。
雨がかなり激しく降っているせいなのか、待ち合わせ場所まで20分ほどもかかってしまった。
待ち合わせ場所に着くとそこには恵美が、雨の中傘もささずにずぶ濡れになって立っていた。恵美が僕を見つけた瞬間
「あー、雨って冷たいんだね」
恵美がいつもの笑顔で言った。
「恵美……?」
「サトシ……、私のお父さんのことは知ってるよね?」
「……う、うん」
「なら、話は早いや」
恵美は一息ついて言った
「私、殺人者の娘になっちゃいました〜」
「……」
僕は返す言葉が見つからずただ立ちすくんだままだった。
「私はね、お父さんは罪を犯したんだからちゃんと罰せられるべきだと思う。お父さんもちゃんとそれは分かってる」
「けど……、それでも…、お父さんはお父さん、私は私で見てほしかった」
「恵美……?」
「……聡、世間っていう雨はね、とても冷たいんだよ」
「雨に濡れまいと、どんなに必死に振り払っても絶対に濡れちゃうんだもん」
「雨に濡れて、私はもう心も身体もびしょびしょだよ」
「……そ、そんなの気にするなよ!いま事件が起きたばかりだからだよ!時間が経てばそんなこともなくなるさ」
僕はただ在り来たりの言葉を並べるしかなかった。
「……そうかもね、でも」
「だけど、やっぱり雨は好きじゃない」
「だから……」
「だから……、別れよ私達」
「私と一緒にいたら聡まで冷たい雨に濡れちゃうよ」
恵美のその言葉を聞いて、立ちすくんだままだった僕の身体はようやく動いた。
僕はゆっくり恵美の立っている所に歩みより恵美の頭上に傘を持っていき恵美言った
「いいんだよ、濡れても」
「僕は確かに恵美の濡れた心を乾かせる太陽にはなれないかも知れない」
「けど…、どんなに激しくて冷たい雨が降っても太陽よりもっと近くで恵美が濡れないように守る傘にはなれる」
「僕が恵美の傘になって恵美が濡れないようにずっと守っていくよ」
「だから別れようなんて言うな」
「本当に、それでいいの?」
恵美は僕に問う。
「それでいいって言うか…、それが生きる意味だからな」
「恵美の笑顔を守っていきたいんだ、僕は」
「……うん、ありがとう」
恵美は恥ずかしそうにうつむく。
その恵美の姿を見て、僕は心のうちに秘めていた想いを打ち明けた。
「恵美、結婚しよう」
恵美は、その言葉を聞いた後傘からでて雨に濡れる位置に立った。
「恵美?」
「ごめん、できない。やっぱり、駄目だ」
「え?」
「あたしは、聡を本気で信頼しているから、嘘は付けない」
僕は、恵美の言葉の意味が分からずただ立ちすくんでいた。
「男の人を殺したのは、あたしなの」
僕は、その言葉に傘を持っていられなくなり、傘は静かに地面まで落ちていった。