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『悪役令嬢の私が「嫌われよう」と頑張るほど、聖女は崇め、王子は鍛え、知者の眼鏡が曇り――なぜか国が平和に爆進していく』  作者: 踊りまんぼう


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第07話:椅子になった聖女




「…………。ねえ、リリアーナさん。本当に、いい加減になさって?」


 王立学園のサロンの一角。

 セレスティア・ヴァインベルクは、震える声で足元に語りかけていた。


 彼女は今、優雅に紅茶を嗜んでいる……ように見えるが、その表情は「可愛い子猫を誤って踏んでしまった時」のような、申し訳なさと困惑に満ちている。


 それもそのはず。彼女が腰掛けているのは、豪華な彫刻が施された木製の椅子ではない。

 聖女リリアーナが、床に四つん這いになり、その背中を「どうぞお使いくださいませ!」と差し出した「生身の椅子」なのだ。


「あああああ……っ! セレスティアたんの、高貴な、あまりにも高貴な重みが……っ! 私の脊髄を、幸せという名の稲妻が駆け抜けていくわぁああ!」


 ピンキーモモもとい頭までピンク(物理&精神)聖女リリアーナが歓喜の声を上げる。

 ぷるぷると内腿が震えている辺り、ちょっとここでは書けないような悦びすら享受しているのかもしれない。


 まさにヘブン状態! ……じゃ、ねーんですわ、本当。


「うるさいわね! 座ってって言うから座ったけど、変な声を出すのはやめてちょうだい!」


 セレスティアは真っ赤になって、あえて冷たく言い放った。

(……ダメよ、流されちゃ。私は彼女を虐げているのよ! 平民の聖女を椅子扱いする、最低の公爵令嬢を演じているの!)


 そう、これはセレスティアなりの「悪行」だった。

 ヒロインを家具扱いすれば、流石に王子も宰相子息も愛想を尽かすはず。そう信じて、彼女は促されるままに腰を下ろしたのだ。しかし、げんじつぅぅぅぅぅ……。


「もっと、もっと深く! なんならその細いおみ足で、踵で、私の腹を太鼓のように叩いて責めて、震えているわよ、我慢が足りないわね、この椅子とせせら笑ってくださいませ。ああ、この必死に耐えている私をあざわらうかのようにぶって壊して……ぜひっぜひに責めてくださいましぃいぃぃぃ!」


「ひぃっ! 怖い! この娘、本気で怖いですわ!」


 魔王すら対抗できるであろう力を持つ彼女を怯えさせるリリアーナ。ええぃ、さすが聖女。伊達ではないな(絶対にちがう)。


 セレスティアは思わず腰を浮かせた。

 だが、浮かせれば浮かせたで、リリアーナは「ああ……私の存在価値が、空中に浮いていく……! 離さないで、セレスティアたんの臀部ぅうう!」と絶叫する。


 くぅ、このプレッシャー……。自分なりのこじつけの理由を用意して彼女の提案に乗った時点で負けてしまったことをセレスティアは実感していた。


「……失礼。少々、事態が飲み込めないのですが……説明を求めても?」


 その時、冷徹な声が響いた。

 セレスティアが弾かれたように顔を上げると、そこには眼鏡の奥で鋭い知性を光らせる青年――宰相の息子、カイル・ランドルフが立っていた。


 カイルは攻略対象の一人であり、この国の「最後のストッパー」と呼ばれる理性的な男だ。

 セレスティアは内心で快哉を叫んだ。


(来たわ! この光景を見れば、カイル様なら私を軽蔑し、即座に生徒会に報告して、私の悪評を広めてくれるはず!)


「おーっほっほ! 見ての通りですわ、カイル様。この卑しい平民が、私のドレスを汚さぬよう土台となって奉仕するのは当然のことですわ! ……と言いたいところなんだけど、勝手にこの娘が四つん這いになって、座れ座れってうるさいんですのよ!」


 セレスティアは必死に悪役の笑みを張り付かせつつ、チラリとカイルの反応を伺った。

 途中で悪役のふりをすることを投げ捨ててしまったのは、あまりの状況に彼女の方が先に白旗を上げてしまったことに他ならない。

 何より声のトーンからして困惑の感情が溢れていた。


 カイルは無言で、悶え狂う聖女リリアーナと、その上に申し訳なさそうに(でも座らざるを得ない状況で)座るセレスティアを交互に見つめた。


 そして、彼は眼鏡を指で押し上げ、深く、深いため息をついた。


「……セレスティア殿。貴女の評判は聞いていましたが……まさか、これほどまでの重責を担っていたとは」


「……は?」


 心からの言葉が短く吐き出される。駄目だ……嫌な予感しかしない。

 貴方は「最後のストッパー」なのよ。

 ……うん、この言葉で表現されること事態、他の攻略対象が暴走列車であることの証であるのだが。

 それでも……それでもカイル様なら、きっと……。


「理解しました。聖女リリアーナは、その強大すぎる聖なる力ゆえに、精神に若干の……いえ、多大なる異常をきたしている。それを世間に知らしめれば、国家の権威は失墜する。ゆえに貴女は、あえて自分が『悪役』を演じて彼女を制圧し、その狂気を一身に受け止めているのですね」


「……いえ、あの。カイル様、眼鏡が曇ってまして?」


 ほぼ初対面であるので、怒鳴り散らしたい気持ちを圧力鍋の圧力を素手で抑えるくらいの力で蓋をして、なおも不備を指摘する。


「聖女の暴走を食い止め、その欲望(性癖)を自らの身を挺して制御するその献身……。……貴女という人は、どこまでこの国のために、泥を被れば気が済むのですか」


 カイルの瞳には、冷徹な軽蔑ではなく、清々しいほどの「尊敬」と「同情」が宿っていた。


「殿下には私から伝えておきます。『セレスティア殿は現在、国家機密レベルの特殊な鎮圧任務に当たっている』と。……ご苦労、セレスティア殿。その椅子(聖女)、くれぐれもお怪我のないように」


 カイルは恭しく一礼すると、清々しい足取りで去っていった。


「…………。違う。違うの。私はただ、嫌われたかっただけなのよぉおおお!」


 最後のストッパー、役立たず。

 セレスティアの絶望の叫びが響き渡る。


「あああ、セレスティアたんの咆哮……尊い……! ううっ……んんっ」


 セレスティアの絶叫と足元の椅子の恍惚とした喘ぎ声。

 腰を細かく震わせている辺り、また悦んでいるのかもしれない、この変態聖女。


 それはともかく悪役令嬢セレスティア、彼女の生存戦略は、今日もまた誰にも理解されない「高潔な犠牲」へと昇華されていくのであった。


「だから違うのよ……ねえ、誰か解ってくださって」


「うへへへへ、ちょっと困り顔のセレスティアたんもまた……じゅるり」


 涎をたらすリリアーナ。


「……駄目だわこの聖女はやくなんとかしないと……」


 本気で頭を抱えるセレスティアだった。



 ……あの、続かなくてもよくって? え、駄目ですって……そんな。


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